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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

未来創造者達へ~作戦K17~17才が全員攫われる話

作者: 秋月 レイ

17歳の誕生日を迎えた、少年少女が、次々と姿を消します。

転移先は、いわゆる異世界? ではありません。


元気の良い、女子高生の一人称です。楽しんで頂ければ幸いです。


一話完結です。



  1 あいつが消えた  


 世間が本格的に騒ぎ始めたのが、4月2日の夕方。

 TwitterやSNSに遅れて、新聞やテレビが本腰を入れて事件を取り上げ出したのは、4月3日になってからの事だった。そして、今日は4月4日の夜。


『……警察の調べによりますと、姿を消した少年少女達は、いずれも17歳であり―― 尚、不思議な事に、全員が姿を消した当日が誕生日であった、と伝えられております』


 特別報道番組、と銘打って、原稿を読むアナウンサーの声が、空しく響く。

『……あ、ただ今、新しい情報が入りました。何と、4月2日未明から本日までの間に日本国内で17歳の誕生日を迎えた全ての少年少女が蒸発、つまり行方が分からなくなったと言う報告が来ています……この異常な現象をどう思われますか、T大学社会心理学教授のY先生に御意見を伺ってみましょう』


 初老の、冴えないおじさんの顔がアップになる。

『えー。何と言いましょうか、確かに特殊な事態ですな。しかし、今日の若い学生は、時々突拍子もない事を考えますからなぁ』

『……と、言いますと。この姿を消した少年達全員が、何らかの目的で示し合わせて、このような事を仕組んだと……いや、まさかそんなことはいくらなんでも……全員ですよ?』

『まあ、目的が有るかどうかは別として、そういう可能性は今の段階では否定出来ない、と言うことですな。まあ、新しい形の宗教活動の一端とも――』


「冗談じゃないわ!馬鹿も休み休み言ったらどうなのよ!」 

 とうとうあたしは我慢しきれなくなって、画面をどんっと殴りつけた。

 関節が白くなるまで握りしめた拳を、静電気がパシ、ピリ、と乾いた音を立ててくすぐった。


 あたしの周りで最初に姿を消したのは、よりにもよって同じクラスの上村勇司だった。

 4月2日。あいつの誕生日。

 まだ始業式前の春休みだけれど、あたしは彼が剣道部の練習で、その日も学校に行っていることを、ちゃんと知っていた。

 なぜって。うん。

 口の悪い、いわゆるガキ大将タイプなんだけど……その真っすぐな物の考え方や、明るい笑顔に、あたしはずっと前から密かに惚れていたのだ。

 告白、なんて恐ろしい事はとても出来やしないけど。彼が以前好きだって言ってたアーティストの新曲。部活帰りをつかまえて、さりげなく渡すつもりだった。


『へえー上村、今日も部活だったの? いいわね、青春野郎は。それにしても汗くさいわねー』

とか、なんとかごまかしながら、すれ違いざまに振り返って、思い出したように。

『あっそうだ、あんたこの人の曲好きだって言ってたよね。さっき友達に返して貰ったんだけどさ、うっかりもう一つ同じの買っちゃってたから、良かったらあんたにあげようか?』

 なんて言ったりして。本当はわざわざ予約してCDを2つ買って、あたしの想いを代弁してくれている様なその曲を、手渡ししたかった。

 彼が、『お、マジか。今日オレの誕生日だって知ってた?ラッキー!サンキュー』って言って、あの笑顔を見せてくれる瞬間や、はたまたインデックスの裏に虫メガネで見なきゃいけないような小さな字で書いたI love youに、いつか気付いてくれたら……なんて事を考えて、ニヤついたりなんかして。


 とにかく、その日あたしは様々な妄想に悶々と身もだえしつつも、彼がいつも通る川べりの小道で、ずっと待ち伏せし続けていたのだった。――断じてストーカーじゃないからね。

 ――確かに、彼は来た。

 川べりに続く生け垣の向こうから、こちらへやって来る姿を、あの時あたしは確かに見たのだ。

 そりゃ、視力はあんまり良くないけど。

 見覚えのある竹刀。姿勢の良い闊達な歩き方。例えどんなに離れていようと、あたしが、あいつを見間違う筈なんてない。

 なのに。いつまで経っても。息を飲んでずっと見つめていたのに。

 生け垣のこちら側に、彼の姿は現れなかった――。

 あの道には、脇道なんて無い筈なのに。



 彼の家の人から、電話があったのは4月4日の晩、つい先ほどだ。

 一昨日から家に帰っていない、と言うのだ。昔のクラス名簿を引っぱり出して来て、名前を聞いたことのある級友に片っ端から連絡しているんだけど、未だに行方が不明だって。

(夜遅く後免なさいね、でも妙な噂を聞いたから……)

 と、口を濁しながら言う電話の向こうの上品な声は、心なしか震えていた。

 そりゃ、お母様もご心配でしょうけど。あれから、あたしも、心配でずっと寝れていないのよ!


 それなのに、それなのに。何よ、このテレビは!

 若者の集団エスケープだあ? 集団ヒステリーだあ? 宗教だあ? 何だか知らないけど、とにかく、そんなわけ無いでしょうが! 少なくともあいつが、んなことするわきゃないだろうが!

 ――そもそも、どうやったら誕生日に蒸発率百パーセント何て、芸当が出来んのよ、ええ?


 余りの腹立たしさに、あたしはドカドカとテレビを殴り続けた。

 そしたら、母さんと妹が飛んで来て、あたしを羽交い締めにするじゃないの。何でよ!?


 あたしが血走った目でテレビと格闘なんておっ始めるもんだから、てっきりご乱心あそばしたと思ったらしい。ヒドイ。


 4月8日。始業式。

やっぱり、あいつの姿は見えなかった。せっかくまたクラスも一緒になって、しかも出席番号順だから、席も隣同士だっていうのに! 

 何で肝心の本人がいないのよぉ。神様、あたしに何か恨みでもあるの!

 あたしがどっぷり不幸に浸っている間にも、クラスのざわめきは最大限のボリュームで、あたしの耳を刺激した。

「おい、うちの学校でも何人か消えたってのはやっぱり本当なのかな?」

「隣のクラスの山下君と安西さんも消えたって話よぉ」

 どうやら、他のクラスでも姿を消した人がいて、学年では5、6人いるらしい。話題はそれで持ち切りだった。

 そんな中でも、本日一際注目を集めていたのが、池山君。


 何と彼は、今日が誕生日だと言うのだ。

 日頃のしょうもないギャグ程度では得られない皆の注目を浴びて、彼はごきげんだった。この人、自分が消えるかも知れないってのに、心配じゃないのかしら。

 そうこうしてる内に、時間より随分遅れて、新しい担任の若い先生が入って来た。彼は開口一番、努めて明るく、こう言った。

「えー、何かと取り沙汰されているようだが……。このクラスでも、一人行方不明者がいるんだったな。皆、何か知っている事があったら隠さず俺に言ってくれよ!はっはっは。

 ところで、まさかこの中に今日が誕生日だって奴はいないよなぁ――」

「はいっ」

 高らかに手が上がる。例の池山君だ。

「オレ、今日が17歳の誕生日ですっ。それも、生まれたのは朝の9時半頃!だからもうすぐ消えまーす」

 どっと皆の声が上がり、先生の口元がひくっと痙攣した。

「そっそれ――本当か。9時半って……あと、13分……」

 一瞬、教室の中がシーンと静まり返った。

 やがて、ひそひそざわざわと皆が騒ぎ出すと、先生はハッと我に返って言った。

「はっははっ。消えるのか。おーそうか。よし、見ててやるからやってみろ。いいか、急に立ち上がって出て行くのはなしだぞ。消えるんなら、かき消すように、パッと消えてみろ。そうでなきゃ俺は認めん!」

 うーん。この先生、ちょっとヤケクソ気味じゃないだろうか。

「えー、そんな。オレ、エスパーじゃないから自信ないなー」

「男が一度言った事はちゃんと守れ! なーんてな。……馬鹿な話はこのくらいにして、HR始めようか」

 なんて言ってみたところで。

 そんなの皆、身が入る訳ない。固唾を呑んでその後の13分間、池山君を見守った。

 彼の人生に於いてこれ程人の注目を集めたことなど、後にも先にもこれっきりに違いない。

 

 9時半ジャスト。何も起こらない。

 皆ほっとして、と言うかガッカリして、と言うか、とにかく緊張を解いて、顔を見合わせた。

 またしてもガヤガヤと教室中に話し声が広がった。

「よお、池山、消えらんなくて残念だったな!」

 池山君の後ろの男の子が、ポンと肩を叩こうとした。

 そしたら――そしたら。その手はスイッと空しく空振りしたのだった。

 あたしの時計では、9時35分。池山君は、めでたく男の公約を果たして、消えてしまったのでありました。


 もちろんその後は大パニック状態。

 しばらくして、あたし達は下校させられたのだった。



  2 あたしが消えた


  それからも、容赦無く17歳人口は減り続けた。


『本日正午の報告では、既に33万8千7人の行方不明者が出ている模様で――』

今日は6月9日。

 あれからもう2カ月も経っているのだ。

『尚、この現象は既に報道のある通り、我が国と英国のみで起こっており、両国の島国性や歴史の深さなど様々な視点での類似点に関連性があるのかとの疑問が――』

 毎日、生徒達が減って行くにも拘わらず、今日まで学校授業はどうにか行われていた。

 でも、登校は強制されない。今は本人の自由意志に任されていた。


『尚、我が国に留学中の少年少女の内、神隠しに遭うのは英国籍の者だけではなく、長年滞在している一部他国籍の生徒にも起こることが判明しており、海外留学中の日本人生徒の間でも、まれに消えない者がいるのは何故かという疑問と共に検討がなされて――』


 現に、あたしは今日まで一日も休まず学校へ行っているけど、生徒の数は目に見えて減って来ている。それは、誕生日が訪れる前から出て来なくなる人が結構いるせいで、藁をもつかむ思いで海外へ脱出した人も何人かいるみたい。でも、大抵はその努力も水泡に帰すらしい。

 10あったクラスも、今では再編成で、たったの3クラス。それもいつまで持つか分かったものじゃなかった。

『今なお原因不明のこの神隠し、様々な説が飛び交う中で、現在最も有力な宇宙人陰謀説と、別次元転移説、それに新説として、時間の歪み説の三つにスポットを当てて、今日はこの謎に迫りたいと思います。果たして彼らは帰るのか帰らないのか――』


「うるさいわね!」

 

 あたしはカッと頭に来てテレビのスイッチを切った。

 家族の視線が背中に痛い。

 でも、仕方ないじゃない。こんなの聞いてたら平静でいられないよ。そりゃ、当事者でない人は、この世にも珍しい事態を面白おかしく話せるかもしれない。でも、あたしは――あたし達は――

「美緒……」

 心配そうに、お父さんがあたしに声を掛けた。

「ごめん! あたし2階に行く!」

 これ以上家族に見られている事が耐えられなくなって、あたし は自分の部屋へと駆け上がった。

 バタン、と戸を閉めると、涙がこぼれた。

 そう。どうなるか分からない自分の未来を憂えて、毎日遊び歩いている人も大勢いる。

 あたしは、もう2度と会えないかも知れないクラスメイト達と、少しでも長い間一緒にいたい、と思って学校へ行ってるんだけど。

 そこでも、ハデな告白合戦なんか日常茶飯事だ。これも、あたしの胸には結構こたえる。何てったって、あたしが告白すべき相手は、とうに消えてしまっているんだから。

(ユウジ――あんた一体、今頃何処で何してるんだろね。あたし、またいつか、あんたに会えるんだろうか――)

 彼に会えないって事は抜きにしても、初めの頃は実は結構、あたしもこの状況を楽しんでいた。何しろ、いきなり地獄の受験勉強が、『そんなくだらない事』に成り下がったのだから。

 目の前の不透明な膜がはがれ落ちて、未知の世界がぱっと開けたような、不思議な快感に酔いしれたりもした。

 大体、どんな人間にも心の隅に少しぐらいは蒸発願望ってやつがあるのだ。特に、いろんな意味でつまづく事の多い、あたし達の様な年頃には。

 うん。『なるようになるさ』的な楽観主義が、初めのショックを過ぎたあたしの中に、かなりのウエイトを占めていたのよ。つい、こないだまでは。

 だから、一部の誰かさん達みたいに、おかしくなったりする事もなく、無事今日まで来れた。


 だけど。仲のいい友達が一人減り、二人減りして。だんだんあたしの番が近づいて来て。

 ――近ごろのあたしは、急に笑い出したり、悲しくなったり。すごく、変なのだ。

  ああ、ユウジ、逢いたいよ。

 あたしの生まれた日、6月30日が近づいて来る――。


 「ねぇ母さん、あたしが生まれたの、正確には何時何分なの?」

「そおねぇ。明け方の……5時過ぎ頃だと思うんだけど」

「頃?はっきりしないなぁ。娘を生んだ時間ぐらい、ちゃんと覚えててよ」

「そんな事言ったって……お母さん、時計なんて見てる余裕なかったもの」

 ――あのね。分かってるわよ、それぐらい。母子手帳とか何かあるでしょーが。

 あたしは、がっくりと気が抜けた。顔はあたしに似て、けっこう美人だけど、この人抜けてるのよね、どっか。

「それよりねぇ、ミオちゃん、明日はとうとうあなたの誕生日なんだから………お母さん、今日はとびっきりの御馳走用意するわね。だから、こないだ買ったあのお洋服着て、うんとオシャレするのよ。消えてしまって、何処に行くか分からないけど、何処へ出ても恥ずかしくない格好して――」


 そこで、母さんは言葉に詰まって、涙ぐんだ。参ったなぁ。

 妙に優しいと思ったら、涙もろくなるんだもの。

 ごめんね。母さん。自分勝手で、親不孝者だったね、あたし。今すごくそう思う。

 もしまた戻れたら、きっといい娘になるよ……。


 それは、今まで迎えた誕生日の中で、一番豪華で、不思議で、そして悲しい誕生日だった。

 17本目のロウソクを吹き消す。

 ケーキも食事も、あたしの好きな物ばかりだったけど。味なんて、ろくに分からなかった。

 あたしが無理に明るく振る舞おうとしているのが分かるのか、父さんも母さんも、妹の美里も、皆笑顔がぎこちなかった。

 やだな。湿っぽいのって、あたしが一番苦手な雰囲気なのに。

 ここは一発、カラオケでもやってみようか。それとも――


 なんて。家族と別れるってのに、あたしはタンバリン片手に歌って踊ってりまくって、かなり馬鹿な事をいろいろやって、16歳最後の夜を過ごしたのだった。

 やがて、白々と夜が明け。

 あたしは恋しいユウジと巡り逢える事を祈りつつ――家族の前から姿を消したのだった。

 時刻はAM5:07。母さん、今度はちゃんと覚えててね――



3 一体ここは……


 いきなり、あたしは現れた。

 何処って。――それがでっかい変な木の上なのだ。

 どおしてよぉぉ!!   


 別にテレビに洗脳されたわけじゃないけど、あたしはそれなりに、宇宙人か何か、そういう、もう、すごいモノと御体面するんじゃないかと内心思っていたのだ。

 けど。やたらチクチクする木の葉を押し分けて、周囲の様子をよく見てみたら。


 やっぱり、すごい所だった。

 辺りは、一面の緑。異常にでかいシダ植物みたいな、トゲトゲ葉っぱの植物がうようよと生えていて、太陽の光りにてらてらと輝いている。

 何か、嫌な予感。あたしこの風景、どっかで見たことある。


 遮る物のない空は、果てしなく透明な薄いブルー。そして、飛んでいるのは、飛んでいるのは……。  

 プテラノドン。


 あたしは頭を抱えてしまった。

 もしかして、もしかして。考えたくもないけど。ここは恐竜時代……。

 ジュラシックパークかよ。


 とっとにかく、ここから降りねば。

 あたしは混乱して労働拒否する頭を叱り飛ばして、ようやくそれだけの事を思い立つと、のろのろと足を伸ばした。

 う、枝がない……。

 あたしが乗っかっている変な木もやはり、ヤシみたいなトゲトゲ葉っぱの植物。

 故に、一番下の足掛かりから地面までの約4メートル程は、ほんのお情け程度の凹凸しかない、ずんべらぼんの幹だけ。

 そしてあたしの服は、新調したばかりの洒落たブレザーに、スカート。

 何でいつもデニムにTシャツのあたしが、よりによってこんな時、スカート履いてなきゃなんないのよ!

 ふん、でもいいか。誰に覗かれる訳じゃ無し。なんだこんな木ぐらい。

 あたしは子供の頃、木登り得意だったんだからね。かつてのお転婆、ミオさんをナメんなよ……。

 そろそろと降り始め、後2メートル、という所で。誰かがいきなり声を掛けた。


「さ、佐藤!?」

「ぎゃあぁぁ!?」

 あたしは足を滑らせて、そのまま下までずるずると滑り落ちてしまった。

 誰よいったい!人が何してんのか見て分からんのか!

 お陰であたしは手と膝と……内股をすりむいちゃったじゃないのよ!

 キっとなってそいつを睨みつけようとして。

 あたしは思わず叫んでしまった。 


「ユ、ユウ……」

 あわわ。あたしは慌てて口を押さえた。心の中ではいつもこいつを名前で呼んでたから、つい。

 そう。

 目の前に立っていたのは――はだけたシャツの肩に、見覚えのある竹刀をかついで立っているのは。あたしが死ぬほど会いたいと思い続けていた、上村勇司その人だった。


「佐藤、お前――」

(うんうん。何?)

「パンツ白――」

「なあによぉぉ!」

 あたしは力一杯、ユウジの顔を張り倒してしまっていた。

 こ、これが3カ月ぶりにやっと会えた想い人との再会シーンだなんて……あたしはつくづく情けなかった。


 不思議な事に、彼がこの世界に来たのは、ほんの数時間前だ、という事だった。

 それに。

 これは当然と言えば当然かも知れないんだけど。彼の他にも先客がいた。

 この異境にユウジと二人っきり! ――なんて、一瞬不安なんか完全にぶっ飛んでしまって、ただもう会えた感動と、甘い冒険とロマンスの予感に胸を躍らせてしまったあたしだったから、それを聞いた時には、ちょっとがっかりしてしまったのだった。正直言って。


 ユウジに連れられて、樹々の中にぽっかり空いた小さな広場みたいな所へ行くと、男の子が2人、朽ちかけた巨木の上に腰掛けていた。

「おい、また一人仲間が増えたぜ」

 ユウジが雑にあたしを紹介した。

「あ、ども。佐藤美緒です」あたしはお辞儀した。

「やあ、4人目は女の子か。ミオちゃん?かわいい名前だな」

 と、やけに馴れ馴れしいと言うか、こそばゆいことを照れもせずに言ってくれるのが、江永克之君。背が高くて、茶色い髪の、甘い瞳の二枚目。さぞやその調子で女の子を騒がしているのだろう、てなタイプだ。

「あ……よろしく」

 とだけ言って、ペコリと頭を下げたのが、小田正君。はっきり言って、暗そう。そのちょっと小太り気味のスタイルや、おどおどした目付き(この状況では、それが当たり前か?)は、どう見ても、クラスで一番印象の薄い奴、ってタイプだ。

 うーん。見事な対象コンビ。光と影ね。でも、やっぱユウジが一番かっこいい……。

 なんて、ぼんやり考えていると。あたしの頭を、ユウジがぽかんと叩いた。

「こら、何ぼんやりしてるんだ。置いてくぞ」

「え?何処へ行くの?」

「……お前何も聞いてなかったな。今日のねぐらだよ!江永が見つけたんだ。何ならお前一人、ここで寝るか?」

 あたしはぶんぶんと首を振って、慌ててついて行った。冗談でも、こんな所に置いて行くなんて言わないでほしい。ここは――ここは恐竜の世界なんだからね!


 ねぐら、と言うのは、小さな洞穴だった。

「ま、夜露をしのげれば上等だな」

 ユウジがそう言って、どかりと腰を下ろした。

「で、他には何があった?」

 その回りを囲むように座った、あたし達に向かって言う。

 どうやら三人で手分けして周囲を偵察していたらしい。その途中で、ユウジはあたしを見つけたのだ。

「別に。僕は、この洞窟を見つけただけさ。後はずっとジャングルだよ」

「――同じく」

ユウジは溜め息をついた。

「オレもだ。ただ、こいつを見つけた先に、川があった。水はそこで調達できるだろう」

「――あの。それであたし達、これからどうすんの?」

 あたしは、おずおずと尋ねた。ほんの数時間前に着いたというのに、ちゃんと付近の様子を見回ってるなんて、さすが男子だ。

「決まってんだろ。ここでうだうだしてても始まらない。とりあえず、今晩のメシと火の用意をしなきゃ」

「……メシって、まさか、トカゲとか……」

「他に食い物があれば別だけどな」

 ちょっと眉をひそめながらも、ユウジはきっぱりと肯定した。

 あたしはがっくりと肩を落として、今更ながら自分の置かれた凄まじい状況を再認識するのだった。

 その後、あたし達は、今度は4人揃って、食料調達に出掛けた。

 でも、食料……?

 足元を穴が空くほど見ても、落ちているのは朽ちかけた葉や枝ばかりで、靴を履いていないあたしの足の下に、暖かく発酵して広がっているばかり。

 トカゲ一匹だっていやしない。(樹々の間を、時々羽の生えたトカゲみたいなのが飛んでるけど、どーやって捕まえるんだ? あんなの)

 いくら有史以前だからって、やたらごろごろ生物がいるわけじゃないのね。


 なんて言うけど。もちろん、それは食べるに値するだけの生き物を探しているからであって。そこら辺から時々、突然沸いて出る、どでかいゴギブリモドキや、ナナフシやキリギリスみたいなのは別。

 どっちかって言うと、そんなのは無視したい。べ、別に怖かないけど。 

 いきなり目の前に出て来られると、やっぱドキっとするのだ、これが。

 こんな時、「キャー!」な~んて、ユウジに抱き着ければいいんだろうけど。

 生憎、こいつには、正体ばれてるしな、あたし……。


 てなことを悶々と考えつつ。

 あたし達4人は、ユウジが見つけたと言う川へと辿り着いた。

 薄暗い林を抜けると、ぱっと明るくなった。

 何て雄大な景観だろう。

 河の淵まで、ぽつりぽつりと岩肌にしがみつく様に背の低い植物が生えていて。対岸は、泥と枯れた植物が織り成す豊潤な土壌。

 そして、その間を流れる川は、目も覚める程に透明度の高い水を湛えて。

 ゆったりと、たゆたっていた。

 その先は――巨大な樹々の間から、ぬっとそそり立つ岸壁のオンパレード。どの岩山も、でかいばかりか、ごつごつと鋭角のエッジを持ち、それでいて何処にも割れ目がない完全な一つの岩。そんなのが、幾つも、幾つも――青く霞んで、地平線に消えるまで、気が遠くなる程遠くまで、続いているのだった。


 空には小さく翼竜が飛び交って。

(プテラノドンじゃなくって、尻尾があるから、あれはランフォリンクスって言うんだそうだ)

 あたし達は、息を飲んでそれを見つめていた。

 ここは、本当に地球だろうか。

 本当に、太古の地球は、こんなにすごい所だったんだろうか。大自然、なんて言葉じゃ生ぬるい。

 ここは、もう、超ウルトラ級・自然氾濫ワールドだ。


 いつの間にか、あたしはポカンと口を開けていたらしい。またしても、ユウジにどやされてしまった。

「生きてく気があるんなら、ぼやぼやするな!」

 何よ。ったく。あんたに命令される筋合いはないわよ。こんな所にいきなり来ちゃったんだから、茫然としたくもなるわよ。大体、あたしは恐竜時代なんて来たことないんだから。あんたみたいに非常識な程、現実主義にはなれないんだから……。

 そう言ってやろうとして、あたしは彼を睨みつけた。

 でも、実際にそのセリフが口から出る前に、あたしはまたしてもポカンと口を開けるはめになった。 「あ、あれ……何?」

 水から半分突き出た岩の上に、妙なものが乗っかっていた。

 あたしは目をこすった――。

 そこには、何と、魚が昼寝していたのだ。


 あたしのただ事でない驚き様に、皆が一斉にその方角を見た。

「――あたし、魚が日光浴してるのなんて、初めて見た」

「オレもだけど……多分、肺魚の仲間かなんかだな。うん、いいもの見つけた」

 最後のセリフに、あたしは不吉な物を感じた。

 そしたら。案の定、ユウジは手に竹刀を握り締めているじゃないの。

「おい、江永、小田。向こうへ回ってくれ」


 ひえー。あ、あれを食料にする気なんだ!

 あたしは絶句して、一歩もそこから動けなくなってしまった 。

「とりゃ!」

 威勢のいい掛け声と共に、竹刀が振り下ろされる。剣道二段のユウジの竹刀だ。当たったら痛いだろうな。かわいそうに。

 と、思いきや。魚はクルリと踵を返すと、ボチャン、と水に入ってしまった。

 どうやら両側から忍び寄る不気味な殺気を感じて逃げたらしい。

「くそっ逃がしたか」

 男供は悔しがった。でも悪いけど、あたしはそれを見て笑ってしまった。

「馬鹿っ。そうやって呑気に笑ってっと、日暮れまでに食いモンが手に入らねーぞ!」

 ――それは困る。


 と、言う訳で、あたしも食料捕獲作戦に参加したのだった。

 始めは、皆で魚を追い詰め、石や棒で突こうとしてやっきになっていた。でも、そう簡単に向こうも突かれちゃくれないのだ。

 とうとう、男供は業を煮やして服を脱いで飛び込む、と言い出したので、女のあたしは一人、ジャングルの方へ追いやられてしまった。

 ふん、だ。あんた達よりもっといい物見つけてやるんだから。何も捕まんなくて、後で泣きつくんじゃないわよ! と、ぼやきつつ。

 でも、あいつらが追い回してたのって、どう見てもシーラカンスもどきよ、ねぇ。

 ――そんなの食べたりして、いいのかしらん。


 あたしはその後数時間、ジャングルをさ迷って、くせがあるけど何とか食べれそうな植物を幾つか見つけて、河(川と呼ぶには大きすぎるのでこう呼ぶことにした)へ戻った。

 そしたら。けしからんことに、男供はさっきの魚みたいに、河岸にごろごろと転がっていたのだった。

「ちょっと、人に向こう行け、って言っといて、何よこのザマは? 一匹でも捕れたんでしょうね!」

「――ほれ」

 

 目で促された方を見ると、ちっこいのが一匹っきり。

「明日また網でも作って、再チャレンジだな」

 悪びれもせず、そう言うじゃないの。よっぽど蹴飛ばしてやろうかと思ったけど、その時、あたしの目に、ちらりと映るものがあった。

 ――さっきの昼寝魚だ。

 そいつは、のそのそと水から上がって来ると、折しも暮れ始めた夕日の強烈なオレンジ色に、気持ち良さそうに背中をあぶり始めた。

「ちょっとこれ貸して!」

 あたしはユウジから竹刀を引ったくると、そろりそろりとそいつの方へ忍び寄った。

 うーん。この魚、目開きっぱなしで、瞬きしないけど、ちゃんと見えてるんだろうか。なんて考えつつも、一歩、二歩。どうやら魚は余りの心地よさに恍惚の体であるらしく、首尾よく近寄る事が出来た。

 よし、今だっ!


「面ー!」

 ぼこ。

 鈍い音と共に、魚は水の中へ。


 あ、逃がしちゃったかな、と思いきや。

 しばらくして、魚はぷっかりと腹を見せて浮いて来たのだった。

「やったー!」

 得意満面、振り返ると。

 一瞬の静寂の後。失礼な事に、皆一斉に吹き出してくれたのだった。

「そ、そりゃあ確かに『面!』には違いないけどさあ……」

 ユウジなんて、息も絶え絶えに笑い転げているのだった。


 その後、奴は帰り道もずっと、あたしの横でくすくす笑い続けた。

 原色のオレンジ色に、全身を染めながら。



4 ユカリ出現


 そろそろ日も本格的に陰り始め、あたし達は拾い集めた薪(?)に以前何かで読んだ方法で火を起こそうと、悪戦苦闘していた。

 でも、一向に火がつく気配なし。やっぱりシロウトには無理なのだわ。

 すっかり疲れ果てて、暗闇の中、顔を見合わせた時。

 いきなり、何かどでかい白い物がそこに降って来た。

 ――ついでに、すごい声。

  「キャア、何よ! 真っ暗ぁ、ここどこ?」


 ――断っておくけど、これを叫んだのはあたしじゃない。その白いものだ。

「もう、ったく……」

 その白いものは、ごそごそと動いた後、何かを取り出して、パッと――明かりを点けた。

 眩しい光が直接あたしの顔を照らす。

「――あんた誰? 宇宙人?」

 光の向こうで、そいつは信じられない事をほざいた。馬鹿か! あたしが宇宙人なら、お前はバケモノだ。

 でも。はてな。この声は、女の子の声だ。言葉は日本語。て、ことは……。

 あたしがそれに気づいて、何か言う前に。

「そっその声はユカリ?」

「え? その声はカツユキ?」

 声の主は、ぱっとライトを江永君の方へ向けた。

 ほとんど同時に、がばりと抱き着く。うわー、大胆。  


 さて、何が起こったかというと。

 声の主の正体は、その白いでかい物の方ではなかった。(当然ながら)

 ぽんっと弾けるように江永君に飛びついたのは、白いトレーナーに黒いパンツ姿の、髪の長い女の子だった。どうやら二人は知り合いらしい。

「カツユキ! 会えて良かったぁ」

 その子は、ぎゅっと彼に抱き着いたままだ。

 人の前でいちゃつかないでもらいたい。

 でも、ちょっと羨ましい気がしなくもないな。だって、あたしも、もしユウジに会えたら、そうしたいって思ってたんだもの。

「お取り込み中悪いんだけど、その子、お前の知り合いか?」

 その当惑に近い雰囲気を破ったのは、ユウジの声だった。その声に、はっとその子は我に返ったようだった。

「――? 他にも誰かいるの?」

 当たり前だ。現にあんた、さっきあたしを見たじゃない。一体何だと思ったのよ。

「あ、ああ。これは、僕の幼なじみの有坂ゆかり」


 その時、洞窟の中から、騒ぎを聞き付けて、小田君が出て来た。

 途端に、棒でも呑んだ様に立ち尽くす。当然よね、変な女が文字どおり降って沸いたんだから。

 でも、その反応が、ちょっと意外だった。

「ユ、ユカリさん……」

 何と、小田君も、彼女を知っているらしいのだった。


有坂ゆかりが白い巨大な塊に見えたのは、彼女が巨大なふろしき包みと一緒に降って来たからだった。

 何と彼女、その中にありとあらゆる必需品を詰め込んでいたのだ。現に、あれ程あたし達が苦労した火も、彼女が取り出したライターで一挙解決。

 その他、料理用のナベやフライパン、油まで、取り出したのだ。まるで太り過ぎのドラえもんのポケットだ。

 それにしても、この子、一体何処へ行くつもりでこんなの用意して来たんだろうか。

 ま、役に立つから文句は言わないけどね――。


 原始の味のする、不思議な晩ご飯の間に、そのナゾは解けた。

 彼女の誕生日は、3月3日。あたし達の代では、ほとんど最後の方の人なのだ。

 それで、彼女には、あたし達よりもずーっと、色々考えたり用意したりする時間があったという訳。

 もともとわがまま、心配症の気がある彼女は、従って用意魔で、あれもこれもと集めていく内に、こーんな大荷物になったんだとか。

 でも、これ、全部で100kgはありそう。風呂敷じゃ間に合わなくて、その布がシーツだってのにも、恐れ入った。


 けど。まあ、それはいいとして。

 あたしは、どうもこのユカリって子が気に入らなかった。

 ま、第一印象も良くなかったけど。話をしていてもう一つ分かった事がある。

 この子が、実によく憎たれ口をたたく女だという事。

 この世界に、あたしと彼女二人っきりの女だと知ると、途端に目がライバル宣言している。

 カツユキには絶対近づけないぞって感じなのに、ユウジにも色目を使う。――やな性格だ。

 でも、何が一番気に入らないかってぇと。

 彼女がちゃんとズボンを履いてたって事。

 いっつもGパンのあたしが、久方ぶりのユウジとの御体面に、パンチラを披露してしまったってのに、いつもふわふわのスカート履いてそうなこの子が、何でちゃっかりズボンなの !


  その夜、暖かい満天の星空の下で、色々と話し合いながら、ふとあたしは感じた。

 これは、神様の試練なんだって。

 だらけきった若者に、喝を入れる為のサバイバル。

 そして、密かに想いを寄せ合う少年と少女をパートナーとして……。

 でも。あたしとユウジ、江永君とユカリがペアだとして。――小田君が一人余るわね。……はて? 


 ま、深い事は考えないでおこう。

 あたしはその夜、絶対に眠れないと思いつつ、ぐっすりと眠りに堕ちて行ったのだった――。



     5 原始の生活


 翌朝、あたしとユカリは、洗面器、ナベ、ヤカン、とにかく何でも水の入りそうな物を、昨日魚を運ぶ為に作った簡単なソリに乗せて、河へ水を汲みに出掛けることにした。

 何と言っても、水がなきゃ始まらない。

 辺りは、すっごい霧。ちょっと離れただけで、もう洞窟の入り口が見えなくなった。

 大きく息をしたらむせ返りそうな程に、濃い霧。それは、山で急に雨に遭ったときの匂いに似ていた。太古の大地の匂い――。水の中で、もし呼吸が出来たら、こんな感じなんじゃないだろうか。


 やがて、ゆっくりと霧が晴れ始めた。

 朝露が、ぽとぽとと周囲で音を立てている。その量が半端じゃない。まるで植物そのものが、水を絞り出しているみたい。透き通った、きれいな水。飲んでみると、ほのかに緑の味がした。

 うん。これなら、わざわざ河へ行かなくても、きれいな水が手に入るよね。

 あたし達は、滴る水滴の下に入れ物をありったけ仕掛け終わると、急に暇になり、結局散歩がてら、河の方へ行くことにした。


 河までは、三十分。この道程を、さっきまでは、重たい水運んで戻んなきゃと、覚悟していたので、助かった。

 朝の河は、また格別に美しかった。

 水は輝き、魚は跳ねる。

 ちょっとBIGサイズ過ぎるトンボだって、よく見れば風情があって良いかも知れない。

 前方には、朝日に輝く太古の樹海。良いわあ。

 思わずうっとりとしていると、急にもっとあちこち見て回りたくなった。

「ユカリ、あたし河の上流をちょっと覗いて来たいんだけど、――あんたも来る?」

 江永君がユカリ、ユカリって言うもんだから、初対面のユウジまでが彼女を名前で呼ぶ。

 ふん、なにさ。あたしだって、まだ苗字で呼ばれてるってのに。

 異境の地に、たった二人きりの女性なのに、いやそれだからこそ、お互いに対抗意識を抱いてしまう。実際には、いろんな物を提供してもらってるあたしの方が頭が上がんないんだけどね。このズボンも靴も、借り物だし。

 ――それにしても、ズボンのウェストがちょっときついのにも、一々むかついてしまうんだよなぁ。


 ユカリは疲れる、とか何とか言いながらも、ついて来た。要するに、自分も見たいのだ。

 河を少し昇った所には、大きな崖がある。河はその下を大きく迂回して、先へ続いていた。

 あたし達は、その陰になった所を、てくてくと通り抜けた。


 突然、視界が広がった。

 崖の向こう側は浅い谷になっていて、かなり大きな湖のようになっていた。

 その中に――居たのだった。

 ブロントザウルスの群れが。(小田君のおかげで、恐竜の名前に詳しくなってしまった)

 そのでかいの、でかくないのって。見上げると、首が痛くなるぐらい。(その時は本当にそう思った。実際は、全長二十メートルぐらいらしい)

 あたしはもちろん、今までくっちゃべってたユカリも、ひっと言うなり、ごくんと息を呑み込んでしまった。

 それは、ゆっくりと、首を伸ばして草をはんでいた。

 ちょっと身じろぎする度に、ざぶんっと波が起こる。

 恐い、とか何とか思う前に。これはもう感動だった。

 本当、こんなの見てしまったら、もう二度と人間が万物の霊長だなんて言えなくなってしまうなあーって。

 雷に打たれたみたいな、すごい感激で茫然と佇みながら。


 あたしは、いつの間にか泣いていた。なんだかほっぺがムズ痒い、と思ったら、涙のせいだった。   涙は、いつまでも止まらなかった。

 そんなあたしを尻目に、巨大な草食動物は、妙な生き物がいるなっていう風に、ゆっくりと草をはんでいた――


 それからの毎日は、想像を絶する、不便で非能率で、重労働で――最高に楽しい生活だった。

 朝は日の出と共に起き、一日生きて行く為に働く。

 原始と文明をチャンポンにしたような、とってもエキセントリックな生活。

 いつまでもユカリの道具がもつ訳もないし、色々と必要な物もどんどん出てくるから、ロウソクやロープや、その他の生活用品を試行錯誤して作ったり、星空の下で、自分で本当に一から沸かしたお風呂に入ったり。

 こんなにも大変で、こんなにも充実した生活が、IT時代に生まれたあたし達に訪れるなんて。


そんな生活にも、慣れた頃。新たな出来事があった。

 ある日、あたし達は別のグループに出会ったのだ。

 相手は、2人連れ。青い目で金髪の少年と、栗色の髪の少女。イギリス人だ。

 年はやっぱり17歳。そういえば、神隠しに遭っているのは、日本とイギリスだって言ってたっけ。  女の子の方は、サーシャという名で、日本語が少し話せた。子供の頃、お父さんの仕事の関係で、日本に住んでいた事があるんだって。

 男の子の名はウィリー。無口でちょっと気難しい感じがするけど、身長は180cm位あるイケメン。

2人は、初めに感じた通り、やっぱり恋人同士らしかった。

 う、外人! って、最初ビビッてしまったあたし達だったけど、サーシャが積極的に仲良くなろうとしてくれたお陰で、すぐにあたし達も打ち解けた。

 しどろもどろの英会話を駆使してみたりして。

 そして、学校で習っている文法が、いかに役立たずかってことを、実感してしまった。

 ほんと、いざと言うときには、中学英語で十分なのに、それがなかなか出て来ないのだ。

 でも、まさかこんな所で英語の勉強が出来るなんて、思いもよらなかったなあ。

 考えてみたら、変な話よね。

 ここでは、部外者はあたし達人間の方なのだから。そんな少数派の間で、今更外人もくそもないってかんじだよね。


 そんなこんなで、日本の5人組と、イギリスの2人組は、仲良くなって、自分達が置かれているこの状況について、落ち着いて話し合えるようにまでなった。

 ついでに、この二人の薦めに従って、あたし達日本人同士も、ファーストネームで呼び合うようになった。

 変よね。

 仲間が増えることによって、今までの仲間同士までが、もっと親密になれたみたい。

 あたしは、晴れてユウジの名を堂々と口に出して呼べるようになれただけでも嬉しいのに、彼の口からもあたしの名を呼んでもらえるようになって。(そういう関係になれることを、何度夢見たことか!)

 カツユキも、タダシも、こうやって名前で呼んでみると、何だかもうずっと長い付き合いのような気がして来るから、不思議だ。

「ところでさ、僕は次元の狭間に落ちてしまった、て説が怪しいと思うんだけど」

 と、これはカツユキの意見。

「やっぱり、宇宙人じゃないか? 地球を見張ってて、滅びの道に進み行く人間を見るに見かねて、オレ達を過去へ飛ばして、やり直させようとしてるとか」

 これは、ユウジの意見。

「じゃ、僕達は、人類のアダムとイブですか?」

 めずらしく、タダシが洒落たことを言う。

「じゃあ、他に消えた人達はどうなったのよ。それ変よ、すごく!」

 ユカリが、ぴしゃりと否定する。この子、あたしにだけでなく、タダシにも妙に突っ掛かる物言いをするのだ。気の毒に。

 でも、別にあたしは、そうだったとしてもいいんだけどな。このまま帰れなくたって、ユウジとずっと一緒に居られるなら。


 その時、じっとサーシャの通訳を交えて議論を聞いていたウィリーが、意見を言った。

 彼は、これはもっと複雑な事情がからんで起こっていることじゃないか、と言うのだ。

 それが何かは分からないけれど、すごく人為的な意志、もしくは策略があるような気がするって。


 驚いたことに、実は彼らは、ここへ来る前にも別の次元を体験して来たというのだった。

 ここの前は、他の数人の仲間と共に、ヨーロッパの十字軍の時代にいて、人間がいかに非論理的な殺人や、非情な振る舞いが出来得るかを、いやと言うほど見て来たそうだ。

 そして、それにまつわる悲劇の数々を。二人とも、本当に嫌な経験をしたらしく、元々口の重いウィリーだけでなく、サーシャも、あまり詳しくは語ってくれなかった。

 そして、いい加減、その世界に耐え難くなって来た時に。仲間と一緒に襲われて、1人が犠牲になり、命からがら逃げ惑う内に。

 気がついたら、この太古の樹海へ来ていたらしい。今度は、二人きりで。


「意志って……例えばどんな?」

 あたしは気になって尋ねた。

「――ソウネ。余り上手く言えない、けど。教育? 人間を、歴史を、もっと知れっていう。そんな気がする、ネ」 

 サーシャが、首をかしげながらそう言った。 

 さすが、こういった物の考え方なんかの点では、イギリス人って、あたし達より大人のような感じがする。キスなんかも大っぴらで、ドキドキさせられるし。(あ、これは違うか)

 しかし成程、教育、ねえ。確かにここに来て、学ぶことは沢山あったし。選ばれるペアも、知り合いや恋人同士が多らしいってのも、如何にも意図的だし。

 ちなみに、サーシャとウィリーは、それまで会ったことなかったのに、前の十字軍の世界で初めて出会って、こんなに気の合う人がいたのかってびっくりして、そこに大いなる意志を感じてしまったんだって。ロマンチックじゃない?


 何れにせよ、これからどうなるのかは、あたし達の誰にも、分からないのだった。

 ――本当に。あたし達がここに居る事には、何か意味があるのだろうか?



      6 再び消える


 月日はあっと言う間に流れ。

 早くも、この世界に来てから半年が経とうとしていた。

 その日あたし達は、久しぶりに思いっ切り羽根を伸ばそうと、ハイキングに出掛けた。

 いくら充実していたって、毎日働き詰めじゃつまらない。

 そこで、今日は一日中のんびりして過ごそうと言うことで、皆うきうきとしていた。 魚と草の芽を焼いたお弁当だって、慣れればご馳走だもんね。 


 相変わらず、日差しは暖かく、緑は目に染み入る程濃かった。全ての生きとし生けるものが、その生命の喜びを謳歌し、精一杯輝いている様だった。

  昼下がりのけだるい木漏れ日の中、あたしは目を細めて、そんな世界をぼんやりと眺めていた。

 ちょっと小高い崖の上に、見張りを兼ねて、二人ずつ登っていたのだけれど。

 日差しが強くなって来たので、大きな葉で傘を作ったカツユキ達と交代して木陰に降りてきたのだ。

 傍らでは、ユウジが気持ち良さそうに舟を漕ぎ始めた。このところずっと、食料調達頑張ってくれてたもんね。

 その寝顔が、完全にあたしに気を許してくれている様で、幸せだった。

 そんな気持ちでほっこりしていたのも束の間。

 すさまじい悲鳴が、静けさを引き裂いたのだった。


 ユカリの声だ。

 見ると、そこには――全身が総毛立つ光景があった。

 獰猛な肉食恐竜。確か、アロサウルスってユウジが呼んでたやつ。そいつが、爬虫類独特のギラギラと鈍く光る全貌を表して、立っていた。――それも数百メートルと離れていない所に!

 うっすらと開いた巨大な口には、ずらりと牙が覗き、ぼたり、ぼたりと涎が垂れ――その目が、はっきりと美味そうな人間共を見つめていた。

 心臓が凍った。

 アロサウルスは、でかいだけあって、こんな開けた場所では結構目立つ。

 だから遠くに姿を発見していれば、逃げることも出来た筈だった。でも。こんなに接近されてしまったのでは――

 あたし達が呑気にくつろいでいる間に、この戦慄すべき生物は、まんまと餌に忍び寄っていたのだ。

 血に飢えた凶暴な脚が、獲物を捕まえようと、繰り出された。

 その下には――-恐怖の余り、金縛りになったユカリがいた。

 踏みつぶされる――と言う刹那。

誰かが飛び出して来て、ユカリを突き飛ばすのが見えた。

 

 最初の攻撃が失敗したと知ると、肉食竜は怒り狂った。丸太みたいな尻尾と、怪獣と呼びたくなる巨大な歯をむき出しにして、盲滅法に暴れだす。

 大型の恐竜は小回りが利かない。だから相手が小さな人間では、脚元は自分の影になってしまって目標を見失ってしまうのだ。

 盲目的な攻撃にやられない内に。

 再び敵の焦点がこちらを捕らえる前に、逃げ出さなくては――。

「これでも喰らえ!」 

 岩場から、カツユキとサーシャが手当たり次第に、岩や石を投げ落として、気を引いてくれている。

 駆けつけたユウジとウィリーが、まだすくんでいるユカリと、彼女を助けた人物、そして今は半ば気を失いかけている――それはタダシだった――を引きずるようにして、逃げ出した。

 万一の時の為に目星を付けてあった、岩陰に隠れる。

 大型の恐竜では入り込めない奥へ、奥へ。必死で逃げ込む。

 

 数時間後。

 アロサウルスは、地響きと、悔しげな唸り声を残して、去って行った。

 タダシは、大怪我をしていた。

 ユカリを突き飛ばした身代わりに、自分の肩をざっくりと脚爪に引き裂かれていたのだ。

 あの内気で、一番臆病だったタダシが。

 薄々気が付いてはいたけど、彼は本気でユカリを好きだったんだって分かった。

 土壇場になって、自分の命を顧みずに飛び出せる程に。

 なのにユカリは、そんなタダシのそばで、馬鹿、馬鹿、とつぶやき続けていた。

 それはあんまりじゃないの、と言おうとして。あたしは気が付いた。ユカリの頬を流れる涙に。あんたが死んじゃったら、あたしも死ぬって言う、小さなつぶやきに……。

 その時初めて知った。彼女も、彼が好きだったんだってことに。


 応急処置をして、洞窟に帰った後。あたしはカツユキに聞いてみた。

「ユカリとは……恋人同士じゃなかったの?」

 カツユキは、微かにほほ笑んで言った。

「いや。ユカリとは、ただの幼なじみだよ。僕の方は、そう思ってなかったけど――君、本当に気付かなかったの?僕は、ただの当て馬だよ。彼女、感情表現が恐ろしく下手だから。――辛い役所さ」

 

 正直言って、驚いた。

 ユカリは悔しいけど美人だから、タダシが惚れてたってのはまあいいとして。失礼だけどタダシの何処が良かったんだろう。ユカリは。

 確かに、彼は優しいし、今回のことで、勇気があるってことも分かったけど。――そう言えば、タダシにだけは、やけに風当たりが強かったっけ。――女心は複雑だ。

 でも、これで一つ確信した。

 やっぱり、この人選は、でたらめじゃないって事に。

 どうやって知り得たのか知らないけれど、人の心の奥まで見通して、仕組まれたものなのだって。そこまで考えて――冷たいものが背筋を走り抜けた。

 ぞっとしたのだ。

 いろんな意味で。

 そんな事ができるのは一体誰だって言うの? ――そして――あたし達に、どうしろと言うのだろうか?  


 その事件からずっと。

 あたしは無口になってしまっていた。

ユカリの献身的な看護のお陰で、タダシのケガも思ったより順調に回復して来ていたし、気配り屋のサーシャが事あるごとに元気づけてくれようとするけど、あたしの胸の奥に、一度はっきりと芽吹いた不安は、思いの外大きく育っていた。

「何をふさぎ込んでんだよ。ホームシックか?ここでの生活が怖くなったか?――ぜんっぜんらしくねぇな」

 ある月の夜、柄にもなくため息をついていたあたしを見付けて、ユウジが声を掛けた。乱暴だけど、やさしい心遣いが伺える。彼一流の励まし方だ。

「失礼ね。あたしだって考え事することだってあるわよ」

 あたしも素直じゃない。これじゃユカリと一緒だ。

「考えるって何を?」

「……ただね、あたし達甘かったのかな、と思って。こんな訳の分かんない世界で、ちょっと気を抜いた隙に、あんな怪我したり、病気になったりして、いつかは死――」

「――お前はオレが守ってやるって」

「え?」

 あたしはびっくりして彼の顔をまじまじと見つめてしまった。カツユキじゃあるまいし、こんな歯の浮くようなセリフをこいつが言うだなんて。

「あ、いや……そういうのは、男の役目だから、さ」

 ユウジは照れて、あさっての方角に視線を飛ばす。言い慣れないセリフに、自分でも戸惑っているのだ。

 月の光に、彼の横顔がくっきりと浮かび上がっていた。

 その横顔を見ているうちに、あたしの中で張り詰めていた何かがプツン、と切れたようだった。涙が込み上げて来た。男の子の前で泣いてしまうのは初めてだった。

「お、おい――泣く奴があるか」

 ユウジがうろたえる。でも、あたしの涙はしばらく止まらなくて。

 従って彼には、しばらくうろたえ続けてもらってしまったのだった――


でも。ささやかな幸せに安住する事を、時は許さず。あたし達をあざ笑うかのように。

 その悲劇は起こった。

 ウィリーが死んだのだ。

 あたし達の目の前で。

 突然襲った地震による落石。その下敷きになって。噓でしょ。絶対死んでる。あんなに血が出て。

 目の前で――

 サーシャは遺体に取りすがって泣き叫んだ。喉から血の出るような悲しみの叫び。


 見るに堪えない―― 悪夢だった。茫然としながら、真っ白になった脳裏に浮かんで来るのは。

 いつか、あたしもあんな風に死ぬんだという不吉な予感だった。

 こんな異境の地で。二度と家族にも会えず。

 ああ、それよりも、ユウジがあんな風に――  

 それだけは、耐えられなかった。  


 ――いやだ。――いやだ、いやだあぁ!

 利己的過ぎるかもしれない。

 でも、正直に白状しよう。友人である恋人達の悲劇を目の当たりにして、この時のあたしの頭の中は、これだけ。これで一杯だった。

 その時、ユウジの叫び声が聞こえた。

「見ろ、………消えて行く!」

 涙で霞んだあたしの目の錯覚ではない。泣き崩れるサーシャの影が、薄く半透明になって 。  

 ―-消えた。ウィリーと共に。


 そして。


 ――次々とあたし達も。何もかもが真っ白になって――



     7 したたかに生きる


 気が付くと。  

 荒野――?  

 正に荒れ果てた、という表現そのままの、荒れ地が広がっていた。

 所々にススキらしきものが群生しているのが見える。 何だか寒い。

 そこに。あたしは居た。聞こえるのは風の吹き渡る音と、虫の声。そして――うめき声。

 え?

 傍らを見ると、ユウジがいた。短い草の中に半身が埋もれている。

 必死で揺り起こすと、ゆっくりと目を開ける。

「――ここは、どこだ……?」

 起き上がって辺りを見回す。

「サーシャは。――カツユキ達は?」


 はっとなった。そうだ、他の皆の姿が見当たらない。ウィリーは?皆どうなったの?

 あたし達は立ち上がって探した。ぐるりと一回りし、名を呼んでススキの中も覗いて見る。

 しかし、仲間の姿は誰も、影も形もなかった。

「どうやら、オレ達だけらしいな」

 ユウジがぽつりと言った。

 その時。すぐ側のススキの中で、がさがさという音がした。  

 あたしは飛び掛かるようにそこへ行き、背の高いススキをかき分けた。

「誰!ユカリ?」

「――あ」  

 違った。

 そこに居たのは、一人の男の子だった。

 年の頃は10歳ぐらい。不揃いなボサボサの髪の間から、妙に光の強い目が覗いている。つぎはぎだらけの、薄汚れた服を着ている。その子は、不意に声を掛けられて、ぎょっとしたようだった。

 一瞬、ぽかんとした表情になる。

 だけど、次の瞬間には、ぱっと身を翻すと、一目散に逃げ出した。

 失礼な。そりゃ、あたし達ひどい格好してるけど、化け物に会ったようなその反応はないんじゃないだろうか。自分だって変わらない様な格好じゃない。

 あたしは、思わずむっとなった。

「おい、待てよ!」  

 ユウジが追いかける。その子はすごく足が速く、すばしっこかったけれど、所詮はまだガキだ。すぐに彼に捕まった。(だいぶ抵抗しはしたけど)

「やい! 何すんだよ! 離せよ!」

 威勢がいい。暴れ回る。

「……別に何もしやしないから、話を聞いてくれよ。別に怪しい奴じゃないから」

「こんな人気のない草原なんかにいる奴は皆怪しいやい!」

「……」

 すごい偏見。その理屈が通るなら、あんただって怪しい奴だ。

 でも、蹴っても殴っても、大人しくユウジが我慢していたので、その子はようやっと聞く耳だけは持ったようだった。

「……何だよ話って。早く言えよ、俺は忙しいんだ」

 ユウジは、捕まえていた手を放して言った。

「――ここは、何処か教えてくれないか」

「何処って――川原のススキ原じゃないか」

「それは分かってるけど――ここは日本だよな? 君、今が何年か知ってるか?」

 男の子は、すごく変な顔をした。どうやら、この子は別に、次元をぶっ飛んだとか、タイムスリップしたとかには関係ない存在らしい。

「……変な奴。日本に決まってるじゃんか。ここは横須賀で、今は昭和21年だろ。去年戦争が終わったばっかじゃんか」

「は? 昭和21年……」

 あたしも、ユウジも息を呑んだ。

 男の子は、益々変な顔をした。けれど、興味をそそられたらしく、逆に質問してきた。

「兄ちゃん達、もしかしてアメリカ軍に捕まってたとか?」

 何言ってんの、この子、と思ったけど。あたしの横でユウジが頷いた。

「あっあぁ……まあな。だから、ちょっと今、日本がどうなってるか、良く分からなくて」

「すっげーなー。敵に捕まってて、逃げて来たの?ねぇ、どんなことされたの?拷問された?そこのねーちゃんも?」

「う、いやーそんなことないけど……あ、でも、そう、閉じ込められてたんだ。すごく狭い牢の中に」 「ふーん。戦争が終わったから、出して貰えたのか。――でも、やっぱすげーや。港に来てるあの船から降ろされたの?」

「ああ」

 嘘八百。ユウジも良くやるな。


 でも、男の子は、何故かすっかり感心して、どうやら警戒を解いたようだった。

「じゃあ、今日寝る所ないんじゃない? 俺達ン所も、何もないけど、良かったら来なよ。兄ちゃん達ぐらいの年だったら、多分役に立つから、しばらく居てくれてもいいし――ついでに、その袋、もし食い物が入ってるんなら、なお大歓迎なんだけど」

 彼が物欲しげにそう言って指したのは、あたしの足元に落ちていた袋。そう言えば、地震があった時、慌てて持ち出した記憶がある。

 これってユカリの影響かな。最近こういう事には、体が勝手に反応する。

――今晩のおかず。――シーラカンス一匹と、木の芽各種。恐竜時代の。

 でも、これを一緒に食べる筈だった人達はここにはいなくて……。


 何だか良く分からないままに、あたし達は文太と言うその少年に連れられて、その草原を後にした。  信じられない程入り組んだ、暗くて細い路地裏を通り抜け。時には人の家の縁側を通ったりして。

 連れて来られたのは、ガラクタ小屋の様なバラックの建物が幾つか重なって建っている所だった。 「ここが俺達の隠れ家さ。ゆっくりしてってくれていいよ。あっ料理場はあそこ。実は俺、今日は何も稼ぎがなくてさ。――あんた達の食い物、当てにしてたりして。――皆きっと喜ぶよ。仲間を呼んで来る」

 間もなくして、何処からともなくゾロゾロと子供達が集まって来た。

「これが、俺の仲間さ」

 何人かが、ひょいと頭を下げた。でも、残りの大抵の子達は、ぶすっとして見ているだけ。かわいくない。

「おい、ちゃんと挨拶ぐらいしろ! 俺が恥かくだろうが。今夜のメシはこの人達が恵んでくださるんだぞ」

 文太が隣に居た子の頭を殴る。どうやら文太が、ここの親分格らしかった。年も、本当は13歳らしい。年の割りには小さく見えるけど。

 子供達は、がつがつと恐ろしく良く食べた。

 何の肉か、なんて気にもしないらしい。

「うまい。でも、変な食いモンばっかりだね。これも米軍がくれたの?」

「まあな」

「へー。やっぱアメ公の方が気前がいいんだな。兵隊の中には、時々チョコレートやカンパンくれる奴もいるし。それに比べて、日本の大人達はよっぽどかケチだ。ちょっと見てくれが悪いと、すぐ泥棒呼ばわりだし」

「でも、それ本当じゃんか」

 男の子の一人が、茶化した。

「……君達、御両親は?」

 あたしは聞いてみた。そしたら、案の定、答えは。

「そんなもんいないよ。空襲で死んだ。中には子供を捨てて、どっか行っちまったのもいるけどな。ここにいんのは、みんなそういう連中さ」

「そう。俺達ここで皆で働いたり、時々かっぱらいやって暮らしてんだ」

「施設には? 入らないの?」

 ここよりは、少しはましな――と言いかけた時。  

 文太の目が、ギラッと剣呑な光を帯びた。

「んな所!入ったらどんな目に合うか!ただ働きさせられて、皆ばらばらになって――つらい思いすんのがオチだよ」

 握り締めた拳がぶるぶると震えていた。その様子には、他人がとやかく言う事を拒否する、強い決意の様なものが漲っていた。

 あたしはそれ以上、何も言えなかった。


 その夜。あたしはすごく複雑な気分で、いつまでも眠れなかった。

 風が吹く度に、ギシギシと悲しげな音を立てる、そのバラック小屋の中で。


 翌日は、すごく晴れていた。

 文太達と何処かへ出掛けてしまったユウジの留守に、あたしは掃除をして、そのついでに子供達の汚れた服を洗濯してやることにした。

 子供達をひん剥いてみて、まず仰天した。

 その痩せていることは勿論、全員、必ずどこかに殴られた跡があったのだ

「ちょっとこれ――どうしたのよ。ものすごい色になってる」

 見れば見る程、そのひどさに唖然とする。まるで腐った様な肉色や紫、治りかけの黄色。打ち身や擦り傷の見本市が、そこに並んでいた。小さい子や、女の子も例外ではない。

「どうしてこんなになったの?」

「どうしてって、かっぱらい見つかった時とか、大人に殴られた時に……」

「そんな――」

「こんなケガ怖がってたら、生きてなんか行けないぜ、ねーちゃん」

 けろりとしてそんな事を言う、まだ年端も行かない子供達の屈託のない笑顔に、あたしはぐっと来るものを感じて、思わず抱き締めてしまうのだった。

 何て健気なの!よーし、こうなったらこのねーちゃんが出来る限り、あんた達の面倒は見てあげるからね……。

 夕方、帰って来たユウジは、あたしが既にすっかり子供達の母親格に納まり返っているのを見て、苦笑していた。

「――何だかお前、やっぱり強い女だなあ。こないだなんか、やけにしおらしくて、可愛いかったのに。――って言っても、それは何億年も前の話になっちまうのかな」

「冗談言ってないで――あの子達、本当に哀想なんだから。あたし、戦後の日本が、ここまでひどかったなんて知らなかった」

「ああ。オレも今日、色々見て来て気が滅入る場面もあったよ。学校じゃ、そこまで教えないもんな。教師だって、戦後生まればっかりの時代だったし。でも、ああやって苦しんだ子供達が、努力してオレ達が育ったあの何でも手に入る社会をこれから作り上げるんだよ。――実際、凄いものをオレ達見ちまってるんだよな、今」


 その通りだ。

 本当に、あたし達、凄いものを見て、体験までしてしまってる。


 ある日、帰って来るなり、ユウジが食事の用意をしているあたしの所へやって来た。

「おい、ミオ、すげー物手に入ったぜ!」

 開口一番、そう言って、ドスン、と何か重い物を床に置いた。

「すごいって、何よそれ」

「勿論食い物。砂糖とか、色々。どっちにしたって、この時代じゃ滅多に拝めない代物ばかりだぜ。それより、これを見ろよ。こんなの初めて見るだろ」

 と言って、黒光りのする、何やら棒の様なモノを取り出した。

 これって――これって。

「えええ! これ、銃じゃない! どっから持って来たのよ!」

「ちょっと、浜の軍事基地まで、ね」

 文太と顔を見合わせて、にっと笑う。

「ちょっとって……そんな所行って、こんな物持って来ちゃって。見つかったら、酷い目に会うじゃない」

「それどころか。殺されるかも知れない。ま、MPに見つかりゃ、運が良ければ半殺しかな」

「なんって事……」

 あたしが目を剥いて絶句した時。

「あれ? 変だな、この砂糖、甘くないや」

 文太の、不審そうな声がした。

 まだ、口をぱくぱくさせているあたしを他所に、ユウジがそこへ行く。

「? そんな筈無いだろ。ん? そう言や、何かキシキシしてて、手触りも、色艶も違うような――」  

 ぴたり、と動きが止まる。顔が青ざめて行く。

「ひょっとして、まさか、麻薬――」  

 うげ。どーすんのよ、そんなもの!

 大騒ぎの後。ユウジは、それを捨てに行った。

 文太は、一緒に入っていた小さな袋入りの液体を見付けて、ヒロポンだ、すげーすげーと騒いだ後、これを売ったらきっとすごい金になる、なんて口走ったけれど、あたしは捨てなさい、と叱り飛ばした。

 ついでに。名前は知らないけどこの粉が、どんなに人に対して恐ろしい作用を引き起こすか、という事。こんなのを子供が売ろうなんてしたら、すぐに怪しまれて本当に殺され兼ねない、という事。

 もう、思いつく限り、知ってる限り、徹底的に。――言って聞かせた。

 最後の方は自分でも興奮しすぎて、何言ったか分からなくなってしまったけど。

 初め不満そうにしていた文太だったが、それでも最後には、神妙な顔付きになって、ユウジと一緒にそれを捨てに行ってくれた。

 根はいい子なのだ。(うーん。この調子で、男女平等の観念も、植え付けておいてやろうかしら)

 あたしは、ユウジにも、銃は護身用に小屋に置いていても、弾は捨てておくように堅く言い含めておいたのだった。


 それから数カ月。

 人間って、生きるのに忙しければ、どんな環境でも、時間が経つのを猛烈に速く感じるもんなのね。 

あっと言う間に日は過ぎて行き。あたし達は、それなりにここでの生活に馴染んでしまっていた。


「今日はまた、軍艦に寄って来ようと思うんだ」

 と、ユウジが言うのを耳にしたので、あたしはついて行くことにした。

 誰が何と言おうと。前みたいな無茶を野放しにしとく気には、なれないじゃあないのよ、ねぇ。

 それで、すったもんだの口論の上、あたしは見張り役、と言う事で勝利を勝ち得た。

 ふふん。そうは言ったけど、行ってしまえばこっちのもの。危ない真似だけはしないように、じっくり見張っててやろうじゃないの、あんた達を。


 と、言う訳で。

 今回は暗い方がいいってんで、夕方になってから、あたし達は出発した。

 浜への道すがら、色んな人々とすれ違う。皆、身成はみすぼらしいけど。まだ若い女の子が、町角に立って客引きしてたりするけれど。

 皆、どの人も、一生懸命生きているなって気がして。心を打たれた。

 軍艦は、岸から随分離れた沖に停泊していて、接岸しているのは一隻だけだった。

 岸には幾つもテントが張ってある。鉄条網で囲ってあるのは、武器庫だろうか。

「食料は、あっちの大きなテントに、山程積んであるんだ」

 文太が、初めてのあたしに説明した。

「武器と違って、見張りはいつも居る訳じゃ無いし、兄ちゃんは凄くこーゆうの上手いから、見張りなんて多分必要無いんだけどね」

 知らなかった。ユウジって、そんな才能もあったのか、と思って見ると。

 呆れたことに、彼はいつの間にか米軍の制服を着込んでいた。

 一応英語は話せるし、兵の下っ端には片言しか話せない東洋系の人もけっこういるんだそうだ。しかし、いいのかな、こんな事して。

「じゃ」  

 気軽に、手を振って堂々と入って行く。何だか気が抜けるなあ。

 あたしは、彼の後ろ姿を見送って、次いで辺りの様子を伺ってみた。

 別に、思っていた程物々しい感じはなく、ただ殺風景な印象がした。

すぐに見回すのにも飽きて、あたしは手近の金網にもたれて、ちょっとぼんやりとしていた。

 文太も、何処かへ行ってしまっていた――久々に静かな所に一人でじっとしていたので、日頃の気付かなかった疲れが押し寄せて来た感じだった。

 ふと見ると、さっきユウジが入って行ったテントの方角から、人影がやって来る。

 そいつはあたしを見つけて手を振ったので、あたしはてっきりユウジが帰って来たのかと思って、手を振り返した。

 ところが。  薄闇の中からライトに照らし出されて浮かび上がったのは。

 ――本物の軍人だった!

 げ。どうしよう。

 何故か嬉しげに近づいて来るその軍人に向かって、あたしは思わずグッバイ、とか何とか口走って、回れ右。

 だけど、その肩を、ぐい、と掴まれてしまった。万事休す。

「ヘイ、ガール?」

 何か変だ。やけに馴れ馴れしい。距離も近い。

 こっこの男。――あたしはやっと気が付いた。

 もしかしたら、あたしを米兵目当ての、その筋の女の子と勘違いしているのだ。

 そうと分かれば、慌てずに適当にごまかしてしまえばよい。

 開き直りの早いあたしは、ニッコリとほほ笑んで――。

 笑顔が引きつった。ユウジが出て来ていたのだ。

 もろに、視線がぶつかった。

 う、やばい。でも――

 あたしは即座に手を振りほどいて、ユウジの側へ駆け寄った。『悪いわね、先約があるの』とか言いながら。我ながらうまい演技だ。で、相手は畜生、とかぶつくさ言いながらも、何事もなく行こうとしたんだけど。


 どういう訳か、突然サイレンが響き渡った。

 サーチライトが一点に集まり、何かを追いかけている。

 その中を、転がるように駆けて来るのは――

「文太!」

 少年は、何かを小わきに抱えていた。銃口が、その小さな背中を狙っている。

 あたしは、何も考えずに反射的に飛び出していた。

 その後は、スローモーション。

 駒送りの様にゆっくりと。抱きとめた文太の手から、何か光る物が落ちて。

 ――それは以前あたしが羨ましがっていた外国製の鏡で――

 最後は、あたし達二人を庇って、血を噴いて倒れるユウジの姿があったような……。

 そして、赤く濁っていく意識の底、耳元でユウジがあたしに何か言ったような……。


  何か、甘い……。



8 未来創造者達へ


 膨れ上がる、雲。

 どんどん大きくなる。 白と黒の醜悪なモザイク。奇怪なオブジェ。

 悲劇と狂気の奔流。その流れが、文字通り魂を消し去る大音響を伴って炸裂した瞬間。

 その、一瞬で。

 数知れぬかけがえのない存在が、この世から消滅した。

 あたしは、それをその場で、と同時に、遥かな空間から、成す術もなく、ただ見つめていなければならなかった。

 これを行ったのは人間。  

 失われたのは、全て。  

 どこかで、破壊の神の笑い声がする。

 ――胸の中で、心臓がパチン、と破裂した――


「――!」

 声にならない叫びと共に、夢から覚めた。

「目が、覚めましたか?」

 重い瞼の隙間から、金髪の美女がほほ笑みかける。

 彼女の背後から差し込む光が、痺れた脳髄にズキリ、と痛かった。


 そこは、ガラス張りの白い部屋だった。あたしの部屋じゃない。

 ………何だ、まだ夢から覚めないのか。  

 ――何故だか無性に悲しかった。あたしは、目を開けたまま、棒切れのようにこのまま転がっていよう、と決心した。どんな夢だろうが、もうそんなもの見たくない。あたしを放っておいてくれ。

「ユウジ君なら、ここに居るのよ」

 美人が、あたしを覗き込んで言った。

 ガバリ、と跳び起きる。その拍子に、体中のあちこちからパシン、パシンと何か電極の様なものが飛ぶ。

「――ユウジ!」

 何も、考えられないけれど。心が、その名前に反応していた。

 さ迷う瞳が、求める姿を発見した。

 迷わず、駆け寄って抱き締める。  

 ――暖かかった。

 優しい腕が、そっと抱き締め返してくれた。固くこわばっていた心が、潤いを取り戻して、柔らかく蘇って行く感触……。

 そして、耳元で、夢の続きの言葉が囁かれる。

「ミオ……好きだ……よかった、生きてる」

 ああ、神様、これは奇跡です。今までの悪夢も、全て帳消しにしてあげます。――だから、しばらく。もうしばらくこのままでいさせて……。


 こほん、と咳払いが聞こえた。

「お互いの心が通じ合ったようね。――野暮で悪いけど、ちょっと私の話も、聞いてくれるかしら?」

 はっ。正気に返る。  

 二人共、同時にすごい勢いで飛び離れた。火の様に赤面する。

 か、顔が上げられない……。

 そこには、やっぱり先程の金髪美女が、にこにこ笑っていた。どうやらこれも夢ではないらしい。三度目の異次元世界だ。

  でも、今回は勝手が違っていた。何より、そこにいる人物があたし達の事を知っていて、あまつさえ何かを説明してくれようとしている。

 


 彼女は語り出した。

「もう気付いているかもしれませんが。ここはあなた方の時代から、ずっと未来の世界です。


 後ろを見るように促す。

 見たことも無い機械や変なデザインのモニター越しに、赤黒い荒野が広がっている。木なんて一本も生えていない。


 うぇ、何?この景色。何かアニメで見たことあるやつ。世紀末?マジ?


「歴史は繰り返す、と言いますけれど、この時代迄にも、やはり人類は愚かしい行為を連綿と行って来ました。しかも、形こそ違え、どんどんエスカレートして。

 目覚める前に、見たシーンを覚えていますか? あれは、広島に落ちた原爆と、そのずっと後になって起こった同様の事件のイメージを合体させたものです。あんな事が、何度も起こったのです。

 戦争と飢餓、心の病に蝕まれつつも、科学だけは恐ろしい程進んで、人類は今や宇宙までも手に入れようとしていますが。――代わりに地球そのものを手放さなくてはならない状態に陥ってしまった。  もう、ダメなのです。――今になって、我々は気付いたんですね、地球のかけ替えのなさに。我々がして来た事に」


 ここで彼女はこくん、と息を飲んだ。

「――そこで、やり直そう、ということになったんです。過ちの歴史を。

 まず、我々は、まやかしではなく、本当の意味で新しい歴史を誕生させたい、と熱望しました。

 そこで、考え出されたのが、『人類再教育計画』。別名、作戦K17でした」

「再教育――?まさか――」

 あたし達は目を見開いた。そんな馬鹿な、という言葉が喉元まで出かかった。

「いいえ、そのまさかです。

 あなた達が今まで体験して来た事。――全て、私達が仕組んだ事です」

 未来人だと名乗る女性は、きっぱりと肯定した。

 あたしは、頭をハンマーでガン、と殴られたような衝撃を覚えた。

 あれを……人間が仕組んだ?


「第一段階の施行には、色々な意味でターニング・ポイントであった時期、貴方たちの時代が選ばれました。対象年齢は、心身の成長度、受験体制等の時代の背景などから、17歳が適切であると判断し、同様に先進国の中で歴史があり、学識レベルが近いと言う点から、日本と英国が選ばれました。

 国を2つにしたのは、1つの国のみではこの異常事態によって、その国が孤立するかもしれないことをを懸念しての事です。

 そして、国際的な相互理解を深める、という当初からの目的も有りました。

 あなた方、出会った英国の少年達から、何か得るものがあったと思うのですが?」  


 ええ。有ったわよ。――でも!

 あの悲惨な光景が蘇って来た。悲劇によって引き裂かれた恋人達の姿が。

 あれも、その再教育の結果だと言うのか。

 そう思うと、胸の底から、怒りがふつふつと沸いて来た。

「ウィリーは死んだ――まさかあんた達が言う計画の前には、それも仕方の無い事だった、なんて言うんじゃないでしょうね……そんなの卑怯!!地球を守りたいんなら、自分で好きに過去にでも何処にでも行って、やればいいじゃない!

 何も知らないあたし達まで巻き込んで――そんなの、いくら立派な言い分があったって、あたしは認めない!」

「それに、時間を操作するだなんて、そんな不遜な事が人間に許されるって言うんですか?」

 あたしよりは幾分穏やかだが、ユウジも、非難めいた顔をする。目が怖い。


 それを聞いて、美女は少し悲しそうな顔になった。

「それを言われると申し訳無いとしか言いようが無いのだけれど――でも、これだけは言って置くわ。ウィリーは死んではいません。あれは言わば映像だったの。

 丁度、地震があった時に合わせて、あの場面を作成しました。脳に直接映し出す体験映像だから、彼ら自身もそれを本当の様に感じたでしょうね。でも、実際には死なずに、このセンターの何処かの時間帯に、あなた方と同じ様にこの説明を受けているでしょう。

 それは他の日本人3人についても同じです」

「――ちょっと待って。脳に直接って――映像って――じゃあ、あれはみんな嘘だったって言うの? まさか、今までの事全部が?」

「そう見えましたか?」

「全然。そうだと言われても、信じられない」


 あたしはあの原始の世界を脳裏に描き出した。

 あの雄大さが、生命の息吹が、そして文太達が、映像によるものだなんて、信じられない。

「そうでしょう。ごく一部を除いては、殆ど全て、実際にその時代に行って体験して貰ったことですもの。本当に感動して貰う為には、子供騙しの映像なんかじゃとても駄目。現実の迫力に触れなければ。――でも、有り体に言いましょう。――その為に、常にあなた方を危険にさらさねばならなかったのも事実です。

 タダシ君の例にもあるように、大怪我をすることも、時には死んでしまう危険性も十分有りました。だから、全面的にこの計画が良いなどとは、私も思っていません。 

――それが故に、この計画のコードネームはkidnup(誘拐)の頭文字を取って作戦K17の名称で呼ばれるのです。――攫われた彼らが、必ず帰ってくる保証は出来ません、という意味も込めて」


「――そこまでして、実行に移す必要があったんですか?」

 ユウジの顔が険しくなる。

「無かったかも、知れません。現に、この時代にも、そんな事に手を出すな、人間は自分達のした事の責任を取って滅びるべきだ、とか、この大いなる悲劇を乗り越えてこそ成長するのだ、と言っている人々はいますからね。

 ――でも、現在の地球を見るにつけ、我々のこの気持ちは押さえ難くなりました。  

 ――もし、人類がもっと以前から、自分達の行動に責任を持ち、確かな自覚を持って発展して来たのなら………と。

 恐ろしく荒療治ではあるけれど、押しつけがましい、不遜な考えでは有るけれども。もし、もしもこの計画を実行する事によって、それが叶うなら――と。


 ここの時代の全員がこの計画に関わった訳では無いらしい。

 実際、ごく一部の富裕層や、選ばれた人々は、地球を捨てて、宇宙へ旅立って行ったらしい。

 世紀末宗教も横行し、集団自殺や、色んな生き方を選ぶ人も多いらしい。


 そんな中、幾つかの国と、国際的な科学者団体の一派が手を組んで、この計画を打ち立てたらしい。

 

「何よりも愛する心を一番忘れないでいてほしかった。

 だから、17才だけに絞ったのは、データを簡略化する為だったんだけど、心の底で惹かれ合っている同士、もしくは将来そうなる筈の人達を出来るだけペアにして行いたかったの。

 だから向こうの世界では消えた時点では全員17才だけど、元の世界では違う学年、というケースも多いわ。

 共に力を合わせて困難を切り抜ける経験、そして、最も大切な人を奪われる気持ちがどんなものか、ということを一番強烈な形で実感して貰うために。とにかく、出会うメンバーの設定は一番苦心したところよ。

 そして、戦国時代、飢饉の頃、十字軍や魔女狩りの世界など、いずれも人間が愚かで、苦しんだ時代や、自然の偉大さを実感出来る時代へ送り込みました。

 そこであらゆる面において人間的に成長してくれる事を願って。

 あなた方の場合は、1億9千万年前の南アフリカ。恐竜も比較的まだ少なく、圧倒的な自然に触れられる所です。そこで、生きる意味と、自然の偉大さを十分に学んだと思われる頃、次に第二次世界大戦直後の日本へ行って貰いました」


 しゃべるしゃべる。止まらない。ちょっと怖いかも、このヒト。

 目がイッっちゃってるよ。狂信者の目。科学者って言ってるけど、やっぱりカルトだよねぇ。


「それは分かったとして……タイムパラドックスなんかの心配はなかったの?」

 ドン引きしながらも、あたしは、いつの間にかその余りにもスケールの大きな話に、怒りも忘れてのめり込む様に聞き入ってしまっていた。

「勿論、考慮してあります。でも、時間って、不思議なものですね。自分で何とか自己防御作用をするんです。だから、例えあなた方が原始世界でいずれ我々人類の祖となる筈だった、ある生物を殺してしまったとしても、それに代わる生物が新たに現れてしまいます。

 それに、こんなちっぽけな人間ごときがする事。あの偉大さを前には、どうにも太刀打ち出来ないのは、既にあなた達が実感した通りです」

「でも、昭和21年なんて近い過去では、そう上手くは行かないのでは?」

「その通りです。だから、あなた方の後半部分の体験は殆ど、シュミレーションを混ぜてあります。実際には、あの文太という少年とも、しばらくして故郷に帰るために別れたことになっていますしね」


「そのー。あの、ウィリーの場合もそうだけど、どうして最後に……あんなことを?」

 ここであたしは、ユウジと目を合わせた。

 う、やっぱりちょっと気恥ずかしい。

「ああ、恋人同士、互いに相手が死ぬシーンを体験する所ですか。――どうです、最愛の人の死を、目の当たりにした感想は?」

「――自分が死ぬより辛かった」

 恋人同士、なんて面と向かって言われて、急にお互いを意識し合ってしまったけれど、同時にあたし達は答えた。


 あれ?そうなのか。

 ユウジの方は、あの時あたしが死んだ姿を見たんだ。それで、さっき生きてたんだな、なんて言ったのね。

「それを感じて貰えたなら、もう言うことは無いんです。きっと、他人に対しても思いやりの気持ちを忘れずにいられるでしょうからね」

 未来美人は、そう言って、また初めの時のように、にっこりと笑った。


「あと、どうしても聞きたいんだけど」

 と、ユウジが言った。

「オレ達が無事帰ったとしたら、オレ達の未来――つまり、あなた達の過去は変わってしまうのではないんですか?

 そしたら、こうやってあなた達がオレ達を攫ってくる必要も無くなるかも知れないんですよね?その辺はどうなるんですか」

「――それも言っておかねばなりませんね」彼女は言った。

「時間には大原則があります。過去は変えられない、という。

 だからあなた方がこれから未来をどう変えようとも、あなた方が既に体験した出来事や、ここに来た事実は、もはや変えようが有りません。

 ――だって、それはもうあなた方にとって過去になってしまっているでしょう? 

 例え元の時代へ帰ろうとも、それは同じこと。だから、変えられない。  

 でも、未来は変えられるのよ!  

 あなた方がこれから作る別の未来には、確かに、こんな愚かな事をしている私達は存在しないかも知れないわね。

 でも、それは少なくとも今より素晴らしい未来に違いないのよ――我々の悲願を理解してくれたあなた方が作るならね」


 あたしは黙って聞いていたけれど、はたと、彼女の言葉が意味するところに気付いて愕然となった。

 「じゃあ――じゃあ、あなたも、自分の過去も現状も変えられないのよね?――こんな事してるのに? 自分には影響しないんでしょ?

 それって……不毛じゃない。何の為にこんな事、やってるの? それが分かっていて!」

 彼女はちょっと目を伏せた。

「――言わば、感傷かしら。人間としての。

 言ったでしょう。未来は、変えられるの。

 確かに、この私達の地球では、人類はもうやり直せないかもしれない。恐らく、もって後、数十年。でも、恐ろしく自分勝手なお節介かもしれないけれど、残された自分の時間を使って、同じ道を歩もうとしている人類に警告して、代わりに果たせなかった平和な世界を築く可能性を与える事は出来るわ。

 そう言う別な世界を、パラレルワールドって言うらしいけれど。

 これは、夢、ね。どう?

 ものすごい、気の遠くなるような飛びっ切りの夢でしょう?」  


 今度は、ユウジが言った。

「――確かにそのパラレルワールドが幸せになれるか、なんてどうやって知るって言うんですか? そりゃ、この時代迄にどんなに科学が発達したか知らない。

 でも、さっきも言ってたように、たかが人間に、そんな別の世界の心配まで出来るんですか?

 そこまで、人間ってすごい生き物なんですか?」

「――分からないわ。でも、そもそもこの計画の案を持って来たのが、実はここより更に未来の人だって言う噂があるから……。つまり、パラレルワールドの更に未来側にずれた所からの人ってことかしらね。

 それで、私などはつい、これももしかしたら時間そのものの防御作用なんじゃないか、と思う事もあるのよ。人間が居なくなれば時間としても面白くない……ああ、混乱させてしまったわね。

――あまり詳しいことは、話さない決まりだったのに」  


 そう。あたしの頭は、既に大混乱に陥っていた。

 もういい。これ以上聞いても分かる気がしない。

「――でも、これだけは言えます。こんなにも人間は愚かで、救いようがないかも知れないけれど、やっぱり、最高の生き物だ、と。私はそう信じているんです。

 だから、私は、自分の仕事に誇りを持っています」  


 彼女は透明なほほ笑みを浮かべて胸をはった。

 その姿は聖女では無いかもしれないけれど、とても人間的な様に、あたしには見えた。


「――じゃあ、そろそろ戻って貰いましょうか」

 彼女の細い指が、機械のボタンの上に伸びる。  

 それが押される瞬間、あたしは胸の中で誓った。必ず、後悔しない人生にする、と――

  暗いトンネルを抜けて。  

 あたし達は、それぞれが消えた時から、一年後の世界へと、帰されて行った。

 もう既に、そこは今までいた世界とは違うかも知れない。

 幾つものパラレルワールドの一つであるのかも知れない。  

 でも。

 そこで始まる未来は、紛れもなくあたし達自信の未来なのだ、とあたしは知っていた。


 それからは、

 ――大変。

 帰ってきた者には、今までと全く違う人生が待っていた。

 中には、引きこもりになってしまったり、トラウマを抱えて苦しんだ人も居たみたいだけど。

 私たちには多くの使命が山のように課せられてしまったのだから。

  帰還者によるNPO法人が立ち上げられ。世界へ訴えかけたり、いつまでこの現象が続くか分からないけれど、次に控える17歳予備軍に、心構えを解いたり。

 凄い人は、講演会を開いたり、独自の会社を立ち上げたり。大学や企業で研究したり。

 今までこれと言った取柄というもののなかった私でも、一日だって、充実していない日は無くなった。自分が生きている理由を、体中で感じる事が出来た。

 現実の世界でも、こんな生き方が出来るって事に、今更ながら驚いている今日この頃だ。  



    9 そして…… 


 時々、アンケートがある。その内容は色々あるけど、「これからどんな未来を作りたいですか?」みたいな感じのが一番多い。

 これは、ある日の街頭インタビュー。


 Q: 将来、実際に作戦K17の実行が技術的に可能になった場合の、あなたの御意見をお聞かせ下さい。

 

A: 時間に人間が手を加える、とか、人の人生を強制的に変える、というのが本当に許される事なのかどうか、正直言って私にもまだ良く分かりません。けれど、敢えてわたし個人の体験から言わせて頂くなら、形は違っても、何らかの方法で若い内に、ああいった体験をして貰うのは良いことなのかもって思うんです。


 Q:それは、つまり実行に賛成と言うことでしょうか。

 

 A:それによる影響の大きさを考えると、簡単にはお答え出来ませんが――方法も、もっと別のやり方が慎重に精査されるべきだとは思います――でも、人間って、ただ何事もなく生活していると、何か大切な事を忘れてしまって行く気になりませんか? 

 だから、常に新鮮な夢や希望を忘れない為にも、自分の立場を再認識する為にも、時々考える機会が有るって言うのは良いことじゃないでしょうか。  


Q: 成程、有り難うございました。それで、最後に伺いますが、もしもう一度、トリップ出来るとしたら、貴女は、どなたとご一緒に行きたいとお思いですか。


A:――やはり、夫とです。  


 新妻は、ぽっと頬を染めてそう答える。


 そう、これはあれから10年後のあたし。

 生きることの意味を再確認して以来、一歩一歩、人生を大切に歩んでいる、平凡なあたしです。

 でも、平凡でも、小さなことでも、今出来ることは………あるよね。


                       -完-


最後までお読みいただき、有難うございました。


説教臭い、という感想を頂いたこともありますが。

ちょっとだけ、生きる元気の素になれば良いな、と思っております。

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