第11話 毒入りのリンゴ
二人は地上に降り、夜道を並んで歩いている。
野田はハンドバック型に畳まれた黒衣を肩に担ぎ、右手に持った木の枝を手持ち無沙汰に投げて遊び、
夕陽台は片手をブレザーのポケットに突っ込み、もう片方の手を顎に添えて、口元をモゴモゴとしていた。
「何の話に付き合って欲しいんだ? 黙ったままでは分からん」
痺れを切らして野田は尋ねる。夕陽台はかれこれ五分は言いあぐねていた。
「……ちょっとぐらい待ちなさいよ。どう切り出せばいいのか悩んでいるの」
「? 意味が分からん。どうも何も、話したいことを話したいままに話せばいいだけだろう。お前ほどの才媛をして何が難しいのだ」
「事務的じゃない会話をする機会が少ないの。決まりきったやり取りをセオリー通りにすることは出来ても、無軌道な会話については不慣れなの」
「……ああ、日常的に友と話すことがないから口下手なのだという話か。そういう悩みなら遠慮なく頼ってくれて構わない。俺の中身は三十代後半の中年だが、それでも良ければ俺が友に」
「違う。そういう悩みじゃない」
とは言いつつも、夕陽台が初対面のアバドンに対して身の上話をしようとしている動機の一つには、少なからず相手の年齢も関係していた。
端的に言って、彼女は相談相手に父性を求めていた。
「その格好じゃ寒かろう」とジャージを羽織らせてくれたり、自動販売機でコーンポタージュを買ってくれたりするような。
「私はその、オーブみたいなものは見えないんだけど、……屋上に多かったのは、多分そこが狩場だからでしょうね」
夕陽台は冷え切った両手をコーンポタージュの缶で温めつつ呟く。
「狩場?」
「私のは一旦置いといて、魔物は基本的に人間と敵対するんでしょ? 魔物が憑りつくのはだから、人に害するため。……つまり魔物は、屋上から飛び降りる人はいないかとあそこで目を瞠っているのよ。そして自殺志願者が瀕死の重体になったところに憑依し、肉体を得て悪事を企むつもりでいるのよ」
「一理ありそうだな。……そういう意味では、夕陽台は屋上をパルクールしている時に、そういう人間を見かけたりはしなかったのか?」
「見かけないわね。私は人が居ないところを選んでパルクールするから。目撃されるわけにはいかないもの」
「騒ぎになったら自由に遊べなくなる、だったか。……まあ、それはそうか」
目の前の信号が赤に変わるが、夕陽台は構わず突き進んでいく。
車通りは皆無で、一車線分の短い横断歩道だったから、気を付けていれば事故することはないし、誰にも迷惑はかからない。
と、夕陽台は判断したから、渡った。
野田は一瞬ためらったが、その間に青信号に切り替わったので、問題なく横断した。
「夕陽台は何で死にかけたんだ?」
「……喘息でね。呼吸困難で死にかけたの」
「そうか。今はもう治ったのか?」
「……まあ、まだ加療中ね」
少なくとも今夜に関して。
夕陽台はビルの屋上を飛び交い、野田との交戦を経たりと大立ち回りを演じたが、
その間で一度たりとも喘息は来していない。
「着いたわ。ここが私の家」
二人は夕陽台の住み家に到着し、野田はその外観を観察した。
洋風の門構えの向こう側には、木々に鉢植えにと彩られた広々とした庭があり、その奥に二階建ての一軒家が佇んでいる。シャッターは閉まっていた。
「駄目元で聞くのだけど、あの家の中の人間が起きているのかどうかとか、気配で分かったりしないかしら」
アバドンは家屋に向かって目を凝らす。
第63宇宙の生物が見ることのできる魂は何も魔物の魂だけではない。人間の魂でも動物の魂でも見ることが出来る。あまねく魂を観測し干渉できるのが第63宇宙の生物の特権だった。
「ずっと静止したままの人間の魂が一つと、もう一つは、……鳥か何かの魂だな。人間の方は二階の端、鳥の方は一階の中央。時間帯的に眠っているものとは思うが、……それしか見当たらん。父の方か母の方か、いずれかは不在だ」
「父親は単身赴任中だからね。……母親の寝室は二階の端だし、ヨウムを飼ってるのは一階だから、法螺ではないらしいわね」
夕陽台は門を開き、庭へと入っていく。
ジャージは貸したままで、黒衣もまだ返せていない野田は、「忘れ物しているぞ」と門の向こう側から呼び掛ける。
「ここまでの帰り道では本題の話は何も出来なかったから」と夕陽台は顎で横を差す。
「続きはそこで話しましょう」
庭の隅には洒落っ気のない、無骨な灰色のプレハブ小屋があった。
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