一葉の願い
「泣かしたんだー」
大将のテントへ戻ると、ブラッドとつまみを食べていたイヴァンに揶揄された。クラークは顔をしかめる。
「何の話だ」
「超獣使いをクラークが泣かせたってもっぱらの噂だよ。せっかく戦勝気分で浮かれてたのに」
にやにやとイヴァンは笑う。
「なんか事情があるんだろ。イヴァンもからかうのはやめろよ」
「はいはい。ブラッドはいつもクラークの味方だもんね」
イヴァンは肩をすくめてブラッドに舌を出して見せる。
「別にそういうわけじゃ…」
「今日のことで少し言い争いになっただけだ。もうなだめてきた」
「そう。ま、こちらの思惑通りにしてくれるならどうでもいいけど。カーゾン村には念のため兵士を置いていくよ。講和が確実に実行されるかわかるまで」
「それがいいだろうな」
クラークはうなずいた。
「少し飲んでこようぜ、クラーク」
「行ってらっしゃい」
イヴァンは片手をあげる。彼は下戸なので飲めないのだ。
「そうだな、行くか」
「クラーク」
ブラッドに同意してテントを出ようとするクラークをイヴァンが呼び止める。
「先に行ってる」
「ああ」
ブラッドは先にテントを出て行った。
「どうした?」
クラークはイヴァンのそばへ戻る。
「どこまでが筋書?」
「何の話だ?」
イヴァンは椅子に座ったまま、頬杖をついてクラークを見上げる。
「一葉は超獣使いだよ。ラスティ様を国王にしたらいなくなるんだ。わかってるよね?」
「…当然だ」
クラークは顔色を変えずに答えた。
「わかってるならいいけど。あまり距離を詰めすぎると、後になってきついのはあんただってわかってるの? ま、俺には関係ないけどね」
「…わかっている」
クラークはふっと息を吐いた。
「そう。だったらいいけど。ブラッドが待ってるから早く行きなよ」
「ああ」
クラークはテントを出て、兵士たちが飲んでいる場所へ行って待っていたブラッドたちと一緒にワインを飲んだ。
勝利の美酒はいつもよりほろ苦い味がした。一葉を泣かせたからだろうか。ああ言ったら、一葉が追いすがってくるだろうとは予想していた。けれどあんなふうに泣くとも思わなかったし、抱きしめるつもりもなかったのに。
一葉は女性のいるテントの中で、いぬくんを抱きながら眠れない夜を過ごしていた。
いつの間に私はあんなにクラークに依存していたんだろう。クラークに見捨てられると思ったら、あんなに怖くなるなんて。これじゃだめだ、と一葉は思った。
私はおとうさんを生き返らせるためにここにいるんだから。その願いをかなえるために異世界でラスティを王にする。私の命よりも優先することは、おとうさんなのだから。
早朝、野営地を片付けてレスタント軍はカーゾン村を経由して一部の兵士を残して王都へ戻ることになった。
一葉はトカゲが引く馬車ならぬトカゲ車にセオドールとジョンと乗って帰った。セオドールは熱が下がらないので、ずっと横になったままだった。
途中の街で休みを取り、夜は王都近くの街で一泊した。セオドールに無理をさせたくないというジョンの要請だった。クラークはそれを受け入れ、王都へは翌日戻った。
王都ではコルディアに勝った軍を歓迎して受けれいてくれた。一葉はそれをどこか他人事のようにみつめながら、いぬくんを抱いて馬車に揺られていた。
「一葉、まずは陛下へ報告だ。一緒に来なさい」
「うん。わかった」
一葉はクラークについて、城へ行くとすぐに国王陛下のもとへ向かった。セオドールとジョンも一緒だ。大臣と将軍が玉座の周りにいてクラークたちを待っていたようだった。
「陛下、失礼いたします」
クラークと一葉とジョンは礼をとり、セオドールも軽く会釈をして玉座の間へ入った。
「よく戻った。…どうした、セオドール。顔色が悪いな」
「申し訳…」
「陛下、殿下は無理をなさって熱があるのです。どうか下がるお許しを」
「父上」
ジョンが言うのを遮ってセオドールが言葉を発した。
「僕は戦場へ行きました。一人で行ったんです。コルディア軍とレスタント軍の間で僕は自分でそこにいたんです」
必死で訴えるセオドールに国王はうなずいた。
「そうか。よくわかった。ジョン、セオドールを部屋へ連れて行きなさい」
「かしこまりました」
「…失礼いたします」
セオドールはジョンに支えられながら玉座を出て行った。彼らがいなくなってから国王は「超獣使いの件だが」と言った。
「コルディアから使者がきて、今回は狼の駆除のために我が国に赴いたのに大規模な戦闘になってしまったことは大変遺憾であるとのことだった。しかし、超獣使いの力を目の当たりにして、我が国とは今まで通り休戦を結びたいとの申し出だった。我が国はそれを受け入れた」
「そうでしたか」
「では、話を聞こうか」
「かしこまりました」
クラークは王都を出発してからの出来事を説明する。セオドールの行動に関しては、一緒にいた一葉から話した。国王は疑問に思ったことを聞き、相槌をうちながら納得いくまで話を聞いた。大臣や将軍たちも時折質問を挟んだ。
「ふむ。今回は超獣使いのおかげで得た勝利だな。やはり一緒に行ってもらってよかった」
「…お役に立てたなら何よりです」
一葉は微妙な笑顔を浮かべた。
「なんだ。嬉しくなさそうだな」
「その…」
「疲れているんでしょう。ずっと馬車に揺られていましたから。一葉は下がらせましょう」
「そうか。まあいいだろう。その力、これからも存分にふるってくれると助かる」
「…努力します」
一葉は曖昧に答えて玉座から退室した。
「よう」
「あれ、ブラッド…」
玉座から出ると、ブラッドが廊下で待っていた。
「クラークはまだ中か?」
「うん。なんかまだ話があるみたいだけど…」
「帰るんだろ。送って行く」
「え、でも…」
「クラークにそうしろって言われてるんだ。ラスティ様に会うのは明日にしろ。ラスティ様はセオドール様のことで頭がいっぱいだからな」
「まだラスティに会うとか言ってないけど…まあ、そう言うなら行くよ」
「そうしろ。行くぞ」
ブラッドについて一葉は城を出る。
馬車に乗ろうとしたとき、ニワトリが飛んできた。
「あ、あれって…。もしかして、みちるから私宛かな」
ニワトリは一葉の肩にとまった。そしてみちるの声で鳴いた。
「みちるから一葉へ。レスタント軍とコルディア軍の戦いは無事おさまったね。私は無事だよ。心配しないで」
「よかった…。みちるは無事だ」
一葉はほっとして息を吐いた。
「そうだ。ニワトリに何かあげなくちゃいけないんだよね」
「ああ…それなら」
ブラッドが道具袋から固いビスケットをニワトリにやった。ニワトリはそれをくわえて食べながら城の3階へ飛んで行った。
「どこ行くのかな?」
「イヴァンのところだろ。あれはイヴァンのニワトリなんだ」
「へえ…。賢いね」
「普通だろ」
さも当然のように言われても、一葉には普通のことではないのでよくわからなかった。
馬車に乗り、一葉はいぬくんを太ももの上にのせてううーん、と背伸びをする。
「なんかずーっと馬車に乗ってるから、身体がおかしい」
「ああ、そうかもな。後で体操でもするといい」
「ブラッド、セシリアに会いに行かなくていいの?」
一葉のいきなりの問いに、ブラッドは咳き込んだ。
「ばっ…なんでセシリアが出てくるんだよ?」
「ねえ、会いに行こうよ。無事に帰ってきたこと知らせてあげなきゃ」
「別に…。セシリアは俺が無事じゃなく、クラークが無事なほうが嬉しいんだよ」
ブラッドはぐしゃぐしゃと自分の髪を撫でまわす。
「じゃ、なおさら。クラークもイヴァンも確か幼馴染なんだよね? みんな無事だって言いに行かなきゃ」
「けどな…」
「私が会いに来たって言えばいいじゃん。行こうよ」
「…おまえがどうしてもって言うなら」
ブラッドは苦い笑みを浮かべた。
「どうしても! すみません、教会に向かってください!」
一葉が窓から大声で御者に叫んだ。御者は「承知しました」と言って教会へ向かった。




