二人目の召喚
鳥になりたかった。
いつも塔の窓から眺めていた。
餌をとるためにどんなに苦労しても、何かの捕食の対象になろうとも、あの空を飛びたかった。
誰かが連れだしてくれるのをずっと待っていた。
待っていても、誰も来なかった。
「うそ、みちる!? なんで?」
一葉はみちるのそばに駆け寄った。すでに魔法陣は消えて白の賢者が満足そうにうなずいている。
「うまくいったようじゃの」
「ありがとうございます」
白の賢者に青の賢者は礼を言う。
「一葉こそ、どうしたの? ここ、どこ? 何、夢?」
きょろきょろとみちるはあたりを見回す。長い髪が揺れた。周りは雲の上に浮かんだギリシャの神殿のような造りだ。夢だと思っても無理はないだろう。
「あのね、信じられないだろうけど、ここ、異世界なんだよ」
「異世界?」
みちるは首をかしげる。
「異世界って、あの漫画とかライトノベルの小説とかアニメとかの」
「そうそう、そんな感じ。…ちなみに、私はこの世界では超獣使いっていって、このいぬくんの力を借りていろいろできるんだよ」
一葉はいぬくんを抱き上げた。
「くるるる」
「わあ、かわいい犬! …犬? 角生えてるけど」
みちるがいぬくんの角をつつくと、いぬくんは嫌がってそっぽを向いた。
「ところで、いぬくんて…名前?」
「そう。超獣っていう存在でなんかすごい魔法とか使えるの。でも見た目がいぬみたいからいぬくん。いい名前でしょ?」
「ネーミングセンスが絶望的…」
みちるはかぶりを振った。
「失礼な」
「でも一葉、こんなところにいたんだね。おばさん、心配して私に電話して来たよ」
「うん。もうかなり長いこと行方不明でしょ、私」
「長い…て、まあ一晩いないくらいだし、私の家に泊まりに来たくらいにしてればいいのかもね」
「一晩?」
一葉はぞっとした。この国にきて、ずっと長い時間が流れている。ということは時間の流れが全然違うのだ。これは法則があるのか、それともまったくぐちゃぐちゃなのだろうか。
「私、こっちに来てから3週間以上経ってるんだけど…」
「そうなの?」
みちるは驚いて目をぱちくりさせた。
「説明せねばなるまい。座るがよい」
青の賢者が杖をかざすと、何もなかった場所に椅子とテーブルが出現した。上には紅茶とマフィンがのっている。
「すごい! これ、魔法?」
「いかにも」
みちるは初めてのことに興奮しながらイスやテーブルを触って確かめた。
私の時は立ち話程度だったのに、待遇に差があるな…と思いながら、一葉も椅子に座った。白の賢者が椅子によじ登ろうとしたので、カインが椅子の上に乗せてやった。
青の賢者は簡単にこの世界のことについてみちるに説明する。
「初めて異世界からこちらへ来たのじゃから…」
「やだ、かわいい! しゃべるうさぎ!」
みちるは興奮してぎゅっと手を握り合わせた。
「この方は白の賢者。ただのうさぎではないぞ」
「はあ、そうですか」
青の賢者の物言いにも気にせず、みちるは白の賢者を撫でた。うさぎは耳をぴくぴくさせる。
「話を続けるぞ」
青の賢者が再び話し出す。
一葉と白の賢者は時折、口をはさんで紅茶を飲んだりお茶菓子を食べたりしながら説明を終えるのを待った。カインは黙って紅茶を飲んでいた。
「…そういうこと。でも、どうして私が一葉のいる敵国にいかないといけないの?」
「私だってやだよ。だいたいこういう展開だと、友達同士が戦う羽目になるのが王道パターンなんだよ」
みちると一葉は不満をあらわにしてお茶を飲み干した。
「そうならんようにおぬしらでなんとかせい。わしらは下界に干渉せぬ決まりじゃ。超獣使いが一国にだけ現れたとあっては、世界の均衡がとれぬ」
「だったら、みちるにも超獣がいるじゃん」
「超獣は世界で一匹だけじゃ。超獣は既に一葉と契約を交わしておる」
「え…私、丸腰で異世界に一人で行くの?」
みちるはあまりに不利な状況に不安を露わにした。
「そういうことになるな。適当に犬でも懐かせて、超獣だといえばよかろう」
「んな、あほな!」
一葉はテーブルをたたいた。そして白の賢者を見る。
「じゃあ、うさたんは? うさたんをみちるの超獣だって言って連れてけばいいじゃん!」
一葉は隣の白の賢者を抱き寄せた。
「これ、何をするのじゃ」
「私も抱っこしていい?」
「触り心地もふわふわなんだよ」
一葉は白の賢者をみちるに手渡す。白の賢者はじたばたと暴れたが、女子高生二人の間に挟まれて逃げることはできなかった。
「言ったであろう。儂らは下界に直接手出しはできぬと。おぬし…みちると言ったか。動物を手懐けるくらいのことはできぬか?」
「うちらは魔法も使えない人間だっていうのに、無茶言うな」
一葉は腕組みをして考える。動物…手懐ける…。一匹、思い当たった。
「そうだ、シリウスだ」
「シリウス?」
みちるが聞き返す。
「この前、知り合いになったしゃべる狼だよ。彼にみちるを守ってもらえるよう頼んでみよう。ラスティにもお願いして…」
「狼もしゃべるの? この世界って、動物がしゃべるのね!」
みちるは白の賢者を撫でながら感動して言う。白の賢者は諦めてされるままになっていた。
「いや、この人(?)たちが特別。普通はうちらの世界みたいにしゃべらないよ」
「では一度レスタントへみちるを連れて行くと申すか」
「そうだよ。みんなにみちるを紹介しなくちゃ」
「…儂はそれはどうかと思うがな」
青の賢者は眉を顰めた。
「なんで?」
「みちるは敵国へ行くために来たんですよ。その彼女をレスタントの連中に会わせるのはどうかと」
それまで黙って紅茶を飲んでいたカインが口を開いた。
「でも、みちるをそのままコルディアに居続けさせたりはしないよ。それに、みちるは元の世界に帰るんでしょ?」
青の賢者と白の賢者はちらりと視線を合わせてから、青の賢者は口を開く。
「それはおぬし次第だ。超獣にみちるを元の世界へ帰すと願えばいいのだ」
「じゃあ、帰すよ。そうか、私の願いを叶えてくれるんだもんね」
「くるるる」
一葉の膝の上でいぬくんは鳴いた。
「コルディアにはあんたとの約束だから行かせるけど、必ず私のところへ戻ってもらうからね。それならいいでしょ」
「…左様か。好きにせい。だが、明日だけだ。翌日にはコルディア国王のもとには行ってもらうぞ」
「一日だけ? …まあ、仕方ないか」
一葉はまだ不満だったが、しぶしぶうなずいた。
「俺がコルディアへ連れて行きましょう。行ったことがあるので、大丈夫です」
「へえ、そうなんだ」
一葉はカインの言うことにうなずく。ドラクエのルーラみたいなものかな、と解釈した。
「よくわからないけど、コルディアって一葉も知らない国なの?」
「レスタントしかいないからどんな国かは知らないんだよね。今、休戦中なんだって。あ、でも知り合いはいるよ」
「そうなんだ。どんな人?」
「あのね、青い髪をしてるんだけどね…」
「おぬしら二人がいると話がどんどん脱線して長くなる。もうやめじゃ。後は自分らでなんとかせい」
「あ、ちょっと私…」
青の賢者は一葉を無視して杖を振り、魔法陣を出した。
「その中に入れ。クラークの屋敷へ送ってやる」と言う。
「えー私の時はここから蹴り飛ばしたくせに、ずいぶん扱い違くない?」
一葉は露骨に顔を歪める。
「それはおぬしがいろいろ儂に文句をつけて、ちっともここから動こうとせぬからであろう」
「では下界へ行くがよい。儂がこれから…」
「ちょっと待ってよ。下界ってことはいろんな人がいるんでしょ。そこで私はどういう待遇? 衣食住は保障される? どうやって生活するの? 追剥とかに会うパターンは勘弁してよ?」
「おぬしは、次から次へと…さっさと行かんかあー!!」
「ぎゃああああああああああああ!」
一葉はいぬくんを抱いて青の賢者から雲へ蹴り飛ばされて落ちて行った。
「…という流れからクラークとの最初の出会いになるわけだね」
一葉が誰に向かってかわからない回想を話した。
「出会いの印象が一瞬にして変わるな…」青の賢者が明後日のほうを見た。
「ていうか、ここから蹴り落とすって、おかしくない? フツー死ぬよね」
「下界とこちらには境界線があるのじゃ。そこを越えればすぐに地上へつく。もとよりカインと同化しておるのだから、無事なのはわかっておるわ。さあ、もう行け。でないと…」
「はいはい。行こ、みちる」
また蹴られては大変だと一葉は魔法陣の中へ入る。カインも隣に立った。
「うん。じゃあね、うさぎさん」
「気を付けるのじゃぞ」
白の賢者はみちるの手から地面に下ろしてもらった。
青の賢者が杖をひと振りすると、一葉たちの姿も消えて魔法陣も消えた。青の賢者はふう、とため息を吐く。
「…よかったのか?」
白の賢者は赤い瞳を青の賢者に向ける。
「仕方ないじゃろう。あのお方の命じゃ」
青の賢者は椅子に腰を下ろした。
「一葉がどうしようと、筋書は変わらぬ。カインがおる限りな」




