みつけた
それから一葉は仕事の合間に、面談で一緒だったエレイン達にみちるを気にかけるように頼んだり、みちるにこの世界の文字を教えたりした。コリンはいつもみちるの傍らにいて、みちるがどこへ行くのも一緒についてきた。シリウスもみちると城の周りをコリンと、時にはオスカーと一緒に散歩したりした。
ある日、みちるが側室たちのお茶会へ呼ばれた日。アーウィンも同席すると言うので、一葉も一緒に行くことになった。お付きの侍女が必要なのだと言う。メリッサは腰が悪くていけないので、一葉の役目だ。
「といっても、特にやることはないんだよ。たまに私に紅茶をいれてくれればいいから」
アーウィンについて庭園への道を一葉は侍女姿で歩く。
「そうなんだ。難しいことやるのかと思った」
「気楽にいればいいからね」
庭園へのドアを開けると、ガーデンパーティが開かれていた。外にテーブルが並んでいて、お茶とケーキやクッキー、スコーンやサンドイッチが並んでいる。13人の側室と、みちるがシリウスとコリンと隅っこでお茶を飲んでいるのが見えた。
「アーウィン、みちるのところへ行ってもいい?」
「いいよ。私のことは気にしないで」
「ありがとう」
一葉はみちるのそばへ駆け寄る。
「みちる、おはよう」
「一葉、来たんだ」
<招かれたのか?>
みちるの足元にはシリウスが寝そべっていた。
「アーウィンのおつきだよ。どう? 調子は」
「うん。なんとか…。みんなやさしいしね」
「そうなんだ。嫌味言われたり見えないところで髪の毛引っ張られたり足を踏まれたりなんてことは」
一葉が小声で聞く。
「オスカー様の側室の方々は心根の優しい方ばかりだよ」
一葉の後ろにはアーウィンがクッキーをトレイに載せて立っていた。
「うわ、アーウィン。いきなり後ろにいないでよ」
驚いて一葉が振り返る。
「これは失礼。クッキーはいかがかな?」
「…いただきます」
「私もいただきます。コリンも食べる?」
コリンはうなずいてアーウィンが差し出してくれたトレイのクッキーをつまんだ。
「コリンはみちるに懐いているようだね」
「そうですね。いつも一緒にいるし」
「コリンは自分の殻に閉じこもるところがあるから、君に懐くか心配だったけど、どうやら大丈夫みたいだね」
「そうですか? コリンは最初から素直でしたよ。ね?」
みちるがコリンに同意を求めると、コリンはこくりとうなずいた。
「それならいいけど。コリンは最初の頃はなかなか打ち解けなくてね。オスカー様が時間をかけて人との付き合いに慣れるようにずっとそばに置いていたんだよ。それこそ、私と同じくらいね」
「へえ…」
「ちょっと意外」
一葉とみちるにみつめられ、コリンは恥ずかしそうに下を向いた。
「だからそれだけ大事にしているコリンを、みちるは預けられたということなんだよ」
「そうなんですね…。なんか、責任重大」
「みなさん、何のお話かしら?」
「アーウィン様もご一緒なのね」
側室の金髪と赤髪の美女が話しかけてきた。なるほど、オスカーって面食いだなあと一葉は二人をみて思いつつ、急いで礼をした。
「えっと、一葉。こちらはオスカー様の側室のエイダ様とキャロル様」
みちるに紹介され、一葉は「はじめまして」と胸に手をあててスカートのすそをつまんだ。
「私の侍女の一葉です。以後、お見知りおきを」
「よろしくお願いいたします」
アーウィンに紹介され一葉は愛想笑いを浮かべる。
「よろしくね。東方の顔立ちをしているのね。出身はそちら?」
「はい。両親が」
「では、オスカー様の母上様とご一緒ね。彼女も東方の出身だったの」
「そうなんですか」
「ええ、もう亡くなられたけど。側室になったはいいけど、慣れないコルディアでの暮らしが大変だったみたいよ。ご病気になるくらいひどかったみたい」
「へえ…」
そういえば、初めて会った時、オスカーが東方がどうとか言っていたような。一葉はぼんやりと記憶をたどる。
「あなたも遠くから来て、慣れない暮らしで大変でしょう?」
「あ、はあ。ありがとうございます…」
彼の母親。どんな人だったんだろう。いやそれよりも、と一葉は気になっていたことを聞く。
「側室の方々、仲がいいですよね。その…嫉妬とかはないんですか?」
一葉の問いに、二人は顔を見合わせて笑い出した。
「それはないわ」
「だってオスカー様は、みんなを平等に愛してくださるもの」
「心配なのね、女同士のいざこざが」
「はあ、まあ…」
一葉が対応に困っていると、オスカーが「カードゲームをしよう」とみんなに声をかけた。
アーウィンは一葉に隅に控えているように言って、カードゲームに興じる。確かに側室たちは仲が良いようだ。みちるも仲間外れにされることなく、カードゲームのルールを教わって楽しんでいるようだった。
一葉はほっとしながら、ガーデンパーティの終わりまで黙って立つ。時折、お茶を注いで様子を見ていた。
「…でね、コリンてすごく気が利くの。さっきのカードゲームで私がどう上がろうか困ってたら、こっそりジェスチャーで教えてくれたりするのよ。私の心が読めるみたい」
「へえ、そうなんだ。いい子だね、コリン」
みちるの部屋へ戻り、さきほどのガーデンパーティの話に花を咲かせていた。一葉にほめられ、コリンは嬉しそうにうなずいた。
「だからお城でも雇われたのね」
みちるはコリンの頭を撫でる。
「そうかもね。コリン、みちるのことよろしくね」
コリンは真面目な顔でうなずいた。
「アーウィンさんてやさしいよね。一葉、いい人の下についたね」
「そうだね。…あのね、みちるにだけ言うけど」
「何?」
「アーウィンて私のおとうさんに似てるんだよ。内緒ね」
一葉の言葉に、みちるは言葉を失ったようだった。
「…それって」
「他人の空似だよね。まあうちのお父さんは黒髪だったけど。だから、なんか一緒にいるとほっとするんだ」
「…そう」
みちるは神妙な面持ちでうなずいた。
「じゃ、私もう行くね。そろそろメリッサさんに会いに行かなきゃ」
「うん…」
去っていく一葉を、みちるは複雑な表情を見送った。
一葉はアーウィンの部屋へ戻り、ふと気になっていたことを聞いた。
「ねえ、アーウィン」
「何?」
「どうしてオスカーはいつもアーウィンとだけ一緒にいるの? アーウィンのことが大好きなの?」
「…なんとも直球な質問だね」
アーウィンは苦笑して万年筆で書いていた書類をかきあげて、顔をあげる。
「私がずっとオスカー様の子供のころからのお付きだからだよ。レスタントではオスカー様の過去については話題にならないかな」
「ん…ごめん。私世情に疎いし、なんか、過去にあったらしいくらいしか」
「…そのうち、話すよ。一葉がもう少しオスカー様のことを理解してくれたらね」
「わかった」
一葉はそれ以上聞かずにうなずいた。
あくる日、メリッサにアーウィンに事務用品をどうするか聞いてきてくれと言われて、一葉はアーウィンの姿を探した。みつからないのでもしやと思い、オスカーの私室へ向かう。ドアをノックしようとしたとき、中から話し声がした。アーウィンがいるのかもしれない。
「失礼します」
一葉はノックしてドアを開ける。中にはオスカーのほかに一人の少年と青年の男が二人いて一葉を見た。
「どうしたの?」
オスカーは微笑んで一葉に尋ねる。
「アーウィンがいるかなと思ってきたんだけど、いないみたいだね。じゃ、失礼します」
一葉はにっこりと微笑んで、ドアを閉めてから少し歩いた後、一気に駆け出した。
殺される。
私、オスカーに殺される。
オスカーのそばにいたあの少年と男たちは、かつてマーティンをそそのかして国王を殺そうとし、一葉も亡き者にしようとしたジャックたちだ。オスカーとつながっていたとは。
一葉は全速力で走った。みちるのもとへ急がなければ。