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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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竜巻

 翌朝、セオドールがジョンに支えられながら兵士たちに召集をかけて、皆に「必ず勝つように。それぞれ全力を尽くしなさい」と鼓舞した。


「殿下、ご無理なさいませんよう」

 クラークがやさしく声をかける。


「…僕が邪魔だと?」


「とんでもございません。殿下に何かあれば、我々の士気に関わります。どうかご自愛ください」

「………わかった」

 セオドールは明らかに不満そうだったが、すぐにテントへ戻った。赤い顔をしていたから、熱がまだあるのだろう。


 続いてクラークが作戦を説明した。三方に別れてコルディア軍を攻めることで勝利を確実にするということだった。

「一葉はここで待っていなさい。ここからどこへも行かないように」

「うん…」

 軍隊が出発する前にクラークにそう言われて、一葉はいぬくんを抱いてうなずいた。


「じゃあ、行ってくる」

「おとなしくしてろよ」

「わかってるよ」

 クラークとブラッドは部隊を引きつれてトカゲに乗って山道を下っていく。トカゲは全員分あるわけではないので、他の兵士たちは駆け足でついていくようだった。


 昨日より大勢の人が戦いに行く。一葉は全員が見えなくなってから、イヴァンがいる大将のテントへ入った。

「みんな行ったよ」

「そう。もう少ししたら、あの場所から崖下が見えるね」

 イヴァンは机の上の地図を広げながら、いつも通りの口調で言った。


「見ないの?」

「見るよ。それが俺の務めだからね。…ふむ。おそらく、向こうもこっちの出方は読んでいるはず。勝率は6対4てとこかな」

「こっちが6?」

「俺の見立てではね」

「…今って、休戦協定してるんじゃなかったの?」

「破られることなんていくらでもあるでしょ。今回は狼の駆除を理由にこちら側へ侵入してるからね。あっちからすれば、こっちが攻撃するのがおかしいって理屈だよ」

「そういうこと…」

 一葉はようやく合点がいった。


「でも、クラークがいれば勝てるってみんな言ってた」

「まああの人がいればそれなりに勝率は高いけどね。ブラッドもかなり強いよ。クラークに負けず劣らず」

「そうだろうね。…イヴァンは不安じゃないの?」

「何が?」

「クラークたちが帰ってこないかもって」

 イヴァンは地図からちらりと顔をあげて、けらけらと笑った。


「そんなの、いつもだよ。でも必ず帰ってくると思ってる。でも帰ってこないかもしれない。そう思いながら、俺はもっとも死者が少なく済む作戦を立てるだけだよ」

「行かないでほしいと思ったことは?」


「戦争ほど愚かなことはない。俺も妻のある身だから、無事で帰らないといけないしね」

「イヴァンて奥さんいるの!?」


 知らなかった。驚愕の事実に一葉は思わず叫び声をあげた。

「そうだよ。3人の中では俺だけが妻帯者だね。ちなみに、一番年下なのも俺だけど」

「マジか…」

 垂れ目だしひょうひょうとした態度といい、イヴァンが一番3人の中で年上だと一葉は思っていた。あまり関係なかったようだ。


「うちの奥さんは目が見えないし足も不自由だから車いす生活なんだ。普段は施設にいるから、俺もあんまり家には帰らないんだよね」

「そうなんだ…。事故か何かにあったの?」

「そんなところかな」

 イヴァンはそれ以上語る気が無いようだったので、一葉も聞かなかった。


「失礼します、セオドール様はいらっしゃいませんか?」

 ジョンが慌てた様子でテントの中へ入ってきた。

「いないけど…寝てるんじゃないの?」

「ええ。眠るから一人にしてくれと言われ、外にいたのですが様子を見に行ったら、どこにもいないのです。一体どちらに…」


「…まさかとは思うけど、戦場へ向かったんじゃないよね?」

 イヴァンは怪訝な顔で椅子から立ち上がる。

「そういえば…昨日、戦場の指揮がしたいとか言ってたよね」

「まさか…いえ、でも…」

 ジョンが青い顔でテントを出て行く。一葉とイヴァンもそれを追った。野営地にいる兵士たちに聞いても、セオドールを見ていないという。ジョンはほとほと困り果てて、頭を抱えた。


「…仕方ありません。私が戦場へ」

「待って。私が行く」

 一葉がジョンを止めた。

「え、何言ってるの?」

 イヴァンは明らかに頭のおかしいやつを見る目で言う。


「いぬくんなら、すごく速く走れるから追いかけるよ。それで、この戦いも終わらせる」

「…何言ってるの?」

 イヴァンは再度同じことを言った。たれ目を吊り上げた。


「ずっと考えてたんだ。どうすればこんなこと終わらせられるか。私にできることなら、なんとかしたい。いぬくん、お願い」

「くるるる」

 いぬくんは鳴き声をあげると、馬ほどの大きさになった。まさに一角獣だ。

「うわ、すご…」

「…こんな力があったのですね」

 イヴァンとジョンは感嘆の声をあげた。ほかの兵士たちも驚いている。一葉はいぬくんによじ登って乗る。


「急いで行って、セオドールを止めてくる」

「ちょっと待ってよ。勝手にそんなことされると…」

「すぐセオドール様を連れて帰るのですよ!」

 イヴァンとジョンから真逆のことを言われているのに構わず、一葉はすぐに「行って」と言っていぬくんを走らせた。


「いぬくん、セオドールのもとへ急いで」

「ぐるる」

 いぬくんはけもの道を迷うことなく駆けていく。トカゲより速いのではないだろうか。一葉は必死でしがみつき、木々が開けたところでセオドールがトカゲに乗っているのをみつけた。


「セオドール!」

「! …一葉?」

 息をはあはあさせながら、セオドールが驚いて振り返る。

「どうして…」

「どうして、じゃないわよ! 帰るわよ、馬鹿!」


「いやだ」

「いやだ…って、あんたねえ」

「僕がここにいいた証を残すんだ。僕がコルディアに勝ったことにしなくちゃいけないんだ」

 熱に浮かされているのか、セオドールは胡乱な目つきで告げる。


「何意地になってんのよ。あんた一人がいたところで、大局は変わらない…っていうより、むしろ足手まといでしょ。ジョンが心配してるんだからさっさと帰って…」

「うるさい! 僕は守られるだけの皇太子じゃない! ラスティなら、あんなこと言わないくせに…。僕のほうがラスティより皇太子にふさわしいって、クラークたちに思い知らんせるんだ!」

「ちょっ…何言ってんのよ、馬鹿!」


 セオドールはコルディア軍とレスタント軍が鉢合わせしようとしているど真ん中へ飛び出した。

「言ってること、めちゃくちゃじゃない!」

 一葉は歯噛みしてセオドールを追った。レスタント軍がセオドールと一葉に気づく。コルディア軍も同じだろう。


「あれは…殿下、一葉?」

 先頭にいたクラークが二人に気づく。

「なんであの二人がここに!? どうなってんだ!」

 ブラッドが混乱して状況を聞く。クラークはトカゲの速度をあげて二人に近づく。

「殿下、一葉! 何故ここに! 早く逃げなさい!」


 クラークが大声で叫ぶ。一葉はセオドールを引っ張った。

「速く逃げろって、ほら、セオドール!」

「いやだ、レスタント軍は僕を守るから平気だ」

「何をしているんだ!」

 怒鳴り声が響いた。クラークが怒鳴るなんて初めて聞いた。一葉は内心ぎょっとしながら、先に近づいてきたクラークに「セオドールを止めに来たの」と返事をした。


「一葉が来る必要はないだろう! 早く戻りなさい!」

「ぼ、僕は…」

 セオドールが怯えながらクラークを凝視する。

「殿下もお戻りください、さあ早く!」

「クラーク、まずい! コルディア軍が来る!」

 ブラッドが叫んだ。

 敵はもうじきここへついてしまう。殺される。殺す。…どっちもいやだ。一葉は叫んだ。


「いぬくん、なんとかしてコルディア軍だけ向こうへ戻して! 誰も殺さないで!」

「ぐるるる」

 いぬくんが低い唸り声をあげた。

 すると、周辺に小さな竜巻がいくつも巻き起こり、それはどんどん大きくなりコルディア軍を襲った。悲鳴が上がる。竜巻はコルディア軍を巻き上げ、山一つを丸裸にして国境向こうへ飛ばしてしまった。

 レスタント軍はそれを呆気に取られて見ていた。


「…なんという力だ」

 圧倒されたようにクラークが言葉を発した。一葉もまさかここまでやるとは思わなかったので、呆然と自分が言ったことの結果を見ていた。


「…すごい」

「やったぞ、コルディア軍を戦わずして追い払った!」

「我らの勝利だ!」

 レスタント軍は勝利の雄たけびをあげた。兵士たちは先頭にいた一葉のもとへ集まってきた。


「あなたのおかげです! 超獣使いですね!」

「さすがだ、超獣使いのおかげだ!」

「我らに超獣使いありだ!」

「う…あ、はあ、まあ…」

 一葉は困惑しながら兵士たちの様子に相槌を打ってみせた。


「クラーク、あの、でも誰も死なないで戦いは終わったんだよね?」

 一葉がクラークの肯定を聞きたくてクラークを見ると、クラークは険しい表情をして吐き捨てた。


「…最悪だ」


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