初めての夜会
翌日、朝食を食べ終えたころに「超獣使いへ」と一葉にあててドレスが届けられた。いぬくんはテーブルの下でミルクをなめている。
「私に? 誰から?」
ヴァレンタインが持ってきた包みを一葉は受け取る。
「それが差出人不明なのです」
「そんなものが何故、一葉に?」
クラークも不可解そうに聞く。
「開けてみる」
一葉が中を開けると、青いサテンのドレスが入っていた。そして皇太子殿下の誕生日会の招待状が入っていた。それを見て、クラークは首をひねる。
「殿下が招待されたのなら、私に連絡がないはずはないんだが…」
「誕生日会って、いつ?」
「今夜。と言っても、ごく一部の貴族のみの夜会だ。貴族の暇つぶしみたいなものだからね。そんなものに一葉は出たいか?」
「興味ないなあ。お偉い人ばっかりなんでしょ? 貴族様の行儀作法とか知らないし。そういうの苦手」
一葉は肩をすくめた。
「だろうな。…しかし、セオドール様から招待が本当に届いたのか、確認する必要があるな」
「いいよ、別に。行かないし」
「そういうわけにはいかないだろう。本当に招待だったら、断るのは非礼に当たる」
「えーめんどくさい」
一葉は口を尖らせた。
「客人として来ているなら、これを受けるのも一つの義務だよ」
「…ああ、そう」
「ニワトリを飛ばすから、待っていなさい。私も今日は城へ行かずに準備するから…」
「そうなの? じゃあ、今日も私がご飯作っていい?」
一葉はぱっと顔を輝かせた。
「うっ…」
クラークはたじろいだ。
「またあの納豆とかいうものを…」
「それは初心者には難しいみたいだから、別のメニューにするよ。この前買ったほかの調味料も使わないともったいないし。いいでしょ?」
「…あまり量は作らないように」
「了解です!」
一葉は喜んでいぬくんを抱えて食卓を出て行った。
「お嬢様がいると、毎日にぎやかですね」
ヴァレンタインが置き去りにされたドレスを持って微笑む。
「まったく、毎日騒がしいな」
「ご主人様も楽しそうですよ」
「私が? …そうか?」
ヴァレンタインに言われたことがクラークには意外だった。
「ご自分でお気づきではないのですね。それでもよいと思います。この日々が長く続けばよいと、私が勝手に思っておりますので」
「…そうかもしれないな」
クラークは紅茶の残りを飲んだ。そしてため息を吐く。この日々が続くなんて、おとぎ話だ。
一葉がこの世界の地理を教えてくれと言うので、クラークは一葉の部屋で地図と地理の本を広げていた。そこへニワトリが戻ってきた。窓を開けて中へ入れてやる。
「セオドールよりクラークへ。一葉を招待してはいない。でも来たいならくればいい」
クラークが呼んで、ヴァレンタインがニワトリに穀物を食べさせて、かごへ入れた。
「ふーん。…気になるなあ」
一葉が腕組みをする。
「何がだ」
「私をセオドールの誕生会へ招待した人間だよ。何か理由があってそんなことしたんでしょ」
「…まさか、行ってみたいとか」
「言ったらどうする? 私、客人なんでしょ?」
クラークは額を押えてため息を吐いた。
「私はほかの貴族の相手をしなければならないから、一葉の面倒を見る余裕はないんだぞ」
「でも、クラークの仕事は私の面倒を見ることだよね?」
「………。………。罠に自分からかかりに行く気か」
クラークは渋い表情で言った。
「自分のことは自分で何とかするよ。私の世界には、毒を食らわば皿までっていうことわざがあるんだよ」
「それは雄々しいことだ。地理の勉強は今度だ。夜会の礼儀作法を半日で覚えなさい」
「うっ…が、頑張ります!」
一葉はこぶしを握って答えた。
「国王陛下、皇太子殿下、お招きいただき光栄です。お誕生日、おめでとうございます」
「よく来たな」
「あ、あ…そう」
一葉はクラークに続いてドレスのすそをつまんで国王とセオドールに挨拶すると、さっさと人の中に紛れた。セオドールはぽかんとして一葉を見ていた。
「夜会に行くなら、まずはお化粧をしなければなりません」
メアリアンに言われて、一葉はドレッサーの前に座らせられた。
「適当でいいよ」
「そういうわけにはまいりません。ご主人様が恥をかくことになります。女性のお化粧というのは、殿方の武装に匹敵するものですからね。青いドレスに合う装飾品も必要ですし、髪も結いましょう。お花を髪飾りにつけますね」
「…お任せします」
一葉は言われるがままにおとなしく座った。
メアリアンの先輩侍女だというブレンダが化粧を施してくれた。その間、メアリアンは髪を結い上げていた。
「一葉様は肌のきめが細かいから、化粧映えしますね。チークはピンクで抑え気味に、アイシャドウはオレンジ系にしましょう。口紅は若いから派手にならないようにピンクにしましょうね」
「はい…」
なんだかよくわからないが、一葉はされるままに鏡を見ていた。
鏡に映るのは自分だけど、ブレンダの手できれいになっていく様子をみるのは、自分ではないような気がした。どうも気恥ずかしくてむずむずする。
亡くなった公爵夫人のものだという小ぶりなダイアモンドの首飾りとイヤリングをつけられ、手には白い絹の手袋をはめた。靴はヴァレンタインが何種類が取り寄せてくれて、クラークが選んで白いパンプスを履くことになった。
「見違えたな。すごくきれいだよ」
「あ、ありがとう…」
クラークに褒められて、一葉はチークを塗られた頬を赤く染めた。こんな格好をしたのは生まれて初めて…。いや、兄の結婚式でも似たような恰好をしたかな。でも、夜会なんて行くのは初めてだから一葉はかなり緊張した。
「クラークもかっこいいよ。いつもだけど、今日はさらに」
「お褒めに預かり恐悦至極」
二人は笑いあった。
中世ヨーロッパに似ていると言っても、衣装がなんか思っていたのと違うな、と一葉は思った。この時代は礼服は白いタイツみたいなのだったような気がしたけど、クラークは白いスーツに近い服を着ている。
というか、白いタイツのクラークはあんまりみたくないな、と一葉は思った。
それに一葉のドレスもコルセットを身に着けるようなものではないし、ドレスもぶわっと広がっていない。現代のドレスに近いような衣装だ。
マントを羽織ってきっちりとした襟の絹の刺繡の入った衣装に身を包んだクラークに手をとられて夜会の会場へ向かうと、一葉も興奮と緊張で胸が高鳴った。
そんなわけで、あっという間に夜会の時間となり、城の会場へクラークにエスコートされて一葉は到着することになった。
クラークはすぐさまきれいに着飾った令嬢たちに囲まれた。それを察した一葉は、クラークから離れる。彼は一葉を心配そうに見たが、「大丈夫」と言って一葉は会場内へ歩き出した。
パーティ会場は一葉が来たことの無い城の一角にあった。ラスティのいる場所にしかほとんど行かないので、広い城の地理は把握できていないのだ。
豪華なシャンデリア、広々としたダンスホール、色とりどりの花が飾られている。もっとも、花はここへ招待された貴族の娘たちなのだろう。
「おまえ、招待されたのか?」
青いドレスを着た一葉に、ラスティが驚いて声をかけた。
城の一角で行われる誕生日会という名の夜会。オーケストラが生演奏をしている。見た感じでは、一葉の世界と似たような楽器で演奏していた。ヴァイオリンやビオラ、ハープやトランペットなどだ。立食形式でオードブルが並んでいる。
主役であるはずのセオドールは最初に挨拶しただけで女性に囲まれて、愛想笑いを浮かべている。風邪ひかなかったんだな、と一葉はそちらを案じていた。
「された…ようなされてないような。てことは、招待したのはラスティじゃないのね」
「俺がおまえを? するわけないだろう。貴族の集まりなんて、おまえに耐えられるか?」
「よくご存じで…。まったく、着なれないもの着てるから肩凝るわ」
一葉は腕を回した。
メアリアンのお化粧と衣装と装飾品のおかげでそれなりに見えるのだろう。ちなみに眼鏡は外している。目薬のお茶というものを飲ませてもらい、一日だけ視力が回復しているのだ。
「しかし、見違えたぞ。それなりの恰好をすればそれなりに見えるとは。そんなドレスを持っていたんだな」
「送られてきたんだよ。差出人不明で」
「…そんなもの、よく着てきたな」
ラスティが呆れ半分に言う。
「だってこれ着ないと、誰が送り主なのかわかんないじゃん」
「おまえは…少し自分の立場を自覚したほうがいいぞ」
呆れたようにラスティが言う。
「ラスティ様、お話し中失礼いたしますわ」
貴族の少女が声をかけてきた。淡いピンク色のドレスに、ピンクの髪。茶色の目がまるでお人形さんのようだと一葉は思った。
「ん? フェリシアか」
「どこかのお嬢様?」
「グウィン侯爵の娘だ。フェリシア、こっちは一葉だ。…父上の客人だ」
全部説明すっ飛ばしたな、と一葉は思ったが、超獣使いだということは必要ないだろう。クラークに言われた通り一葉はドレスをつまんでお辞儀をして見せた。
「はじめまして、フェリシア様。一葉と申します」
「はじめまして、一葉さま。私はフェリシア・グウィンと申します。ラスティ様とは小学の同期なんです」
「そうなんですか。お人形さんみたいにかわいい方ですね」
一葉にそう言われて、フェリシアはぽっと顔を赤くして頬を撫でる。
「まあ…そんな。お世辞でもうれしいですわ」
リアクションもかわいいな、と思いながら一葉はラスティをつついた。
「踊ってあげなよ」
「ああ、そうだな。フェリシア、一曲どうだ?」
「はい、喜んで」
フェリシアは嬉しそうにラスティの手に自分の手を重ねた。優雅な仕草で人の輪に入って踊りだした。さすが王子と貴族…と一葉は感心して眺めた。身長の低いラスティよりさらに小柄なフェリシアはお似合いだ。付け焼刃でクラークにワルツを習ったが、一葉ではとても踊れそうにない。
オーケストラにピアノはないようだった。文明は発達しているようにも見えるんだけど、ところどころ違いがある。衣装も現代に近いし、よくわからないな。と一葉は天上のシャンデリアを見上げた。
「あの、失礼ですが」
「はい」
貴族の娘たちがわらわらと一人になった一葉に寄ってきた。




