夜空は同じ
その日の夜は、シアンと一葉が拾ってきた栗でセシリアと修道女たちが焼き栗を出して修道女や宿泊している人たちを喜ばせた。
セシリアや他の修道女たちも皆、首から五芒星の輪のペンダントをしていた。女神教のモチーフなのかもしれない。
「おいしい!」
一葉は上機嫌で焼き栗をほおばった。
「明日は、栗の渋皮煮を作るから、それでおいしいマロンタルトやマロンパイができると思うわ」
セシリアは楽しそうに栗の皮をむいて口に運ぶ。
「セシリアって、美人なうえに料理も上手なんだね」
「私? まさか! 私できるのは栗の皮むきだけよ。料理、全然できないんだもの」
「へ?」
一葉が栗を口の前で止めると、「そうなんだよね」とシアンは笑った。
「セシリアはびっくりするくらい料理ができないんだよ。ある意味才能だっていえるくらい、個性的なものができあがるんだ」
「もう、シアンたら。恥ずかしいから一葉にまで言わないで」
セシリアは栗をつまみながらかわいくむくれて見せた。
「まあまあ、その代わりセシリアは掃除は得意だからね。人間、何かしら一つくらいは特技があるものだよ」
「あんまり慰められてる気がしないわ…」
セシリアは栗を指先で転がしながら、ため息を吐いた。
「美人にも欠点があるってことか。でも、ここって炊飯器ってないよね?」
「スイハンキ?」
「何、それ?」
シアンとセシリアがきょとんとして一葉に尋ねる。
「ご飯が楽に炊ける機械なんだけど…。それがあれば、栗ご飯が作れたのにな」
「栗ご飯? 栗とご飯を一緒に食べるの?」
「そう。私の世界じゃ、秋の味覚なんだよ。栗ご飯セットでも売ってるけどね」
「へえ…。でも、『炊く』ってなんなのかしら? ご飯は煮るものじゃないの?」
「えーとね、お釜で水をいれて、下から火であっためて…あれ? 煮るのと同じ???」
セシリアの疑問に、一葉は常日頃電化製品に頼っているので、炊くというのがなんだかわからなくなってきた。
「スマホも充電切れだしなー…。調べられないわ」
「スマホ? なあに? それ」
「もしかして、異世界の道具かな?」
「そんなところ…」
セシリアとシアンの疑問に、一葉は苦笑いで答えた。
「シアン、もう栗ないよ」
「もっと食べたい」
「さあ、君たちはもう寝る時間だよ。歯を磨いて、おやすみなさい」
まだ眠くないと答える子供たちに、シアンは背中を押して洗面所へ連れて行く。
セシリアと一葉はそれを見送って、セシリアが「一葉の寝床も案内するわ」と立ち上がった。
「クラークのところで寝てたなら、教会のベッドはすごく粗末に見えるだろうけど」
セシリアは申し訳なさそうに言う。
「屋根のあるところで寝られるんだから、気にしないよ」
「そう? それならよかったわ」
案内された寝所は、二段ベッドが8つ並んでいて大人数で眠る場所だった。ベッドも粗末なもので、マットレスもあまり触り心地はよくない。
これは確かに、クラークの屋敷のベッドとは大違いだが、文句を言える立場でもないので一葉は「ありがとう」とだけ言っておいた。
「ごめんなさいね、本当に粗末なベッドしかなくて。教会は国からの援助とみなさんの寄付とかで成り立っているから、あまり贅沢はできないのよ。食べるものも自分たちで栽培したり、それを売ったりするくらいだから」
「気にしないで」
一葉はひらひらと手を振った。
「でも、寝る前にお風呂とか入れるといいんだけど…」
「ああ、そうね。じゃ、案内するけど、たぶん今の時間だと混んでるわ。もう少し時間をずらしていったほうがいいかもしれないわ」
セシリアは一葉が座っているベッドに並んで腰を下ろした。
「クラークのところの林に落ちてきたっていうのは、どうしてなの?」
「うーん…。信じてもらえないとは思うけど、この子、超獣なの。それで、七賢者の一人におまえはここに行けって…」
「七賢者に会ったの? 本当にいるの?」
「うん。いるよ。私より背の低い、じじい言葉でしゃべる子供だった」
「まあ…」
セシリアは驚きでぽかんと口を開けて、慌てて口を手で覆った。
「それで、クラークのお屋敷で過ごしていたの?」
「うん。超獣の封印を解かなきゃいけないから、王様に会わせてって言ったんだけど、会わせてもらえなかった」
「それは、まあ…そうでしょうね」
呆れるような納得するような声で答えセシリアはうなずいた。
「おかしいなあ…。マンガとかアニメだと、偉い人にすんなり会えるはずなんだけど」
一葉はぶつぶつと独り言ちる。
「セシリア―、歯みがいたよ」
「絵本読んでー」
「あら、みんないい子ね。わかったわ、今読んであげるから」
群がる子どもたちに促され、セシリアは本棚からいくつかある中から一冊の絵本を取り出した。そしてベッドに座って「始めるわね」と絵本を読みだした。
「うちらみたいな宿無しをおいてくれて、本当に助かるよ。お嬢ちゃんもかな?」
ぼんやりセシリアを見ていた一葉に、街の人とと思われるおじさんが声をかけてきた。
「あー。まあ、そんなところです…」
説明するのも面倒だったので、一葉は曖昧に答えた。
「俺も昔は冒険者だったんだけどね、戦争で足をやられて仕事できなくなってね。今じゃ、息子と二人でここに置いてもらってる」
おじさんは隣にいた少年の頭をなでた。少年は無言で一葉を見上げてからセシリアのほうへ歩いて行った。
「ふーん…奥さんは?」
「あいつも戦争でな」
おじさんは静かにそう答えた。聞いてから、余計なことだったかと一葉は後悔した。彼の膝から下の左足は、棒のようなものがついていた。それが足の代わりなのだろう。
「…大変だったね」
「でもお嬢ちゃん、その動物…一角獣の子供か何かかな? それでクリバチをやっつけたんだって?」
おじさんは一葉の気持ちを読み取ったように話題を変えた。
「はあ、まあ…」
「すごいねえ。すごいのを召喚したもんだねえ」
おじさんは感心したように一葉の足元のいぬくんをみつめる。
「召喚じゃないよ。これ、超獣なの」
「超獣?」
おじさんは目を丸くした。
「てことは、お嬢ちゃんは超獣使いか?」
「そうなんだけど…」
おじさんは「そうかそうか」と笑うだけだった。一葉はやっぱり信じてないな、とため息をはいた。超獣はどうもおとぎ話みたいな存在みたいだ。
セシリアが絵本を読み終えると、子供たちはおとなしくベッドへ入って眠りについた。
一葉はその後、セシリアに着替えを借りてシャワーを浴びた。綿のワンピースのような寝間着を着たまま、一葉はそっと中庭へ出て夜の空を見上げた。
「わあ…!」
満点の星空だった。自分の世界で見る星空より、星の数が多い気がする。そして、月も同じように輝いていた。
「きれいな星空…」
「一葉の世界と同じかな?」
その声に振り向くと、シアンも中庭へ出てきたところだった。
「私の世界より、ずっと星が多い気がするよ。たぶん、高い建物と強い光がないからだね」
「強い光?」
「あの、発電所とかで一気に街を明るくしたりするエネルギーっていうか…あー…スマホあれば、一発で説明できるのにな」
「よくわからないけど…。ここでは光の精霊がいるから、明るいんだよ。夜は」
「やわらかくてやさしい光だよね」
「一葉の世界では、月が二つあったりなんてことはないの?」
「ないよ! こっちと同じ、月は一つ…太陽も一つだよ」シアンに言われて、ここと自分の世界の違いに一葉は改めて気づかされる。太陽は一つだし、月も一つだけど、魔法があって科学がないということだ。
「その辺は一緒なんだね。そして、丸い地球に住んでるの?」
「そう。でもね、魔法はないよ。代わりにあるのは科学かなあ」
「カガク? 魔法も魔法科学の一種だよ」
「そうなんだ。石油を服にしたり、自動車で走ったり、飛行機で空飛んでみたりとか…こっちの科学とは違うかな」
「ふうん…よくわからないけど、魔法みたいだね」
「行ったら驚くよ、きっと」
一葉の言葉に、シアンは「そうだろうね」と笑った。