ニワトリ娘
「イヴァン」
「おや。機嫌が悪い将軍のおでましだ」
本に埋もれていたイヴァンがノックとともに断りも入れずに部屋へ入ってきたクラークを認めて、本の山から出てきた。
「知っていたな」
「何のこと?」
イヴァンは机の上のすっかり冷めた紅茶に手を伸ばした。そしてそれを口に含む。やはり熱いほうが美味だ。
「何故私に報告しなかった」
「だから、何の話?」
「一葉のことだ」
クラークに言われて、ああ、とイヴァンは眼鏡を外してにやりと笑った。
「そうそう。報告し忘れてたかもねえ。アシュリーに言って忍者には見張らせたから。でも別に聞かれなかったし」
「わざとだろう。…一葉はもう一人の異世界の娘とコルディアへ向かったぞ」
「どうも一葉には青の賢者に通じる魔法使いがついてるんだよね。そいつがたぶん転移の力を持ってる。青の賢者の力なのか知らないけど。止めるのは無理だと判断したわけ。以上」
「それは聞いている。みちると二人でコルディアへ行くつもりだったことだ」
「俺が言ったところで、どうするの? 一葉を幽閉でもする? あの小娘は小賢しいからなんとしてもみちると一緒に行く手段をみつけるだろうねえ。青の賢者の入れ知恵もあるみたいだし。どうしたってクラークには止められないよ」
「………」
ふてぶてしく笑うイヴァンに、クラークは憮然とする。
「いいじゃん。陛下の許可はとってるんだし。表向きは何の問題もないよ」
「問題は大有りだ」
「あんたの中では、でしょ」
イヴァンに言われ、クラークは言葉に詰まる。
「ずいぶんあの小娘に情が移ったみたいだね。でも、一葉のほうがどうなんだろうね?」
「何が言いたい」
「あんたには何も言わずにいなくなったんでしょ」
イヴァンに言われ、クラークは視線をそらした。そしてふっと息を吐く。
「…一葉を守るようアシュリーに伝えてくれ」
「言われなくてもそのつもり。まだあの小娘には利用価値があるからね。アシュリーの部下はもう動いてる。ま、ちょっとは向こうで痛い目にあえばいいんだよ」
「またそんなことを…」
「俺はね」
イヴァンは椅子に座り、残った紅茶を飲みほした。
「ああいう甘やかされて育ってきた小娘が大嫌いなの。それを甘やかすあんたもね。今回のことは一葉にとっていい薬になるだろうよ」
クラークは再び息を吐いた。
「…邪魔をしたな。話はそれだけだ」
「了解。次はもっと面白い話を持ってきてよね」
イヴァンは再び本を開いた。そこでもう暗くなっていることに気づいて明かりをつける。
クラークは黙ってイヴァンの執務室を出ていった。その間、ずっといぬくんがあとをついてきていた。クラークは視線を向けてため息を吐いた。
「…お前の主人は自由すぎる」
「くるるる」
いぬくんは返事をするように鳴いた。
朝になり、牛乳とコーンフレークの簡単な食事を済ませた5人は、マライア夫人に連れられて面談をすることになった。
「まずは国王のお眼鏡にかなうか、まずは外見で判断されます。審査員の印象をよくするように頑張りなさい」
「はい」
それぞれ返事をして鏡の前で準備をする。
みちるはとりあえず高校の制服のまま、物珍しさで気を引くことにした。
一葉はクラークに買ってもらったこちらの世界に服にした。シリウスを連れて行きたいというと、マライア夫人はしぶったが、芸ができるのでと頼むとしぶしぶ承諾してくれた。
マライア夫人に続いて5人は城の中へ入る。
階段を上り美術品が飾られた廊下を通って一番奥の部屋へ通された。
中には兵士たちが数人と審査員らしき若い黒髪のなかなかのイケメンが一人椅子に座っていた。
「失礼いたします」
「ようこそ。君たちが侍女候補だね」
男はじっくりと娘たちを見る。品定めされてるみたいでやだなあ…と一葉は思いながら、マライア夫人に言われて横一列に並ぶ。いや、実際品定めされているんだろうけど。
「さて、それでは自己紹介してもらおうかな」
男はにっこりと微笑んだ。
イザベラから順に自己紹介をしていく。最後に一葉が挨拶をして、自己紹介は終了した。
「みんな魅力的だね。ところでそちらの端の二人は、東方の国の出身かな?」
「あ、はい」
「そうです」
一葉とみちるが肯定すると、男は微笑んだ。
「私の母も東方の出身でね。君たちみたいな顔立ちをしていたな。懐かしい」
懐かしい、ということは彼の母親はすでに亡くなったのだろうか。一葉はそれならそのよしみでなんとかなるかな、と密かに考える。
「しかしね、国王は侍女はもう手一杯なんだ。そろそろ募集するのも終えようかと思っていたところでね」
「そんな」
「でも…」
娘たちは困って顔を見合わせる。
「だから、何か面白いことでもやってくれないかな。一芸に秀でていれば、国王も気に止めてくれるだろう」
娘たちはさらに困惑した表情を浮かべた。
「では、誰からでもいいから何かおやりなさい」
マライア夫人に急かされ、娘たちは考えてから覚悟を決めて「では」とデイジーが手をあげた。
「私は歌が得意です」
「ほう。では、聞かせてもらおうかな」
男に言われてデイジーは歌を歌った。この国の流行歌なのだろうか。女が男に恋をして思いに身を焦がす歌だった。自分で得意だというだけあって、なかなかの歌声だ。
歌は一番簡単で相手を納得させる方法だな…と先手を打たれたのを一葉は内心悔しがった。
「なかなかいいね。では、ほかのみんなは?」
エレインとイザベラはうなずきあう。
「私たちは踊りが得意です」
「ずっと昔から一緒なんです」
二人は手を合わせて、軽やかにステップを踏む。くるくると回ったり、スカートをひらりとさせて背を合わせて立ち止まった。男はぱちぱちと拍手する。
「いいね、大変結構。音楽がつけばなおよかったんだろうけど。さて、次は…」
男が一葉とみちるを見る。
みちるは、どうする? という目で一葉を見た。一葉はシリウスを見て、うなずいた。
「…では、私から。私はこの子に芸をさせることができます」
みちるはシリウスを撫でて、「シリウス、お願い」と言った。
シリウスは<心得た>とみちると一葉だけに応えて、自分の足元に小さく風を起こした。そしてその反動でくるりとバク転して見せた。
「ほう! これもすごいねえ。どうやって仕込んだの?」
「それは…まだ秘密です。雇ってもらえたら、お話します」
「ふうん。引っ張るねえ。さて、そこの眼鏡の君は何ができるのかな?」
「私は…」
一葉はここまででやれそうなことは全部出されてしまったことを自覚していた。
こういうのは早い者勝ちなのだ。
しかし、シリウスの力は借りられない。あれはみちるが使ってしかるべきだ。それなら。一葉は顔をあげた。
「鶏の真似をします」
「…は?」
男は目を瞬かせた。
一葉はかがんで手を腰にあてると、「コケ―ッ! ココココ、コケッ! ココココ、コケッコケーッ!!」と鶏の鳴き声を真似して腕を羽のようにばたつかせてくるくると歩き回った。
「………」
部屋の中は静まり返った。みちるも若干引き気味で笑顔を引きつらせている。
やばい、スベった…。そういえば、こっちのニワトリは空を飛ぶんだっけ…。こんなことはしないのか…?
冷や汗が一葉の背をつたう。




