第9話 眼光
「はあ……凄いっちゃ凄いんだけど、まさか結衣があんなにバーサーカーじみた魔法使いだったとは……」
缶ジュースでのどを潤しながら、何事もなかったかのように続けられる訓練を見る。
「あれ、初めてなんだ、ずっと一緒にいて喧嘩とかしたことは?」
「したことあるっちゃあるけど……こんな派手に爆破されたことはないしバーサーカーにもなったことは無かったな、これからは怒らせないようにしないと」
本気で怒られたことがない、って言った方が正しいのかもしれない。
バーサーカー結衣様の「驚愕! 爆破ショー!」が終わった後にもそれぞれのグループがゴーレムを召喚し、協力したり各個撃破したりとでバッタバッタ倒していく訓練を見ることができた。
さっき言ったやつ以外にもいろんな魔法があるし、その一つ一つに俺が逆立ちして全裸で公園を何周しても思いつかないような使い方があって面白い。
そしてそれと同じ数だけというと誇張表現になってしまうかもしれないが、それだけ多くある髪の色も気になった。
よく見ると耳の長い人や、背が明らかに小さい人、どんな種族なのかは分からないが人間ではないことは分かる。
……やっぱりエルフって、可愛いのだろうか。
初めてみるものばかりに目を奪われ、初めてテーマパークに来た子供のような気分でいると、あっという間に訓練の終わりの時間が近づいてきた。
順番に召喚して破壊されてきたゴーレムにも、最初はちょっとかわいそうだったがもう見飽きてしまった。
さすがの結衣も、あの後数十発の魔法を乱発したせいで、今では体育館の隅で水を飲んで休んでいる。
見渡すと、これだけ寒いのにみんな汗をかいていた。
う~ん、魔法って結構疲れるものなんだな。
そして最後のグループのゴーレム召喚からの破壊訓練が始まった。
ゴーレムの破壊されたときに崩れ落ちる音や、時折放たれる(主に結衣の)高出力魔法の轟音ですっかり俺の鼓膜は傷み切っている気がしていたので、終わりが近いと聞いて嬉しいぞ俺は。
腕長のゴーレムが召喚されて今まで通りに訓練が進んでいく。
それだけなら良かった。
「……? 沙雪? 具合でも悪いのかい?」
「葵、また見られてる、今度はハッキリと」
そう、また俺は粘着質なストーカーの覗き被害にあってしまったのだ。
「……本当だね、一体どこから見ているんだろう」
だが今回は魔法の使えない俺でも、誰からこんな醜悪な視線を向けられているかが分かった。
「「ゴーレムだ」ね」
俺たちが気が付き、それを察知したかのようにゴーレムがあろうことか俺たちの方へ本物の視線を向けた。
背中に、電気のように悪寒が駆け巡る。
「沙雪! 近くに!」
幸いなことに体は既にスマホを構えている葵に言われる前に動き出している。
「うおあああッ!」
1秒も数え切らないうちに、俺たちに向けてゴーレムの飛ばした腕が風を切って吹っ飛んできた。
あ、危なかった!! あと0.1秒でも葵に寄るのが遅れていたら俺はゴーレムの腕と体育館の守護魔法の間に挟まれて、草加市名物草加お煎餅になってたぞ!!
「さ、さんきゅー葵!」
「あ、危なかっ……まだ来るよ!」
「おわあああああっ!」
二発目が俺たちの真ん前で葵の守護魔法に阻まれ、爆音とともに崩れ去る。
殺意が高すぎるだろ! てか初弾飛んできて思ったけどあのスカポンタンゴーレム俺のこと狙ってないか!?
めちゃくちゃ目が合ってる気がするんだけど!
「どどどどどどどうする葵!」
「大丈夫! すぐに終わるから!」
すぐ終わるって!? 守護魔法を展開したままの葵に何ができるんだ!?
なんて、こっちの世界で初めてできた話し相手に対して失礼極まりないことを思いながらもその後ろに隠れさせていただいている。
自分の身も守れず情けなく怯える俺と葵の目の前に無情にもゴーレムはやってくる。
ぜ、絶体絶命だ! この時のためにこの四字熟語が存在したんだ!
あ~もう! 高校生活初の旧夏休みに入ったらたくさん祭りや花火大会に行って遊んでやろうと思っていたのに! どうしてこんなことになるんだ!
ゴーレムが振りかぶると、葵はそれに合わせてスマホを上に向けて守護魔法を傘にする。
遠くで何人かの悲鳴が聞こえる中、巨体が腕を振り下ろす……前にゴーレムは粉塵になって消滅した。
な、何が起こったんだ?
俺はその時かろうじて、ゴーレムの最後が小麦粉の袋を開けたまま両手で思い切り叩いた時に似ていると思うことくらいはできた。
隣で着地する足音が聞こえ、聞き慣れた声に俺は安堵する。
「大丈夫? 2人とも」
下で休んでいたはずの我らがスーパーバーサーカー結衣様がそこに立っていた。
バーサーカーとか言っているが本当にかっこよく見える。
「結衣さん! マジ感謝! ホントにホントに助かった!」
「いや〜アレを食らってたら危なかった、ありがとう結衣」
「お安いご用! それでどういう状況?」
「分からん! 急にゴーレムが襲ってきた!」
「ゴーレムは確かに自立して動くけど、今日授業で召喚しているのは命令しないと襲うとか逃げるとか別のアクションはしないんだよねー……葵、どう思う?」
「ゴーレムかどうか分からないけど、ここに来てから何回か、僕たちは威嚇か監視の魔法を使われていたみたいだ」
「マジ!? 気が付かなかった、今見てみる」
そう言って結衣はCMDに何か入力しながら二階の手すりに寄って下の階を見下ろす。
「……いた! あの人!」
結衣が指さした方を俺たちは柵の間から見る。
今加害者ゴーレム召喚してを訓練していたグループを指さしているみたいだが、この距離じゃその中の誰だか分からないんじゃないか? と思っていたのだが、それは残念ながら杞憂だった。
もちろん事故のあった俺たちの場所を不安げに見ている人は大勢いるのだが、その中でもひと際目立つ人が不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ていたのだ。
周りの人たちより頭一つ高い身長に、先のとんがった長い耳、薄い乳白色のシルクのような長髪そして何と言ってもここからでも分かる、海の底を思わせる深い青の瞳。
鋭い眼光を飛ばしてきていなければ、その目は少し垂れた目尻のおかげで見たものを魅了する甘い視線に見えなくもないのだが。
「え、エルフってやつか……」
「沙雪、あの人に何かした?」
結衣と葵もそのエルフに気が付いたようだが、それを気にするそぶりもなく俺だけを見つめ続けてくる。
というか、結衣の口ぶりはあのエルフを知っているみたいだ。
「い、いや何も、初めて見た……知ってる人か?」
「彼女はアリサ・カイツさんっていって、3等級だけどかなりの使い手だよ、でもあんまり人のことを悪く言いたくないんだけど……良いうわさは聞かないって感じかな」
「人をゴーレムで煎餅にしようとしたりするくらいだからなぁ!」
「とにかく、私が見てるうちに研究室戻った方がいいよ、彼女なら今でも先生に見つからず魔法を放てる」
「ヤバい奴じゃん、急いで戻るわ」
脱兎のごとく(主に俺が)研究室まで戻って、変な汗が背中を滝のように流れているのが分かった。
白く染まったため息を重くついてパイプ椅子に深く腰掛けた。
葵が淹れてくれた、湯気の立ち昇る紅茶をゆっくりとすすって体を温める。
「ここへ来たのも初めてだって言うのに、災難だったね、沙雪」
「バーサーカーが2人もいるなんて……まさか3等級以上の魔法使いは全員あんなバーサーカーなんじゃないだろうな」
「あの二人が特殊なところはあるよ、アリサさんも今一番僕らの中で2等級に近いって言われてるし、なにより僕は違うだろ?」
「保留」
「そんなぁ……」
……よくよく考えてみれば、俺はさっき命を狙われたのか。
葵や結衣がいてくれたからいいものの、いなかったら俺は煎餅になって死んでいた。
俺の体が特殊だから元の世界では狙われていた、だからこの世界に来た。
でも、学校の中でも命を狙われた。
もちろん、俺を守る限り葵や結衣も危険だ。
……俺はここにいていいんだろうか。
これから等級の測定をして、魔法を学んでいくのはいいが、生徒同士があのグループのように触れ合える環境にいればまた命を狙われない保証はない。
俺は一つここで大きな疑問を抱いた。
俺を狙っている連中が俺を殺したくなるほどの理由って一体なんなんだ?
目をつむると、さっきのエルフの垂れた青い瞳と、何を考えているのか全く分からない、陶器のような顔から繰り出される不気味な笑みがはっきりと浮かび、考えはまとまらなかった。
『白い雪に青い夏を教えて』をお読みいただきありがとうございます!
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