青い花の髪飾り
その日のアーウィンとのお茶会はとても参加する気にならず、一葉は宮殿から見える庭園の仕事を手伝って日暮れまで過ごした。
侍女を大量に雇っているだけあって、あちこちで侍女を見かける。完全に分業制になっているのも、人数が多いゆえだろう。
おしゃべりに興じる侍女たちを横目に、一葉は暗くなると宿舎へ戻ってメリッサと食事を終えて、風呂に入った。
翌日、朝食をとってからアーウィンの部屋を掃除をしていると、アーウィンがやってきた。
「おはよう、メリッサ、一葉」
「おはようございます」
「おはよう…」
一葉はなんとなくアーウィンから顔をそらした。
「嫌われてしまったかな」
アーウィンが苦い笑いを浮かべる。
「…そんなことはないけど」
一葉は下を向いたまま否定する。
「だったら、これから街に出るけど一緒に来てくれるかな」
「…うん。行く」
一葉はややあってからうなずいた。
「よかった。実は馬車を用意していたから、断られたらどうしようかと思っていたんだよ。行こうか」
「うん。…メリッサさんは」
「あたしは行かないよ。いってらっしゃいませ。お気をつけて」
メリッサが頭を下げた。
アーウィンについて宮殿の門へ向う。その間も一葉はずっと無言でアーウィンの後ろを歩いていた。
門の前で二頭の馬がつながれて御者がアーウィンたちを待っていた。
「待たせたね」
「とんでもない。さあ、お乗りください」
「一葉」
アーウィンは手を差し出す。一葉はおそるおそる彼の手に手を乗せて馬車に乗った。
「行ってくれ」
「はい」
アーウィンに言われて、馬車は宮殿を出発する。
一葉はアーウィンと二人の馬車の沈黙に耐えられず、「あの…」と口を開いた。
「何?」
「…昨日のことだけど」
「聞きたいだろうとは思ってたよ。…人が殺されるのを見るのは、初めて?」
一葉はうなずいた。そして「アーウィンはいつもああしているの?」と少し震えた声で聞く。
「仕事だからね。オスカー様の命令なら、誰でも殺すよ」
「………。私は、アーウィンに人を殺してほしくない」
「必要がなければ殺さないよ」
すぐにそう返したアーウィンに、一葉は俯く。
そして顔を上げると、手を伸ばしてアーウィンの手をとった。
「オスカー様の命令でも、アーウィンが人を殺すのは私は嫌。誰かを殺すのが仕事だなんて思わないで。誰かを守るために力を使って」
アーウィンはじっと一葉をみつめる。そして、ふ、と息を吐いた。
「私の仕事はオスカー様を守ることだよ。でも…そうだね。一葉の言うとおり、誰かを守るために力を使うことが正しいんだろう」
「お願い、みちるのことも守って」
「みちる? …そうか。友達だったね。約束しよう」
「ありがとう」
一葉はほっとして、アーウィンの手を離す。そして馬車の窓から外の景色を見る。
「きれいな街だね。でも、レスタントとはちょっと雰囲気が違う」
「そうかもね。あちらより南だから、気候もあたたかいし、とれる作物も違うんだ。建物のつくりも違うだろう」
「うん。こっちのほうがなんていうか…似てるんだけど、やわらかい造りといえばいいのかな。えーと、うまく言えなくてごめんなさい」
一葉は自分の語彙力のなさを痛感する。
「はは、そうか。やわらかい造りか。あちらは堅苦しい雰囲気だけど、こちらと比べればそうかもしれないね」
「やっぱり、宮殿の近くは貴族が住んでるの?」
「そういうものだよ。そこから平民、貧民へと宮殿から離れるほどそうなるね」
「そっか…」
レスタントにある身分の壁。ラスティはそれを壊したいと言っていた。彼にならば、できるのだろうか。
「オスカー様はお優しい方だ」
不意にアーウィンが言ったことに、一葉ははっとして彼を見る。
「どんな身分のものもそれぞれにあった暮らしの中で幸せに暮らせるようにとお考えなんだ。だから、昨日のような件は本当に例外なんだよ。オスカー様を嫌わないでほしい」
「あ…。うん。わかった」
一葉はとりあえずうなずいた。責任の立場にある者ほど、誰かに命じて敵を排除することは多くなるのだろう。
一葉はラスティにはそうなってほしくないと思い、クラークも命令があればそうするのだろうかと考えた。できるだけしてほしくない、と一葉は思った。
御者は本屋の前で停まり、二人は馬車を下りた。御者を待たせて二人は本屋に入った。
「うわ、本がいっぱい」
一葉は当然のことを言うので、アーウィンは肩を揺らして笑った。
「それはそうだよ、本屋さんだもの」
「あ、だよね。辞書を買いに来たんでしょ」
「一葉も、欲しい本があったら買っていいよ」
「え…でも私、お金あんまり持ってないし」
「それくらい、私に贈らせてほしいな。どんな本がいいの?」
「いいの? じゃあね…」
一葉は本屋で散々迷って、子供向けの物語を1冊買ってもらった。アーウィンは自分用の辞書を買う。
「それって、国語辞典?」
「そうだよ。年々新しくなるからね。でも、そんな子供向けのものでいいの?」
「えっと…実は私、あんまり小学にかよってなかったから、字を読むの得意じゃないの」
「レスタントは義務教育だろう?」
「そうなんだけど。私、学校があんまり好きじゃなくて。お店の手伝いするほうが好きだったから」
なんとかごまかせただろうかと思いながら一葉がアーウィンを見上げると、アーウィンは「なるほどね」と言った。
二人は本屋を御者に本を渡す。アーウィンは彼にもう帰っていいと告げて、一葉と二人で歩き出した。
「コルディアは義務教育じゃないの? みちるのお付きのコリンは字が読めないって」
「ここは学校へ通うのは自由なんだ。親の手伝いをするのも自由。ただし、何もさせないのはだめなんだ。コリンは幼いころから声が出ない病気で、親が城へ下働きとして奉公させている子なんだ。周りが大人のほうが理解してるだろうという配慮だよ」
「…そっか。小さい子って、そういうのいじめとかあるもんね」
一葉は小学校の頃のことを思い出した。子供はとかく自分と違うものに敏感だ。
「そのうち、字も読めるようになったほうが彼のためだろうね。…みちるは異世界の人間だそうだけど、文字は読めるのかな」
「みちるは字は読めないって言ってた。異世界の文字と違うんだって。私、そのうち教えてあげようと思って」
「それはいいことだね」
アーウィンは微笑んだ。
「でも時間があるときね。アーウィンも時間があるとき、私に字を教えて」
「いいよ。次は、雑貨屋へ行こうか」
「どこにあるの?」
少し歩いたところでアーウィンは店に入った。
「ここだよ」
「わあ、かわいいものがいっぱいだね」
一葉は店の中へ入ってポプリやぬいぐるみを見る。
「アーウィンがこういうところ来るなんて、意外」
「そうかな。メリッサが腰を悪くしているから、彼女に何か気を紛らわせるものでも買って行こうかと思って。見立ててくれるかな」
「いいね。でもメリッサって、アーウィンのおかあさんみたいだよね」
「ははは。確かにそういうところはあるかもね」
アーウィンは笑って一葉と店の中を回る。散々迷って、ポプリとドライフラワーのリースを買った。
「いい香りがすると気分もあがるんだよ」
「女性は目線が違うね」
アーウィンは感心したようにうなずいた。
店の外へ出ると、少し買い食いしようとアーウィンが屋台のほうへ足を向けた。
「なんか、初めて会った日を思い出すね」
「そういえばそうだね。あのとき、一葉と会っていきなり泣き出された」
「うわ、恥ずかしい。もう、アーウィンには恥ずかしいところばっかり見られてるなあ」
屋台で串焼きを食べながら一葉は苦笑いを浮かべる。
「とても印象に残ってるよ。…そういえば、あの角の生えた犬はどうしたの?」
「あ、いぬくん? あれは…実は、私のじゃないんだ。ちょっと預かってただけ」
「そうなんだ」
アーウィンはそれ以上何も言わなかった。
一葉はほっとして、牛の串焼きを食べ終えた。いろいろ細かい嘘をつくのは辛い。それでもここにいるためには必要なことだ。
その後も屋台をまわってフルーツや焼き菓子を食べて回った。
「そろそろ帰ろうか」
お茶の時間が近くなったころに、アーウィンが言った。
「うん。…私、今日全然仕事してないけど…」
「私の買い物につきあってくれたじゃないか。それが仕事だよ」
「え…あ、うん。ありがとう」
アーウィンは馬車乗り場へ行って、一葉と二人で馬車に乗った。
道中で「メリッサには内緒だけど」と一葉にいつ買ったのか、拳ほどある包みをくれた。
「何?」
「開けてみて」
一葉が包みを開けると、中には青い花の髪飾りが入っていた。
「きれい…」
「あげるよ。一葉には青い色が似あうと思って」
「…ありがとう」
一葉は結い上げた髪の上に髪飾りをつけてアーウィンに見せる。
「どうかな?」
「似合うよ。つけてくれると嬉しいな」
「そうする。大事にするね」
一葉は嬉しかった。嬉しかったのに、何故か不意にクラークには「一葉には赤が似合う」と言われたことを思い出していた。




