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【3章開始】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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シリウスと(一葉も)一緒

「何話してるのかな、一葉」

 玉座の扉の前でみちるは手持無沙汰で言う。

「何か嫌な予感がするな…」

 クラークは顎に手をあてた。

「あいつが関わると、ろくなことが起きないからなあ」

 ブラッドがうんざりしたように言う。

「そういう意味ではなく…。いや、まあ確かにそうなんだが」

 クラークは自分の髪をくしゃりと撫でる。みちるに視線を移した。

「みちるは本当に一葉と親友なんだな。まさか、あんなことを言い出すとは思わなかった。…一葉は本当に君を信頼しているようだ」

「私もです。…クラークさんは、一葉の面倒を見ているんですよね」

「…まあ、仕事だから。陛下のご命令でね」

 クラークは苦笑する。

「でも一葉、昔はあんなんじゃなかったんですよ。私が初めて会ったときは、おとなしくてすごい人見知りで、いじめられっこだったから」

「あいつが?」

 みちるの言葉にブラッドがぎょっとして聞き返す。

「そうですよ。信じられないでしょう?」

 みちるはくすくす笑う。

「確かに信じられないな…」

 ブラッドが呆気にとられたように言う。

「だけどある日、先生に言われたことをきっかけに開き直ったんですよ。それから私たち、友達になりました」

「いや…確かに一葉は時折、驚くほど繊細なところがある。根っこの部分は変わっていないのかもしれない」

「クラークさんて、一葉のことよく見てるんですね」

 みちるは感心したようにクラークを見る。

「あなたみたいな人が、一葉のそばにいてくれるといいんですけど」

「は?」

「え?」

 クラークとブラッドが同時に聞き返すと、玉座の扉が開いた。一葉がいぬくんを連れて出てきた。

「お待たせ」

「ああ…」

「何の話をしてたんだ?」

「どうしたの?」

 3人に詰め寄られ、一葉は苦笑いで「みちるが戻ってきてから、スパイとして扱わないでって念押ししてきたの」と答えた。

「それだけ?」

「それだけ。…さあ、ラスティのところへ行こうよ。シリウスのこと、お願いしなくちゃ」

 いぬくんを抱いて一葉は言った。

 クラークは釈然としないようだったが、一葉が「早く行こう」と急かすのでラスティのところへ連れて行った。王子様だから失礼のないように、とクラークに言われてみちるはうなずいた。

「今日は、遅かったな…誰だ?」

 ラスティの部屋へ突然現れたみちるに、ラスティは驚いたようだった。

「えーとね、こっちがみちるで私と同じ世界から来た友達」

「初めまして、王子様。私、尾上みちるといいます」

 みちるはさっきの礼を忘れてぺこりと頭を下げた。

「ああ。俺はラスティ。この国の第二王子だ。…同じ異世界の人間でも一葉と違って礼儀をわきまえているな」

「またそのリアクションかい。まあ、いいけど…。ちょっとね、ラスティにお願いがあって」

「では、私は仕事へ戻るよ。ニールにも後で来るように言っておこう」

「ありがとう。クラーク」

 一葉は手を振ってクラークを見送った。

「お願いというのは?」

 一葉は昨日の青の賢者との話を手短に説明する。ブライアンも部屋へ控えて、話を聞いていた。

「…で、シリウスの説得を俺にしてほしいのか」

「そう。私がしてもいいんだけど、シリウスの友達はあんたでしょ?」

「む…。まあ、そうだな」

 シリウスの友達と言われてまんざらでもない様子のラスティは、「まあいいだろう」と請け負った。

「これでおまえに貸し一つだな」

「え、貸しになるの? …いいけど。出世払いで返すわ」

「言っている意味がわかってるのか?」

 ラスティは呆れていたが、結局手を貸してくれるようだった。

 みんなで山へ行く準備をすることになった。さっき買ってきた登山用の服に着替える。一葉は制服をみちるの持つ道具袋に入れた。クラークは仕事があるからと抜けて代わりにニールが来て、3体のグリフォンでアストリー山へ向かった。

「うわあ…! グリフォンに乗れるなんて、信じられない! 空飛んでる!」

 ニールに乗せてもらいながら、みちるははしゃいだ。

「私も初めてのときは感動したよ。そうそう、この世界ってペンギンが手紙配達するんだよ」

「ペンギンが? 海を泳いで? 手紙濡れるんじゃない?」

「それが、ペンギンが空を飛ぶんだよね。この世界では」

「えー! マジ? だって、あの羽で飛べるの?」

「どういう仕組みかわかんないんだけど、空飛ぶんだよ。あの羽で」

「そんなに珍しいのか? ペンギンが飛ぶのが」

 ラスティがグリフォンの背で首をひねる。

「珍しいよ! ねえ」

「ねえ」

 一葉とみちるは同意しあってうなずいた。

「女が二人以上集まると面倒だな…」

 ラスティがうんざりしたように顔を背けた。

 アストリー山に到着して、グリフォンをつないで山に入る。洞窟の中へ声をかけてみたが、シリウスはいないようだった。

「もしかして、山を下りちゃったとか?」

「それはないだろう。しゃべる狼が人里へ出たら大変だ」

 ラスティがきょろきょろと周りを見渡しながら言う。

「殿下、あまり遠くへ行かれませんよう」

 ブラッドがラスティに言いながらそばを離れず歩く。

「わかっている。…そうだ、超獣がいればなんとかなるんじゃないか?」

「ああ、忘れてた。いぬくん、シリウスがどこにいるかわかる?」

「くるるる」

 いぬくんが鳴いて駆け出した。5人はそれを追いかける。先日、水遊びをした沼の近くにシリウスはいた。

<…おまえたちか。今日は何用だ>

 水を飲んでいたシリウスはのんびりした様子で振り返った。

「わあ! 本当に狼がしゃべってる!」

 みちるは驚きつつ、二、三歩下がった。狼であることに多少警戒しているのだ。

<…また新たな客人か>

「シリウスの声って、頭に直接響く感じなんだよね」

<一種の魔法だ。我自身は人間の話す言葉を発音できぬからな>

「へえ…そうなんだあ」

「それでね、今日はシリウスにお願いがあってきたんだけど」

 一葉は両手を合わせてぺこりと頭を下げる。

<…なんだ?>

「彼女はみちるって言って、私の友達。事情があって、コルディアに行かなくちゃいけないんだけど、その間みちるについて護衛してもらえないかな?」

<断る。何故我がそのような面倒を>

「俺からも頼む。シリウス」

 ラスティが前に歩み出る。

「おまえが束縛を嫌うのは知っている。だが、この娘は一葉と違って超獣の加護も何もない。一人きりで何もわからない状態でこの世界にいるんだ。その点、おまえは賢いし強い。おまえのようなものがついていてくれれば、みちるも安心だろう。何より、ずっとここにいれは話相手もいない。退屈ではないか?」

<………>

 シリウスはしばらく黙り込んだ。そこへみちるが畳かける。

「あの、急なお願いで申し訳ないんですけど、私、昨日この世界にきたばかりで何もわからないんです。あなたが私の味方になってくれたら、心強いんですけど」

<何故そう思う? 我とおまえは会ったばかりだ>

「だって、一葉があなたを信頼してるから」

 みちるは当然のように言った。一葉は驚いて照れたように頭をかいた。

「一葉の信頼してる王子様が信頼してるなら、あなたはきっと信頼できる人…狼だと思うんです。だから、お願いします」

 みちるはぺこりが頭を下げる。

 シリウスは喉を鳴らした。

<…おまえたちには我を自由にしてもらった借りがある。その分をその娘の護衛で返せばよいのだな?>

「シリウス!」

「やったあ!」

「ありがとう!」

 一葉とみちるはシリウスの頭を撫でて、喉をかいてやった。ラスティもほっとしたようにうなずく。

 下手に脅迫なんかしなくてよかった、一葉は内心ほっとした。これもラスティのおかげだ。確かに借りを作ってしまったな、と一葉は胸の内でつぶやいた。彼が王になるまでに返そう。

「しかし、わからないんだ」ラスティは言う。「何故おまえのように聡明な狼を、俺の祖先は封印したのか」

<…我もわからぬ。我はおまえの祖先と以前の超獣使いを友人だと思っていた。だが、我を彼らは封印した>

 裏切られた、という思いが強いのだろう。彼にとって、ラスティの祖先と以前の超獣使いはそれだけ大きな存在だったのだ。

「封印てところじゃない?」一葉は思いついたままに言う。「これだけ長い間封印できたなら、シリウスを殺すことだってできたと思うんだよね。でも、それをしなかった。たぶん、封印している間にシリウスが人間を襲う気持ちを思い直してくれれば…って思ったんじゃないかな。私の勝手な想像だけど」

「俺達にはもう祖先の考えを聞くことはできないが、きっとおまえに生きていてほしいと思ったから、封印したのかもしれないな。俺は、おまえと会えてよかったと思うぞ」

「私も、よろしくね。シリウス」

 みちるがシリウスの頭を撫でた。

<…シリウスというのは、お前の祖先のジョージが名付けたものだ。我には名がないと言ったら、それでは不便だと>

「…そうなんだ」

「大事な名前なんだね」

「いい名だ。黒い毛皮に金に光る眼。おまえ自身をよく表していると思うぞ」

 シリウスは金の目を細めた。笑っているようだった。

<…それで、我はどうすればいいのだ。グリフォンに乗れとでもいうのではあるまいな>

「グリフォンがいるの、よくわかるね」

<奴らのにおいがするからな>

「さすが…。犬属性はにおいに敏感ね」

 一葉は感心した。

「ありがとね、ラスティ。あんたのおかげだよ」

「おまえから礼を言われるなんて、なんだかこそばゆいな」

 ラスティは笑って髪をかきあげた。

「昨日のことといい、おまえは本当に何するか予想がつかない」

「昨日って?」

 みちるは首をかしげる。

「昨日の夜話した、自称クラークの婚約者の話」

「ああ、あれね」

 みちるは昨日一葉と一緒のベッドで聞いた話を思い出した。

「おまえがあまり目立つようなことをするから、クラークが遠縁の東の国から来た貴族の娘だと誤魔化したんだ。俺も話を合わせるのに大変だったんだぞ」

「あはは…。ごめん」

 一葉は頬をかいた。

「ではシリウスには、ふもとまで降りてきてもらうか。俺達は先にグリフォンに乗って待っていることにしよう」

「…あ。ちょっと私、トイレ」

「はあ?」

 ブラッドが呆れて声をあげる。

「城まで我慢しろ」

「いいじゃん。お城まで持ちそうにないから、茂みでしてくる。みちる、ちょっと近くにいて。あ、シリウスも。砂かけられるようにそばにいて」

<………>

 シリウスは返事はしなかったが、一葉のそばに来た。

 一葉はシリウスとみちるを連れて茂みを探してその場所をみつけた。

「こっち見ないでね!」

「わかってます」

「誰が見るか」

「とっとと終わらせろよ」

 ニールとラスティとブラッドが交互に言う。彼らの姿が見えない位置にいることを確認して、一葉は「それじゃ」と言った。

「…いいの? 一葉」

 みちるはためらいながら言う。

「きっとみんな…クラークさんも心配するよ」

「でもみちるを一人でコルディアへ行かせられないよ。カイン」

「はい」

 一葉の背中から、ずる、とカインが姿を現した。

<どういうことだ?>

 事情を知らないシリウスが尋ねる。

「みちるにはコルディアに行ってもらうよ。私と一緒にね」

<…話が違うようだが>

「私が一緒に行くって言うと、話がややこしくなりそうだからね。カイン、やって」

「はい。…オープン・ザ・ゲート」

 カインは足元に魔法陣を出現させる。

「いぬくん、これを二人に渡して。ちょっとだけバイバイ。クラークの言うことを聞いてね。またね」

 一葉はいぬくんに手紙をくわえさせて、いぬくんを茂みの外へ放り出した。


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