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第12話 シアタールーム

 夕陽台がスイッチを押すと、プレハブ小屋の中が明るく照らされる。室内はシアタールームの様相を呈していた。

 面積20畳ほど、ドアを開けた真正面に小型の冷蔵庫があり、そこから左を向くとソファとローテーブルがあり、卓上にノートパソコンとプロジェクターが置かれている。奥側の壁の両端には、各種スピーカー機材が備わっている。

 夕陽台はドアを施錠し、「暖房付けたりするからソファ座っていいわよ」と促す。


 野田は革張りのソファに腰掛け、「ここはお前の部屋なのか」と問う。


「中らずと雖も遠からずね。元はと言えば父親の趣味部屋。見ての通りシアタールームね。映画とか大音量で観るために建てたらしいけど、今は私が使ってる。あの人帰ってこないから」

「自分の部屋はないのか?」

「あるけど、塾が終わってからパルクールして帰ったら1時を回るから。母親を起こしても悪いし」


 野田の前のローテーブルに、紙コップに注がれたコーラが出される。


「ポットがないから、温かい飲み物は出せないのだけど」

「いや、ありがたく頂こう。ちょうど喉が渇いていたのだ」


 野田はコーラを一気に飲み干す。

 夕陽台は映写機を起動し、正面の壁面が横長にほの明るくなったのを確認してから、部屋の照明を消した。

 映写機によって投じられた真っ白の光だけが室内の明かりとなる。


 野田の隣に夕陽台は腰掛け、手に持っていた紙コップを卓上に置く。ノートパソコンを開きいくつかの操作をすると、壁面に青色のデスクトップ画面が表示される。


「本題の話をするのではないのか?」

「私は事務的に話す方が得手だから」


 夕陽台はブラウザを開き、カレンダーサイトにアクセスする。

 まず、今年の11月の予定は全て埋まっていた。複数の塾の名前が各日に1つ以上は記載されており、いずれも23時までの受講が予約されていた。


「私の人生を遡るにあたって、カレンダーほど分かりやすいシステムはないわ」


 カレンダーは現在から7年前の、2012年まで遡る。1月から12月まで辿っていくが、これといって予定は見当たらない。


「これは私が小学2年生の頃のカレンダーね。そもそもカレンダーサイトなんか使っていなかった時期。特に習い事もしていなかったから」


 カレンダーは順行し、2013年の8月ごろから、週5日で塾の予定が入っている。


「私、小学3年生の8月までは、母親に相手にされていなかったのよ」

「食事を与えられなかったりしたのか?」

「いや、身の回りの世話は最低限してくれていたんだけど、……何を話しかけても素っ気ない反応しか返ってこなかったのよ。『へえ』とか『そうなんだ』とか、身の入ってない返事ばかり」


 何か悪いことしたのかしらって思い悩んだわよ。小学生ながら。と背もたれに寄りかかる。


「でも何も心当たりはなかったから、とりあえず私は、あの人に気に入られようとしたわ。……何か不満があってもグズらないようにしたり、物も欲しがらなかったし、学校のテストでも満点が取れるように頑張ったわ。……ただ、それでも母親の態度は変わらなかった」


「母親が素っ気ないのは、お前に対してだけだったのか?」


「父親にも同じくらい素っ気なかったわね。……ただ、母親は()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「夫や娘には素っ気ないのにか」


「変よね。だから観察したわ。彼女が何を目的としてテレビに話しかけているのかを」


 今度は、壁面に文書作成ソフトの画面が表示される。当時の番組表の画像が添付された、一万文字のテキストファイルだった。

 野田は思わずあくびしそうになったが、なんとか抑え込んだ。


「母親は殊更、ニュース番組や討論番組を視聴している時に独り言をしていたわ。……そしてたまに興が乗った時にだけ私の方を向いて、『まだ美波には分からないでしょうけどね』と言ったわ。さぞ誇らしげに」


「……要はなんだ、知的ぶるのが楽しいということか、その母親は」


「そうなんでしょうね。でも当時の私はもっとシンプルに考えていたわ。安直と言っても差し支えないアイデアだけれど」


 夕陽台がテキストファイルのページを送ると、政治色の強いワードを含む口語形式の文章が、ページ一杯に犇めいていた。


「討論番組のコメンテーターとかニュース番組の出演者の話す言葉を真似れば、母親は私とも沢山喋ってくれるんじゃないかと思ったの」

お読みいただきありがとうございます。


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