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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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病弱な彼

「お待たせしました、殿下」


 ジョンが戻ってきた。セオドールは開きかけた口を閉じた。

「おかえり。遅かったね」

「殿下のお口に合うものをみつけるのに探したものですからね。行ってください」

 御者に声をかけて、馬車は出発した。その間、セオドールは口をきかずにじっと本をみつめていた。馬車はやがてでこぼこした道を走っていき、がたがたと揺れるようになった。ジョンが文句を言う。


「もっと静かに走りなさい」

「申し訳ありません」

 こんな山道を走るのだから御者に文句を言っても仕方ないだろう、と一葉は思ったが黙っていた。いうだけ無駄だと思ったからだ。ジョンは特権意識が強い。皇太子の侍従であることが彼の誇りなのだろうから、文句を言って刺激することもない。セオドールの世話を焼くことが彼の生きがいなのだろう。


「そろそろ馬車で走れないんじゃない? どうやって行くの? 歩いて?」

「まさか。カーゾン村は馬を量産している村ですから、そこで馬車を降りて馬でヘザリントン山へ向かいます。今日は村で一泊しましょう。どうせ山では野営のテントしかありませんからね」

「…そんなゆるゆるでいいの?」

「皇太子殿下を野営などさせるわけにはいかないでしょう」

「…はあ、そうですか」

 もう好きなだけセオドールを甘やかすといいさ。一葉は胸の内でつぶやいた。


「殿下、お疲れの際は私に寄り掛かっておやすみください。膝枕でも大丈夫ですよ」

 セオドールは一葉をちらりと見てから、「大丈夫だよ」と答えた。

「あの娘がいても大丈夫ですよ、殿下」

「え、いつもは…」一葉は呆れて口をあんぐりと開けた。「いや、なんでもないです」聞かなかったことにしようと一葉は心に決めた。


 いよいよ馬車の揺れがひどくなって、座っているのも尻が痛くなってきたころカーゾン村についた。すでに日は暮れて、うっすら夕暮れが赤い程度だった。


「はあ…疲れた」

 一葉は尻をさすりながら馬車を降りる。

「ずいぶん揺れたようで、申し訳ない」

「いえ、仕方ないですよ。山道だし」

 御者に一葉は愛想笑いで答える。


「殿下、ご気分が悪いのですか?」

 ジョンがセオドールを支えながら馬車を降りた。

「…少しだけ。大丈夫だよ」

 そう言いながら、セオドールは顔が真っ青だった。辛そうに胸元を押えている。


「どうしたの? 馬車に酔った?」

「おまえが乱暴な運転をするからですよ!」

 ジョンは御者をにらんだ。

「申し訳ないです…」

 御者は平謝りだ。


「御者さんに言っても仕方ないじゃない。山道なんだから、揺れるのは当然でしょ。そんなことよりお医者さんに見せるほうが先じゃない?」

「…一葉の言うとおりだよ、ジョン」

「セオドール様はおやさしいですね。わかりました。とりあえず宿屋へ行き、そこへ医者を呼びましょう。一葉、医者を呼んできなさい」

「え…どこにいるの?」

「探すんですよ、さっさとしなさい!」

「はいはい」

 一葉は元気よく返事をして駆け出す。いぬくんもついてきた。


「お供します」

 護衛の兵士の一人がついてきてくれた。


 馬を量産しているというだけあって、馬小屋や牧場らしき場所が転々としていて、家々も離れている。どこに医者がいるかもわからないので、一葉は近くにいた中年のおばさんに聞いてみることにした。


「あの、すみません」

「はい、どうしたの?」

 おばさんは手に肉の塊を持ったかごをぶら下げていた。今日の夕飯かなと一葉は思いつつ尋ねる。

「ここらへんでお医者さんいます?」

「医者なら、一人しかいないよ。旅の人?」

「そんなところです」

「なら、ここをずっとまっすぐ行ったところに大きな建物があるから、わかると思うよ。そこにカーゾン病院てところがあるから。もう診察時間は終わってるかもしれないけどね」

「えっと…宿屋も一つですか?」

「そうだね。このとおりを右に曲がって、角を左に行ったところ。宿屋の看板があるから。いつも客は少ないから、この時間でも大丈夫だと思うよ」

「ありがとうございます」

 一葉は礼を言って病院へ走った。診療時間は終わっていたが、旅人の連れが具合が悪いと話すとすぐに一緒に来てくれた。


 村には一つしか宿屋がないため、迷うことなく行くことができた。宿の一室へ入ると、ジョンは「やっときましたか」と不満をありありと顔に表していた。セオドールはベッドに横になっている。

「この村、広いんだよ。先生、お願いします」

「はい、わかりました。どんな状況ですか?」

「馬車に長時間乗っていたせいか、かなり疲労が強いようです。乗る前に酔い止めの薬は飲んできたのですが…」

 医者にジョンはセオドールを紹介する。セオドールはまだ青い顔をしていた。医者は脈や心音をはかり、熱もないことを確認すると「馬車酔いと疲労でしょう」と言って二種類の薬を出して、何かあったら呼んでくださいと言って帰って行った。


「薬、飲む? 水もらってくる」

「そうしてください」

 一葉が水をもらってくると、ジョンはまず自分で薬を少量口に含んで、異常がないことを確かめるとセオドールに薬を飲ませた。


「…毒見?」

「当然でしょう。皇太子におかしなものを飲ませるわけにはいきません」

「…そうだね」


 そういう覚悟がなければ、王族の侍従など務まらないのかもしれない。一葉は自分にはとても務まらなそうだと思った。


 セオドールは薬を飲んですぐに眠った。ジョンはついているので、一葉は別室で眠るように言われた。いぬくんを抱き上げる。


「大変なんだね、侍従って」

「私は大変だなどと思ったことはありません。当然の務めですから」

「そう…。セオドールって、本人も大変そうだけど周りも大変だよね。そんなに身体弱いと」

「だから、私がいるのです」

 ジョンは一葉に静かにそう言った。一葉はその目を見て、何も言うことはできず「それじゃおやすみなさい」と言って部屋を出て、用意された寝室へ入った。


兵士がセオドールの部屋と一葉の部屋を交代で見張ると言った。一葉は別にいいと言ったが、仕事だからというのでお願いすることにした。

 一人で軽い食事をとり、いぬくんを抱いて眠る。みちるやアーウィン、クラークたちのことがぐるぐると頭をよぎって一葉はなかなか寝付けなかった。


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