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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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だから君が嫌い

 目が覚めて一葉がセオドールの様子を見に行くと、既に起きていてジョンから紅茶をいれてもらって飲んでいた。


「おはよう。調子はどう?」

「おはよう。だいぶいいよ」

「おはようございます。セオドール様に無理はさせないでくださいね」

「はいはい。でも、まだ本調子じゃないから先発隊とは合流しないほうがいいんじゃないの?」

 一葉は気を使って言ったつもりだったのだが、「僕は大丈夫」とセオドールは答えた。


「いいの? ジョン」

「セオドール様がそうおっしゃるなら、私はどこまでもお供するだけですよ」

 ジョンはセオドールが飲み終えた紅茶を片付けた。

「止めるかと思ったのに…。意外」

 一葉はジョンを見ながら言った。

「セオドール様の御意志を尊重してお守り申し上げるのが侍従の務めです。さあ、食事にしますから出て行きなさい」

「ああ、はい…」

 一緒に食べる気はないんだな、と思って一葉は部屋を出た。護衛してくれた兵士に食事を一緒にどうかと聞いたら、既に済ませたとのことだった。仕方なく一葉は一人で食事をとっていぬくんとセオドールの部屋へもう一度行った。


「そろそろ行く?」

 セオドールは着替えてベッドの端に腰かけていた。ジョンが片づけをしている。

「行くよ。…朝食は食べたの?」

「食べたよ。一人で」

「…言ってくれれば」

 セオドールは不満そうにぶつぶつと言った。


「言ってくれれば何? 一緒に食べてやったって? 追い出したのはそっちじゃん」

「僕は別に…」

「セオドール様は下々と一緒に食事などとる必要はありませんよ。さあ行きましょう」

 ジョンが促してセオドールは部屋を出る。一葉もいぬくんを連れて部屋を出た。

 護衛が前と後ろについてくる。残りの護衛は馬を連れてきていた。


「一葉、一人で馬に乗れるの?」

「乗れないこともないと思うけど…」

 一葉は馬を見上げる。

「一葉さまは私がご同乗させていただきます。スペンサー将軍の命令ですので」

「あ、そうですか…。ありがとう」

 さすがクラーク、気配りが速いなあと感心しつつ一葉は護衛の兵士に馬に乗せてもらった。

 この人にも何か罠を仕掛けられているんじゃ…と一葉は思わないでもなかったが、兵士は特にセオドールたちから離れることもなく山道を馬で上っていく。この人は大丈夫かな、と思いながら一葉は腕の中のいぬくんを撫でた。


 セオドールが乗ったのは白馬だった。やっぱり王子様は白馬か…。と一葉は一人でうなずいた。

「結構疲れるね」

 セオドールは一人で馬に乗っていたが、明らかに顔色が悪くなっていた。

「大丈夫なの? 戻ったほうがよくない?」

「…平気だよ」

 セオドールは明らかに強がって言っているように見えたが、ジョンは「セオドール様がそうおっしゃるなら」と無理強いはしなかった。

「ですが、本当に無理ならおっしゃってください。何があっても私が城へ連れて戻ります」

「うん。…ありがとう」

 セオドールは弱弱しく微笑んだ。


 半日ほど山道を馬で上ったころ、野営のテントが見えてきた。一葉はクラークたちがいると思うとほっとしたが、テントに近づくにつれ奇妙なにおいがするのに気づいた。

「何、このにおい…」

 一葉は鼻を押さえた。

「血のにおいでしょう」

 一葉の後ろにいる兵士がなんでもないことのように答えた。


「…こんなにおいなの?」

「かぎなれない人間にはきついかもしれませんね」

 兵士は馬を止めて、馬から下りた。一葉も馬を下りる。セオドールたちも馬から下りて、周りを見渡した。兵士たちがセオドールに気づいて一様に礼をとる。


 木を切り倒して突貫工事で造ったと思われるテントに中から、うめき声で聞こえた。

「スペンサー将軍はあちらにいらっしゃるはずです。行きましょう」

「あ、はい…」

 兵士に言われて一葉たちは中心にあるテントに入る。そこにはイヴァンとブラッドと兵士が数人いた。セオドールに気づくと、全員が礼をとる。


「のんびりなご到着で」

 イヴァンは椅子に座り直すと嫌味を含んで笑った。

「セオドールが体調悪くて大変だったんだよ」

 一葉が肩をすくめる。


「セオドール様の体調を一番に考えなければならいのです。それで、戦況はどうなのですか?」

「あまり芳しくありませんね」

 イヴァンがそれでも笑みを絶やさずに答えた。どうもイヴァンは一葉にはいつも笑っている印象だ。明るい笑顔ではなく、皮肉気な笑顔が彼の癖なのかもしれない。


「クラークは?」

 一葉がクラークがいないことを確認してブラッドに聞く。

「向こうのでかいテントがあっただろう。あそこだ。けが人を励ましてる」

「じゃ、行ってくる」

「ああ、じゃ俺も行く。おまえを一人にするなと言われてるからな」


 ブラッドについて一葉は大きなテントへ入った。

 中には地面にマットを敷かれてけがをして包帯を巻かれた兵士が数十人横たわっている。女性もいた。兵士は男性だけはないらしい。クラークは膝をついて一人に話しかけていた。


 血のにおいに一葉は思わず顔をしかめた。外より中のほうがにおいがきつい。

 …気持ち悪い。逃げ出したい。


「クラーク、一葉が来たぞ」

 ブラッドに声をかけられ、クラークが気づいてこちらへやってくる。

「よく来たな…とはいえない状況だ。予想より被害が出ている」

「…クラークは? けがはないの?」

 一葉が青い顔で聞くので、クラークは微笑んで「私は心配ない」と答えた。

「だったらいいけど…」一葉はほっとして息を吐いた。

「セオドール様が来てる。挨拶しておこうぜ」

「そうだな。今行く。一葉もここから出なさい。顔が真っ青だ」

 クラークに肩を抱かれて一葉もテントを出る。いぬくんがたたっと後を追ってきた。


 大将のテントへ入ると、セオドールも青い顔をして椅子に座っていた。

「殿下、よくおいでくださいました」

 クラークは礼をとり、「状況を説明いたします」と言って机の上の地図を指す。


「コルディア軍は国境沿いから進軍してきていますが、地の利はこちらにあります。ただし、向こうは狼を駆除するという名分を得てこちらに侵入してきており、狼の行動が厄介です」

「どういうこと?」

 セオドールが問う。

「えっとですね。狼がどこから来るかわからないんですよ。狼に気を取られていると、コルディア軍がそれに乗じてこちらを攻撃してくる。これが思ったよりも厄介なんですねえ」

 さほどでもないようにイヴァンが言うので、いまいち緊迫感が伝わらないなあと一葉は黙って聞いていた。


「ですが、殿下が来てくださったので我が軍も鼓舞されるでしょう。明日の早朝、もう一度攻撃を仕掛けます。皆に殿下が来てくださったことを知らせます。少々お待ちください」

 クラークはテントから出て、号令をかけた。戦える兵士たちが集合し、整列してセオドールに礼をとった。セオドールは「武運を祈る」と言ってすぐに引き下がった。兵士たちはすぐに持ち場へ戻った。


 テントへ戻り、クラークたちは作戦会議を始めた。しばらくそれを黙って隅で聞いていたが、手持無沙汰なので一葉はいぬくんを抱いてけが人のいるテントへ入った。医者や衛生兵がけが人の世話をしている。

「あの…何かお手伝いすることはありますか?」

 においのきつさを堪えて一葉は医者に尋ねる。


「そうですね…。では、お湯を作って持ってきてください。兵士の汚れを落とすんです」

「わかりました」

 一葉はお湯を沸かしている衛生兵からバケツにお湯をくんで、ケガをしている兵士のもとへ行って汚れを拭いてやる。最初はなかなかまくやれなかったが、一人二人と面倒をみているうちに要領よくやれるようになった。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。ゆっくり休んでください」

 マットの上に横たわっている兵士にそう言って、一葉はため息を吐いた。いぬくんはうろうろと一葉の周りを歩いていた。あらかた終わって医者が薬や包帯を巻き終えたころ、クラークがテントへやってきた。


「一葉、ここにいたのか。一人で行動するなと…」

「あ、ごめん。なんか、作戦会議とかってよくわかんないから」

「助かりましたよ。お手伝いいただきました」

 軍医がクラークに説明する。


「…そうか。よくやってくれた。疲れただろう。行こう」

「うん。じゃあ、行きます」

 医者に頭を下げて一葉はクラークとけが人のテントを出た。


「セオドール様は体調を崩されて、奥のテントでお休みになっているよ」

「また? ひ弱だなあ。ジョンがついてるから大丈夫だろうけど」

 一葉は肩をすくめた。

「後で様子見を見に行ったらいい。セオドール様をいきり立たせるのが一葉は得意みたいだからな」

「得意ではないけど…。なんだか棘のある言い方」

 一葉は口をへの字にした。


「これは失礼。夕食にしよう。こういう状況だから、食事は貴重な癒しの時間なんだ」

「そういえば、お腹空いたかも」

 言われるまで空腹に一葉は気づかなかった。

「緊張してたんだね」

「うん。何食べるの?」

「保存食だ。味はいまいちだが、腹持ちはいい」


 大将のテントに入り、4人で食事をとった。一葉はセオドールが途中で具合が悪くなったことを話し、こういうところに向いていないとこぼした。

「ジョンはセオドールを連れて帰るとか言い出すと思ったら、そうでもないんだよね」

 干し肉と乾燥野菜を煮込んだスープを食べながら一葉は言う。

「皇太子の意思を尊重して守るのが彼の生きがいなんだ」

 クラークがナッツを食べながら言う。

「ラスティ様への対抗意識でしょ。彼は昔から何かにつけてラスティ様と比較されてきたからね。侍女の子と正妻の子なのに、ラスティ様のほうが優秀だって」

「そうなんだ? 勉強とかもラスティのほうができるの?」

「セオドール様は昔から身体が弱くて、小学も休みがちだったからな。そういう遅れもあるし、本人も皇太子ってことで甘やかされてきたからそのままでいいように扱われて、ますます差をつけられるって悪循環だな」


「ふーん。そのひ弱な王子様がこんなところきて何もしないで寝てていいわけ?」

「むしろそのほうが助かる。下手に仕切られたら、こっちが困るだろ」

 ブラッドがそう言ってビスケットをもぐもぐと食べた。

 食事を終えて一葉は「ちょっとセオドールのところへ行ってくる」と言って立ち上がった。

「それなら、私も行こう」

 クラークがついてきてくれた。


 いくつかあるテントの一角に護衛がいたので、すぐにセオドールがいるテントだとわかって、断って中へ入った。


「こんばんは。セオドール、起きてる?」

「…やあ」


 セオドールは簡易ベッドから起き上がった。ジョンが心配そうに身体を支える。

「…ちょっと、一葉と二人で話をさせて」

「いいけど…」

 ジョンとクラークはうなずいて「失礼いたします」といってテントを出た。


「調子はどう?」

 一葉はセオドールのベッドに歩み寄る。

「君は言ったね。いてもいなくても同じなら、いてもいいって。…だったら、僕はいてもいい?」

「そんなの、私に聞かないで自分で決めなさいよ」

 突き放した一葉のいい方に、セオドールは肩を揺らして笑った。


「君はいつもそうだね。僕に気を使って話さない。だから僕は、君が嫌いなんだ」

「そう。私もあんたが嫌いだけど」

 一葉は視線をそらした。


「ふふ、お互い様だね。…仮に僕が王になっても、その後すぐにラスティが王になるだろう。それで君の願いはかなうよ、きっと」

「それはよかった。あんたは自分のこと自分でなんとかできるようになりなよ。おやすみ」

「一葉」

 テントを出て行こうとする一葉を、セオドールは呼び止める。


「でも僕は君もラスティも嫌いだから、君たちに嫌がらせするよ」

 一葉はちらりと振り返って、「好きにすれば?」と言ってテントを出て行った。


 入り口ではジョンとクラークが立って待っていた。一葉が出てくると、ジョンはすぐ中へ入って行った。

「もう終わったのか? 早かったね」

「うん。なんか…よくわかんないけど、私が嫌いだから嫌がらせするとか言ってた」


「…どういう話をしたんだ?」

「私もよくわかんない」

 一葉は首をひねった。


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