ニワトリ娘の逆襲
翌朝、一葉は侍女服に着替えて髪を結い、朝食をとる。メリッサに言われてアーウィンの部屋のテーブルクロスやシーツ類を交換する。
「この時間、アーウィンて何してるんですか?」
部屋にいないアーウィンが気になって、一葉は椅子に座って一葉を見張っているメリッサに聞く。
「まあ、日によっていろいろだよ。オスカー様が会議の時は一緒だし、オスカー様がお出かけの時も一緒だ。書類の確認なんかで部屋にいることもあるしね。…アーウィン様だよ」
「そうでした。いつもオスカー…様と一緒なんですね」
「幼いころからあのお二方はそうなんだよ。さ、次は家具を拭いて」
「昨日も拭いたのに、また拭くんですか?」
「当然だよ。毎日磨くんだ」
「はーい」
午前中の仕事はそれで終わり、侍女の宿舎で昼食をメリッサととる。そこにはエレイン達3人もいた。一緒のテーブルに集まって話を始めた。
「一葉、よかった」
「アーウィン様のところはどう?」
「私たちもなんとか侍女になれたわ」
3人は元気そうに声をかけてくる。同じ侍女服を着ていた。
「うん。メリッサさんに仕事教えてもらってなんとか。アーウィンはやさしいよ」
「いいわねえ。こっちは先輩が厳しくて…」
「ほら、みんなオスカー様の側室候補で来た人たちでしょ?」
「隙あらばのし上がろうって人たちばっかりで、きついのなんのって…」
「そりゃあ、あんたたちも人のこと言えないだろうよ」
メリッサは豪快に笑った。
「仕事を覚えるまではおとなしくしてるといいさ。オスカー様の目に留まるかは、それからだね。頑張りな」
メリッサにそう言われて、3人は仕方なくうなずいた。アーウィンに拾われたのは運がよかったのかな…と一葉は思いながら、肉と野菜のスープを食べた。
午後からは掃除機をかけた。部屋だけでなく、長い廊下もだ。腰が痛いといいながら、メリッサは細かく一葉の仕事をチェックした。
「ふむ。まあ及第点だね。調度品は壊さないように拭くんだよ」
「はい」
なんとか一葉がやり終えたころ、「そろそろお茶の時間だ」とメリッサが言った。
「台所はわかるね。取りに行っておいで。あたしは待ってるから」
「はーい」
一葉はトレイを持って台所へ行く。料理人たちは一葉にはかまわず、準備をしている。
ほかに二人の一葉より年上の侍女が何か話していた。
一葉に気づいてじっとこっちを見る。台所のキッチン台の上には、スコーンが用意されていた。
「…あなた、アーウィン様の新しいおつき?」
「そうだけど」
「…みすぼらしい娘ね。どうやって取り入ったの?」
「どうやってって…」
「いやだ、鶏の真似したんでしょう? 恥も外聞もないわね」
侍女二人は小ばかにして笑う。一葉は無言で紅茶の用意をする。
「鳴いてみなさいよ、鶏の声で」
「そうそう。まるで道化師ね。アーウィン様も哀れんで侍女にしたんでしょうね」
一葉が無視してお湯を紅茶のポットに注ぐと、「ちょっと!」と侍女の一人が一葉の腕をつかむ。
「…何?」
一葉は露骨に面倒くさそうに侍女を見る。
「新入りが無視していいと思ってるの?」
「生意気ね!」
「別にあなたたちの相手をするために侍女になったわけじゃない」
「…!」
侍女たちの顔色が変わった。そして、キッチン台の上のマフィンを床に投げ捨てた。
「ちょっ…!」
「あら、ごめんなさい。手が滑ったわ」
「鶏は床にはいつくばって拾いなさいよ」
「………」
嘲るように笑う侍女二人を、一葉はにらみつけた。
「…で、代わりにこれを持ってきたわけか」
アーウィンはくすくす笑いながら、一葉が持ってきたクレープを食べる。バナナと生クリームをトッピングしているものだ。チョコクリームはなかったので、乗せられなかった。
「マフィンを作る時間がなかったから、台所ちょっと借りて簡単に作れるものをと思って」
「へえ、クレープねえ。初めて食べるよ、こんなもの」
メリッサが物珍しそうにクレープを食べる。
「ガレットに似ているね」
「ああ、そうかも」
この国にはクレープはなかったんだな…と一葉は一応インプットしておく。レスタントにもないんだろうか。だとしたら。
「ガレットからヒントをもらって作ってみたの。そば粉じゃなくて小麦粉でね。名前は適当…。おいしいかな?」
「おいしいよ。一葉は料理の才能もあるみたいだね」
「しかし、鶏の真似してほかの侍女を蹴り飛ばすなんて、やっちゃいけないよ。アーウィン様の恥になるからね」
「はあ…。すみません」
一葉はクレープをもぐもぐ食べる。
「ははは。一葉がいると面白いことが起きるね。まったく、飽きないよ」
「褒められてるんじゃないよ。呆れられてるんだよ」
メリッサが一葉に釘をさした。
「だって、鶏鶏いうから、リクエストに応えようかと」
「挑発に乗ってどうするんだい。あんたは冷静さを覚えるべきだね」
メリッサはクレープを平らげて紅茶を飲んだ。
「はあ、そうします」
「マフィンを落とされたから怒ったんだろう? 仕方ないよ。まあ、彼女たちにはそういうことはしないように言っておくから」
アーウィンもクレープを食べ終えてお茶を飲んだ。
「そうしてくれると嬉しいけど。アーウィンの侍女ってそんなみんななりたがるの?」
「オスカー様はあのとおり、気が多いし側室を何人もお持ちだろう。それよりもアーウィン様に取り入ってあわよくば…というのが若い娘の考えなのさ。アーウィン様はこのとおり、見目も麗しくておやさしいからね」
自分の息子のように自慢するな…と一葉はメリッサの話を聞きながら思った。
「持ち上げすぎだよ、メリッサ。一葉には嫌な思いをさせたね」
「別にいいよ。これも仕事のうちだし」
「有名税だと思っておきな」
メリッサがお茶を飲み終えて、「そろそろ仕事だよ」と言った。
「では、私も行くかな。一葉、また嫌な思いをしたら私かメリッサに言うんだよ」
「あ…うん。ありがとう」
アーウィンは微笑んで部屋を出て行った。
「あんた、ずいぶんアーウィン様に気に入られたんだね」
「私が? そうかなあ?」
わからないならいいよ、とメリッサは食器をワゴンに乗せる。
「さあ、もとに戻してきな」
「はーい」
台所へ食器を片付け、部屋へ戻ってアーウィンの部屋の埃を払い、夕方になるとメリッサは「会いたいなら行っておいで」とみちるの部屋へ行かせてくれた。
「みちる、いる?」
一葉がドアをノックすると、「一葉? どうぞ」とみちるの声がした。中へ入ると、みちるがテーブルの上に突っ伏していた。コリンが部屋の片隅で本を読んでいた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「うん…。あのね、今日は側室の方々とお茶会したの。それがもう疲れて…」
みちるは顔をあげて、一葉に今日の出来事を話す。侍女が来てあれこれ着る服を世話してくれて、コリンとシリウスを連れて庭園で始まったオスカーを含めたお茶会で個人的なことを聞かれて、ごまかすのに必死だったことと。
オスカーは一切助け舟を出さず、知らん顔だったという。
異世界の人間なんて言ったらどうなるかわからないので、微笑んで「とりたてて申し上げることでは…」と繰り返してやり過ごしたらしい。
「異世界の人間て言っちゃだめなの?」
「オスカー様がそれは隠しておけって。どうしても目立つでしょう。何かあるといけないからって」
「あ、コリンも知らないんだっけ?」
部屋の隅にいたコリンはふるふると首を振った。
「コリンはいいって。話ができないし、事情を知っている人間が一人はいたほうがいいって」
「そういえば、コリンて学校には行ってないの? レスタントだと、このくらいの子は学校行ってたんだよね」
コリンはふるふると首を振る。
「ああ、そっか。えっと…文字は書ける?」
一葉は部屋の隅にあった鉛筆と紙を彼に差し出した。コリンはそれを受け取って、ふるふると首を横に振った。本を一葉に向って開いてみせる。それは絵ばかりの本だった。
「あー…そっか。この国では学校に通うのは義務じゃないのかな?」
コリンはうなずいた。
「そっか。文字が読めれば便利だったんだけど」
「え、何、一葉この国の文字読めるの?」
みちるが意外そうに言う。
「ああ、こっち来てから教えてもらった。…そういえば、この部屋って本があるね。借りていってもいい?」
「いいよ。どうせ私、読めないし。そうだ、一葉、時間あるとき字を教えてよ」
「おっけー。といっても、私も習いたてだからそんなに書けるわけじゃないけどね。私も教えてもらいたいくらい」
「わかる範囲でいいよ」
それから一葉はさっきの出来事を話し、みちるとコリンを驚かせたのだった。
シリウスは大きなあくびをした。




