作戦会議
会議室には円卓を囲んで国王と先ほどの将軍二人、それに彼らの部下らしい兵士が二人ずつ付き添い、さらに大臣らしい人物が三人、イヴァンもいて椅子に座って待っていた。
こっちを見て、にやにやと笑っている。
「お待たせいたしました」
クラークとブラッドがいぬくんを抱いた一葉とともに中へ入って礼をとった。
「ファラデーとヒースコートから話は聞いた。なかなか見ものだったらしいじゃないか。私も呼んでもらいたかったが」
国王が愉快そうに笑う。クラークは肩をすくめた。
「お戯れを」
「先に陛下に報告させてもらったよ」
ファラデーが満足げに言った。
「そうだな。では、会議を始めようか」
クラークは一葉に部屋の隅の椅子に座っているよう言って、椅子に座った。ブラッドはほかの将軍の部下のように、クラークのそばに立っている。
「それでは、僭越ながら私、スペンサーが進行を務めさせていただきます。こちらをご覧ください」
クラークがすでに机の上に開かれた地図を指す。
「アシュリーの報告では、コルディア国王オスカーがこちらから連れて行った狼の魔物、シリウスが狼を操る力があるようです。それを口実にこちらへコルディア軍が進行してくるという作戦がつかめました」
「狼の魔物とは?」
「ラスティ殿下が三百年の封印から解き放った魔物です。みちるという異世界からの娘がコルディアへシリウスとともに向かいました」
「何故そのようなことになった?」
「そもそも、その娘はこちらへ来たということではなかったのか?」
一葉が思わず口を挟もうとしたが、クラークはちらりと一葉に目線を送って、わずかにかぶりを振った。一葉はいぬくんを抱いたまま、仕方なく口を閉じる。
「青の賢者が世界の均衡を保つために、あちらとこちらに異世界の人間を召喚したからです」
クラークが穏やかに答える。
「しかし、そのような魔物を連れて行かせるとは、少々油断が過ぎるのでは?」大臣らしき男がきつい口調で言う。
「おっしゃるとおりです。ただ、超獣使いはこちらにいます。超獣は世界に一匹しかいない。こちらに分があります」
「そのみちるという娘は、超獣使いの親友だと言うことだったな。敵対するつもりなないと言ったが、やはりこういうことになった。どうするつもりだ?」
国王がクラークを見る。責めているというより、どちらかというと面白がっているようだった。
「超獣使いは我らの味方です。そうだな? 一葉」
「えっ…。あ、はい」
クラークにいきなり話を振られて、一葉は思わずうなずいた。
「あちらに親友がいるのに、おまえがこちらを裏切らないと言えるか?」
国王が試すように尋ねる。
「青の賢者との契約だからです。私はこの国で超獣使いの役目を果たします。それが私の願いを叶えるためですから」
一葉は冷静を装って答えた。
「なるほど…。では、超獣使いの力も見せてもらったことだし、一応信頼するとしよう。では、どのようにコルディア軍を迎え撃つつもりだ?」
国王が地図を指さす。
「アシュリーの情報によれば、おそらくヘザリントン山を通ってくるだろうと。あそこにはカーゾン村があります。そこを押えるのが狙いかと」
「カーゾン村は不便は場所にあるが、補給するには便利な村だ。馬の育成で暮らしている村だな」
「あんなところへ狼を送り込まれても厄介だな」
「村人たちへは最小限の被害で済むようにしなければなるまい」
「コルディア軍は最初に先発隊を送り込むようです。彼らの出鼻をくじけば、おそらくすぐに退くものと思われます」
クラークが地図をタクトを持って指す。一葉の位置からはさっぱり見えなかったが、まあおそらく国境近くなのだろうと予測した。
「狙うならこの辺りでしょう。私が指揮官ならそうします」
地図見えないな…と思いながら一葉はいぬくんを撫でる。
「どの程度の数で迎え撃つのだ?」
「あちらは五百ほどの先発隊を。その後、千の兵を動かすつもりのようです。こちらは最初から千の兵で迎え撃ち、退くならばよし。さらに来るなら二千の兵を用意したいと考えております」
「あそこはコルボーン州だ。王都の兵ではなく、コルボーンの兵を使うのがいいでしょうな」
大臣が当然のように言う。
「それでは私が訓練している兵が使えません。ご使用の許可をいただきたい」
クラークが慇懃に言う。
「よかろう。ただし、千だけだ。ほかの兵はコルボーンから集めるがよい」
「コルボーンにはそれほどの兵を徴兵することは難しいでしょう。もともと、州民が多くありません。守備が減らされては…」
「では、スペンサー将軍の領地から派遣すればよい」
あっさりと大臣が言った。
「それがいい、それがいい」
でっぷりと太ったもう一人の大臣が鷹揚に調子を合わせる。
「お言葉ですが、それでは時間がかかります。コルボーンからは距離が」
「では、王都の守りを減らせと? それはいかんな。屈強な兵士がいなくては、誰が陛下をお守りするのだ?」
「左様左様。無理を言ってはいかん」
大臣たちは口々に言う。
「そもそも、スペンサー将軍は一騎当千と有名ではないか。我らの助けなど必要ないだろう」
「落ち着かれなさい。では、私の領地から援軍を出そう。ファラデーもそれでよいな?」
「かまいませんよ」
「…感謝いたします、ヒースコート将軍、ファラデー将軍」
クラークは静かに頭を下げた。
それからどう迎え撃つか、どこへ軍を受け入れるかなどの協議を交わし、一葉の出番はまったくなかった。
ただ、最後に「何かあったときはおまえが何とかするのだぞ」と国王に釘をさされた。一葉は受け入れるしかできなかった。
明日出発し、コルディア軍を明後日迎え撃つということだった。先発隊は王都の兵士千人だ。クラークを筆頭に、ブラッドもイヴァンも行くということだった。
会議の様子を見ながら、クラークはこうやっていつも自分をかばっていてくれだんだろうな、と一葉は実感した。みちるの件だけではなく、いつも一葉が自由にしていられるのは国王がそう言ったせいもあるが、一番はクラークのおかげだろう。初めてこちらへ来て、助けてもらったあの日から、ずっと彼に借りを作りっぱなしだ。
会議室が終わり、クラークは「これで終了といたします」と宣言した。クラークは地図をまとめ、一葉が椅子から立ち上がるとヒースコートが近づいてきた。イヴァンとブラッド以外は部屋を出て行った。
「この前は、娘が失礼した」
「えっと…?」
娘って誰だっけ? と一葉が首をひねると、「シルビアのことだよ」とクラークがそばにきて教えてくれた。
「ああ、あの…。いえ、どうも…」
一葉はなんと言ったらいいかわからず、自分の頭を押さえる。
「クラークに正式に婚約を解消することを申し渡されたことでだいぶ傷ついてしまったようでね。申し訳ない」
「いえ、とんでもないです…」
「では、失礼。明日はよろしく」
「よろしくお願いします…」
ヒースコートは一葉に背を向けて静かに部屋を出て行った。
「今のが、シルビアのおとうさん?」
「そうだよ」
「ずいぶん、歳離れてない? おとうさんていうより、おじいちゃんみたい」
白髪のヒースコートのことを一葉はそう評した。
「だいぶ遅い時の子なんだ。先妻が亡くなって、若い後妻の子だからね。それもあってヒースコート将軍はシルビアがかわいくて仕方ないんだよ。それでああいうふうに育った」
「…なんか、納得」
一葉がうなずく。周りが思い通りに行くことが当然で、そうでないと癇癪を起す。シルビアは愛されて甘やかされて育ってきたのだろう。
「ファラデー将軍たち、面白い見世物を見られたそうじゃない」
イヴァンが笑いながら一葉たちを見る。
「面白いかどうかは別として、いぬくんがいたからなんとかなったよ」
「くるるる」
一葉は腕の中のいぬくんを撫でる。
「おまえが知らない兵士についていくから悪いんだろ」
ブラッドが一葉の頭を小突いた。
「罠には飛び込んでみないと、誰が黒幕かわからないよ」
「あはは。それもそうだ。超獣がいるから大丈夫だとは思ったけど。部屋の中、ひどい有様らしいね」
「修理にかなりかかるだろうな。…一葉、今度から知らない兵士にはついていかないように」
クラークが一葉の頭をつついた。
「どこの幼児に言ってるのかな…。次回から気を付けるよ。たぶん」
「たぶん?」
「努力します」
一葉は額に手をあてて軍人のポーズをとった。とったが、この国ではこのポーズ意味あるのかな、と思ってすぐやめた。
「いつものことだが、危険なことには近づかないように。私たちはいつでも一葉を守れるわけじゃないんだから」
「はーい」
4人で会議室を出る。長い廊下を一葉が3人の後ろをいぬくんと歩いた。
「それにしても、ブラッドが一葉がいないって俺の部屋に来たとたん、クラークが血相変えて出て行ったから面白かったよ」
イヴァンはこらえきれないというように笑った。
「そうなの?」
「大げさなんだ、イヴァンは」
クラークが素っ気なく言った。
「だったよね? ブラッド」
「そうだったっけ?」
ブラッドは首をひねった。
「本気で一葉に危害を加えるようなことはないとは思ったが…少々やり方は強引だったな」
「大丈夫だよ。いぬくんがいるから」
「そうか」
クラークは一葉の肩をたたいた。
もう出かけられる時間ではなかったので、一葉はブラッドについてラスティの部屋へ行くことにした。ブライアンに勉強を教えてもらうことにした。
階段を上っていると、ジョンを連れたセオドールが階段を降りてくるのが見えた。
「あれ、セオドール」
「一葉…」
「無礼ですよ。皇太子殿下に礼をしなさい」
「はいはい」
ジョンににらまれ、一葉とブラッドは両手を結んで頭を下げる。
「…戦場へ行くんだってね」
「よく知ってるね。まあ、超獣使いだから」
一葉は足元のいぬくんを見る。セオドールもいぬくんに視線を向けた。
「君みたいな何の訓練も受けていない娘が役に立つの?」
「率直に言うなあ。そういうあんたは、戦場に出られるの?」
セオドールが虚を突かれたように目を丸くした。
「僕が、戦場に…?」
「馬鹿なことを言う娘ですね。皇太子殿下が戦場に出るはずもないでしょう」
ジョンが見下したように言う。
「そーですか。でも、あんた国王になるんでしょ。王様が命かけて前線に出ることだってあるんじゃないの? 知らないけど」
「知らないなら適当なことを言うな」
ブラッドに一葉はげんこつをもらった。
「痛い!」
「だったら、黙ってろ。セオドール様はきちんと帝王学も戦争についても学ばれているんだ」
「ふんだ。戦場に行くこともない守られた王子様に何がわかるのよ」
一葉はそっぽを向いて階段を上った。ブラッドは「申し訳ありません」と言って一葉を追いかける。いぬくんも駆け出した。
セオドールはじっとその後姿を見ていた。ジョンに「お気になさらず。小娘の戯言です」と言われて、ようやく歩き出した。
一葉はラスティの部屋へ行き、ブライアンに空いた時間で地理を教えてもらった。ブラッドは仕事へ戻っていった。地図を広げてブライアンに教えてもらいながら、一葉がなんとなくクラークたちが言っていた地名がわかったところで、クラークが迎えに来た。
「殿下、失礼いたします」
「ああ。…一葉を戦場へ連れていくのか」
「…はい。陛下のご命令ですので」
「…そうか」
ラスティはそっぽを向いて「邪魔にはなるなよ」と言った。
「しないよ、そんなの。クラークの言うことを聞くよ」
「それは助かる。では殿下の御前を失礼いたします」
「またね。ラスティ」
「ああ。…無事に戻って来いよ」
ラスティは二人が部屋から出て行くのをじっと見送った。




