皇太子も一緒
朝がきて、何か慌ただしい物音で一葉が目を覚まして部屋を出ると、クラークが既に出かける準備をしていた。鎧を着てマントを羽織っている。
「クラーク? あれ、私、寝坊した?」
「いや、そういうわけじゃない。私は先に行くから、一葉はヴァレンタインと城へ来なさい。ちょっと不測の事態が起きてね」
「不測の事態って…?」
「セオドール殿下が一緒に行くことになった」
「は? なんでセオドールが?」
確かに不測の事態だ。一葉は今のクラークの発言で、ばっちり目が覚めた。
「なんでも、皇太子が戦場に出たこともないのは恥ずかしいとおっしゃられたらしい。誰かに何か言われたのか…」
クラークがちらりと視線を一葉に投げる。
一葉はぎくりとして顔をそらした。
「…やはり、一葉か」
「いや、そんなつもりでは…。私のこと足手まといだって言うから、戦場に出ることもないくせにって言うようなことを、言ったような気がしないでもないかな…」
「まったく。余計なことを言ってくれたな」
「ごめん…」
ばつが悪くて一葉は顔をそらした。
「一葉の言ったことだけが原因ではないだろう。根本的な問題は、セオドール様のラスティ様への劣等感だ。戦場へ行くことで少しでも自分が優位に立てると思ったのかもしれない」
「お互いのこと意識しすぎだよね、あの兄弟」
一葉はやれやれと肩をすくめる。
「それに一葉も一端を担ってる気はするが…陛下がお許しになられたのだから、仕方ない。一葉はセオドール様と一緒に来るんだ」
「えー! やだあ!」
一葉は反射的に叫んだ。
「あいつ、面倒くさいもん。自分のこといつも特別扱いされないとだめなやつじゃん」
「そう言わないでくれないか。とにかく、私は行くから山へ入っても大丈夫なように動きやすい目立たない服装で来るように。後は頼んだ、ヴァレンタイン」
「お任せください」
ヴァレンタインがしっかりと答える。皆でクラークを玄関先で見送った。
「うわあ…。余計なことしちゃったなあ」
一葉は自分の頭をかく。セオドール相手だと、一葉はつい毒を吐くのが癖になっているようだ。彼を見ていると、過去の自分を見ているようで苛立つのかもしれない。
「お嬢様も出発を。朝食の準備はできております」
「うん。ありがとう」
一葉は部屋へ戻り、着替えて朝食をとった。一人で食べる朝食はなんとも味気なかった。
ヴァレンタインと馬車に乗り、一葉はいぬくんと城へ向かう。兵士の訓練所へ向かうと、既にクラークたちは出発したとのことだった。
「ええ! なんで? 私、どうしたらいいの!?」
「落ち着いてください、お嬢様」
ヴァレンタインがなだめる。
「超獣使いはセオドール様と一緒に来るように、との陛下からのご命令でした」
少佐だと言う兵士が一葉に伝える。
「えー…そうなんだ。わかりました。セオドールのところへ行くわ」
「恐れ入ります」
不満を持ちながらも言われるままに、一葉はヴァレンタインとセオドールの部屋へ向かった。
部屋のドアをノックすると「やっときましたか」とジョンがドアを開けてわざとらしく言った。
「はいはい、すみませんね。お待たせしました」
「おはようございます。失礼いたします」
ヴァレンタインが恭しく礼をとる。
「なんであんた、いきなり戦場行くとか言い出したのよ。私に言われこと気にしてんの? いちいち小さいわねえ。ちょっと言われたくらいで気にして」
一葉がずかずかと部屋の中へ入って行って、鎧を着たセオドールの目の前に立つ。
「別に、そういうわけじゃ…」
セオドールは顔をそらす。
「無礼な方ですね。セオドール様はご自分が王になられたときに、自分の部下の様子を見ることが大事だとお考えなのですよ。素晴らしいご配慮です」
「………あ、そう」
一葉は何か言ってやろうとかと思ったが、ジョンに言っても無駄な気がしたのでやめた。
「それでは、お嬢様。私はこれで失礼いたします。セオドール様、ジョン様、お嬢様をよろしくお願いいたします」
「あ、うん。ありがとう、ヴァレンタインさん」
「とんでもございません。では、くれぐれも御無事でお戻りください」
ヴァレンタインは礼をしてセオドールの部屋を出て行った。彼はいつも笑顔で一葉につきあってくれるが、執事だからクラークの家のことを切り盛りしなければならないのだから、忙しいのだろう。
「それで、どういうふうに行くの?」
「私たちは馬車で護衛とともにカーゾン村へ向かい、ヘザリントン山で本隊と合流します。セオドール様はそれを見守られるのですよ」
「ふーん。一緒に行っても戦わないんだ」
「大将が戦うわけがないでしょう。そもそも、頭をとられれば終わります」
ジョンが呆れて言う。
「大将って…それはクラークでしょ?」
「戦争の大将はクラーク様ですが、皇太子がそのてっぺんですよ。一番守られるべきは皇太子ですからね」
ジョンは得意げに言う。
「はあ、そうですか…」
相変わらず面倒くさいな、この人。と思いながら一葉は話題を切りかえることにした。
「それで、すぐ出発するの?」
「あなたを待っていたんですよ。もう城の外に護衛が待っているはずです」
「そうですか。だったら、すぐ…」
「兄上、失礼します」
「お兄様」
二人の声が聞こえて、「どうぞ」とジョンがドアを開けるとラスティとエリザベスが侍従と侍女を連れて立っていた。二人は神妙な面持ちで中へ入っている。
「兄上、どうかご無事で」
「お兄様、お気をつけて」
「二人とも、心配してきてくれたんだね。ありがとう」
セオドールは微笑んだ。ラスティは一葉に向き直る。
「おまえ、絶対に兄上を守れよ。何があってもだ」
「そうよ、一葉。お兄様に怪我ひとつさせたら許さなくてよ」
「はいはい、気をつけるよ…って、私の心配はしないわけ?」
ラスティとエリザベスにすごまれ、一葉は言い返す。
「おまえは殺しても死なないだろう」
「それはそうね」
「…ちょっと」一葉は二人の発言に肩を落とした。「私を一体何だと」
「僕のことはみんなが守ってくれるから大丈夫だよ。気を付けるから」
弟妹に言うセオドールは、どこか他人事のようだった。心配する二人に声をかけ、「もう行こう」とジョンと一葉に声をかけた。
ラスティとエリザベスに見送られ、三人は馬車に乗って城を出た。護衛が前後に4人ずつついて、本隊に遅れて出発した。
「ジョンも一緒に来るの?」
一葉は馬車の中で呆れたように聞いた。
「もちろんですよ。私は常にセオドール様のおそばにおります」
「はあ…。だって、そういう…戦いとかの専門じゃないでしょ?」
「失礼な人ですね。私たちは皇太子殿下の侍従として、あらゆる訓練を受けていますよ。剣を持つことも殿下をお守りするための大切な仕事です」
「へー。そういうものなんだ」一葉は感心してうなずいた。「じゃあ、ブライアンも?」
「当然です。王族を守るため、どんな状況にも対応できるように侍従は日ごろから備えているのですよ」
「なるほど…」
ブライアンはいつも穏やかに微笑んでいる印象だ。彼もラスティに何かあれば、普段見せない表情をするのだろうか。そして、クラークも…。
「そういえば、ラスティはクラークに剣を教えてもらってるけど、セオドールも?」
「僕は…」
「まさか!」
セオドールが答える前に、ジョンが目を吊り上げた。
「皇太子殿下に怪我でもあったらどうするのです! 剣の稽古なんてとんでもありません。まして、セオドール様は身体がお弱いのですから、できようはずもないでしょう」
「その体のお弱い皇太子さまが戦場なんて来て、大丈夫なの?」
「そのために私や兵士がいるのでしょう」
ジョンは当然、というように自分の胸に手をあてた。
「ふーん…。ま、いいけど」
一葉は膝の上のいぬくんを撫でる。窓の外の景色を眺めると、馬車は王都を抜け森の中を走っていく。石畳の街道は整備されているので、乗り心地が悪いということはなかった。
「…そうえいば、私、王都以外の場所に行くの初めてだ」
変わっていく景色を見ながら一葉がつぶやいた。
「コルディアに行ったんでしょう?」
「ああ、それは…ちょっと青の賢者の裏ワザと使ってだから、歩いてとかで行ったわけじゃないんだよ。こうやって直に移動するのは初めて」
「では、よく見ておきなさい。あなたが守ろうとしている国を」
「…そうだね」
ジョンに言われ、一葉は流れる景色をみつめた。セオドールは時間つぶしのためか本を持ってきて読んでいる。余裕だな、と思いながら一葉はいぬくんの背を撫でた。
半日ほど進んで、途中で休憩をとった。ランドールという街だった。レストランに入り、軽い昼食をとる。護衛の兵士たちも別のテーブルで食事をとる。
「なんか、こんなにのんびりしてていいの?」
煮込み料理を食べながら、一葉が心配そうに尋ねる。
「セオドール殿下は直接戦いに赴くわけではないのですから、いいのです。それに、強行軍で進んでは殿下のお身体に触ります」
「さいですか…」
一葉は反論する気にもならず、パンをちぎって食べた。セオドールはあまり食欲がないらしく、頼んだ料理も半分ほど残した。
もったいないと一葉が言ったが、殿下は繊細なんだとジョンにやり返された。
レストランを出て、ジョンは念のため食料を補給してくると言って、護衛と一葉たちに馬車で待っているように言って買い物に出かけた。
馬車の中で黙っているとセオドールが「あの」と口を開いた。
「何?」
「…君は、怖くないの? 戦場へ行くのが」
「怖いよ。怖いに決まってるじゃん。でも、ここで超獣の力を使うっていうのが契約だからね。仕方ない」
「…ラスティを王にするため?」
「そうだよ」
一葉があっさりと答えると、セオドールは俯いた。
「…みんな、僕よりラスティに期待しているんだ」
「そう」
「僕よりラスティのほうが王にふさわしいって思ってる。クラークたちは実際にそう言ってるんだ」
「ふーん」
「僕より、ラスティのほうが皇太子になったほうがいいのに…」
「だから、そうしろって言ってんじゃん。そのほうがあんたも楽でしょ?」
セオドールはきっと一葉をにらみつけた。こいつ、こういう表情もできるんだ、と一葉は内心驚いた。
「自分が持ってるものを、なんでラスティに譲らなくちゃいけないんだ…」
「ええ? 今度は何言いだすのよ。ラスティに王位を譲りたいんじゃないの?」
一葉が思わず顔を歪める。
「本当は嫌に決まってるだろ! ただ、みんながそう言うから…。僕なんかより、ラスティのほうがずっと優秀で王にふさわしいって…」
「みんながそう言うからそうだって思うんなら、そうなんじゃない?」
一葉が突き放したように言う。
「僕なんか…王にふさわしくないとみんな思ってるんだ。僕だってそれはわかってる…」
「あんた自身がそう思うんなら、そうなんじゃない?」
面倒くさそうに一葉が答える。セオドールは恐々と聞く。
「…僕がそう思わないなら、ふさわしくなれるの?」
「それはあんたの努力次第でしょ。ふさわしくないと思って逃げてるから周りもそう思うのよ」
なんでこんな禅問答みたいなこと皇太子としてるんだ。一葉は腕組みをして顎を触り、足を組む。
「僕は、ラスティみたいに必要とされたい…」
「そうなれるように努力すればいいでしょ」
「僕は…僕がいてもいなくても、同じだと思ってた…」
「いてもいなくても同じなら、いてもいいんじゃないの?」
セオドールは弾かれたように顔をあげた。
「僕は…」




