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白い雪に青い夏を教えて  作者: かみお
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第5話 「アラト」

 



 男はマナ独特の甘い匂いにつられて、白い息を吐きながらとある学校の前までやってきた。



 今回この男が追っている人間の放出するマナは控えめに言っても異常で、普通の人間の出すマナがただの水に思えてくるほどだ。



 そのため男が彼のいた場所を探し出すのは簡単だった。



「ここだな」



 丈の不揃いな黒いスーツに身を包み、汚れと傷の目立つ革靴で雪の積もった道を歩く細長い男。



 短めの寝ぐせだらけの髪に無精ひげ、そして死んだ魚のような目。



 住宅街、さらに高校の前という場所にとって彼は不審者以外の何者でもない。



 通りかかる人はたまにふらつく男に急に近づいてきたり襲われたりすることを恐れて離れて歩き、通り過ぎた後も警戒してしまう。



 高校の門に構える警備員も男から既に目を離せず、それ以上学校に近づいたら止めようと心に決める。



 男はそんな殺気にも気が付いていない様子で、高校の校舎を舐めまわすように見渡したまま警備員の構える正門まで近づいていく。



「ちょっと、お兄さん、ここは学校ですよ」



「……いないか」



 男の探し人はここにはいないことが分かった。



「ちょっと? 聞いてますか?」



 お兄さん、と呼ばれる年齢ではないように見えたがオッサンと呼んでいいような年齢でもまだないのだが、警備員にとってそれは近づいてきても分からなかった。



「ああ、すまない」



 警備員は妙に素直にその場を離れていく男の背中を見て、それを表現するのに「細長い」という言葉が一番似合うなと心の中で思ったが、もちろんそれを彼の前で言うわけにはいかない、使うのは警備員同士で情報共有するためだ。



 離れていく最中に形態の着信音が鳴り、男はズボンからスマホとくっついてきたくしゃくしゃの紙切れを取り出して応答した。



水上(みなかみ)です」



 電話の相手は小鳥のさえずりのような声でゆったりと穏やかに話し始める。



「ミナカミさん、どうですか、アラトさんは見つかりましたか?」



「やはり学校には来ていないですね、家の方はどうです?」



「やはりニュースになってしまったのが痛いですね、家にも誰もいませんでした」



「あれは……少し手こずってしまいました、すみません」



「いえ、あなたが無事ならそれでいいのです、任務を続行してくださ…………」



 電話の向こうの声が途切れた。

 しかし電波の状態は良好、電話の主が話すのを止めたのだと分かった。



「どうしました?」



「ミナカミさん、たった今情報が入りました、アラトさんのとみられる部屋のクローゼットから()に使用されたマナの痕跡が見つかりました」



「接続先は拾えましたか」



「ホドの森みたいですね、痕跡の残ってなさから相当の手練れのようですが……アラトさんのマナ特性からか少し残ってしまっていますね」



「やはり既に向こうでしたか、それにしてもなぜホドの森に……」



「行って確かめるしかありませんね、マルクトも近いですし」



 男の脳裏に難攻不落と言われているお城の形をした学校が浮かぶ。

 時すでに遅しだな、と学校近くの公園の冷えたベンチに腰掛け、胸ポケットから出した煙草を咥える。



「時すでに遅し、だと思いますか」



「……バレましたか」



「あなたがタバコを吸うときはある程度先が読めてきたからです、しかし私の考えは違いますよ」



 なぜタバコを吸おうとしているのが分かるのか、水上は彼女のこの手の芸に慣れているがやはり怖いものは怖い。



 水上は煙草を箱に戻し、立ち上がる。



「あのマルクトからアラトを引っ張り出せると?」



「もしくは誘い出す……あなたが得意としている魔法じゃないですか」



 魔法と魔術を学ぶ学校、マルクト。



 水上は以前通っていた際の知識を記憶の底から引っ張り出す。



 マルクトは学校と名前がついてはいるが、日本の子供たちが通うような小、中、高の学校とは少し違い、先祖代々関わってきた者や適性のある者が種族問わず通うことができるので、幅広い年齢、幅広い種族が現在でも魔法と魔術を学んでいる。



 教鞭をとる教師陣は全員3等級以上で、学校自体もとてつもなく強力な守護魔法で守られている。



 おまけに生徒達にも高いレベルの魔法使いがいるため、中に潜り込めたとしても交戦を避けて任務をこなすのは難しいだろう。



 しかし水上は断ることはできない。



 彼女と血の契約を交わしたミナカミにとって、彼女の命令は絶対なのだ。



「……分かりました、ホドの森で確認次第マルクトに向かいます」



「はい、期待していますよミナカミさん」



 電話を切る。



 少しづつ旧夏休みの祭りのために飾られていく通りを眺めて思い出す。



 彼の目に映るのは、白銀のない鋭い夕暮れ、淡い提灯の灯りと祭囃子、浴衣姿の()()の横顔に流れる一粒の汗。



 全て、彼にとってかけがえのない大切な思い出。



 嫌いな濃さの青空を見上げて空気を少し取り込む。



 白銀でないだけマシだ。



「いけない、集中しないとな」



 ――もう少しだ。



 もう少しでミユキが苦痛から解放される。



 人生をかけて探してきた子供一人を遂に見つけたんだ、あとは捕まえて彼女に渡すだけの簡単な仕事。



 水上は最後の仕事に向けて、ターゲットの家へ歩き出した。






『白い雪に青い夏を教えて』をお読みいただきありがとうございます!

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