第7話 幼馴染として
「大丈夫か……葵」
そんなに怒らなくてもいいだろうと100人が見たら99人が言うレベルのキレっぷりを見せた結衣さんのスペシャル魔法攻撃を食らった葵はまだ目を覚まさない。
人を傷つけないんじゃ……というツッコミはごもっともだが、結衣をかばうために言っておくと、あんなに凄まじい爆発音と閃光があったにも関わらず全員無傷なのだ。葵の頭からは煙出てるけど。
あれがお笑い芸人用のドッキリ用アイテムでなければ、混乱させる魔法か何かなんだろうか、俺たちが無傷でいられているのは2等級なりの技術だったりして。
「それじゃあ、葵に色々聞いたと思うから私は明日からのこと教えるね、CMD出して」
「はい」
俺は結衣にいつの間にかCMDにされていたスマホを出した。
それと同時に、結衣からのメッセージが届いたので開いてみる。
「これがこの学校のハンドブックね、分からないことがあったらこれに聞けば大丈夫だから」
「聞けばって?」
「ヘルプがAIみたいなものになってるから、ヘルプチャットのところ押せば24時間この学校の質問に答えてくれるようになってるの」
「めちゃくちゃ科学じゃん」
Chat〇PTじゃないかそんなの。
高度に発展した化学は魔法と見分けがつかない……みたいなそんな話聞いたことがあるような気がするんだけどまさに今俺はそんな感覚に陥っている。
この世界、もしかしてめちゃくちゃ高度に発展した科学の世界だったりして……そんなわけないか。
「一応魔法なんだけどね……でもこの世界のことについては聞いても返せないから、それはさっきも言った学校の書庫で調べてね、それじゃあちょっとスマホ見せて」
スマホを見せると結衣はパイプ椅子ごと俺の隣まで、会議風のコの字の並べられている議長席から遠路はるばるやってきた。
制服の腕が擦れるほど近くに来た結衣。
さっき葵にからかわれた? せいで今は結衣の行動が気になるが、結衣のお気に入りシャンプーも、学校にバレないよう薄くつけられているボタニカルなハンドクリームの匂いも、全て今まで幼馴染としてずっと呼吸の副菜として吸ってしまってきたものではある。
だから今になって敢えて「いい匂いだ……」とか「青春のようなにおいがする……」みたいな感想は生まれてこないし、頬を赤らめて「ちょっ、近いぞ!」みたいな初々しい反応は残念ながら起こらない。
というのを結衣も知っているから距離を遠慮なく近づけられるんだ。
「聞いてる?」
やべ、何も聞いてなかった。
「え? あ、うん聞いてる」
「私今なんて言ってたでしょう」
少しずつ淡く光っていくスマホを構えられた。
さっきも見たやつだ! 脅しじゃねーか!!
「何も聞いてませんでしたごめんなさい!」
「魔法見たいだろうし、一回見せてあげるね!」
「さっき見たから! だめッ! 結衣さんっ! なんでどんどん光が強くなってるの!?」
死ぬ! と思った次の瞬間、スマホから光が消えて俺は胸を撫で下ろした。
コイツ、本当は楽しんでないか?
「じゃあちゃんと話聞いててね」
「……はい」
「はあ~……なんか前を思い出すね」
話の続きをすると思っていた俺は急に脱力した雰囲気になった結衣に驚いた。
でも確かに、そう言われると前を思い出すな……
男女で遊ぶという恥ずかしさに目覚める前はよくこうやって何人かで家に集まって身を寄せ合いゲームであーだこーだ言ったり課題やその邪魔したりしていたからな。
幼馴染から男女という関係を知ってしまったこと。
そしさらに完璧な結衣の隣に完璧と程遠い俺なんかがいていいのだろうかと考えてしまうようになったこと。
それらを考えるようになってから、いつの間にか登下校の時に家が近いから並んで歩く程度の関係になってしまった。
そうなってからも結衣は別に何も言わなかったから、このままでずっと過ごしてきた。
「……大爆破はされなかったけどね」
「てかさ、最近避けてたでしょ」
俺の軽い嫌味を軽くスルーした結衣は、俺のCMDを持つ手をゆっくり押し下げて机に置いた。
「まあ、忙しかったからな、結衣も避けてたんじゃんか」
「避けてたわけじゃない……高校生になったし、私には沙雪を守る任務があったし」
「だろ? ……てか待って、今さらっと重大事実聞いた気がするな」
「でもさ、一応幼馴染だよ? 私ら高校生になってから登下校以外で会わなくなっちゃったじゃん」
「登下校一緒ってのも結構すごいことだと思うぞ」
思えば小学生の頃から一緒に登下校していて、こんな美少女となりに歩いていたら変な噂が立ち上りそうだが、奇妙なことに俺はそんな噂を聞いたことがない。
普通、9年くらい一緒に登下校してる男女なんて地域の名物になりそうなものだが、結衣が何か魔法を使っていたのかもしれないな。
「そうだけど……」
結衣が一体何を言いたいのかおぼろげながら分かってきたような気がしたところで、今まで煙を出して寝ていた葵が急に起き上がった。
「多分、結衣はまた沙雪と一緒にいたいってことを言いたいんじゃないかな? 前みたいに」
「は!? バッ……ちがッ……!」
元火力発電所から結衣に視線を移すと、こっちも火力発電所のようになっていた。
耳が真っ赤になって、頬も隠しているが相当赤いのが分かった。
「そうだったのか、ごめんな……寂しかったよな」
「私を猫か何かと勘違いしてるじゃん、せめて人にしてよ!」
なんかデジャヴだ。
そして間髪入れず「わ~!」とか「暑い暑い!」と言いながら結衣はパイプ椅子ごと離れていき、議長のいそうな席まで戻っていった。
「ね! あとはハンドブックに書いてあるから! 明日から頑張って! 何度も言うけど大事なのは沙雪が特殊なのをバレないことだからね! あーもう!」
何が「ね!」なのかよく分からないが、それを聞く暇もなくリュックを背負って次の訓練だか授業だかに行ってしまった。
「そんなに恥ずかしがることでもないだろうに……」
「沙雪のことは結衣から聞いていたけど、二人は本当に仲がいいんだね」
「これは仲がいいのか? 幼馴染のじゃれ合いみたいなものだと思ってるんだけど」
「そ、それは仲がいいってことじゃないのかな……?」
「知らんな! それより結衣は授業受けに行ったみたいだけど、見学とかできないのか?」
「できると思うよ? 行ってみようか」
「ごめんな、ずっと案内役みたいな事させて……ありがとう」
さっきこの世界に来たばかりのド素人をこんなにも受け入れて、情報を与えてくれるなんてなんという聖人だろうか。
感謝してもしきれないな。
「いいんだ、嫌いじゃないから、じゃあ行こう、結衣の見せ場が終わってしまう前にね」
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