セオドールの本心
「や、やあ、セシリア…」
「ブラッド、一葉、無事だったのね」
教会の奥の食堂へ向かうと、子供たちはおやつの時間だったようだ。
みんなでパンケーキを食べていた。幼い子供たちに食べさせるのに苦労していたセシリアや修道女たちは、ブラッドと一葉に気づいて歓迎してくれた。
「英雄の帰還だね。おかえりなさい、一葉、ブラッド」
「戦場へ行っていたんでしょう?」
「うん。クラークもイヴァンも無事だよ」
「よかった…」
セシリアはほっとして微笑んだ。
「おかえり、二人とも。うちの子たちも無事なら何よりだ」
シアンがにこにこと笑って出迎えた。
「帰ってきたよ、シアン」
一葉は子供にパンケーキを食べさせていたシアンのそばに駆け寄った。
「無事でよかったよ。いきなりコルディアと戦争に行くだなんてびっくりしたよ」
「うん。…私、超獣使いだからね」
「超獣使いがコルディア軍を退けったって聞いたわ。本当なの?」
「うん、一応…」
一葉が曖昧に答える。
「お茶をいれようか。話を聞くよ」
シアンが立ち上がって台所でお茶をいれて持ってきた。
ブラッドが戦場での話をして、一葉がそれを補足する。子供たちも最初は話を聞いていたが、飽きて子供同士や修道女と遊び始めた。
「そうなんだ。いぬくんてただものじゃないんだねえ」
「くるるる」
シアンが一葉のそばで床に座っているいぬくんを撫でると、いぬくんは鳴き声をあげた。
「一葉は英雄ね」
「私じゃないよ。すごいのはいぬくんだから」
「普通の犬みたいなのにな」
ブラッドが手を伸ばすと、いぬくんはぷいとそっぽを向いてその手を避けた。
「やーい、嫌われてやんの」
「うるせーよ」
ブラッドは一葉に言い返して紅茶を飲んだ。
「シアンの紅茶を飲むのも久しぶりだな」
「俺の紅茶、おいしいでしょ?」
「うん。おいしい」
一葉も紅茶を飲んでほうっと息を吐いた。
「でも…私がいぬくんの力を使ったせいで、コルディア軍の人はきっとたくさん大けがを負ってる」
「仕方ねえよ」
ブラッドがあっさりと言った。
「一葉はやさしいね」
「そんなんじゃないよ」
「そんなことあるよ」
シアンは一葉の紅茶のカップを持つ手をそっとつつんだ。一葉は目をぱちくりさせる。
「だから誰のことも殺さないでって言ったんでしょ」
シアンの言葉に、一葉は何も言えなかった。
誰も殺したくないのは、やさしいからではなく罪悪感を持ちたくないだけではないだろうか。人を殺した重さに耐えられないから。それをやさしいなんて言うんだろうか。一葉にはわからなかった。
「超獣が力を使って、一葉は大丈夫なの? 何か体に異変とかないの?」
「うーん…。今のところは別に」
セシリアの気づかいに、一葉はシアンが手を放したので、両手を振って見せた。
「こいつは殺しても死なねえよ。まったく、戦場のど真ん中に出てきたときは頭がおかしくなったのかと思ったけどな」
ブラッドはぐしゃぐしゃと一葉の頭を撫でた。一葉はぐしゃぐしゃになった髪の毛を整える。
「失礼だな。いくら私でも、殺されれば死ぬよ。それにあれは私が自主的に行ったんじゃなくて、セオドールのせいだからね」
「セオドール様も熱が下がらないなんて心配だね。早く治るといいけど」
シアンが紅茶を飲みながら気遣った。
「そうえいば、先日シアンも少し体調を崩していたのよね。起きていられないくらい疲れたって」
「そうなの?」
一葉はシアンをみつめる。シアンは苦笑した。
「ちょっとね。たいしたことないよ。たまにあるんだよ。セオドール様はどうして戦場へ?」
「なんか戦場に飛び出したのもラスティに対するコンプレックスみたいな感じなんだよね。面倒くさいよ、あいつ」
「不敬な言い方するな」
「いて」
ブラッドに手刀を落とされ、一葉は頭を押さえた。
「いーじゃん。あいつ、私のこと嫌いだとか言うし。私も嫌いだけど」
「一葉って大物よねえ」
セシリアが感心しながらお茶を飲んだ。
ジェフリーは今日は貧民街の子供たちのところへ行っていて、まだ帰ってこなかった。すでに夕日が沈んであたりが暗くなりかけている。ブラッドは長居しすぎたと言って、立ち上がった。
「もうクラークも帰ってくる頃だろ。行くぞ」
「うん。お邪魔しました」
一葉がそう言って立ち上がろうとすると、シアンが一葉の手を引いた。
「あまり無理しないで。何かあったら、いつでもここへ来ていいからね」
シアンがやさしく一葉の頭を撫でる。
「う…うん。ありがとう」
セシリアが両手を胸の前で組んで、一葉に微笑む。
「一葉、クラークに…イヴァンにも無事で帰ってきてくれてよかったって言っておいてね」
「わかった。伝えるよ」
一葉は立ち上がってセシリアにうなずいて見せた。ブラッドとともに教会の外で待っていた馬車に乗ってスペンサー邸へ向かった。
「クラークは私が何の覚悟もなくて戦場に行ったから、何もするなって言ってくれてたんだよね」
夕食の最中に、一葉はパンをちぎってそう言った。
「…そういうことになるかな」
「でも、今回は…」
「仕方なかった。そういうしかないだろう。過去は変えられない」
一葉はクラークが怒っているようではなかったので、ほっとした。もうどうしようもないことは、一葉もよくわかっている。
「…あの後、教会へ行ったんだよ。シアンとセシリアたちに、コルディアとのこと話したの」
「それで、教会で軍の機密をべらべらしゃべってたのか」
クラークが夕食の席でステーキを食べながら呆れたように言った。
「機密はしゃべってないよ。たぶん。ブラッドもなんかぼやっとしたことしか話さなかったから、それに合わせたし」
「ブラッドまで…。まあ彼がいるなら平気だろうが。誰かに話すということは、それだけ情報がもれるということだ。気をつけなさい」
「わかった。気を付ける」
本来なら、戦勝祝いがされる予定だったらしいが、あくまでコルディア軍が狼の駆除のために侵入してきたのをレスタントが攻撃したという体なので、国を挙げての祝い事はしないことになった。
ただ、小さな夜会が王城で開かれるらしい。クラークは疲れているので参加するつもりはないと言っていたし、一葉もそういう集まりは面倒くさいのでごめんだった。
セオドールの誕生祝でもう懲りた。要請があっても行く必要はないとクラークに言われた。
「あまり教会へ行くのもやめたほうがいい」
「なんで?」
付け合わせのポテトを食べながら一葉が聞く。
「一葉はあまり自覚がないが、周りが恐れる力を持っている。実際に持っているのは超獣だが、それを操るのは一葉だ。一葉が教会に出入りしていることが分かれば、それだけ教会の人間に危険が及ぶ。言っている意味はわかるな?」
「あ…うん。そうだね」
一葉は気落ちしてうなずいた。
「…ブラッドが一緒ならいい」
クラークは一葉の様子を見て付け足した。
「本当? じゃ、ブラッドと一緒に行くよ。気を付ける」
一葉はぱっと顔をあげて笑顔を見せた。クラークは苦笑する。
「そうだ、セシリアがクラークとイヴァンが無事でよかったって喜んでたよ」
「そうか。伝えておこう」
クラークはワインを飲んだ。クラークの表情は変わらない。セシリアのことをどう思っているのか一葉にはわからなかった。
「そういえば、セオドールの調子はどう?」
一葉は思い出したように尋ねる。
「あまり芳しくないようだ。ラスティ様もエリザベス様も心配しておられる」
「身体弱いのにあんなところに来るからだよ。…セオドールって、クラークとはあんまり親しくないの?」
パンをちぎりながら一葉が聞く。
「私はラスティ殿下のお守り役として国王陛下に任命されているからな。セオドール様はヒースコート将軍が任命されている。もっとも、セオドール様はラスティ様と違って体を鍛えることなどできないから、ヒースコート将軍もそれほど親しいわけではないと思うがな」
「ふーん…」
「どうしてそんなことを?」
「もしかしてセオドールって、クラークのこと結構好きなんじゃないかと思って」
クラークは眉根を寄せてステーキを食べる一葉をみつめる。
「…まさか。そんなことはないと思うが」
「そうかなあ。ラスティに対抗意識を燃やすのもそれがあるんじゃないの?」
「それはお亡くなりになったセオドール様の母君が原因だと言っただろう。それにそうだとしたら、セオドール様は相当な変わり者だな。自分を支持しないものを欲しがるとは」
クラークは苦笑してデザートのぶどうを食べた。
「自分の気持ちは自分でもどうにもならないじゃん。あのときセオドールが戦場に行ったのも、クラークに止められたのが悔しかったみたいだし」
「…そんなことをおっしゃっていたのか?」
「まあ、似たようなことを」
「セオドール様は一葉の前だと、本心を話すんだな」
メアリアンが入れてくれた紅茶を飲んで一葉は言う。
「セオドールは私のこと嫌いだからだよ。嫌いな人にならどう思われてもいいから本心を言うんじゃない?」
「嫌いだったら、自分の心のうちなど明かさないと思うね。相手にする必要もない。私ならそうする」
「じゃあ、嫌いじゃないけど好きでもない相手かな。私もあいつ嫌いだから別にいいけど」
「まったく、一葉にかかると皇太子殿下も形無しだな」
クラークは苦笑して紅茶を飲んだ。




