独房
「まったく、どういう扱いなのよ」
「くるるる」
一時的に被疑者と思われる人物を入れておく牢屋とは違う城の一角の独房に、一葉といぬくんは入れられていた。一応身分の高い人間が入れられる場所らしい。
周りは石造りの壁に覆われていて、小さな窓一つに粗末なベッドが一つあるだけの殺風景な部屋だ。容疑は王族に対する不敬罪だ。
「私、主人公なのにこんなところにいられてるとか…ありえなくない?」
「くるくる」
膝の上で小さく鳴くいぬくんに、一葉は不満をぶつける。
「あー……。にしても、暇」
一葉はごろんと床の上に寝転がった。ここに入れられてから、もう半日は過ぎた。何もすることがなく、仕方なくいぬくんにお手を教えたり、お座りを教えたり、一人と一匹で狭い部屋の中を踊ったり歌ったりして過ごしたが、それでも暇だ。
話し相手が誰もいないのだ。入り口にいる兵士は、一葉の相手などするはずもなかった。
「スマホが電池切れじゃなきゃ暇つぶしできるのになー…。お腹空いたなー…」
床の上でごろごろと寝転がっていると、何を言ってるかはわからないが、話し声が聞こえてきた。その後、鍵を開けるような音がして人が歩いてくる音が聞こえた。
「一葉」
「…何、」不機嫌な態度で接しようと思った一葉だったが、匂いにつられて飛び起きた。「夜ごはん! 持ってきてくれたの?」
「遅くなってすまなかったね」
クラークは苦笑しながら鉄格子に食いついている一葉に詫びた。
「いいよ。ねえ、それ私が食べていいの?」
「もちろん。そのために持ってきたんだから。…開けるよ」
クラークは扉の鍵を開けて、スープとハムのサラダとパンの乗ったトレイを一葉の前に置いた。いぬくんの前にミルクと肉をおいたが、いぬくんはミルクをなめるとそっぽを向いてしまった。
「超獣は何も食べないのかな?」
「うん。いぬくんはいらないんだって」
クラークの問いに、一葉はいぬくんの背中を撫でて答えた。
「一葉はお腹が空いただろう」
「うん。もうぺこぺこ。食べていい?」
「どうぞ。遠慮なく」
「いただきます…と、えっと、確かこの国の人たちはお祈りするんだよね。女神さま…」
「女神よ。今日も私たちに糧をお与えくださり感謝します。と言うんだよ。シアンに聞いたのか?」
クラークに問われ、一葉はうなずく。
「そう」
「女神教に入信するか?」
「そんなつもりはないけど。一応、私の国では食事の時は『いただきます』っていうんだ。でもこの国の習わしなら、郷に入っては郷に従えってことで。…女神よ。今日も私たちに糧をお与えくださり感謝します」
一葉はクラークの言葉を真似て言うと、床の上でサラダを口に運ぶ。クラークも床に座ったまま、じっとそれを見ている。スープを口に運ぶと、一葉は手を止めた。
「なんか、見られてると食べにくい…」
「これは失礼。一葉が食べにくいなら、背中を向けていようか?」
からかうように笑うクラークに、「別にいいよ」と一葉はパンをちぎって口に入れた。
「でも、クラークって将軍様なんでしょ? 私にごはんを運ぶなんて、もっと下っ端のすることじゃないの?」
「はは。私が偉いんじゃない。肩書が偉いだけで、私は私のしたいことをするだけだよ。今は一葉と話がしたいから、こうしてここにいる」
「ふうん。…何を話せばいいの?」
用心するように、一葉はパンの最後の一口を口に運んでそう言った。
「たいしたことじゃないよ。そんなに緊張しなくていい。…君は、自分のことを超獣使いだと言ったが、どうやってここへ…君から見た異世界へ来たんだ?」
クラークは一葉の緊張をほぐすように、やさしく微笑みかけた。
「七賢者が私を召喚したって言ってた。私が会ったのは、青の賢者一人だけだけどね」
「青の賢者か…。人の姿をしているという伝説の賢者だな」
「そうだったよ。私より子供みたいなの」一葉はスープに入った肉を飲み込んで「この世界の混沌をおさめるために、超獣と超獣使いが呼び出されるって」と答えた。
「確かに、そういう伝説がある。混沌というのは、レスタントがコルディアときな臭い状態になっていることだろうか?」
クラークに尋ねられ、一葉はうなずいた。
「そこまでは聞いてないけど。世界に秩序を取り戻すために、超獣使いを呼んだんだって。で、私といぬくんがここへ来た」
「青の賢者はこの国のために一葉を呼んだということか?」
「そうなるのかな。よくわかんない」一
葉はクラークの質問に曖昧に答えた。ほかにも一葉の知りえる情報はあったが、ここでは話さないでおく。すべての手の内を明かす必要はないと思ったからだ。
「見も知らぬ国のために、一葉は働いてくれるというのか?」
「もちろん、ただ働きする気はないよ」
意地悪なクラークの問いに、一葉はパンをちぎって口に入れて飲み込んでから答える。
「この世界の秩序のために働いたら、超獣が私の願いを叶えてくれる----そういう契約を青の賢者としたんだ」
「…そうか」
クラークは少し考えてから、再び口を開いた。
「超獣に願いをかなえてもらうために、一葉はここにいてくれるのか」
「そうだよ」
一葉はスープを飲み終えてうなずいた。
「…そうか。ありがとう」
クラークはやさしく微笑んだ。それに応えて、「どういたしまして」と一葉も笑みを返す。なんだか、キツネとタヌキの馬鹿しあいみたいだな、と内心一葉は思った。
クラークはおそらく私の話のすべてを信じたわけでもないだろう、とは一葉は思っていた。実際、すべてを話しているわけでもないし。
それでこんなやさしそうな笑顔を見せるなんて、大人はずるいと一葉は思った。
「ところで私、いつまでここに入れられるの? お風呂とか入りたいんだけど」
「今日は無理だな。王族に手をあげたんだから、一晩ここに入れらるくらいで済んでよかったよ」
クラークは苦笑して一葉の問いに答える。
「えー…だって、先に手出してきたのはあっちだし」
「それは一葉がラスティ殿下とセオドール殿下が似ていないなんて言うから」
「実際、似てないじゃない」
一葉が口を尖らせると、クラークはあの二人は異母兄弟だと説明してくれた。
ラスティの母親は身分の低い侍女で、妾として宮中には留まることができず、正妻のセオドールの母親に育てられたらしい。それでセオドールになついていて、似ていないことを気にしているということだった。
「でも、本当のこと言ったくらいでさあ…」
「本当のことを言うのが正しいとは限らない。この国では身分というものには逆らえないんだ。もっとも、陛下にはどうしても会ってもらうから、明日朝には出られるようにしておくよ。そのとき、お風呂には入れるようにしておくから」
「ふーん…。そう。わかったよ」
「すまないな」クラークは不満げな一葉をなだめるように、一葉の肩に手をおいた。
そして「超獣はこの国に平和が戻れば、一葉の願いを叶えてくれるんだな?」と聞いた。
「…そう聞いたけど?」
「…そうか。それじゃ、私は退散しよう。ゆっくりおやすみ」クラークは一葉の肩から手を放した。
「うん…。おやすみなさい」
「また明日」
「また明日」
クラークはトレイを持って、鉄格子の扉に鍵をかけて出て行った。一葉はそれを見送って、いぬくんの頭を撫でる。
「私、うまくやれたかな?」
「くるくる」
一葉の問いに、いぬくんはのどを鳴らして答えた。
「…で、一葉自身は何も知らないわけだね?」
宮殿の廊下をクラークとイヴァンが並んで歩く。世間話をしているように、かつ内容は人に聞こえないような声の高さで話す。
「ああ。本人が言うには今のところはな」
クラークは空になった皿ののったトレイを片手に微笑む。
「超獣に願いを叶えさせるために、自分の命を投げ出す必要があるということは。そうでなければ、超獣使いになるはずがない」
「それは大変結構。では、せいぜい我らの役に立ってもらおうか」
「そうだな。すべてはあのお方のために」
クラークとイヴァンは視線を合わせて笑った。
7月28日に投稿してたはずなのに、確認したらなってなかった。びっくりした。
一応、毎日更新目指してるんですけどね…。
バックアップ機能、ありがとう。