あなたへの手紙
「今、何か光らなかったか?」
「くるくる」
ラスティがそれに気づいた時、いぬくんが手紙をくわえて茂みから出てきた。
「どうした? おまえの主人はまだトイレか? 長いな」
「くるる」
「…なんだ、これ。手紙?」
ラスティがいぬくんがくわえている手紙を手に取り、首をひねる。
「どうなさいました、殿下」
「超獣だけ…ですか。一葉は?」
「それが、超獣がこの手紙をくわえて茂みから出てきて…」
「…!」
「!」
ニールとブラッドはすぐに茂みの中へ入ったが、すでに一葉とみちるの姿もシリウスの姿もなかった。
「…遅かったか」
「まさか、一葉さまは」
ニールはブラッドをみつめる。
「どういう方法かはわからないが…おそらく、コルディアに向かったんだ。みちるとシリウスと一緒に」
「なんだと!?」
ラスティは血相を変えて手紙を開いた。1通はラスティへ、もう1通はクラークへ、となっている。ラスティあての手紙を開くと、習いたての文字を必死で書いていあるのが読み取れた。
----ラスティへ。何も言わないでいなくなってごめん。でもみちるについていくと言ったら、反対すると思ったから言えなかった。私もみちるが心配だから一緒に行くね。ラスティのおとうさんの王様には事情を説明してあるから。いぬくんを置いていくのは私がいぬくんがいないと何もできないから、裏切らないための保険だよ。必ず戻ってくるから、待ってて。ラスティを王様にするために戻ってくるから。一葉
「…あの、馬鹿」
ラスティはぎゅっと手紙をつかんで奥歯を噛み締めた。
「俺は王にならないと言っているのに…」
「殿下…」
ブラッドが戸惑いなら声をかける。
「…ここにいても仕方あるまい。超獣も連れて行かなければ…。まったく、超獣使いが超獣を置いていくとは、どういう了見だ」
ラスティは憤懣やるかたないといった様子で、超獣を連れてグリフォンのもとへ戻った。そして城まで戻り、クラークへ一葉の手紙を渡した。
「…どういう、ことですか?」
クラークは手紙を受け取りながら困惑したようにラスティに尋ねる。
「だから、一葉はどういう手段か知らんが勝手にいなくなった。父上には話してあるそうだ。その手紙にもたぶん同じ内容が…クラーク!」
「クラーク、どうしたんだ」
ラスティとブラッドが制しようとしたが、クラークは手紙を手に国王のもとへ走った。途中で侍女たちが物珍し気にそれを見ていた。
「クラーク様、今日は謁見のご予定は終わったのでは…」
「陛下はこちらか。それとも、私室か」
「まだこちらにいらっしゃいますが…」
「結構」
クラークは「失礼いたします」と言って3人の商人らしき人物が話しているところへ堂々と乱入した。
「ほう。おまえが血相変えてくるとは珍しい。…超獣使いのことか?」
「左様でございます」
「…おまえたち、少し待っていなさい。クラーク、前へ」
商人たちはいったん、礼をとって玉座の間を下がった。
「はい」
クラークは礼をとって頭を上げた。
「さきほど、私を外へ待たせている間に、一葉と何をお話に?」
「そう急くな。おまえらしくもない」
国王は喉の奥でくつくつと笑った。
「あの娘はみちるとコルディアへ行くと言い出してな。ではこちらを裏切らない証拠を見せろと言ったのだ。そうしたら、…ほら。超獣を置いていくと言った」
クラークはいぬくんがついてきていたのを気づかずにいた。ずいぶん気が動転していたのだ、と自分の動揺を悟った。
「くるる」
いぬくんはクラークの足元へ歩み寄る。
「クラークに預けるとな。それならばよしと了承したのだよ。あの娘自身は超獣がいなければ、何の力もないのだからな」
「…それでは、一葉に何かあった時」
「シリウスに力を借りてなんとかすると言っておったぞ。何かあれば青の賢者の加護があろう。私の前で力を示した時のようにな。おまえたちが心配するから黙っていていほしいと言うのでそうしたまでだ。…以上がさきほど話したことの顛末だ。納得いったか?」
「………。お騒がせして、申し訳ありませんでした。御前を失礼いたします」
クラークは頭を下げて国王に背を向けた。
「かまわんぞ。おまえが顔色を変えるところを見るのは面白いからな」
国王が愉快そうに笑うので、「お気に召したなら光栄です」とクラークは皮肉な笑顔を作ってみせた。
玉座から出てくると、ブラッドとニールが扉の前で待っていた。商人たちが入れ替わりに中へ入っていく。
「すまない、クラーク。俺が目を離した隙に」
「申し訳ありません、将軍」
二人は平謝りするが、クラークは「気にするな」といつもの穏やかな笑顔を取りもどして言った。
「一葉が自分の意思で出て行ったんだ。私たちにどうすることもできないだろう」
「けど…」
「さあ、仕事に戻りなさい。国王陛下に一葉は自分から行くと断りを入れて行ったそうだ。起こってしまったことはもう仕方ない」
「はい。…では、私たちはこれで」
「ああ。じゃ、俺たちは行くよ。クラーク」
「そうだな」
クラークは二人を見送って、兵士の宿舎へ向かう。そこには将軍の執務室があった。そこでクラークは一葉から自分への手紙を開いて読んだ。
----クラークへ。黙って出て行ってごめんなさい。みちると一緒に行くと言うと、反対されると思ったから言えなかった。でも一人でこの世界で敵国へみちるを行かせるなんてできない。だから、少しの間行ってくるね。みちるの安全を確認したら必ず帰ってくるから、私の部屋はあのままにしておいて。一葉
クラークはようやく最近書けるようになった一葉のたどたどしい字の書かれた手紙をたたんだ。
甘かった、とクラークは後悔した。予想するべきだった。一葉はいつも自分のそばへいるものだと思っていたから。まさかみちると一緒にコルディアへ向かうとは…。どんな手を使ったのか。
クラークは顔をあげて日暮れの窓の景色を見る。
「…帰ってくる、か」
クラークは目を閉じて息を吐いた。
「自分から敵国に行くやつがあるか。…馬鹿娘が」