その3 バージルのこと(自分語り)
私はバージル。バージル・フラナガンス前侯爵。
爵位は既に息子に譲渡済みだ。
長年王室の魔塔で、魔道具の開発と結界の維持を行ってきた。
ずっと辞めたいと訴えていたが、漸く後任が育ち解放されたばかり。
最近愛らしい野良猫を見る為に、日課の猫散歩をしていた時、初めてマーリンに出会った。
特に触れることもなく、ただ遠くから猫を眺める姿勢には好感が持てた。
猫を見て癒される気持ち、共感できる。
そんな彼女の家にトラブルが起こっていると聞き、胸騒ぎがして訪れれば山のような借金取りだ。
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退職してからこの辺で野良猫を探し、弱っている猫の保護や野生でも親に何かあったのか、産み捨てられている子猫を拾って育てながら里親を見つけていた。
この辺は捨て猫は少なく、野生の猫も逞しいので良い。
親は子を死守するし、よっぽどのことがないと離れない。
だがそんな場所に、時々子猫だけを捨てるうつけ者がいる。
野生の猫は親子で生き抜けることが多いが、親もなく子だけで離されれば他の動物の餌になるか、餓死するだけだ。
時間のある今、一匹でも救いたいと思うのは自分のエゴかもしれない。
けれどそれが自然淘汰とは言わせない。
人為的なものは違うだろう。
そんな感じでウロウロしていると、いつの間にか猫仲間ができていた。
そこで、男爵の妾の娘のことを聞いた。
話をきけば妾どころか、一方的な蹂躙だった。
貴族が美しい平民の娘へ、無体を働くのは許せない。
生活の支援も一切していなかったようだし。
ここの騎士団は、機能していないのだろうか?
今考えると男爵家へ引き取られた後、猫を見るのが唯一の癒しだったのかもしれないと胸が痛んだ。
憐れみの感情を持っていたそんな時、男爵の失踪騒ぎだ。
取りあえず見に行けば、案の定過酷な状況にいた彼女。
本来人の営みに口を出さない主義だが、これは酷いと思った。
彼女にだけ状況も知らせず、置いていく行動にも嫌悪しかない。
そう思えば、思わず口も手も出てしまった。
彼女が何もかも諦めていれば、これも運命としてそこを去ったかもしれない。
でも彼女は、命懸けの不利な契約をしても自由を欲した。
それならば応えるしかないだろう。
野生の獣のような、強い目をした彼女を助けようと誓ったのだ。
幸い今まで引き留められて、なかなか仕事が辞められず使わない金が死ぬほどある。
妻も娘も自分で仕事をしているからと、稼いだお金は自分で持つように言われ、空間の中に放り込んである。
借金取りに少し多めに金を渡し、恩を着せた形にすればイチャモンをつける者もでないだろう。何より物を売って金に変えるより、即金なら余計な労力もいらないのだから。
ただフラナガンス侯爵の名を出せば、マーリンが気を使うかもしれないと思い、咄嗟に家門を偽ってしまった。
ガーリックパダーなんて、食いしん坊か恥ずかしい。
そして咄嗟に家令となってしまったが、私は家事等丸っきりできない。暫くはスパイなどが入らぬように、他人を雇うこともできないし。
しょうがないので妻に相談すれば、翌朝孫が乗り込んできた。
説明が面倒なので使い魔で誤魔化そうとしたが、あっさり「お爺ちゃん」とばらされてしまう。
教育係も妻に頼んだのに、忙しいから代理にと娘が来てしまうし。
家は妻以外の女達の圧が強いのに。
因みに子猫は早朝の散歩で拾った。
昨日日中の散歩の時はいなかったから、夜間の犯行か?
ふふっ。捨てた奴には制裁を加えないとな、待っておれ。
マーリンに、飼えなければ殺すと言ったのは本心だ。
ここまで小さければ、かなりの手をかけねばならない。
私が育てなければ(みんな仕事で忙しくて)誰にも育てられないだろうから、穏やかに眠る死を与え、この子達が自ら満足するまで使い魔の姿で遊べば良いと思っていた。飢えも寒さもない無敵の体で。輪廻に戻るのはそれからでも遅くない。
たぶんこれもエゴなのだろうけど。
私は今、ここから離れられない。
魔導師は嘘をつけないから。
彼女との契約がたとえ効力のない口約束だとしても違えられない。
それに彼女の為人を知り、きっと飼う許可をくれると思っていた。期待通りの結果にもなった。
喜びも束の間、孫が私に家事を仕込むと言う娘の発言。
私は確かに生活魔法は得意ではないが、出来ないことはない……筈だ。あまりやったことないけど、やってみた時失敗したけど。
出来ない時は、魔法なしでやれば良いとか言ってくるし。
お前達が手伝ってくれないのか?
お小遣いあげてるのに。
え、何。面白そうだと。
お金はあるから、お爺ちゃんに自立させる?
ああ、絶対面白がっているコイツら。
でもまあ良い。食事は空間にもあるし、買ってきても良い。
問題は掃除と洗濯か。
できるだろうか?
あ、そうそう。
この男爵家の臨時当主はマーリンだが、爵位は私バージル・フラナガンスが買い取っている。マーリンは知らないけどな。
だから、前男爵家当主が来ようが、本当はこことはもう関係もない。けれど早期にマーリンに当主となって貰うように、それは伝えていないのだ。
これから野に捨てられた子猫が成長できるよう、近くで応援して行くつもりだ。
そして私の最初の試練、掃除の訓練が始まる。
子猫に癒されながら、何とか頑張るとするか。