召喚獣狩り
「でも王様って、もっとお付きの人とかいっぱいで出かけるんじゃないの?」
隣を馬で駆けるオスカーを見て一葉は聞く。
「オスカー様は公式の場以外では、大人数で歩かれるのを好ましく思われないんだ。何かあれば私がお守りするよ。それにオスカー様も召喚士だからね」
「そうなの?」
後ろにいるアーウィンに一葉は振り返る。
「そうだよ。だから、そんなに簡単に魔物にやられたりしないから心配しないで」
「そっか。アーウィンも強いもんね」
あの大きな蛇を召喚したことを思い出す。あんなものが召喚できるのだから、アーウィンは強いのだろう。
山道を馬で駆けてどんどん進んでいくと、さっぱり道がわからなくなった。そこへ、ごろごろと犬ほどの大きさの芋虫が転がってきた。
「きゃあ、何!?」
みちるは悲鳴を上げた。
「うわ、アーウィン、何あれ…」
「キャタピラーだね。すぐ済むから、このまま待っていて」
アーウィンは一葉の返事も聞かず馬を降りて剣を柄から抜いた。
「はは、アーウィンかっこいいな。私も混ぜてくれるかな」
オスカーもみちるの乗る馬からさっと降りた。
「ふ、二人とも」
「たぶん大丈夫だよ。ほかにもいないか周りを見て」
「あ、そ、そうね。シリウス…」
みちるが後を追って来ていたシリウスを振り返ると、彼はオスカーたちより素早く芋虫に突進して噛みついた。芋虫が奇声をあげる。
「先を越されたな」
「私にも一撃を」
シリウスが芋虫の身体を一部食いちぎったところで、オスカーが畳みかけるように剣で芋虫を切り刻んだ。芋虫のひゅうひゅうという微かな息遣いが響く。
「オスカー様。その芋虫、私にくださいませんか?」
「こんなもの、召喚獣にするのか? ま、いいけど…」オスカーは剣を振るって汚れを落とす。「趣味が悪いな」
「ありがとうございます」
アーウィンはさらに芋虫の身体を小さく切って、剣を柄に収めた。そしてこちらを呆然と見ているみちると一葉を振り返る。
「一葉、これが召喚獣を服従させる方法だ。息の根を止める寸前まで痛めつけて、服従を身体に覚えこませる。そして」
アーウィンは自分の指先を懐からナイフを取り出して切った。血が数滴、キャラピラーに滴る。
「我はこのときより汝を支配する。いつ如何なる時も、我の呼び声に応えよ」
キャラピラーは弱弱しい声を発した。すると、体中の傷が癒えていく。芋虫は起き上がり、アーウィンにすり寄るようにのそのそと身体を動かした。
「ありがとう。もう行っていいよ」
アーウィンがそう言うと、芋虫はもぞもぞと去って行った。
「今のが召喚獣になる呪文なの?」
馬から下りて一葉はアーウィンに駆け寄る。下に緑色の芋虫の血が飛び散っているところは踏まないように気を付けながら。
「そう。今のは相手が契約を受け入れたという証なんだ。拒否されたら、相手は死ぬしかない。あの致命傷だからね。たいていの魔物は受け入れるよ」
「すごい…」
「アーウィンさん、すごいですねえ」
みちるも感激の声をあげた。
「アーウィンばっかり褒められてずるいなあ」
オスカーが面白くなさそうに言う。
「次は私が捕まえるからね」
「あの、できればかわいいものがいいです」
みちるが遠慮がちに言った。
すごい、と一葉は言ったが本当はなんで残酷な契約だろうと胸の内で思った。命と引き換えに、絶対服従を誓うなんて。召喚士はドSじゃないと務まらないなと一葉はうなずいた。
「一葉、どうしたの?」
黙り込んだ一葉にアーウィンが声をかける。
「あ、ううん。なんでも…。私も次はかわいいものを召喚獣にしてほしいな」
「女性は好みが難しいな」
アーウィンは笑った。
それから山の中をかわいい魔物を探して馬で歩いた。しかし大きなカエルや人面樹など、あまりかわいいと呼べるものではなく、シリウスにかみつかれ、オスカーとアーウィンに一刀両断にされたのだった。
「ねえ、何か聞こえない?」
「何?」
みちるに言われて一葉は周りをきょろきょろと見回す。
「水みたいな音」
「水? そういえば…川が近くにあるのかな?」
「そんな感じだね。行ってみよう。あっちのほうかな」
オスカーに言われて馬を音のするほうへ向かわせると、小さな小川があった。
「ここで休憩にしようか」
「はい。かしこまりました」
みんなで馬を降りて小川の近くにアーウィン道具袋から出した麻のシートを敷く。
まるでピクニックみたいだなあと思いながら、みちると一葉はシートの上に座る。道具袋からチキンやビスケットやサラダ、水筒に入ったお茶を取り出した。
「わあ、アーウィンこんなに用意してくれたんだ」
「用意したのは料理人だよ。私は持ってきただけ」
アーウィンが並べた軽食をみんなで味わう。オスカーがふと思い出したように聞いた。
「一葉もみちるが異世界から来た人間だと言うことは聞いてるんだよね」
「うん。そうだけど」
チキンをかじりながら一葉が言う。
「信じたの? 初対面の人間なのに」
「うん。だって、シリウスを見たから」
一葉はなんでもないことのように言う。
「みちるの言うこと聞くし、狼が魔法を使えるなんて普通じゃないし」
「みちるはそんなものまで一葉に見せたのか。警戒心がなさすぎるね」
オスカーが呆れながらビスケットを食べる。
「あはは…。その、私と似たような顔立ちだったし」
「異世界の人間は東方の人間と顔立ちが似ているのかな?」
アーウィンがみちると一葉を見比べる。
「たまたまだと思います。私の世界にも国や民族の違いによって顔立ちは違うから」
「東方って、海をずっと遠く超えたところにあるんでしょ?」
一葉は水筒のお茶を飲みながら尋ねる。
「そうだね。船で何十日もかかるところにある。だから行き来は珍しい。一葉の両親はよく国を捨ててこちらへ来たね」
「うん。好奇心旺盛だったんだよ」
「一葉を見ているとそう思うね」
アーウィンは屈託なく笑って言った。
「なんだか褒められてる気がしないなあ…」
「しっ」
オスカーが人差し指を口にあてた。
「何…?」
「誰か来る。一人…二人、三人」
「二人とも、気づないふりをしてここを片付けて、馬に乗って」
アーウィンに言われ、みちると一葉は道具袋へ食べ終えたものを片付ける。ちらりと周りを見ても、木ばかりで人の影などわからなかった。
「オスカー様」
「わかっている。私は右。アーウィンは左へ」
二人は二手に分かれて木の影へ走り出した。シリウスが周りを見てぐるぐると唸る。
「シリウス、私は構わないでみちるを守って」
一葉は小声でシリウスに言う。
<しかし…>
「大丈夫。私はなんとかなるし、シリウスはみちるを守るためにいるんだから」
<…承知した>
木の影から身軽な格好の男が飛び出してきた。みちるに襲い掛かろうとしたとき、シリウスが吠えて風を放って男の右手を切り落とした。
「うあああああああ!」
男は腕を押えて悲鳴をあげる。地面の上でのたうち回っている。
「大丈夫?」
オスカーが戻ってきてみちるに声をかけた。
「大丈夫です、シリウスが守ってくれたから…」
みちるはこわばった表情で答える。
「オスカー、ほかにもいるの?」
一葉は緊張した面持ちで聞く。
「一人はとどめを刺した。アーウィンは…」
その時、茂みからアーウィンとさきほどの男と同じく軽装の男が剣を討ちあいながら飛び出してきた。
「アーウィン!」
「心配無用」
オスカーがへらりと笑った。彼が言った通り、アーウィンは男の剣戟をすべて払落し、男と距離をとった。
「あなたは何物です? 誰の命令でここへ?」
男は答えない。アーウィンはため息を吐いて剣を握り直した。
「!」
アーウィンは男の懐へ飛び込んで喉を切った。血が飛び散る。一葉とみちるは目をそらした。男は地面に倒れた。即死だったようだ。
「さすがアーウィン。余裕だねえ」
オスカーは拍手をする。
「ご謙遜を。オスカー様こそ、さすがです。しかし、もう一人いたのでは…」
アーウィンは周りを見渡す。オスカーはうーん、と首をひねった。
「逃げちゃったのかな。私たちの強さを見て」
「…どうでしょうか」
「この人は、どうするの? 助けてあげないと…」
腕を押えたままうめいている男を一葉は見る。
「そうだね」
アーウィンはそういうと、男に駆け寄って「どうしますか」とオスカーに聞いた。
「やれ」
「はい」
アーウィンはためらうことなくどす、と男の首に剣を落とした。みちるは一葉にしがみついて目をそらす。
「まだ、生きてたのに…」
一葉はみちるを抱きながら、震える声で言った。
「命を狙ってきたものを生かすのかい?」
「だ、だって…捕まえて情報を聞くとか…」
「甘いね。これは正当防衛だよ。こちらが生きるために相手を殺す。当然の権利だ」
「…そんなはずない。生きている人間の権利を奪う権利は、誰にもないはずだ」
「神以外はね」
オスカーは不敵に笑った。彼は剣をふるって血をふき取り、鞘にいれた。
「さあ、もう行こう。まだ召喚獣をさっぱり手に入れていないよ」
「はい」
アーウィンはうなずいて道具袋へシートや持ってきたものを入れる。みちるはまだ震えていた。一葉も自分の手が震えているのに気づいた。
「…行こう、みちる」
「うん…」
シリウスが先に歩き出す。
二人で並んで歩き出すと、かさ、と何かが動くような音が上から聞こえた。はっとして見上げた瞬間、木の上から男が一葉に向って飛び掛かってきたように見えた。
「ウィンド・ブレード!」
一葉が叫んだのと、アーウィンが男を切り払ったのはほぼ同時だった。さらにシリウスが男にかみついて風で切り裂いた。
「へえ…一葉、魔法が使えるんだ」
オスカーが感心したように言った。
「わ、私は…」
まずい、と一葉は思った。今呪文を唱えたのはカインだ。一葉を守るためにとっさに唱えたのだろう。すると当然、魔法を使えない一葉にひどい負荷がかかることになる。どうしよう、もう立っていられない…。
ぐら、と一葉がよろめくのをアーウィンが支えた。
「一葉、大丈夫?」
みちるの心配する声が聞こえた。
あんまり大丈夫じゃないかも…。一葉は応えようとして、意識が朦朧として闇に沈んでいくのを感じた。




