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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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婚約解消

 ドアを開けたのはシルビアだった。怒りに震えているようで、後ろには彼女の侍女とヴァレンタインが途方に暮れた表情で立っている。


「シルビア様、落ち着いてください。クラーク様がお決めになったことですし、お嬢様はご病気で…」

「一体どうしたんだ、シルビア」


 クラークは椅子から立ち上がり、シルビアのそばに歩み寄る。シルビアはクラークを素通りして、身体を起こした一葉のベッドへすたすたと歩いた。

「え…」

 一葉が呆気にとられていると、シルビアは一葉の頬をはたいた。

 衝撃で眼鏡がベッドに落ちる。


「…えっ?」


 一葉は何が起こったか一瞬、理解できずぽかんと口を開いてシルビアを見上げる。

「…あなたのせいよ」

「へ?」

 一葉は何が何だかわからず、はたかれた頬を自分で撫でる。痛い。頬がじんじんと熱い。

「あなたのせいよ、謝りなさいよ! ここから出て行って!」

「ちょ、ちょっと…」

 一葉をベッドから引きずり降ろそうとするシルビアを、クラークとヴァレンタインが一葉から引きはがした。


「お嬢様!」と遅れてきたシルビアの侍女らしい女性がシルビアに駆け寄る。

「この女のせいなのよ! この女が来たから、私…私、うっ…うう」

 シルビアが泣き出した。侍女はおろおろと彼女を慰める。


「落ち着いてください、シルビア様」

「ヴァレンタイン、彼女たちを送って行ってくれないか」

「かしこまりました。さ、シルビア様。こちらへ」

「クラーク様…」

 シルビアはすがるようにクラ―クを見るが、クラークはかぶりを振った。


「う…あ、ああああー…」

 侍女に連れられ、シルビアは泣きながら部屋を出て行く。

「ですから、申し上げましたのに…」

 侍女はシルビアを支えて歩き出した。

「余計にみじめになりますよと…」


 ヴァレンタインは部屋のドアを閉めて出て行った。クラークはため息を吐いて一葉のベッドの脇に腰掛ける。

「な…何があったの?」

 一葉は痛みの残る頬を手で押えながら、呆然としていた。クラークは一葉の手に自分の手を重ねる。


「すまなかった。私のせいだ」

「な…なんで? 何が?」


 一葉が混乱してクラークを見上げる。

 クラークは一葉の肩を抱き寄せた。一葉は心拍数が跳ね上がるのを感じた。


 え? 私、抱きしめられてる? クラークに?


「シルビアに婚約解消を正式に申し出たんだ」

「え…なんで?」

 一葉はどぎまぎしながらクラークに尋ねる。


「前は女性に恥をかかせるのは申し訳ないとか…」

「この前のセオドール様の誕生日会の一件で、私も思うところがあってね。彼女の父上を通じて正式にお断りさせていただいた。彼女が一方的に言っていたこともあったし、正直そのおかげでほかの女性からの申し込みを断るのにいい口実にもなっていたんだが…。そのままにしておくのもどうかと思ってね。それが一葉のせいだと思ったんだろう。それでここまで来た。まさか、一葉が戻ってきてすぐ押しかけてくるとは思わなかったが」

「ああ…そう。そういうこと」


 一葉は心臓の鼓動がうるさくて、クラークの話があまり入ってこなかったが、彼女が一葉のせいで婚約を解消されたと思い込んで乗り込んできたというのは理解できた。


「痛かったか?」

「あ…さっきの? 大丈夫…」

「悪かった。もうこんなことはないようにする」

 クラークは一葉を抱きしめる腕に力を込めた。


 クラークのにおいだ。一葉はそのにおいとあたたかさに包まれて、泣きたくなった。昨日も泣いたのに、今日もまた泣くわけにはいかない。


「あれ…」

 泣くわけにはいかないと思ったのに、一葉の目から涙がこぼれた。

「どうした? やっぱり痛かったのか?」

「大したこと…な、ない…」

 ぽたぽたと流れてくる涙を、一葉はクラークの腕の中で拭う。

 クラークは一葉が泣き止むまで、何度も一葉の頭を撫でた。




「まったく、雷みたいな娘でしたね」

 アーウィンに紅茶を注ぎながらメリッサがぶつぶつ言う。


「いきなり現れたと思ったら、いきなりいなくなって。まったく、礼儀知らずな子だよ」

「何か事情があったんだろう。そう責めないで」

 メリッサの入れてくれた紅茶を飲みながら、アーウィンはほっと息を吐いた。

「一葉のいれてくれた紅茶もおいしかったけど、メリッサには敵わないな」

「あはは、褒めたって何にも出やしませんよ。アーウィン様はあの娘を甘やかしすぎなんですよ」

「そうかな…」

「なんで急にいなくなったんですかね」

 メリッサは腰をさすりながら、椅子に腰かけた。


「そうだね。…オスカー様は事情をご存知のようだったけど、何もおっしゃらないから」

 そう言うアーウィンも、なんとなく想像がつかないわけではない。ただ、そうであるという確証もなければ、そうだと思いたくない部分があった。

「また新しい侍女を探さないとね」

 アーウィンは紅茶を飲みながら、書類をめくる。オスカーに届いた案件だが、先にアーウィンがいくつか目を通しておくのだ。


「もう結構ですよ。入れては辞められるじゃあね」

 メリッサは不満げに紅茶を飲む。

「でもメリッサ、腰が痛いだろう」

「一葉が来てからだいぶ休みましたからね。調子も戻りましたよ」

「そう? それならいいけど」


「今度はどこで鶏の真似をしているやら」

 ぼそりとメリッサがつぶやくと、アーウィンは声をあげて笑った。


評価ありがとうございます。

なんか、いろいろあって泣きそうです。

私の人生のこんなことが起きるなんてなあ。

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