二人の夜
「お、着いた着いた」
「ここが…」
3人が着いたのは一葉の部屋だった。青の賢者のもとへ行く前と何も変わらない。
「すごいね、本当に一瞬で着いたよ。魔法みたい」
「魔法です」
興奮するみちるにカインが素っ気なく答える。
「クラークっていう、私がお世話になってる人のお屋敷。若いんだけど、将軍様。あと、マジもんのイケメンだよ」
「へえ、いい部屋に住んでるのね。家具もきれいだし、部屋も広いし。お嬢様の部屋みたい」
みちるは調度品が置かれた部屋をぐるりと見回す。ベッドは天蓋付きだ。
「同化しますよ」
「ああ、うん」
話が終わらなそうな一葉にカインが声をかける。背中にずる、と入ってくる感覚もだいぶ馴染んできた。
「え、何? 今の人、消えちゃったよ!」
「ああ、なんかこれ、同化って言って私の中に入ってきてるんだって。見た目には変わらないけど、彼が私の中にいると魔法が使えるんだ」
「すごい…。魔法使えるんだ。異世界に馴染んでるね」
みちるがぱちぱちと拍手した。
「ちなみに、カインがいるのはみんなには内緒ね。でも私、魔法を使える魔素っていうのがないから、カインの力を借りて魔法使うとものすごい副反応が起こるんだよ。この前なんかぶっ倒れたし。…とりあえず、クラークに会いに行こう。もう遅いけど、起きてるかな」
一葉はドアを開けて、クラークの部屋へ向かう。大きなお屋敷だとみちるは感心しながら廊下を歩いた。いぬくんもとてとてとついてくる。
クラークの部屋をノックすると「どうぞ」と声が返ってきた。
「失礼します」一葉がドアを開ける。
「一葉か。どうした…」
ドアの向こうにいたのが一葉だけはないことに気づいて、クラークは一瞬、表情を固くした。
「やだ、ちょっとマジでイケメンじゃない! 一葉、この人と一つ屋根の下で暮らしてるの!?」
みちるは興奮してばしばしと一葉の肩をたたいた。
「だから言ったじゃん、イケメンだって。彼がクラークね。ま、それはおいといて…クラーク、話があるの」
「長い話かな?」
クラークは座っていた椅子から立ち上がる。
「短くはないよ。彼女は尾上みちる。私の小学校からの親友で、私と同じ異世界から来たの。白の賢者がこっちに召喚したの」
「はじめまして、みちるです。よろしくお願いします」
「私はクラーク。…なるほど。確かに短くはなさそうだな。話を聞こうか」
クラークは呼び鈴を鳴らして、ヴァレンタインを呼んだ。夜中だというのに、彼はさっとハーブティを用意してクラークの部屋の隅に控えた。
一葉はハーブティを飲みながら、青の賢者に言われた話をクラークに説明した。
クラークはしばらく黙って聞いていたが、「世界の釣り合いか…」とため息を吐いた。
「話はわかったが、コルディアに行かせるなら、シリウスを連れて行くのはどうかな」
「どうして?」
「彼はラスティ様の友人だが、みちるの友人ではないだろう。果たして協力してくれるだろうか?」
「一緒じゃないと困るよ。みちるだけじゃ心配だし」
「だから、それはシリウスが決めることだろう?」
「んー…。だったら、私がみちるとコルディアに一緒に行ったら」
「そんなことは許可できない」
クラークは渋い表情を浮かべた。
「そうだよ。一葉の国とは敵の国なんでしょ。それはまずいよ」
「んーと…じゃあ、シリウスが一緒に行ってくれないからまた封印するって脅迫する。完璧じゃない?」
「さすが…。やり方が汚いわ」
みちるはうんうんとうなずいた。
「方法としてはないわけではないが、三百年も前と同じような封印をできるものがいるかどうか…。その件はラスティ様がどう判断されるかだな。しかし、いいのか? 友人と敵対することになるかもしれないんだぞ?」
「ならないよ」
「それはならないと思います」
一葉とみちるは声をそろえた。
「ラスティを王様にすればいいんだし、そうなったらみちるをこっちに戻すし、超獣にみちるを元の世界に戻してもらうから。でね、王様にもコンタクトとってほしいんだ。みちるがこっちに戻ってきやすいように」
「…それでみちるを私に会わせたのか」
クラークはしばらく考えてから「超獣使いは一葉なんだから、一葉がこちらにいるなら構わない」と言った。
そこに何か含むものはありそうな気がしたが、一葉は聞かないことにした。
「よかった。じゃあ、青の賢者と約束したし、明日シリウスを連れてみちるをあっちに向かわせるよ」
「私が何を言おうと聞く気はないようだな。…ヴァレンタイン、みちるに寝室の用意を」
「かしこまりました」
ヴァレンタインがうなずく。
「あ、それならいいよ。みちる、私と一緒に寝ようよ」
「そういえば、広いベッドがあったね」
「寝相悪くても大丈夫なくらい広いよ」
「じゃあ、大丈夫です。クラークさん。私、一葉と一緒で」
「そうか。それでもかまわないならそれでいい。ヴァレンタイン、遅くまですまなかったな」
「とんでもございません」
「じゃ、おやすみクラーク」
「おやすみなさい」
二人の娘ははしゃぎながら客間へ戻って行った。それを見送ってクラークはため息を吐く。
「…ふう」
「お疲れですか?」
「今夜はいろいろなことがありすぎる」
「ハーブティのお替りを?」
「大丈夫だ。私ももう休む」
「では、私はこれにて失礼させていただきます」
ヴァレンタインはクラークの寝室を後にした。
「執事さんもいるんだ。さすが将軍様だね」
「公爵様でもあるんだよ。持ってるイケメンなんだ」
「あのイケメンと一緒に住んでて、一葉、ドキドキしない?」
「確かにね。でも、クラークってすごいモテるんだよ。私が知ってるだけで3人の女子は彼に惚れてる」
「あんなイケメンじゃね…。中身もイケメンなの?」
「イケメンだよ。3次元の王子様みたい。王子様って言えば、私が王様にしなきゃいけない王子様は背が小っちゃくてさあ」
二人は一葉の部屋のドアを開けて中へ入る。いぬくんも置いていかれないように急いで部屋へ入った。
「そうなんだ。でもイケメンなの?」
「私より年下だし、イケメンというよりはかわいい系かな。その兄貴は美形だけど。しかも体が弱い属性なの」
「へえ、そうなんだ。…あ、そういえば私、着替えないわ」
今更身一つでここへ来たことをみちるは思い出した。
「失礼いたします」
頃合いを見計らったようにヴァレンタインがドアをノックしてきた。手にはネグリジェを持っている。
「どうぞ」
「みちるお嬢様、お着替えをお持ちしました。お風呂はいかがなさいますか?」
「え、お風呂?」
みちるは一瞬、顔を輝かせたが「あー…今日は寝ます。明日の朝、入ってもいいですか?」と聞いた。
「もちろんでございます。では明日、準備をしておきますので」
「ありがとうございます」
「失礼いたします」
ヴァレンタインが出て行くと、みちるはさっそく持ってきてくれた寝間着に着替える。
「そういえば、下着もないよね」
「明日、買い物も行かないとね。やば、やることいっぱいあるわ」
寝間着姿だった一葉はごろんとベッドに寝転がる。
「ねえ、一葉」
「んー?」
「一葉が超獣にかなえてほしい願いってなんなの?」
制服をたたむみちるにそう聞かれ、一葉は一瞬顔を強張らせた。みちるがこっちを見ないうちに笑顔を作る。
「内緒。でも、悪いことじゃないよ」
「ふうん。大学受験とか?」
「まだ2年も先じゃん。違うよ」
「みんなが幸せになりますように、とか?」
「私、そんな聖人君子じゃないよ。もっと個人的なこと。…みちるなら、何を願うの?」
「うーん…。宝くじ1等前後賞当選とか?」
「それはいいね」
一葉は笑った。
みちるもベッドに寝転がる。ふかふかだった。
「本当に広いベッドだね。これなら二人でも余裕で寝られる」
「でしょ。そうそう、クラークの自称婚約者の女もいてね。さっきまで嫌がらせされて今日は散々だったから、みちるが来てくれてマインド持ち直したわ」
「ふふ、よかった。クラークさん、自称婚約者までいるんだ。すごいね」
「みちるも惚れそう?」
「やだ、私、克己がいるんだからね」
みちるは一つ年上の彼氏のことを思った。
「ああ、村瀬先輩ね。心配するだろうから、早く帰らないとね」
「そうだね。でも、時間の流れが違うんでしょ? こことうちらの世界とは」
「そうみたいだね。かなりこっちの時間の流れが速いみたいなんだよね。でも、いつもそうなのか、逆になったりしない保証もないし…」
女子高生二人の語り合いは終わらない。深夜まで部屋に明かりがついていた。




