0.プロローグ
――誰かを好きになったら、どうすれば良いのだろう。
正也の渾身の気迫と共に振り下ろされた日本刀が男の身体を右肩から斜めに駆け抜ける。その一太刀は男の肉体を無視して、精神だけを切り離す。男は気を失い地面に倒れ伏す。
「はぁっ……、はぁっ……」
満身創痍の今にも倒れそうな身体で荒く呼吸を繰り返す。
「マサヤ!」
ニアは宝石のような瞳に涙を滲ませて、駆け寄る勢いをそのままに、小柄な体躯で強く抱きついた。
「ニア……、無事で良かった」
左手でニアの雪のような銀髪を撫でる。大事な宝物に触れるように、繊細に。
「マサヤがまもってくれた。だから、だからっ……!」
瞳から涙が溢れ感情が昂るのと一緒に、まるで一つにならんとばかりに正也を抱きしめる力がぎゅうと強くなる。
「ちょっ、痛い痛い」
その熱い抱擁は満身創痍の身体にとっては少々熱烈過ぎた。戦闘でボロボロな全身の至る所が痛む。
「ニア、それ以上やると正也が死んじゃいますよ」
宵月はニアを優しく諭す。
「! それはやだ」
宵月の言葉でニアは慌てて腕を解いた。新たなる命の危機から脱した正也は、ホッとした顔で笑う。
「ありがとう宵月、助かったよ」
「礼なんて良いですから、早く休んでください」
そう言って宵月は正也に肩を貸す。近づいた両者の距離に、宵月がほんのりと頬を染めて、そんな場合じゃないと小さく頭を振って邪念を追い出す。それに合わせ、宵月の金色の綺麗な髪が揺れる。
――その誰かが、自分ではない誰かを好きだったら、どうすれば良いのだろう。
「学園に連絡しといた。直ぐに来るってさ」
電話しながら先のやりとりを見ていた慧は、通話の切れたスマートフォンを制服のポケットにしまう。
「ありがとうございます、慧」
緩んだ笑みを見せる宵月に慧の脈が僅かに速くなり、
「……おう」
とぶっきらぼうで曖昧な返事をする。
それから宵月と慧で、正也を地面に座らせる。
「マサヤ」
「ん? どーした?」
ぽつと一言、ニアは名前を呼んだ。
そして二言目に、その想いを告げた。
「わたし――、マサヤのことがすき」
――ではその誰かが、想いを伝える前に失恋してしまったら、どうすれば良いのだろう。