第10話 資質に足るかを問う
落下の最中、夕陽台は気を失っていた。
彼女は今まで大跳躍することはあっても、落下することはなかったからだ。……死なないと確信してする大跳躍と、死ぬ気で頭から落下するのとでは意味合いが全く異なる。夕陽台は死に怯えるあまり気絶していた。
そして次に目覚めると、さっきまで自分が野田と激闘していた、あの屋上で横たわっていた。
ガバッと上体を起こすと、そこから少し離れたところで野田が地べたに胡坐をかいていた。枝についた葉っぱを毟り、手慰みしていた。
野田は夕陽台の覚醒に気付き、
「どうだった、臨死体験した気分は」と尋ねた。
「……何が起きたの? あなたが私を追って飛び降りたところまでは覚えているわ」
「転移魔法だな」
野田の返事に、夕陽台は「は?」と呆ける。
「ついさっきレベルアップしてな。それと同時に転移魔法が使えるようになった。……あっちの世界の常識だが、転移魔法は魔法使用者またはその携帯物と接触している人間も纏めて転移できる。枝を持って来ておいて正解だった」
野田が石段を下り切った後、駅に向かわずそのまま山の中に引き返していったのは、一つは手頃な枝を用意するためであり、もう一つは人目のつかないところで転移魔法を試すためであった。
魔法の仕様はそこで分析済みであり、既に使いこなせていた。
「……魔物だの魔法だの、ゲームの世界から飛び出してきたみたいなことを言うのね」夕陽台は立ち上がり、服についた砂埃を払う。
「ゲームの世界からではない。俺は第63宇宙から来たのだ」
それから野田は夕陽台に対して、自らの素性や、魔物のことについて説明した。
行き詰まっていたからだ。
野田は面と向かって夕陽台と交戦していたものの、その肉体から魔物の魂を引き剥がす方法も糸口も何も探り当てることは出来なかったからだ。
だから、晴天学園トップクラスの頭脳を頼るのであった。
彼は独力に拘らない。曲がりなりにも勇者一団として魔王軍を攻略せし者だった。
「設定上の矛盾はないらしいわね」と夕陽台は感想した。
「……で、私がどれだけあなたを蹴り飛ばそうと、その転移魔法とやらで安全に舞い戻ってくると」
「お前がどこへ逃げようとも、俺はそこに先回りすることが出来るということでもあるな」
「キッショ。暇かよ」
「俺はただ平和のために活動するのだ。理不尽な死から人々を守るためにな」
「じゃあ聞くけどさ」と夕陽台は後ろ髪を掻き混ぜる。
「私に憑りついている魔物は、いつになったら人間に牙を剥くわけ? この一年間で私は少なくとも二百回はパルクールしたと思うんだけど、その二百回とも私もそれ以外の全員も無傷のまま終えたのよ。……魔物は私に跳躍力をくれるだけで、誰の安全も脅かしていないの。そんな魔物を駆除することで、誰のどんな平和が守られるのよ」
「……ふむ。言われてみれば確かにそうだな」
野田は顎に指を添え、否定しきれない。
現状、夕陽台に憑いた魔物は無害であると言えた。彼女自身もそれ以外の全人類も誰も危険な目に遭わされていない。……しかし、それは魔物という生物の本能からして有り得ないことだった。
魔物は人間の敵であるはず。それがなぜこんなにも大人しくしている?
「あと、私に憑いてる魔物はなんなの? 今までこの異能の所以が憑依だと思ってなかったから、何が何だか分からないものに憑かれてるというのは気色が悪いのだけど」
「アルミラージだろうな」
「……一本角の兎?」
「よく知っているな。まさしくその通りだ。攻撃手段は頭突きによる一本角の突き刺しか、もしくは跳躍からの飛び蹴りのいずれかだ。足踏みを得意とするとは知らなかったがな」
夕陽台は自らの太ももを撫でつつ、「そっか、兎なんだ」と呟いた。
「これからどうするのだ」
「どうするって、……まあ、家に帰るつもりだけど。あなたの殺害にも失敗したことだし」
「俺が送っていこう。夜道は危険だからな。引き留めてしまった手前、そのくらいはさせてもらわねば」
「誰もそんなこと望んで」と夕陽台は突っぱねかけるが、
「あなたって、向こうでは何歳だったの?」と唐突気味に尋ねた。
「三十代後半だったはずだな。わざわざ数えていなかったから具体的には知らんが」
「ゴシップに興味は?」
「ない。ニュースなら見るが、ゴシップは見ん。平和に関係ない」
「平和のためならって味方を裏切ったことはある?」
「ない。そもそも裏切りの先に真の平和など有り得ない」
「あなたが平和を大事にするのはなぜ?」
「そうでなければ家族も友もいとも容易く死んでしまうからだ。実際そうなった」
「…………………………」
夕陽台は無言のまま、黒の上下を脱ぎ始めた。
下に着ていたのはブレザーとスカート。そして脱いだ黒衣をしゃがんで畳み、ハンドバック型にして野田に放り投げた。
野田は片手でキャッチし、夕陽台はその隣を通り過ぎながら、
「話付き合ってよ」と目線を合わせずに言った。
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