夜会の余興
「どちらの貴族の娘さんかしら?」
「クラーク様とご一緒でしたわよね?」
「社交界デビューはまだなのかしら?」
一葉は逃げ出したくなったが、にっこり微笑んでドレスのすそをつまんで頭を下げる。
「初めまして、お嬢様方。私、一葉と申します。国王陛下の客人で、この国の出身ではありません。東方からまいりましたの。どうぞよしなに」
とりあえず一葉は形だけは体裁を取り繕って見せた。
「それでラスティ様と話していらしたのね」
「東方って遠いんでしょう?」
「どういう事情でこちらへ?」
面倒だな…。一葉は微笑んで、一人の貴族の娘の手を取った。
「とりたてて珍しいこともありませんよ。あなたのような美しい宝石のような目をしたお嬢様の前では、私の話などかすんでしまいます」
言っていて、一葉は舌を噛みそうになった。
「ま、まあ…」
貴族の娘はぽっと顔を赤らめる。彼女の手を離して、一葉は隣の娘をみつめる。
「あなたはまるで白磁器のように美しい肌をしていらっしゃいますね。なめらかで、透き通るようです」
「そんな…」
最後に一葉は隣の貴族の娘の髪を触れるような仕草をした。
「あなたは絹のような美しい髪をしていらっしゃいますね。私の黒髪など、凡庸で恥ずかしいほどです」
「あら…」
一葉は微笑んで「では失礼いたします」としなを作って礼をして彼女たちから遠ざかった。
めんどくさいわ。
一葉は胸の内でつぶやいて、お腹が空いたので何か食べようとテーブルに近づいた。
「一葉、来ていたのね」
「あら、この子がそうなの?」
一葉が料理に手を出そうとしたとき、黄色のドレスを着たエリザベスと彼女にそっくりな紫の髪の女性が話しかけてきた。
「おまえ、女性をたらすのが得意みたいね」
エリザベスが呆れたように言う。さっきの一葉の行動を見ていたのだろう。
「エリザベス…と、お姉さん?」
一葉はローストビーフをつまみながら二人をみつめる。
「まあ、面白い子ね。エリザベスの言ったとおりだわ」
女性は嬉しそうに微笑んだ。
「違うわ、私のお母様よ」
エリザベスは自分の胸に手をあてた。オレンジ色のドレスを着ている。
「ああ…そうなんだ。ずいぶん若いお母さんだね」
姉妹と言っても過言ではない様子だ。しかし考えてみれば3人しか兄妹はいなかったかな、と一葉は思い返した。
「ふふ、正直な子ね」
女性はまんざらでもなさそうだ。
一葉はローストビーフを飲み込んで、ドレスのすそをつまんで頭を下げる。
「初めまして。一葉と申します」
「私はクラリス。エリザベスの母よ」
クラリスもドレスをつまんでみせた。頭を下げないのは、位が高いからなのだろう。
「ごきげんよう、クラリス様、エリザベス様。もしよろしければ、一曲いかがですか?」
金髪の緑の目をした若い男がクラリスへ近寄り、手を差し出した。
「あら、ローランド。よくてよ」
クラリスはローランドと呼ばれた男に自分の手を重ねると、ダンスの輪の中へ入って行った。
「あの人は?」
「ローランド・シモンズ伯爵。お母様のお気に入りの一人よ」
エリザベスは興味なさげに給仕からジュースの入ったグラスを手に取った。
「お気に入りの一人というと」
「他にもいろいろ。王妃になるとつきあいもあるし、そういう相手もいるわよ。クラークもその一人よ」
「…なんか、納得」
王族と言うのはどの世界でも大変なんだろう。お気に入りの一人や二人いたってどうってことはあるまい。国王が一夫多妻制ならなおさら。
「ところで、今日はどうしてここへ来たの? お兄様が招待したの?」
「違うみたい。でもエリザベスも知らないってことは、あなたたち兄妹じゃないみたいだね。じゃあ、誰が…」
広間の中央で、ぱん、と大きな音が鳴った。道化師の恰好の男が、クラッカーを鳴らしたのだ。手品を見せている。踊っていた貴族たちも、集まって注目している。
「あなたが超獣使いなのね」
「え?」
一葉が振り返るとこちらに近づいてきたのは、淡いグリーンのドレスを着たシルビアだった。彼女は頭のてっぺんからつま先まで一葉を値踏みするように見ると、ふん、と鼻をならした。
「みすぼらしい娘ね。それでよくクラーク様のおそばに平気でいられること」
この人、この前私と会ったの覚えてないな…。と一葉は思ったが、黙っていた。
「ごきげんよう、クラリス様、エリザベス様」
ささっとシルビアは二人に挨拶をすませた。
「シルビア、この娘は…」
「わかっております、エリザベス様。この娘が恥知らずで凡庸な異世界の召喚者なのでしょう。おまえ、あそこへ行って何かやって見せなさい」
「は?」
一葉は口を引きつらせた。シルビアが指さしているのは、道化師のいる広間の中央だ。
「なんで私がそんなこと…」
「クラーク様にご迷惑をおかけしているんだから、当然でしょう。みなを楽しませることくらい、やってみせなさい」
わかった。私にドレスを送ってきたのも招待したのもこの女だな。と一葉は理解した。
そういえば、クラークと私が一緒に暮らしているのこの前会った時も不満そうだったな、と一葉は思い出した。
通りがかりのグラスを持った給仕を、シルビアは呼び止める。
「飲み物をよこしなさい」
「はい」
給仕はスパークリングワインの入ったグラスをシルビアに渡す。シルビアはそれを受け取る際、一葉に向かってスパークリングワインをぶちまけた。
「ちょっ…」
「あら、ごめんなさい。みなさま、ご覧になって! この娘が面白い余興をするそうよ!」
シルビアが大声で貴族たちに知らせる。
こいつ、私に恥をかかせるためにここへ呼んだんだな。一葉は納得した。招待状を送ってきたのも、ドレスを送ったのはそれを着ているのが一葉だと確認するためだろう。
「…一葉、それ!」
エリザベスが声をあげた。一葉のドレスが濡れた部分が縮んできたのだ。だからこのドレスを送ってきたのか。時間制限ありだ。一葉は舌打ちしたいのを堪えた。
クラークがそれに気づいて、こちらへ来ようとしたのを一葉は片手をあげて制した。クラークは困惑した表情で足を止める。
考えろ。今、ここで場を収めて、ここからすぐ出ていける方法…。今、ここで。
思いついた。一葉はにやりと笑った。
「お集りの皆様方。それでは僭越ながら、私が一芸を披露させていただきます」
一葉は片手を上げると、小さな丸テーブルのそばに立ち、テーブルクロスに手をかけた。そして、
「おお!」
「まあ…」
「一瞬で…」
貴族たちは歓声をあげた。
一葉がやったのは、テーブルクロスを上の食器を落とさずに引き抜くテーブルクロス引きだった。一葉は急いでテーブルクロスを体に巻き付ける。
速足で国王とセオドールのもとへ行き、「では国王陛下、皇太子殿下。これにて私は失礼いたします」と言って、悠々と広間を出て行った。
「な…なんなのよ!」
呆然としていたシルビアは、一葉が出て行ってから叫び声をあげた。




