制裁
「青の賢者がお呼びです」
部屋へ戻るなり、カインが一葉から離れてそう告げる。
「ああ、そう…。なんとなく来るんじゃないかとは思ってたけど」
「勘がいいですね。行きますよ」
カインは呪文を唱えて、いぬくんと一葉を青の賢者のいる神殿まで連れてきた。
「待ちかねたぞ」
「今日は何の…っ」
用で、と一葉が言い終わらないうちに青の賢者が杖を振るう。一葉は右頬を殴られたような痛みが走って地面にたたきつけられた。
「っ…たあ……」
頭がくらくらした。一葉は右頬を押えながら、左腕で体を支えて起き上がる。
「何、す…」
るの、とまた一葉の言葉は最後まで発することができなかった。今度は左頬をぶたれる感触がして、一葉は地面に突っ伏した。
「つう…」
「大丈夫ですか」
あまりの痛みに起き上がれないでいる一葉をカインが抱き起した。
「大丈夫、じゃない…」
一葉は頬を押さえる。ひどい痛みでくらくらする。
「馬鹿者が。余計なことをしおって。自業自得じゃ」
青の賢者が冷たく言い放った。
「いきなり、殴りつけるとか…」
「そのくらいせねばおぬしのような馬鹿者には自分がしでかしたことの重大さがわからんであろう」
「! 鼻血が出ています」
「え? …ああ、なんか、鼻から垂れている感じが…」
一葉が鼻をぬぐうと、手が血で汚れた。
「うっ…うう、うっ…」
痛みのあまり、涙があふれてきた。視界がにじんで一葉は血で汚れた手で顔をぬぐった。
「手当てしますよ。いいですね?」
「…勝手にせい」
カインが言うと青の賢者は杖を振るって救急箱が出した。
一葉の口の端も口の中も切れている。頬は真っ赤になっていた。カインに鼻に詰め物をしてもらい、絆創膏を貼られた。
一葉は食事するときしばらくしみるだろうなと思いながら、血で汚れた手を濡れたふきんで拭いた。手当てが終わっても、涙はこぼれた。
「何故殴られたかおぬしにはわかるか?」
椅子に座って青の賢者は向かいに座らせた一葉に問う。
「…超獣の力を使ったから?」
「あんな場面で超獣の力を誇示するなど、もってのほかじゃ。人間同士の争いは、人間同士で治めるものじゃろう。おぬしは神にでもなったつもりか?」
「そんなつもりないよ。いぬくんがあそこまでやるとも思ってなかったし。それに、あのときはセオドールも危なかったし」
「むしろ好都合ではないか。ラスティが王になる近道だったぞ」
「…そういう考え方は、好きじゃない」
一葉は青の賢者をにらみつける。青の賢者は一葉をにらみ返したが、カインが「もういいでしょう」と割って入った。
「これからは彼女も超獣の使い方を考えますよ。自分の身を守ることだけに超獣の力を使うということでいいでしょう」
「…わかった。気を付けます」
一葉は片手をあげてしぶしぶうなずいた。
「こんなことを繰り返すようなら、おぬしの願望を超獣にかなえさせるわけにはいかんな」
「ぐっ…。わかったよ。もうしないってば」
「わしも小娘に何度も手をあげるのは本意ではないのでな」
「…どうだか」
一葉はそっぽを向いて悪態をついた。
「では戻れ。話は以上じゃ」
「ふん。もう来たくもないけどね」
「戻りますよ」
一葉はいぬくんを抱いて、カインとともに部屋へ戻った。
二人と一匹のいなくなった神殿で、青の賢者はため息を吐いた。
「…いぬくんの本来の力って、どのくらいなんだろうね」
「くるるる」
ベッドの上でカインと背中合わせに座りながら一葉はいぬくんを撫でる。
「超獣は世界を滅ぼすほどの力を持っているそうですから」
「なんでもないことみたいに言わないでよ。…なんでも願いをかなえるって、そういうこと」
一葉は自分の頬を指で押し上げた。誰も見ていないので変顔を作ってみる。
「これで封印されてるなんて、封印が解けたらどんな恐ろしいことになるんだか」
「それであなたの願いをかなえるんでしょう」
「…そうだけど」
「あなたの父親を生き返らせるという願いを」
「うん…。あれ? 私その話、カインにしたっけ?」
言った記憶がないので一葉はカインを振り返るが、彼はやはり背中を向けていた。薄茶色の長い髪しか見えない。
「…しましたよ。ずっと前に」
「そうだっけ? 覚えてないなあ」
一葉は首をひねる。誰にも言ったことがない気がするのだけど。
「どうでもいいでしょう。そんなことより、ジョンもクラークも言ってましたがこれからはもっと慎重に行動するべきです」
「ああ、えっと…うん。そうだね」
なんだかはぐらかされた気がしたが、一葉はとりあえずうなずいた。
「人を殺したくないんでしょう?」
「もちろん。…誰かの命を取る責任なんて、私には負えない」
一葉はぎゅっと両腕をつかんだ。命を取らないからいいわけではない。きっとコルディア軍は私を恨んでいるだろうと一葉は思った。あの竜巻だ。大けがをおって、動けなくなった人だって大勢いるはずだ。恨まないわけがない。
「超獣はあなたの言うことを何でも聞くんだから、あなたを利用しようとする輩が増えるしょう」
「うん。でも…クラークもいるし、大丈夫」
「大丈夫じゃない」
カインは低い声で言った。
「え…何か怒ってるの?」
「あなたはあの男を信頼しすぎです」
「それは…ほら、この世界に来てからずっと一緒だったし」
「あの男はあなたを裏切りますよ」
カインがまるで決定事項のように言うので、一葉はむっとして言い返す。
「なんでそんなことがわかるの?」
「わかるものはわかるんです」
「なんでよ?」
「なんでもです」
「勝手な思い込みでそんなこと言わないで」
一葉はカインをにらみつけた。
「思い込みじゃない。あなただって、あいつに自分が依存しているのに気づいているんでしょう。裏切られたとき痛い目に遭いますよ」
カインに痛いところを突かれて、一葉は黙り込んだ。クラークに甘えているのは一葉も自分でわかっている。
「私は超獣使いだから、裏切ったりしないよ」
「超獣使いでないあなたがあの男にとって価値があるとでも?」
カインのその言葉に一葉は腹が立ったが、何も言い返せなかった。
「…もういい。戻って」
「忠告はしましたよ」
「わかったってば」
カインは背中から一葉と同化した。一葉はいつもの感覚に不機嫌さを覚えながら、頬杖をついた。
「…なんか、気分悪い」
一葉はスマホを取りだして日記を書く。顔の痛みとカインの発言とコルディアの人々のことを考え、なかなか眠れなかった。




