魔剣の使い手
クラークは「少し歩こう」と言って、一葉を連れてテントの外れまで来た。その周りには奇妙な動物がいた。二足歩行のトカゲのような姿だが、人間を超えるほどの大きさだ。口にくつわをはめられリードを付けられ馬車につながれている。それが何十匹もいた。
「これ、何の動物?」
「知らないかな。トカゲだよ」
「トカゲ!? こんなでっかいのが!?」
一葉は思わず大声をあげる。トカゲが「ケエッ」と鳴いた。
「鳴くんだ!? トカゲって!」
「それは生き物だからな…。一葉の世界にはトカゲはいないのか?」
「いるけど、こんなでかくないしこんなでかいもの運べないよ。ずっとちっちゃい。もしかして足も速いの?」
「速いよ。馬よりもね。戦争の時に主に使われるんだ」
「普段は馬に乗ってるもんね」
「馬は戦闘に向いていない動物だから」
「ふうん…」
一葉がトカゲにそっと手を伸ばす。トカゲはふんふんとにおいをかいで、ふいとそっぽを向いた。いぬくんが足元でうろうろしている。
「上を見てごらん」
「どうしたの?」
クラークに言われるままに上を見ると、満天の星空だった。
「うわあ…きれいな星空だね」
「異世界でもこんな景色がある?」
「そうだね。たぶん、山の中だと似てると思う」
山の中はいささか寒い。一葉が両腕をさすると、クラークが羽織っていたマントを一葉にかけた。
「あ…ありがとう。クラークは寒くない?」
「平気だ。…明日、私は一葉が見たくないものを見せることになるだろう」
クラークがやさしい表情のままそう言った。一葉はうなずく。
「…人を殺す、ということだよね」
「そうだ。一葉は私がきっと怖いだろうな」
「怖くなんか…」
ない、と言いかけて実際にその場面を見てもそう言えるか、一葉は迷った。
「ブラッドもそうだ。それでも無事戻ってきたら、拒否しないでくれるとありがたい」
「…しないよ、そんなこと」
一葉は心からそう言った。本当の気持ちだ。一葉は思い切って尋ねる。
「私は何をしたらいいの?」
「何も」
クラークは短く答える。
「でも…」
「一葉が何もしなくていいように、私がいる」
クラークはそう言って笑った。
「さあ、もう休みなさい。家と違って風呂に入れなくて寝づらいだろうけど」
「一日くらい平気だよ。…どこで眠るといいの?」
「向こうに女性用のテントがある。そこに空きがあるはずだ」
「わかった。いぬくん、行くよ」
「くるるる」
一葉といぬくんは女性がいるテントに入り、隅に寝場所を確保した。
「あなた、召喚士か何かなの?」
「え?」
魔法使いらしい女性に話しかけられ、隅でいぬくんを抱いていた一葉は起き上がる。
「ずっとその魔物を抱いてるじゃない」
「ああ、えっと…」
一葉は本当のことを言おうかどうしようか迷い、「そんなようなものです」とあいまいに答えた。クラークが明らかにしないことを言う必要もないと思ったからだ。
「スペンサー将軍と知り合いなの?」
「うらやましいわ」
「あはは…」
クラークはやっぱり女性にモテるなあ、と一葉は実感する。あれだけのイケメンだから無理もない。
「非の打ちどころのない人よね。何か裏があるんじゃないかっていうくらいやさしいし、紳士的だし」
「でも、婚約破棄したのよね。シルビア嬢と」
「あれはシルビア嬢が勝手に言ってただけらしいじゃない。公爵の娘だからよ」
「はあ…」
女性が集まると姦しいな…と思いながら、一葉は適当に相槌を打つ。
「でもスペンサー将軍がいるなら、今回もきっと大丈夫ね」
「それはそうね」
彼女たちはクラークがいれば戦いは必ず勝つと言っていた。どういてなのか一葉にはよくわからないが、クラークが強いのだと言っているのはわかった。なんとなく安心して一葉は眠りについた。
早朝、みんなの動きで目が覚めた。急いで簡単な朝食を済ませて兵士が整列している場所の一番後ろへこっそりといぬくんを抱いて並んだ。女性の兵士たちは魔法使いが多いようだった。
「本隊は今日、到着するとの報告があった。しかし、我々はその前にコルディアをわが領土から追い払う。私も先頭に立って参加するので、ついてきてほしい」
兵士たちがざわついた。どういう意味なのだろう。一葉はわけがわからないまま、今日の作戦を説明するクラークを見ていた。
説明が終わると、兵士たちは出立の準備に入った。とりあえず一葉は大将のテントを覗く。ブラッドとクラークが何事か話していた。
「あの…」
「ああ、おはよう。一葉」
「おはよう…」
一葉は緊張した。鎧を着ているクラークとブラッドを見るのは初めてではないが、この状況で見るのは初めてだ。
「…えっと、無事に、帰ってきてね」
「もちろんだ」
「クラークが前線に出るなら、負けるわけないだろ」
ブラッドはまったく勝利を疑っていないようだ。
「一葉はイヴァンとここにいなさい」
「…イヴァンは行かないんだ?」
一葉は意外そうにイヴァンを見る。
「俺は考えるほうが専門で、戦いは苦手なの」
イヴァンは自分の頭を指で指した。
「そうなんだ。…いっていらっしゃい」
「行ってくるよ」
「後でな」
クラークとブラッドがあまりにあっさり行ってしまったので、一葉は逆に不安になった。
「戻ってくるんだよね…」
「当然でしょ」
一葉の独り言に、イヴァンはそう答えた。テントから兵士たちがトカゲに乗って出発するのを見送ると、一葉はイヴァンを振り返る。
「さっきの…よくわかんなかったけど、クラークが前に出るの? 大将って後ろに控えてるもんじゃないの?」
「普通はね。でも、向こうが狼を使ってくるんだから、こっちも定石は外すんだよ。これ以上の被害は出さない」
「ううーん…」
「さっきの作戦、聞いてなかったな?」
イヴァンは呆れたように言う。
「ちょっと、意味わかんなかった…」
「まあ、地理にも詳しくない素人に言っても仕方ないか。これを見なよ」
イヴァンはテーブルの上の地図を指す。
「狼は神出鬼没だ。どこからでも来る。でも、人間はそうはいかない。人間が行ける道を通らないとね。だから、あえてクラークがおとりになるわけ」
イヴァンは山と山の間の広い大地を指さした。
「おとりって…大丈夫なの?」
「ここから見れるから、見ているといいよ。なんでクラークがあの若さで将軍になったのか。理由がわかる」
「それって…公爵様の養子だからじゃないの?」
「その程度の理由で将軍になれるなら、レスタントは将軍であふれかえってるよ。公爵の息子が何人いると思ってるんだか」
イヴァンはやれやれと片手をあげた。
しばらくして、一葉がテントと外を行ったり来たりと落ち着かない様子でいると、イヴァンは「外見なよ」と言ってテントから出た。
「どこ?」
「北のほうだよ。そろそろ始まるはずだ」
イヴァンが行く先へいぬくんとついて行くと、残った兵士たちが木々の隙間から崖下の開けた場所へトカゲに乗った数十人が走っていくのが小さくなって見えた。そこへ、コルディア軍らしき同じトカゲに乗った連中が駆けてくる。一葉は思わずぎゅっと両手を握った。
「始まるよ」
イヴァンがいつもののんびりした調子で言う。あの先頭にいるのはおそらくクラークではないか。一葉がそう考えていると、コルディア軍の脇から狼の群れが現れた。
「クラーク、ブラッド…」
一葉は思わず口に出た。できることなら、今すぐ戦いをやめてもどってきてほしいと思った。その瞬間。
先頭のクラークと思われる男は、まるで魔法のように狼の群れをなぎ倒していく。彼が剣を振るうだけで狼は次々と倒れていくのだ。まったく狼に触れさせることなく、彼は狼を撃退した。彼に手が出せないよう、クラークに攻撃を仕掛けようとするコルディア軍を周りの兵士たちが追い払う。
「すごい…」一葉は感嘆の声が出た。
「金の死神」
イヴァンがぽつりと言った。
「コルディア軍がクラークにつけたあだ名だよ」
「…クラークは、そんなこと知らないって言ってた。アーウィンがそう言ったときだ」
「あの人、そう呼ばれるの嫌がってるからね」
死神と呼ばれて喜ぶ人がいるだろうか。一葉はクラークがどんな気持ちでいるのか測りかねた。
あらかた片付いたころ、待機していたレスタントの兵士たちが次々と現れ、狼の屍を踏みつけてトカゲでコルディア軍に攻撃をしかける。狼の援軍を頼りにしていたコルディア軍は、防戦となった。レスタントは好機とばかりに、容赦なく追い詰める。魔法使いや兵士が逃げ出すコルディア軍を国境まで追い払った。
コルディアを追い払ったレスタントは、意気揚々とテントへ戻ってきた。けが人も出たが、昨日ほどではない。兵士たちは勝利を喜び合った。
「この勝利は我々のものだ。だが、本隊が来るまでは気を抜かず任務についてほしい」
クラークがそう言って、見張り以外は兵士たちに休むよう伝えた。
テントへ戻ると、一葉はクラークとブラッドへ歩み寄った。
「ふ、二人とも、平気…?」
震える声で一葉は尋ねる。
「平気だ、これくらい」
「でも、血が…」
一葉はブラッドの鎧についた血を指す。
「これは返り血だ。心配ねえよ」
「…殺したの?」
「そうしなきゃこっちが殺されるからな」
「…そう」
一葉はそう答えるだけで精いっぱいだった。いぬくんを抱いてテントを出た。クラークはイヴァンに戦況を説明する。ブラッドが一葉を追った。
「なんだ、おとなしいな」
戦場から戻って体を拭かれているトカゲのそばに行った一葉に、ブラッドが声をかける。
「別に…」一葉は顔をそらす。「…みんな無事でよかった」
「クラークが狼を露払いしてくれたからな」
「…なんか、あれ魔法なの? 狼が全然クラークに触れてもしなかったみたいだけど」
一葉はここから戦場を見ていたことを話す。
「ああ…知らないか。クラークは数少ない魔法剣士なんだ」
「魔法剣士…って、魔法が使える剣士ってこと?」
「平たく言えばな。俺らは魔素を使って、少しばかり魔法が使えるが魔法使いほどじゃない。魔法使いは剣が使えるほど強くない。魔法使いは魔石のついた杖で魔法を使う。魔法剣士は魔石でできた剣を持つと魔法使いと違って魔法の詠唱なしに魔法で相手を攻撃できるんだ」
「それってすごくない?」
「だから数少ないんだよ。狼がクラークに触れることもできなかったのは、魔剣から風の魔法を放っていたからだ。離れて見るとわかりづらいけど、近くだと魔剣から突風がでて狼を倒したのがわかる。魔剣はある程度の魔力と体力がないと使いこなせない。クラークは風属性の魔素を持ってるから、魔剣から風が出せるんだ。ただ、魔法使いほどの威力はないけどな。杖を持てばクラークも魔法使い並みには魔法を使えるだろうよ」
「そうなんだ…。やっぱりクラークってただのイケメンじゃないんだね」
「いけめん?」
「こっちの話。…鎧の血、落としてもらったほうがいいよ」
「ああ。そうだな。…おまえも、早く戻れよ」
「うん。…けが人のテントに行って、手伝ってくるよ」
一葉は昨日と同じようにけが人の汚れを落として、包帯の巻き方を教わった。器用なほうではないが、何回かやるうちに慣れてきた。あらかた処置が終わったころ、本隊が到着した。
クラークたちは本隊のカンバーバッチ中佐と合流し、野営のテントを増設した。全部ではなく、東と西に部隊を分けているということだった。これはイヴァンの作戦だという。セオドールが具合が悪そうにテントから出てきたが、少し中佐やクラークと言葉をかわしてまたジョンに支えられてテントへ戻った。
日も暮れて一葉が女性の兵士にまじって味気ない夕食を食べ終えると、クラークがいるテントへ向かった。