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【3章開始】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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アーウィンのお茶会

「…で、次はアーウィン様のシーツを交換だよ。交換したものは洗濯室へ持っていくんだ」

「はい。わかりました」

 一葉はメモをとり、言われるままにシーツを交換して洗濯室へ持っていった。ここでは洗濯機があり、自動で洗ってくれる。一葉の世界にある洗濯機とは形が違うが、洗剤を入れて自動的に洗ってくれるのだからものは一緒だ。ここでは水の精霊の力を借りるらしい。

「じゃあ、洗ってる間に次はお茶の用意だよ。アーウィン様はきっかり3時に紅茶を飲まれるからね」

「わかりました」

 城の台所へ行き、用意してもらっているお茶菓子をもらい、紅茶は入れ方をメリッサに教えてもらった。ティーバッグのお茶と違い、家で茶葉で入れるのは滅多になかったな…と思いながら一葉は紅茶をワゴンで運ぶ。紅茶のカップは何故か三人分用意されていた。お客さんでもいるのだろうか。

「あんた、時計は持ってる?」

「あ、持ってないですけど…」

 スマホがある、とは言わないほうがいいだろう。一葉は苦笑いを浮かべる。

「仕方ないね。これを貸してやるから」

 メリッサが懐中時計を一葉の首に下げてくれた。

「いいんですか?」

「かまわないよ。どうせあたしは腰が痛くて動けないからね。あんたに早く使い物になってもらわないと」

「…ありがとうございます」

 みちるの無事を確認したらいなくなるけど、と思いながら一葉は礼を言った。

「アーウィン様はいつもこの時間にはお部屋に戻られているからね」

「はい。…失礼します」

 一葉がドアをノックすると、「どうぞ」と声がして中へ入るとアーウィンが椅子に座っていた。一葉たちが来るのを待っていたようだ。

「やあ、一葉。紅茶をいれてくれたんだね。ありがとう」

「いえ…」

「メリッサも一葉にいろいろおしえてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「じゃあ、お茶にしようか」

「はい。あんた、用意しなさい」

「あ、はい」

 よくわからないまま、一葉は三人分のティーカップを用意してテーブルの上に並べた。紅茶を注ぐと、「早く座りなさい」とメリッサに言われる。

「え、私も?」

「もちろんだよ。これは私たちが一緒に飲む分だ」

 アーウィンが微笑んだ。

「だから三人分あるんじゃないか。ほら、早く」

「あ、はい。…お客さんの分だと思ってたので」

 一葉は空いている椅子に座った。侍女が一緒にお茶を飲むなんて、レスタントでは考えられない光景だな、と思った。

「こんなの、アーウィン様だけだよ。ほかの貴族はしないからね。他人に言うんじゃないよ」

 メリッサに念を押され、「ですよね…」と一葉はうなずいてお茶を飲んだ。アーウィンも紅茶を一口飲む。

「うん。おいしいよ」

「本当? よかった」

 一葉がほっとすると、「本当ですか、よかったです、だろ」とメリッサににらまれた。

「あ、そうですね」

「いや、かまわないよ。三人でいるときは。一葉と初めて会った時も、そんな感じだったしね」

「アーウィン様!」

「いいから。一葉には世話になったから、特別だよ」

「…アーウィン様がそうおっしゃるなら」

 メリッサは仕方なく、というふうに受け入れた。

「アーウィン様はおいしいと言われたけど、まだまだだね。私にはかなわないよ」

「はあ…。精進します」

 一葉は愛想笑いを浮かべた。

「年季が違うからね。…一葉は、レスタントにいたのにどうしてここへ?」

 聞かれるであろうと思った質問だ。アーウィンの表情は穏やかだが、こっちは内心冷や汗ものだ。

 一葉は紅茶を飲んでから、「実は」と話を始める。

「私、東方の出身で。おかあさんとおとうさんと一緒に船でこっちへ来たの。もう両親はなくなったんだけどね。東方の商品を扱うお店で働いてたの。そこだと私みたいな外見の人がいるからね。ただの店員だけどよくしてもらってたよ」

「スペンサー将軍たちとはどこで知り合ったの?」

 アーウィンがクッキーをつまみながら聞く。

「クラークたちね。お店によく来たんだよ。試食とかさせてたら名前覚えて、話すようになって」

「ずいぶん親しそうだったけど」

「最初は将軍ていうの知らなかったの。お金持ちだろうとは思ってたけどね。私、この調子で人と話すから向こうもあんまり気にしてなかったみたい」

「どうして東方の出身だって言わなかったの?」

「あの…あんまり東方の出身て、その国の出身の人たちとは扱いが違うというか」

 アーウィンとメリッサは顔を見合わせた。ビンゴだ。やはり人種差別的なことは多くないかもしれないがあるらしい。当然のことだと思った。一葉の世界でも異世界でもそれは変わらないのだ。クラークたちが普通に接してくれるのも、やはり一葉が超獣使いであることが大きいのだろう。

「…そうなんだ。でもどうしてコルディアへ?」

「実は、お世話になったお店の主人が亡くなって、代替わりしたんだ。それで、続けるかどうしようか迷ったんだけど、どうせならもっといろんな場所を見て見たいと思って、レスタントと正反対の国へ来たんだよ」

 一葉は若干緊張しながらも、作り話をすらすらと言ってのけた。

「そうか。今は休戦協定中だから、人の行き来ができるからね。いいときに来たね」

「うん。アーウィンとも会えたしね」

 一葉は笑って紅茶を飲んだ。うまく誤魔化せただろうか、と心拍数が跳ね上がっているのが自分でもわかった。

 東方の商品を扱う店は多くないが、貴族の店ばかりではないと聞いている。あそこはクラークが行きやすい場所だから行ったはずだ。万一店の情報がわかったとしても、東方屋とは言っていない。貴族の店に一葉のような娘がやとわれるはずもないが、店はいくつかあるだろうしごまかしようもある。一葉はどぎまぎしながらクッキーを食べる。

「あんたも物好きだねえ、わざわざ敵国に来るなんて」

「知らないものを知りたかったから」

「まあ、いいさ。あたしは腰が悪いんだから、これからもいろいろ覚えてもらうよ」

「そういえば、どこからコルディアに来たの? 遠かっただろう」

 アーウィンがふと思いつたように聞く。

 一葉はえーっと、と考えるふりをして答える。

「馬車に荷物と一緒に乗せてもらったんだよ。ヘイワード街道って言うところを通ってここまで来た」

「ああ、あそこなら王都まで最短の距離だしね。なるほど」

 アーウィンがうなずいて紅茶を飲む。一葉は大きく息を吐きたいのを我慢した。クラークに地理を聞いておいてよかった…と心の底からほっとした。いくつかコルディア王都へ行く道はあったが、そこが一番コルディアとの往来が多いと言っていたのをなんとかひねり出したのだった。

 それからぼろが出ないようにいくつかのアーウィンからの質問に答え、「そろそろ洗濯が終わるころだよ」とメリッサに言われてお茶会は終了した。

「ごちそうさま。アーウィン、あの…」

「ん? 何?」

 一葉は恥ずかしそうに顔を赤くしてから「わ、私の鶏の真似は、お願いだから忘れて…」ぼそぼそと言った。

 アーウィンはぽかんと口を開けてから「はははは! 無理だよ、あれは。とても忘れられそうにない」と笑った。

「もう本当に忘れて。恥ずかしいから」

「ははは、まあ忘れることは無理だけど、一葉の前では口に出さないようにしよう。…そうそう」

 アーウィンは立ち上がって「みちるが一葉の手の空いているときに話がしたいそうだよ。オスカー様からの伝言だ」と告げた。

「あ…うん。ありがとう。みちるってどこにいるのかな?」

「彼女はオスカー様に気に入られたみたいでね。特別に側室用の部屋を一つ与えられたみたいだ。メリッサ、一番新しい部屋へ後で一葉を案内してあげて。そこにいるはずだ」

「はい。かしこまりました」

「側室? みちる、側室になるの?」

「どうかな…。いまはちょっと保留みたいだけどね。じゃあ、私は行くよ」

 アーウィンは部屋を出て行った。一葉とメリッサはお茶会の片づけをして部屋を出る。

「あんたも気づいただろう」

「え?」

「アーウィン様はあんたを尋問していたのさ。この国に害があったら、即お払い箱になる予定だったけど…ま、今の様子なら大丈夫そうだね」

「尋問…」

 一葉はワゴンを押しながらうなずく。

「いろいろ聞かれるなとは思ってましたけど」

「この国では出身がどこかなんて関係ない。実力のあるものが居場所をつくれる。あんたも認められたかったら、まずは仕事を覚えることだね」

「はい。頑張ります」

 みちるの安全を確認できるまでは、なんとかこなさなくては。一葉は侍女をやりきると決意した。


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