その5 バージルの娘、レモングラス
「ずいぶん上手く書けるようになりましたね。飲み込みがお早いです」
お褒めの言葉をくれたのは、バージルの娘さんのレモングラスさんだ。
今、私の家庭教師をしてくれている。
バージルの娘さんだから、フラナガンス前侯爵のご息女となる人だ。お嫁に行かれたから、その家の姓を名乗るのが普通なのだろうけど、今はフラナガンスを名乗っている。
どうして私がこんなことを知っているかと言えば、ミントさんが教えてくれたのだ。家庭の秘密なのに、大丈夫なのかと不安にしていれば、知っておいて貰った方が都合が良いと言われたのだ。
レモングラスさんの夫アレッツォさんは、42歳で病死。
既に息子さんが家督の伯爵位を継いでいるので、特に問題もなく過ごしていたが、ミントさんの結婚で揉めた。
姑となる先代ブルックリン伯爵夫人が、名家の子息との縁談を仕組んでいたが、ミントさんは既に今の旦那さんと恋愛していたので断った。
するとブルックリン伯爵家に平民の血は入れられないと怒りまくり、ミントさんは結婚前に籍を抜くことになった。その後もレモングラスさんに、ネチネチと文句を溢していたらしい。
「貴女の教育が悪いから、平民となんて結婚するのよ。貴女のせいよ」とかなんとか、煩かったみたい。
縁談が壊れて矜持が傷ついたとか。
夫が亡くなってから、口出しが多くなって辟易していたが、娘のことで我慢ならなくなった。
夫の為に上手くやろうと黙っていたいたけど、限界だったそう。(後日ミントさんに愚痴られたそう)
「済みません、お義母様。本当に私が悪かったのでしょう。責任を取って、この家より出ていこうと思います。お世話になりました」
「はっ? 何を言ってるのよ、ちょっと!」
慌てる姑を他所に、書類を記入して家を出たレモングラスさん。
息子さんもレモングラスさんが可哀想だと思っていて、即書類を国に提出した。
もう名実共に、ミントさんとレモングラスさんは伯爵家の祖母とは他人だ。
姑の意地の悪さは結構有名だったので、レモングラスさんは悪くは言われていないそう。
平民として生きていくつもりだったけど、コリアンダーさん(レモングラスさんのお母さま)に戻っておいでと言われ、今に至るそうだ。「娘のことを守る為にも、父を利用しなさい」と。
と言うことで、ブルックリン伯爵家とはお兄さま以外とは疎遠らしいとの情報を頂いた。
どこの家でもいろいろあるんだなぁと、しみじみ思うマーリン。
ミントさんは、祖母に逆らってでも今の結婚に満足しているそうだ。
「やっぱり、愛よね」
そう言われても、いまいちピンとこない私。
「そうですね、素敵です」
なんて、適当な言葉しかでないの。
なんせ今まで家事で忙しくて。
なにしろ、起きたら仕事→家族にイヤミを言われ→仕事して→就寝の繰り返しだったので。
今はたくさん勉強できるだけで嬉しいのだもの。
スタートラインからして違うわ。
でもおとぎ話みたいなことが、自分に起きるのだろうか?と憧れはあるの。今はそれで良いと思うしね。
今日も四苦八苦して、夕食の準備をしてくれているバージル。
やっぱり魔法を扱うだけあって器用なせいか、皮むきも調理もメキメキ上達している。今日の夕食は舌平目のムニエル、アスパラソテー、ミニトマト添えと、オニオンスープと焼きたてパンだって。私はそんな高級な魚食べたことないよ。
(やっぱりバージルはすごいなぁ)
食器洗いも洗濯も、水魔法で解決してしまった。
バージル曰く、家事の魔道具も作ってみるかだって。
(すごいなぁとしか言えないよ)
そんなバージルを見て、少ししか読めなかった字もだいぶん覚え、書けなかった字を練習している。
「バージル、私も頑張るからね」
厨房で声をかけると、「次期当主なんだから当たり前ですよ」と言われてしまった。
でも表情は綻んでいて、私はそれだけで嬉しくなるのだった。