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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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決着の前夜

「…クラーク」

「どうした?」


「あ、ごめん!」

 いぬくんを連れて一葉がテントの中へ入ると、クラークが上半身裸で体を拭いていた。一葉は慌ててテントを出る。

「大丈夫だ。入っていいよ」

 遠ざかろうとする一葉に、クラークがテントの中から声をかけた。


「でも…」

「もう服は着たから」

「…お邪魔します」

 一葉がおずおずとテントを開けると、クラークは上にシャツを着ていた。一葉はほっとしてクラークに歩み寄る。

 同い年の男子の身体とはまるで違う、鍛えられた男の身体に一葉は妙に緊張した。この前は勢いで抱き着いたっけ。気恥ずかしくなった。


「なんだか、しおらしいな」

「いやその…裸だと思わなかったから」

「風呂に入れないから拭いていたんだ。もう終わったから平気だ」

「…そう」

 一葉はふっと息を吐いて、簡易ベッドに座っているクラークに歩みよった。


「何かあったか?」

「ううん。…けが人のお世話が少しできるようになったよ」

「助かるよ」

 一葉はクラークの後ろへ回り、ベッドに上がってクラークの背中から抱き着いた。クラークの体温を感じる。彼のにおいはいつもと違った。返り血なんて浴びていなかったのに、血のにおいがした。


「クラークが戦うところ、初めて見た」

「そうだったかな」

 クラークは一葉の腕に手を重ねる。

「…クラークも人を殺したの?」

「私は軍人だからな。…私が怖いか?」

「…怖くないよ。怖かったら、こうしてない」

「そうか。…そうだな」

 クラークは一葉の手に自分の手を重ねる。


「…明日は、もっと人が死ぬ?」

「本隊が到着したから、そうなるだろうな」

 一葉はクラークから手を離した。ベッドに座り直す。

「クラークも戦いは好きじゃないんだね」

「…何故そう思うんだ?」

 意外そうにクラークは聞く。


「私がいればこの戦いには負けない。誰かそう言っていなかったか?」

 一葉はなんと返事をすればいいかわからず、口を開いては閉じた。

「別に自慢でも皮肉でもないんだ。そう言われているのは知っているから。ありがたくもない噂だ」

「そうなの?」

「私がいれば負けないなんて、そんなことはありえないだろう。私はただ味方が極力死なないように努力しただけだ。それがいつの間にか尾ひれがついてそんな噂になったんだろう。いつも必死だよ」


「クラークはやさしいから」


 一葉に微笑まれ、クラークは一瞬、虚を突かれたような表情をした。そして「そんなことはないよ」と笑った。

「無理、してるんだ」

「こういうときは無理をしないわけにはいかない」


「…人を、殺したくないんだよね」

「できることならしたくない。私も人間だから。だが、軍人は仕事だからな」

「私、何かできない?」

「何もしなくていいと言っただろう」

「でも…私もクラークを守りたい」

「…その気持ちだけで十分だ」

 一葉の言葉に、クラークは再び驚かされたようだったが、笑顔を作って見せた。


 少しの沈黙の後、一葉はずっと聞きたかった疑問をぶつける。

「…みちるはいた?」

「私が見た限りではいなかったな。いるとしても、本陣にいるんじゃないか。それに、シリウスの本来の力は封印されているだろう?」

「そうだね。でも…シリウスが封印を解いたら…」

「そのときは一葉の力を借りるかもしれないな」

 クラークが茶化すように言った。一葉ははっとしてクラークを凝視する。


「まあ、そんなことにはならないように尽力するつもりだ。超獣使いの力を使わなくとも、我々が勝利する」

「…そう」

 一葉はベッドの下をうろうろするいぬくんをみつめる。


「向こうにはアーウィンもいるんだよね」

「今回来ているかはわからないな。今のところ、召喚士はいないようだ」

「ん…。わかった」

 クラークは一葉の頭を抱き寄せた。

「何も心配しなくていい。一葉は私の帰りを待っていてくれれば」

「うん…」

 一葉はうなずいて、クラークのテントから出た。


『クラーク様は私がお守りします』


「…ケイト」

 クラークは我知らず、昔の恋人の名前を口にしていた。言葉にしたのは、ずいぶん昔だった気がする。そして恋人が占めていた場所に、違う誰かが入り込んでしまったのはいつからだっただろうか。




 一葉はいぬくんを連れてセオドールのテントへ向かった。

「こんばんは。調子どう?」

「なんですか、騒々しい」

「いいよ、ジョン」

 一葉をにらみつけるジョンをセオドールが制する。


「熱が出てきていらっしゃいます。戦いが終わる前に戻られたほうがよいでしょう」

「僕は戦いの行方を見たいよ」

「いけません。お身体が一番大切です」

 こういうときはセオドールの意思を尊重しないんだな。当然か。と一葉はジョンの言葉を聞いて思った。主の命より大事なものがあるわけない。


「何のためにここに来たのかわからないじゃないか。僕は戦場の指揮がしたい」

「ええー…」

 一葉は嫌な予感がした。


「わかりました。セオドール様がそうおっしゃるなら」

 ジョンはいそいそとテントを出て行く。

「ちょっと、何言いだすのよ。病人が。ここは人の生死がかかってるのよ」

「だからだよ」

 セオドールはだるい体を起こして咳き込んだ。

「ちょっと、大丈夫?」

 一葉はセオドールに歩み寄る。

「クラークがいるなら、この戦いは必ず勝つ。だから僕が関わった証が欲しい」

「なんじゃそら…」

 一葉は呆れた。


「自分の手柄が欲しいわけね」

「悪い?」

 セオドールは皮肉気に笑う。

「自分の力じゃなくても、皇太子だからみんな従うんだ」

「別に、いーんじゃない。利用できるものはなんでも利用したって。迷惑さえかけなければ」

 一葉はいぬくんを抱き上げると、「自分のやったことには責任持ちなよ」と言ってセオドールのテントを出た。


 殺し合いをするのもされるのも嫌だ。

 どうすればいい。

 一葉はいぬくんを抱えて、そっと人気のない森の奥まで来た。そして「カイン」と彼の名を呼んだ。


「なんでしょう」

 相変わらず背中からぬっとカインは現れた。一葉はカインに寄り掛かる。

「明日はもっとたくさんの人が死ぬかな」

「そうでしょうね」

「私はどうすれば、コルディアとレスタントの戦争を止められる?」

「圧倒的な力を見せれば或いは」

「…みちるはいるのかな」

 親友は今どうしているのか。ニワトリを飛ばして様子をうかがうべきだったか。オスカーに聞かれているかもしれないから、うかつなことは聞けない。


「狼を撃退されましたから、おそらく前線にはいないでしょう。出番はないはずです」

「…いぬくんの力を使っても?」

「彼女が被害に遭うことはないかと」

「…わかった。戻って」

「はい」

 背中に何かが入る感覚。


 一葉は夜空を見上げて立ち尽くしまま、ずっと考えていた。


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