自作自演?
「………?」
一葉が目を覚ますと、二段ベッドの天井が見えた。あたりは薄暗くなっていた。
ああ、戻ってきたんだな、と一葉は実感した。侍女の宿舎で今は誰もない。身体を起こして枕元にあった眼鏡をかける。
二段ベッドを降りると、「今日はゆっくり休むように。アーウィン」と書置きがあった。いつの間にか寝間着に着替えされられたようだ。
薄暗い部屋で一葉はさっきのまでの出来事をしばらく考える。ため息を吐いて、「…カイン」と名を呼んだ。
「はい」
背中から何かが出て行く気配を感じた。
「ふう…。魔法使うと疲れるわ」
「すみません。危険だと思ったので」
「いいけどさ。…でも今いろいろ考えて、なんか変だなと思ったの」
「何がですか?」
一葉は気絶するまでのことを考える。
「…最後の3人目。私を狙ったように見えたんだけど」
「そのようでしたね」
カインは淡々と答える。
「だから俺が動きました」
「例えばオスカーを狙うならわかるんだけど。敵に狙われるとか、貴族の誰かに狙われるとか。でも、ただの侍女の私を狙うのって…何かおかしくない?」
「そうですね」
カインはなんでもないことのように答える。
「もう、ちょっとは考えてよ」
「あなたがそう感じたなら、それが答えでしょう」
「あのタイミングであの男たちが襲ってくるのも変だなと思って。まるでオスカーがあそこにいるのを知ってたみたいじゃない。お忍びのはずなのに」
「そうですね…」カインは少し考えてから、「可能性はいくらかあります。貴族の誰かが知っていて、オスカーを狙ったけど敵わないのであなた一人でも道連れにしようとした。もしくは何らかの理由であなたがレスタントの人間だと知って、スパイだと疑われている。またはオスカーの自作自演だということも考えられます」
「自作自演?」
一葉は後ろを振り返る。
「自分を襲わせるふりをして、あなたがどう出るかを見ていたとか」
「…私をレスタントの超獣使いだと疑ってる?」
一葉は後ろに立つカインを振り返る。彼は相変わらず背中を向けていた。
「信用はされていないんじゃないですか。みちるとすぐ打ち解けたことといい、何かあるとは思っているでしょう」
「…私のそばには超獣はいない。さっきも一応、魔素がある人間だと思ってくれたかな?」
「五分五分でしょうね。一応、この世界の人間とは思ったかも」
「…だといいけど。ちょっと頭を整理させたかったんだ。ありがとう。もう戻って」
「はい。気を付けて」
背中からまた違和感を感じてすぐにそれは無くなった。
ベッドから移動して椅子に座って、一葉はレスタントのことを考える。
クラークと一緒にいたときは、こんな不安を感じることはなかった。今までどれだけ守られて甘やかされていたのか一葉は思い知らされた。
あの殺された3人の男たちはどうなったんだろう。一葉は彼らに思いをはせる。野ざらしになっているんだろうか。せめて埋葬されていればいいけど。
一葉は立ち上がり、侍女の服に着替える。
気分はだいぶよくなっているので、アーウィンとメリッサとみちるに心配させないように顔を見せなければと宿舎を出た。オスカーにも言い訳をしなければならない。
城の中へ入り、メリッサはこの時間だとどこにいるだろうと探しに行く。アーウィンの部屋へ行くと、誰もいなかった。
この時間だと一葉はみちるのもとへいる時間だ。
メリッサはそういえばどこへいるんだろう。一葉はとりあえずみちるの部屋へ行った。
「一葉、よかった。心配してたんだよ。もう起きて大丈夫なの?」
みちるの部屋へ入ると、コリンとみちるがカードをテーブルの上に広げて遊んでいた。シリウスは部屋の隅で寝そべっていたが、一葉が来ると立ち上がった。
<驚かせるな>
「うん、ごめん。私、魔法を使うとああなっちゃうんだ」
「一葉、魔法が使えるの?」
「えっと…」一葉はちらりとコリンを見てから「まあそんな感じ」と答えた。
一葉の視線を見てみちるは察したようで、「もう無茶しないで」とため息を吐いた。
「今何してるの?」
「この世界のカードを見て文字を覚えようと思って。数字がなんとなくわかるし、コリンも勉強になるでしょ」
「そうだね。ねえ、昨日の折り紙ある?」
一葉はみちるの隣に座る。
「あるよ」
みちるは戸棚から折り紙を取り出す。
「鉛筆もらえるかな」
「うん。何か描くの?」
一葉は折り紙と鉛筆を受け取り、日本語で文字を書いた。
----私はたぶんスパイだと思われてる。コリンの前では筆談で話そう。
みちるはうなずいて、折り紙をとって返事を書く。
「こういう記号みたいなの書いてみたけど、読める?」
「読めないよ。私も真似して書いてみよう」
----わかった。コリンは話せないけど、連絡方法はあるしね。
----私は魔法を使えない。同化してるカインが使えるから、彼の力を借りて一応魔法を使えるけど、私自身は魔法が使えないから、すごく体に負担がかかるの。それでさっきみたいにぶっ倒れる。
----了解。
「今日は私が倒れてから、すぐ帰ったの?」
「もちろん。アーウィンさんが運んでくれたんだよ」
----もしかしたら、ここにはもうあまりいられないかも。
----仕方ないよ。私なら、なんとかなると思う。シリウスもいるし。
----ごめん。私のためにみちるはここにいるのに。
----気にしないで。ここの生活も悪くないよ。学校に戻るまでのお休みだと思えば。
「そっか。お礼言わないとね」
「まだ会ってないの? じゃあ、早く会いに行ったほうがいいよ」
「そうする。じゃあ、私、行くね。またね、コリン」
コリンはカードから顔を上げて、こくりとうなずいた。
一葉はみちるの部屋を出て、もう一度アーウィンの部屋へ向かう。すると、メリッサが椅子に座ってぼんやりと窓を見ていた。
「ああ、あんた…」
「メリッサさん、ご迷惑をおかけしてすみません」
一葉は頭を下げる。メリッサは「まったくだよ」とため息を吐いた。
「あんたが来てから気の休まる暇もない。アーウィン様があんたを介抱してくれたんだから、ちゃんと礼を言っておきな」
「はい。アーウィンはどこに?」
「オスカー様のところだよ。といっても、あの方も城のどこにいるかまではあたしも知らないけどね」
「じゃ、探してみます。でも、アーウィンとオスカーっていつも一緒なんですね」
「オスカー様が信頼できるのは、アーウィン様だけだからさ」
「…どうしてですか?」
「オスカー様は過去にいろいろあったんだよ。…そのうちわかるだろうさ。ところで、動いてもう平気なのかい?」
「大丈夫です」
一葉はアーウィンの部屋を離れて、一葉は階段を上って以前、内通者を殺したオスカーの部屋へ行くことにした。気は進まなかったが、仕方ない。しかしそれは杞憂に終わった。
「あれ、一葉」
「もう起きて大丈夫なの?」
ちょうどオスカーとアーウィンが階段から下りてくるところだった。
「さっき起きたの。ごめんなさい、迷惑かけて。アーウィン、私を運んでくれてありがとう」
一葉は無意識に頭をさげ、すぐに自分の失態に気づいた。これは日本人独特の謝罪だ。気づかれなければいいけど。
「いいんだよ。でも一葉が魔法を使えるとは」
「そうだね。聞いてなかったから驚いだよ。それに急に倒れるし」
気づかれていないだろうか。一葉は内心ひやりとしながら話を続ける。
「私も魔法はあれしか使えないの。そんなに魔素が強いわけじゃないから。ちょっと慣れない環境に来て、疲れたのかも」
一葉は申し訳なさそうに頬をかいた。
「動けるようになったならいいけど。まあ今日はちょっといろいろあったからね」
「あの人たちって、結局何者なの?」
一葉が気になっていることを聞くと、オスカーはアーウィンと顔を見合わせて「おそらく、あの山を通るものを狙った山賊だろうと思うよ」と答えた。
嘘だ。一葉直感でそう思った。何か隠している。でもそれを聞き出すような会話のとっかかりがうまく思いつかなかった。
「そうなんだ。怖いね」
「本当に。悪かったね、あんなところへ付き合わせて」
「いいよ。無事だったし。…あの人たちは、埋葬してもらえるのかな」
オスカーは目を見開いた。そして笑う。
「そんなつもりはなかったけど、一葉が気にするなら埋葬屋に連絡しておこう。どうせ魔物が死体を食べるとは思うけどね」
「そう。ありがとう。…じゃ、私メリッサさんのところへ戻るね」
「一葉」
階段を降りようとした一葉をアーウィンが呼び止める。一葉の肩を軽くたたいた。
「無茶はしなくていいからね。仕事にも環境にも、ゆっくり慣れて」
「…うん。ありがとう」
一葉は笑って答えた。そして二人に背を向けて階段を降りて行った。一葉の姿が全く見えなくなってから、オスカーがふっと笑う。
「ふーん…。魔素があるってことは、やはりこっち側の人間か」
「オスカー様。あまり彼女を試すようなことは」
「わかってるよ。おまえのお気に入りだからね。でも、あんまりまっすぐだからなんかいじめたくなるんだよ」
「オスカー様」
「はは、冗談だって。おまえを怒らせるつもりはないよ。さて、今日は誰と一緒に寝ようかなあ」
微笑むオスカーに、アーウィンは小さく息を吐いた。




