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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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あなたが必要

 もうあの場所に帰れない。











 野営地へ帰る間、クラークはずっと無言だった。


 セオドールは熱があるので、ブラッドと同じトカゲに乗って支えられて帰った。野営地では兵士たちが勝利に酔いしれ、大騒ぎだった。

「殿下、ご無事で」

「うん…。心配かけてごめん」

 セオドールはジョンに連れられてテントへ戻った。


「一葉」

 いぬくんから下りて身体を縮めたいぬくんを抱き上げた一葉に、クラークが低い声で話しかける。

「な、何?」

 一葉は緊張しながら振り返る。


「超獣は本当に一葉のどんな要求もきくんだな」

「あ、えっと…うん。そうみたい…」

「わかった」

 クラークは大将のテントへ戻った。一葉はその背をただ見送った。


「どうしよう…。怒ってるんだよね」

「当たり前だ」

「いでっ!」

 ブラッドに手刀を頭に落とされて、一葉は悲鳴をあげた。

「何すんの…」

 涙目になりながら、一葉は頭を押さえてブラッドを見上げる。


「勝手なことしやがって。馬鹿が」

「だって、セオドールが」

「さっさとおまえと殿下だけ逃げればよかったんだ。ここまでやれなんて言ってねーだろ」

「だって…」

 一葉は反論しようとしたが、うまく言葉にできなかった。


「しかし、超獣はでかくなったり簡単にできるんだな。先に言えよ」

「うん…。私、クラークに謝ったほうがいいかな」

「それでおまえの気が済むなら、そうすればいんじゃね?」

「…うん。そうする」

 大将のテントへ向かった一葉を見て、ブラッドはため息を吐いた。


「クラークに謝ったところで、今日やったことは、もうどうにもならねーけどな」

 テントの中では、クラークとイヴァン、中佐が話をしていた。カンバーバッチ中佐は一葉を見ると、「今日の主役ですね」と笑顔を見せた。

「封印されていてあの力を持っているとは素晴らしい。ファラデー将軍がおっしゃっていたように、超獣使いはとても頼もしい味方だ」

「あ、はい。どうも…」

 一葉はいぬくんを抱いたままとりあえず頭を下げる。


「今城へニワトリを飛ばしたよ。一葉の戦果を報告にね」

「…そう」

 クラークは一葉を一瞥したが、すぐに顔をそらした。

「おそらくコルディアからも何かしらの使者が来るはずだ」

「そうだね。あれだけの被害が出たんだから、休戦か講和を申し出てくるはずだけど」


「あの…」

「後にしなさい」

 クラークに視線を向けられることもなくそう言われ、一葉は仕方なくテントを出た。


 どうしてあんなに怒ってるんだろう。何がいけなかったんだろう。

 テントを出て、兵士たちに賞賛やねぎらいの言葉をかけられても、一葉は胸の中が苦しくて晴れやかな気分にはなれなかった。

 仕方なくセオドールのテントへ様子を見に行くと、セオドールは眠っているということだった。


「お疲れなんでしょう。無理して戦場へ赴かれたので」

「…そうだよね。でもあんなことするなんて思わなかった」

「そう意外でもありませんよ。セオドール様はお母様に似ていいらっしゃって、我の強い方です。身体が丈夫ではないので、それが前面に立ってわかりづらいですが」

 ジョンはため息を吐いた。


「セオドール様を守っていただいて、ありがとうございます」

「いえ、別に…。セオドールのためだけじゃないし」

「あなたはこれから、難しい立場に立つでしょう」

 ジョンが真摯に一葉をみつめる。


「力を持つものは常にそうです。権力を持つものにどのように利用するか争いのもとになるかもしれません。コルディア軍からも恨まれることでしょう。努々お忘れなきよう」

「…うん。わかった。ありがとう」

 ジョンから離れて、一葉はそういうことか、とようやくクラークが怒っている理由を理解した。

 彼は一葉が超獣の力で利用されることを分かっていたから、散々何もしなくていいと言ってきたのだ。コルディア軍もあんな状態にして、恨みを買わないわけがない。何故、彼の言うとおりにしなかったのだろう。馬鹿だ。もっと後先考えて行動するべきだったのに、焦って愚かなことをした。

 後悔しても遅いことは一葉でもわかっていた。


 一葉はトカゲのいる人気のない場所へ行き、いぬくんを抱いて座り込んだ。

「くるくる」

「…どうしよう。みちるは大丈夫だよね」

「くるる」

 いぬくんが何を言っているのかはわからないが、慰めてくれているようには思えた。


「誰も殺さないでくれたの?」

「くるるる」

 今の鳴き声はおそらく肯定なんだろうと一葉は勝手に思った。ケガをしても、誰も死ななければいいと思う。みちるが何ともなければいいと思う。アーウィンも来ていなければいいけど。


 座っていると嫌な方向にばかり考えが行くので、一葉は立ち上がりけが人のテントへ向かった。衛生兵の手伝いをするとみんな歓迎の言葉をかけてくれたが、今はそれが心苦しかった。

 手持無沙汰になったころで、兵士がテントへ伝令を伝えに来た。


「国王陛下からの伝令です。使者から講和の申し出があり、それを受けるそうです」

 伝令の兵士の話を聞いたけが人たちは、「よかった」「我らの勝利だ」と口々に喜びを表した。

「あなたのおかげだよ、超獣使いさん」

「あ…そうかな。どうだろう…」

 一葉は曖昧に笑って、いぬくんを連れてけが人のテントを出た。


 今夜はここへ泊って、明日トカゲに荷物を積んだ馬車で王都へ帰るということだった。兵士たちは歓声をあげて、片づけを開始した。今夜は眠って、明日は早く出発して帰るのだという。

 みちるはどうしているだろうか。スマホは使えないし、何か連絡…。そうだ。一葉は大将のテントへ走った。


「今入ってもいい?」

「どうぞー」

 テントを開けると、中にはイヴァンとブラッドとカンバーバッチ中佐とほかの兵士が話をしていた。

「えっと、クラークは…」

「ちょっと出てくるって言っていないよ。自分のテントじゃない?」

「そう…。あの、ニワトリって私が借りてもいいかな?」

 ブラッドとイヴァンはちらりと視線を交わす。


「いいけど…誰に連絡を取りたいの?」

「みちると。だめかな?」

 ブラッドは少し考えてから、「内容を考えて話せよ」と言って鳥籠の中にいたニワトリを出した。


「伝言を伝えたい人間の名前を言えばいい。背中をたたくと勝手に飛んで相手へ伝えてくれる。伝えに来てくれたときは、何か餌を与えてやるんだ。雑食だからなんでもいい」

「わかった。ありがとう」

 一葉はテントを出てニワトリを腕に乗せたまま、人気のないところへ行く。オスカーに聞かれても大丈夫な内容を話さなくては。


「一葉からみちるへ。レスタントとコルディア軍が戦いになったと聞きました。みちるは無事ですか。心配しているので連絡ください」

 ニワトリは一葉につつかれると、ばさりとコルディアのほうへ飛んだ。一葉はほうっと息をはいて、クラークのいるはずのテントへ向かった。中へ入ると、誰もいなかった。


「どこかな…」

 一葉はテントを出てクラークを探す。片づけをしている兵士の中にクラークがいた。指示をしながら自分も荷物を運んでいる。大将が自ら片づけをするなんて、上に立つ人間はいろいろだなと一葉は思った。声をかけようかどうしようか一葉は迷い、結局荷物運びを手伝って夕食の時間になった。


 馬車に運んできたというワインを兵士たちが開けて勝利の美酒を飲んだ。戦争するのに酒を持ってくるという感覚が一葉にはいまいちわからなかったが、それでもみんなが楽しそうなので邪魔しないように隅で小さい岩に腰かけておとなしくしていた。


「お腹が空いただろう」

 クラークが相変わらず干し肉と乾燥野菜のスープをビスケットと一緒に一葉に持ってきた。

「…ありがとう」

 一葉はどことなく緊張しながらそれを受け取る。

「戦場では普段はあまり水を使わないから、スープを飲めるのは贅沢なんだ。ここは川があるからスープも作れる」

「おいしいよ。食べられるだけで満足」

 一葉は固いビスケットをスープにつけて食べる。クラークもスープを飲んだ。


「コルディア軍に死者は出なかったそうだ」

 一葉は隣に腰を下ろしたクラークをはっとして見る。

「使者が伝えてきた。重傷者はいても、誰も死ぬほどのケガではないと。被害は甚大だが、それもまた超獣使いの力かと驚いていたそうだ。これも一葉が超獣にそう命じたせいだろうな」

「…そう、なんだ」

 一葉は足元のいぬくんを見る。いぬくんは一葉をちらりと見上げて足で体をかいた。


「超獣は一葉の言うことなら何でも聞くんだな」

「…まあ、そういう契約だから」

 二人はしばらく無言で食事をした。

「一葉には私の助けなんかいらないのかもしれないな」

 一瞬、クラークに言われたことの意味が分からず、一葉は固まった。


「…どういう意味?」

 一葉は恐る恐るクラークに尋ねる。

「超獣がいれば、私の力など必要ないことがよくわかった」

「そんなことない」

 一葉は必死に否定する。全身から血の気が引いた。


「今日、勝手なことしたの怒ってるなら…」

「怒ってなんかいない。一葉が超獣にあの竜巻を出させたおかげでこちらの被害はなかった。まあ、山肌が消えたからその分を補修するのは時間がかかるだろうが…」

「あの、ごめんなさい、私」

「謝らなくていい。一葉は一葉の力を持って目的を達成すればいい」

 クラークはスープを飲み終えて立ち上がった。一葉は言葉をなくしてクラークを見上げる。


「…待って」

 震える声で一葉はそう言ったが、クラークは聞こえないのか立ち止まらなかった。

 どんどん遠くなるクラークの背中に、一葉は背筋が寒くなった。


 怖い。クラークから見捨てられたら、私は一体どこへ帰ればいいの。


 オスカーに殺されると思って逃げ出したあの恐怖すら凌駕するほどの震えが、一葉の全身を支配した。立っていられない。心臓の動悸が耳元でなるほどうるさくなった。


「待って!」

 一葉はスープのお椀を投げて駆け出して、クラークのマントをつかんだ。引っ張られてクラークは振り返る。

「…一葉」

「…お願い」

 一葉は震える声でクラークのマントを握りしめる。


「見捨てないで…」

 兵士たちがこちらに気づいて何事か言っている。二人の様子がおかしいことは傍目にも明らかだ。

「おいで」

 クラークは一葉の手を引いて、近くの無人のテントに入った。一葉の目からぱたぱたと涙がこぼれる。

「くるくる」

 いぬくんが涙でぬれた顔を眼鏡を外してぬぐう一葉の足元で鳴いた。


「ひっく、ひっ、う、ひっく…」

「…悪かった。見捨てたりなんかしない。そんなつもりじゃない」

「でも、…っく」

「一葉は私に何か言われるより、自分で自由にしたほうがいいかと思っただけだ。…私は一葉にとって必要か?」

「うん、うん…クラークが、いないと、だめ…」

「わかった」


 クラークは泣きじゃくる一葉を抱きしめた。一葉はそれでようやくほっとして、そのせいで逆に涙が止まらなくなった。しゃくりあげながら、クラークの前で泣くのは何度目だろうと思った。私はこんなふうに泣くキャラじゃなかったのに。


 おとうさんが死んでから、ずっと泣くことは自分に禁止してきたのに。


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