第二十四代将軍、徳川景家
「セイジ。オウガを虐めるのも程々にね」
「はい、若様」
桜河に抜き身の刀を突き付ける誠司は、若様の言葉に素直に従って鞘へと刀を収めた。そのようすを桜河が目で追っていると、目が合うなり誠司にジロリと睨まれてしまう。
「さて、どこから話そうか」
誠司が桜河の隣に移動したのを見計らって、若様が口を開いた。
「まずは自己紹介からかな? ボクの名前は徳川景家。江戸時代から大政奉還後も密かに続く徳川幕府の二十四代目将軍だよ。そして、帝都維新部隊の創始者で総指揮官でもある」
御簾の中の小さな影はゆったりとした口調で淡々と言葉を紡いでいく。
「将軍!? 幕藩制は明治になる時に終わったはずだろ!?」
「よく勉強しているね。情け無いことにオウガの言う通りだ。⋯⋯将軍といっても名ばかりで、今はもう政治に関与する力も効力もない」
桜河が困惑していると、若様こと景家がフッと自嘲気味に笑う。
「そこで、だ。ボクは再びこの日本を徳川の太平の世にしたいんだ。大政奉還後、ボクはずっと新政府の出方を伺っていたが、どうだろう。現政府の統治で甘い汁を啜るのは官僚や一部の権力者のみで、国民は法律や規則という名の鎖で雁字搦めにされている。そんな現状を目の当たりにして、政権を奪われた後もボクたちは反逆の機会を伺っていた。そして、やっとそのチャンスが巡って来たんだ」
穏やかだった景家の雰囲気が変わり、その場にピリピリとした空気が漂う。
「なんで、今なんだ?」
ごくりと唾を呑んで桜河が尋ねる。
まるでフィクションのようで現実味のない話だったが、景家の話振りには何故だか信じたくなるような妙な説得力があった。
「キミたち————オウガやセイジが生まれてきたからだよ。もちろん、協力者はまだ他にもいる。⋯⋯これで漸く、長きに渡るボクたちの悲願が叶うんだ」
「⋯⋯こいつはまだしも、俺が生まれたこととどう関係あるんだよ?」
桜河は首を傾げて、真剣な顔で景家の話に聴き入る誠司を見やる。
「それはね、オウガ。君がとある人物の生まれ変わりだからだよ。前世では“ボク”たちと共に、旧幕府軍として戦ってくれたんだ。そこにいる、セイジと同じようにね」
「はぁ!? 巫山戯たこと言うんじゃねえ! そんなの信じられるわけがないし、そもそも俺にそんな記憶はないっ! たとえそれが本当のことだとしても、確か現政府の政策で“無許可の会合や組織の結成を禁ずる”っていうのがあるよな? これに違反したら捕まるんだろ? 俺はそんな高リスクなことは出来ないし、する義理もないっ」
景家の話は、桜河にはおよそ信じられる内容ではなかった。しかし、御簾越しに「キミは、忘れてしまったんだね」という悲しげな呟きが聴こえて来て、何故だかズキンと酷く胸が痛んだ。
「⋯⋯表向きにはボクたちは、才能ある若者を支援する教育機関だ。もちろん、これに関しては政府の認可済みだし、キミの今後の進路にも有利になるだろう。現政府は完璧に統制された世論や経済に油断している。牙を剥くには今が絶好のチャンスなんだよ」
進路に有利、という言葉に桜河の心がグラリと揺れる。しかし、なんとかそれを律して口を開いた。
「 ⋯⋯仮に俺が引き受けたとして、俺たちに人殺しをさせるつもりかよ。それをあんたは此処で高みの見物ってか?」
桜河は不可解な胸の痛みや自分には存在しない記憶を懐かしそうに語る景家に、行き所のないイライラをぶつけるかのように問いかける。
「革命に犠牲はつきものだ。だけど、キミたち若者にそんな咎を背負わせるつもりはないよ。あくまでもターゲットは殺さずに生け捕りだ。⋯⋯それに、ボクたちは運命共同体。時が来ればボクだって戦いに出るつもりだよ。キミたちだけに辛く、苦しい思いは決してさせないと誓うよ。⋯⋯もう、ボクのために傷付いていく子たちをただ見ているだけはたくさんだ」
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