東方の忍者
クラークは城にあるイヴァンの部屋で話をしていた。大臣から軍の増強について横やりが入ったことについてだ。
「困ったね。国防費が削られるのは」
「平和ボケしているんだ。コルディアが休戦協定を破るとは思っていないんだろう」
クラークはふっと息を吐いた。
「国王陛下の命を狙ったのもコルディアだっていうのにね。やはり、陛下にお願いして説得してもらうしか…」
「失礼いたします」
「入っていいよ」
ドアがノックされ、フードをかぶった男とも女ともつかない黒ずくめの若い人間が入ってきた。
「おや。おまえがノックして入ってくるなんて珍しい」
イヴァンがにやにやと笑うと「クラーク様がいらっしゃいましたので」と顔の目元まで仮面で覆われているので、その人間の表情はわからないまま答えた。
「私のことなら気にしなくていい、アシュリー。私は外そうか?」
「いえ、クラーク様もお聞きください。コルディアが動きます」
イヴァンとクラークはアシュリーをみつめる。
「どのように?」
「一葉さまが連れて行ったみちるという娘とシリウスという狼。彼らはみちるを超獣使いとして扱うようです。シリウスの力を使って狼を集め、南の国境付近に狼の群れを集めてこちらへ向かわせるようです。狼を口実にして、軍を動かすようです。レスタントに被害が出ても、狼を止めるためだったという口実を使うつもりかと。国境の村付近に被害が及ぶのは間違いないでしょう」
「へえ。シリウスにそんな力があったとはね。興味深い」
イヴァンは不敵に笑った。
「まだ、あれの力はしっかり調べないうちにコルディアへ渡したからな。風を操るだけではなかったということか」
クラークが顎を撫でる。
「魔力を杖で封じたとはいえ、外そうと思えば外せるしね。文献にもそんなこと書いてなかったよ。シリウスに敵に回る気がないならそんなことはしないだろうけど」
「ラスティ様を敵に回すことはしないだろう。おそらく、何か手を貸さないとまずい状況になったに違いない」
「みちるという娘に何かあったのかもね。陛下に知らせに行こう」
「そうだな」
「ありがとう、アシュリー。下がっていいよ」
「はい。失礼いたします」
一瞬でアシュリーは姿を消した。
イヴァンとクラークは国王の玉座へ向かった。兵士はまだ謁見する者がいると言ったが、緊急の用事だと言うとすぐに中へ通してくれた。
国王は学者と話をしていたが、クラークたちの姿を見て話を一時中断して下がらせた。
「おまえたちか。どうした。急ぎの用事か?」
クラークとイヴァンは国王の下で礼をとり、立ち上がった。
「はい。急ぎで提言したいことがございます」
「ふむ。聞こう」
クラークはさきほどのアシュリーの話を説明する。
国王は黙って聞いていたが、「すぐ対処する必要があるな」とすぐに告げた。
「では…」
「クラーク。おまえは一団を率いて国境を守れ。狼の軍団なら、冒険者たちも向かわせる方法もあるが、向こうが軍を動かすなら、こちらも軍を率いて我らが断じて侵攻を許さないことを見せつけるがいい」
「かしこまりました」
「それと」と国王は続ける。「一葉も連れていけ」
「…一葉を、ですか?」
クラークは一瞬、困惑を見せて尋ねる。
「そうだ。今まで散々好き勝手させてやったのだ。そろそろあの娘にも超獣使いとして役に立ってもらおうではないか」
「ですが…」
クラークは言葉を探す。
「あの娘は、戦闘には慣れておりません。いても足手まといかと」
「なら、なおさらだ。オスカーが動き始めたのなら、使えるようになってもらわないとな。クラーク、おまえの指導を期待しているぞ」
「…承知いたしました」
それ以上クラークは否を唱えることができなかった。
玉座を出て、イヴァンがにやりと笑う。
「これであの無駄飯食いも少しは役に立つじゃない。クラークは連れて行きたくないみたいだけど」
「当たり前だ。一葉が戦闘に積極的に関わるとは思えない」
「あはは。相手が人間じゃなければ大丈夫じゃない? まあ知らないけど。でもそろそろあの娘を甘やかすのはやめたほうがいいね」
「私は甘やかしているつもりは」
「甘やかしてるよ。ここらへんで自分がなんで異世界から来たのか自覚を持ってもらわないと。そろそろ、城へ来てるんじゃない?」
「…そうかもな」
クラークは廊下の外の窓を見る。空がひどく青く見えた。
一葉が城へ来ると、ラスティの部屋へ向かった。メアリアンは先に馬車でスペンサー邸へ戻った。
「遅い」
ラスティの部屋へ行くなり、一葉は文句を言われた。ブライアンが苦笑する。
「一葉さまが来なくて、殿下は昨日がっかりしていたんですよ」
「何、そんなに私に会いたかったの?」
一葉がにやにやと笑うと、ラスティは「馬鹿か?」とぷいとそっぽを向いた。
「もう体調はいいのか? 熱が出たと聞いたが」
「うん。もう平気。昨日はずっと寝てたから」
「ならいい。それで、コルディアはどうだった?」
「えっとね…」
今度はコルディアのオスカーやアーウィンの名前を出して一葉はそこで起こったことを話す。侍女が紅茶を持ってきてくれて、飲みながら話をした。
「おまえ、侍女なんか務まったのか? 気配りがないと務まらないぞ」
「失礼な。掃除や料理はできるよ」
茶々を入れながら、ラスティは話を聞いた。
「そうか。父上を狙ったのはオスカーなんだな」
ラスティは紅茶を飲んでうなずいた。
「そうみたい。でも、みんなそう思ってたんだね」
「だいたい予測はできたことだからな」
「せっかくの特ダネだと思ったのに。がっかり」
一葉が不満げに言うと、「確証になったんだからいいだろう」とラスティがフォローした。
「ところでおまえ、今来たばかりか?」
「うん。お城に来てまっすぐここに来た」
「なら、兄上に会うといい。おまえが突然いなくなったから心配していらっしゃったぞ」
「セオドールが? まっさかー」
一葉は手を振って笑う。
「いや、本当に…」
「自分がお兄様に会いたいだけだったりして」
「う、うるさいな。今ならお部屋か庭園にいらっしゃるはずだ。行くぞ」
「お供します」
ブライアンもそばに控える。いぬくんもとてとてとついてきた。
廊下をとおってバルコニーを見ると、誰もいなかった。階段を上ってセオドールの部屋をノックすると、「どうぞ」とジョンの声がした。
「失礼いたします」
ブライアンがドアを開ける。セオドールが机の前に座って本とノートを広げていた。こちらを見て目をぱちくりさせた。
「…一葉」
「なんですか、ぞろぞろと。セオドール様はお忙しいのですよ」
ジョンが明らかに不機嫌そうに言う。
「兄上に一葉が戻ったことを知らせに来たんだ」
「まあ、そんなとこ。邪魔ならすぐ出てくけど」
「いや、いいよ。コルディアに行っていたんだってね。…話を聞いてもいいかな、ジョン」
「…セオドール様がそうおっしゃるなら」
ジョンはやむなしといったふうに、3人が座れるようテーブルをセッティングする。ブライアンも手伝って侍女に紅茶を運ばせた。
「それで、コルディアはどんな様子だったの?」
「私の友達と一緒に行ったんだけどね…」
「兄上、シリウスも一緒だったんですよ」
一葉がしゃべろうとすると、ラスティが先だって一葉に聞いたことをしゃべりだしたので、一葉は補足するにとどまった。
ラスティがここへ一葉を連れてきたのは、セオドールと話したかったからなのだと一葉は理解した。そういえば、一葉が来る前はあまりコミュニケーションをとる兄弟でもなかったみたいだしな、と一葉は一人で納得してお茶を飲んだ。一緒に持ってきたクッキーを食べながら、一葉は二人の兄妹を見ていた。
話の途中で、セオドールの部屋のドアがノックされて今度はエリザベスが侍女を連れて入ってきた。
「ちょっと、私を仲間外れにするなんてどいうことかしら?」
ぷりぷりと怒りながらエリザベスは当然のように椅子を用意させた。
「別に仲間外れにしたわけでは」
「現に私を外しているじゃないの。別に混ざりたいわけではないけど、私がいないと話が盛り上がらないでしょ?」
「なんという見事なツンデレ…」
一葉は思わず感心してしまった。
「おまえ、習い事はどうした?」
ラスティのツッコミを無視して、エリザべスは話を戻す。
「それで、一葉はコルディアに行っていたんでしょう。どういうところだったの? 何をしてきたの?」
「あはは…。じゃあ、最初から話そうか」
好奇心が丸出しのエリザベスに、コルディアの話をする。4人でコルディアのこと、一葉がいなかったときのことなどを話し、あたりが暗くなって電気をつけたころ、「そろそろお時間です」とジョンが言った。
「まあ、なかなか興味深い時間だったわ。いい時間つぶしにはなったわね」
「そうだね。コルディアのことがわかってよかったよ」
セオドールも微笑んだ。
「兄上がお望みでしたら、またお話しします」
「いや、行ったの私…」一葉はツッコんだが、まあいいか、とそれ以上何も言わなかった。
セオドールの部屋を出て、エリザベスは侍女と部屋へ戻った。
「私たちも戻りましょう、ラスティ様」
「そうだな。…明日も来るか?」
「来てほしいなら来るけど」
「べっ…別に来てほしいなどと思っていない」
ラスティは歩く速度を速める。一葉といぬくんもそれを速足で追いかける。
「素直じゃないなあ」
「うぬぼれるな」
「じゃあ、ジェフリーの様子見に行こうか。いい? ブライアン」
「ラスティ様がお望みなら」
ブライアンがそう言うので、午後から市井へ行くことにした。ラスティの部屋まで来ると、クラークが来るところだった。
「ああ、一葉。ここにいたのか」
クラークはラスティの前で礼をとる。
「うん。さっきまでセオドールの部屋にいたんだよ。エリザベスもいたの」
「そうか。殿下、御前を失礼いたします。帰ろう」
「うん。またね、ラスティ」
「ああ。明日な」
一葉は手を振ってラスティと別れた。クラークにさっきまで4人で話していたことを伝えると、クラークは「いいことだ」と笑った。
「セオドールがコルディアの話を聞きたがってるって言うからいったのに、ラスティはほとんど自分がしゃべってるんだよ。よっぽどセオドールと話したかったみたい」
「ああ」
「本当にお兄ちゃん大好きだよね。ラスティが言う割に、セオドールはあんまり私の話、興味ないみたいだし。黙って紅茶飲んでるんだもん」
「そうだな」
「エリザベスのほうがコルディアの話には興味津々なの。どんなお茶を飲んでるかとか、侍女はどうだとか、どんなドレスを着てたとか。そういえば、みんなして私に侍女が務まるのかとか聞くんだよ。ちょっと失礼じゃない?」
「そうか」
「…クラーク」
「どうした?」
「…何か、あった?」
一葉は立ち止まってじっとクラークを見上げる。いぬくんも足を止めた。クラークは何か言おうとして、ふっと笑った。
「どうしてそう思う?」
「…なんか、いつもと違う。元気ない?」
一葉が聞くと、「そんなことはないよ」とクラークは口の端をあげて笑った。
「夕食が終わったら、少し話をしよう」
「うん。大事な話?」
「ああ。大事な話だ」
「わかった」
一葉は真面目な顔でうなずいた。いぬくんを抱き上げて馬車に乗り、スペンサー邸へ戻った。
夕食の間もクラークは一葉の話を聞くだけで、ただ微笑んでいた。




