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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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おかえり

 クラークは右手をあげた。一瞬、はたかれるのかと思って一葉はぎゅっと目を閉じた。けれどその手は一葉の頭の上に置かれた。


「おかえり」


 やさしい声に、一葉は目を開ける。

「よく無事で帰ってきたね」

「あ…」


 一葉は視界がにじむのを感じた。絶対責められると思っていたのに。そして、ぼたぼたと涙がこぼれた。

「うっ…」

 こらえきれずに、一葉はしゃくりあげて眼鏡を押し上げて顔を両手で覆った。


「うーっ…う、うう、うえっ…」

 なんでこんなに涙が止まらないのか、自分でも理由がわからなかった。


「陛下、申し訳ございません。一葉はコルディアから戻ったばかりで疲れているようですので、御前を失礼させていただきたいと思います」

 国王は笑って「まあ大体話は聞いたからな。よかろう」と片手をあげて許可した。


「行こう」

「ひっく、ひっ…う、うっ」

 一葉はクラークに肩を抱かれて、玉座を出て行く。

 ヴァレンタインが一礼して玉座の扉が閉まった。


「まさか、いきなり泣かれるとは思わなかったな」

「だ、だって…ううっ、う」

 必死に涙をぬぐいながら、一葉は足元にまとわりつくいぬくんに気づいた。


「くるくる」

「あ、い、いぬくん…ただいま」

「どんなときでも私の後をついてきて、困りものだったよ」

「あはは…。ごめん。私がそう言ったからだね」

 一葉は顔をぬぐって、足元のいぬくんを抱き上げる。


「…お嬢様、お顔が真っ赤ですね」

「え…」

 ヴァレンタインに言われて、クラークが一葉の額を触る。


「…熱いな。熱があるみたいだ。客間で少し休ませてもらって…」

「やだ」

 一葉はクラークにしがみついた。

「うちに帰る。うちに帰りたい」

「…わかった」

 クラークはふっと息を吐いて一葉の濡れた頬を撫でた。


「ヴァレンタイン、一葉を送って…いや、私が送ろう。ヴァレンタイン、ブラッドに私は所用で帰ると言っておいてくれないか」

 クラークにそう言われ、ヴァレンタインは微笑んで「承知いたしました」と答えた。


「い、いの…?」

「普段真面目に仕事をしているから、これくらいいいだろう」

 クラークにそう言われ、一葉は戸惑いながらうなずく。いぬくんを抱いて馬車に乗ってスペンサー邸へ向かった。


 馬車の中でクラークは何も言わず、一葉の肩を抱いていた。クラークによりかかりながら、一葉は落ち着かない気持ちで口を開いた。

「クラーク、あの…」

「話は後で聞くから。今は休みなさい」

「…うん」


 身体がだるい今は、そう言ってもらえるのが嬉しかった。膝の上のいぬくんも心配そうに一葉に頭をすり寄せる。

「…そうだ、シアンにも、帰ってきたって、伝えなきゃ…」

「それも後にしなさい」

「うん…」

 一葉は目を閉じた。馬車の揺れの中で、いつの間にか眠っていた。




 次に一葉が目を覚ましたのは、誰かの話し声がしたときだった。

 うっすら目を開けると、一葉のベッドの横にはシアンが座っていた。ほかには誰もいない。気のせいだったのかな。

 一葉は自分がいるのが自分の部屋のベッドだとわかり、安堵した。


「…シアン?」

「あれ、目が覚めた?」

 シアンはにっこり笑って一葉の額を触る。


「まだ熱があるね。知らない場所でずっと気を張っていて、疲れたんでしょ。今は何も考えないで眠るといいよ」

「うん。…でも、どうして?」

 一葉はぼんやりした頭でシアンをみつめる。


「俺がここにいるのはどうしてかってこと? クラークが呼んだんだよ。医者は熱を下げるけど、司祭は痛みをとることができるからね。医者の診断は風邪だって」

「…そう、なんだ」


 意外な気がした。

 一葉の記憶では、クラークはシアンが苦手だった気がしたが、でもつきあいのは長いのだから、気にするほどではないのかもしれない。

「体の痛みもだいぶいいでしょ?」

「あ…うん。さっきより、だるくない」

「よかった。魔法が効いてるんだよ。でも、熱は下がってないからおとなしく寝てなきゃいけないよ。何か食べたいものはある?」

「ううん。今はいい…」

 一葉はほうっと息を吐く。食欲はなかった。不意に外から雨音が聞こえた。


「雨、降ってる…?」

「さっき降り出したんだよ。今夜はずっと降っているかもね」

「そっか…」

 一葉は窓のほうを見る。

 カーテンが閉まっていて外の様子はわからないが、雨の音が遠くに聞こえて耳に心地よかった。もう外は暗いのだろう。小さな電気がついている部屋は薄暗い。


「喉は乾いてない? 水もあるよ」

「…少し、飲みたい」

 シアンは少し体を起こした一葉に、サイドテーブルにおいてあるコップに水差しの水を汲んで飲ませてやる。飲み終わると一葉はまた横になった。


「さっき、誰かいた?」

「クラークだよ。一葉の様子を見に来たの。でも、一葉が眠ってるからすぐ出て行った」

「そう…」

「よく帰ってきたね、一葉。おかえり」

「うん。…ただいま」

 シアンに微笑まれ、一葉も笑みを返す。


「じゃあ、ゆっくりおやすみ」

「…シアン」

「ん?」

 シアンは一葉の顔を覗き込む。


「私が寝付くまで、ここにいて」

「いいよ」

 シアンは微笑んで一葉の髪を撫でた。一葉は目を閉じる。

 ああ、私、帰ってきたんだね。


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