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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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見慣れぬ兵士

 風呂に入り、一葉がベッドの上で本を読んでいると、ドアがノックされた。


「クラーク? どうぞ」

「失礼するよ」

 クラークが中に入ると、一葉は起き上がってしおりをはさんで本を閉じた。いぬくんがベッドの上で丸くなっている。


「何を読んでいたんだ?」

「子供向けの童話。『うそつきのエイミー』っていう短編集。シアンから借りたの。子供向けだけど面白いよ」

「昔、読んだことがあるな。教会にいるときだったかもしれない」

「じゃ、クラークが読んだ本かもしれないんだね」

 汚れのある古い装丁の本を一葉はクラークに見せる。クラークはそれを受け取って、じっと見てから一葉に返した。


「懐かしいな。あの頃は教会の本を片っ端から読んで、読み終えると図書館へ借りに行って読んだ」

「図書館もあるんだ? どこにあるの?」

「貴族街の図書館は貴族でないと借りられないから、平民街の図書館を利用するといい。たくさんの本があるから、字の勉強にもなる。教会から結構な距離があるが、馬車で行けばそんなに遠くないから」

「明日、行ってみていい? ジェフリーに久しぶりに会いに行こうってラスティと言ってたの」

 クラークは黙り込んだ。そして、「明日は難しいかもしれない」と言った。


「どうして? 何か用事ある?」

「…コルディアがこちらへ軍を進めるようだ」

「コルディアが? なんで?」

「向こうにはみちるがいるだろう」

 一葉ははっとしてクラークの腕をつかむ。


「みちるがいるから、こっちに攻め込むの? みちる…そうか、シリウスの力だね。向こうではみちるを超獣使いだと思ってるから」

「そうだ。シリウスに狼を操る力があるらしい。それを利用して、こちらへ来る」

 一葉は唇をかみしめた。予想できなかったわけではないのだろう。

「…私は、どうすればいいの?」

「こちらの要求を飲むのか?」

「みちるとは戦わないよ。でも、私が超獣使いがここにいるんだから何かしなきゃいけないんでしょ。そのために私がいるんだし。そういう青の賢者との約束だからね」

「話が速くて助かる」


 クラークは苦笑した。一葉はコルディアと戦うことなど絶対に嫌だと言うと思っていたのに。いや、それともことの重大さが実感できていないのか。

「こちらも兵を向かわせる。来るとわかっているのに、無防備でいるわけにはいかないから」

「…殺し合いをするの?」

 一葉が神妙な面持ちで尋ねる。


 クラークは「できる限り最小限にするつもりだ」と答えた。

「そう。…人が死ぬのは見たくないけど」

 一葉はきゅっと唇をへの字にした。

「いぬくんの力が必要なんだね。どうすればいいの?」

「明日、この件についてほかの偉い方たちと作戦会議をするから一葉も同席してほしい。会議には参加せず、ただ端で話を聞いているだけでいい。明後日には出発する」

「明後日?」

 一葉は目を丸くした。


「…急な話だね」

「向こうはすでに動いているから。ヴァレンタインに一葉の必要なものは準備させる」

 一葉はきゅっと両手を握り合わせた。

「…わかった。でも、私、みちるとは敵同士にはならないよ」

「そう言うと思ったよ」

 クラークは片手をあげて笑った。


「そんなに心配しなくてもいいのに」

「何を?」

「私のこと気にしてさっきは言えなかったんだね。クラークは私に気を使いすぎだよ」

「別にそんなつもりは」

「ありがとう」

 一葉にまっすぐに礼を言われ、クラークは照れくさくなって前髪をかきあげた。


「私はもう戻るよ。おやすみ」

「おやすみなさい」

 クラークは一葉の部屋を出て、自分の部屋へ向かう。そして不思議に思った。

 何故、あの娘といると亡くなった恋人のことを思い出すのだろう、と。


 あなたはやさしすぎる、と彼女に言われたことを思い出した。いつも彼女のことを思い出すとき胸に痛みが走ったのに、今はそれを感じなかった。




 翌朝はどんよりした空だった。雨が降るかもしれないと一葉は思った。いつもどおりクラークと朝食をとり、馬車で城へ向かう。

「私はどこへ行けばいいの?」

「会議は少し後になるから、ラスティ様のもとへ行っているといい。迎えに行くよ」

「わかった」


 一葉はいぬくんを抱いてラスティの部屋へ向かった。その後姿を見送ってから、クラークは兵士の訓練所へ向かった。

「何? おまえも戦場へ行くのか?」

「戦場…。そうだね、戦場だね」

 言われて気づいた一葉に、ラスティは「おまえには無理だ」と言い切った。


 歴史の教科を担当している老紳士のアボット先生が「そうですねえ」と穏やかに言った。

「戦場は兵士の行く場所です。あなたのような平和な暮らしをしている女性が行くような場所ではないでしょうな」

「平和…そうだね」


 一葉のいた日本では、戦争はしていない。ずっと過去の話だ。飢えることも寒さに凍えることもない家でぬくぬくと育ってきた。そんな恐ろしいことはいつもテレビやインターネットで見るものだった。

「私は戦争がどんなものか、知識でしか知らない」

「ですが、今回はお互いの出方を見るだけとの情報です。あなたにはさほど残酷な場面を見せることなく済むでしょう」

 アボット先生がラスティに「戦争は何故起こるか、どうお考えですかな?」と聞いた。


「人間は自分の利益になるために争う。利益と言っても、ただ得になるだけでなく、譲れないもの。例えば宗教や民族、信じるものの違いがお互いの立場をつくり、争いを産む。平和とはお互いの相互理解だが、そこには自分の正しさを妥協する必要がある」

「究極に言えば、世の中には自分が正しいと思ってる人間しかいないってことだよね。だから殺し合いが起きる」

「ほう、それも一理ありますな。正しいと思うものと正しいと思うものがぶつかり合う。だから、終わりがないというわけですね」

 アボット先生は自分の顎髭を撫でる。


「失礼いたします」

 ドアがノックされ、「どちら様ですか?」とブライアンが尋ねる。

「スペンサー将軍の命で超獣使いをお迎えにあがりました」

 ドアを開けて入ってきたのは、見慣れない男の兵士だった。ラスティの前で礼をとる。

「クラークが?」

 ラスティが怪訝な表情をする。

「おまえ、見慣れない顔だな。超獣使いを迎えによこすなら、ブラッドかニールが来るだろうに」

「申し訳ございません。ポーター少尉もお忙しいので、私が代わりに参りました」

 頭を下げたまま、ドアの入り口で男は話す。


「…どうする?」

 ラスティが暗に行かないほうがいいと仄めかしているのが一葉にもわかった。一葉も少し考えてから答える。

「…行くよ。どこへ行けばいいの?」

「一葉…」

「大丈夫」

 一葉はいぬくんを連れてラスティの部屋を出た。


 男は「こちらです」と言って廊下を進み、階段を降りて城の1階の部屋の前で立ち止まった。

「どうぞ」

「…? ここって、会議室でもなんでもないよね?」

 ここは明らかに客間の一室だ。しかし、男は一葉を無視してドアを開けた。


「おはいりください」と言って強引に一葉の背を押して中へ入らせた。

「ちょっ…」


 一葉が中へ入ると、そこには兵士が3人こちらを待ち構えていた。後ろの兵士がドアを閉める。3人はいっせいに一葉に剣を向けた。


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