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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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水遊びではしゃいだ日

「シリウス、どこー?」

「どこだ、シリウス!」


 洞窟の中から外へ出たはいいが、シリウスはとっくにいなくなっていた。

「ねえニール、シリウスが行きそうな場所とかわかる?」

「私に聞かれましても…」

「くるるる」

 いぬくんが駆けだした。


「あ、もしかしていぬくんがわかるかも!」

「行くぞ」

 いぬくんの後に続いて山道をかける。道なりに行くと、小さな沼があった。シリウスはそこで水を飲んでいた。


「へえ、こんなところに沼があったんだ」

「久しぶりの水を飲むのはどんな感じだ?」

 ラスティが近づいてシリウスの背を撫でる。シリウスは顔をあげた。


<…うまいな。水がこんなにうまいものだとは、忘れていた>


「そうか。もっと味わえ。これからはいくらでも飲めるぞ」

 ラスティは嬉しそうに笑う。

<よいのか?>

 シリウスは舌を伸ばす。

<我は封印された獣だぞ。魔力が抑えられたとはいえ、どんな災いをもたらすかわからんぞ>

「もしそうなったら、俺が封印してやる。だが、おまえはそんなことはしない」

<何故そう言い切れる?>

「おまえと俺は友達だからだ」


 ラスティが微笑んでそう言った。シリウスはじっとラスティをみつめる。

 一葉は「ひゅー」と言った。いつの間にかみんな沼の周りに到着していた。


<…はは。我を封印したものの子孫がそのような戯言を言うとは>

「戯言じゃない。俺は…」

 シリウスは水の中へ顔を突っ込むと、ラスティを振り返ってばしゃっと水をかけた。

「な、何をする…」

 ラスティは驚いて固まった。


<我とおまえは友人なのだろう。これくらいは遊戯ではないか>

「…はは! なるほどな」

「殿下、濡れてしまいます!」

「かまうな」

 心配するニールをよそにばしゃばしゃとラスティとシリウスは水をかけあう。


「やれやれ。ガキね…って、ちょっとお!」

 一葉が肩をすくめていたところへ、ラスティが水をぶちまけた。

「何すんのよ!」

「おまえだけかっこうつけているからだ」

「ちくしょー、見てなさい!」


 一葉は沼の脇からラスティに水をかけようとして、それではかけられないこと気づいて思い切ってラスティとシリウスと一緒に沼に入り、ばしゃばしゃと水をかけあった。


「冷たい! ぬれちゃえ!」

「あははは、びしょぬれだ!」

<おのれらがもっと濡れているぞ>


「まったく、見ていられないわ。これだから下賤のものたちは…きゃあ!」

 エリザベスの顔面に泥が直撃した。

「だ、大丈夫ですか、エリザベス様…」

 隣りに立っていたクラークは、どうなだめようかと手を伸ばす。


「…許さなくてよ!」

 エリザベスはクラークを素通りして、沼にばしゃばしゃと入った。泥をぶつけてきた一葉にばしゃばしゃと水をかける。


「何するのよ! 無礼者!」

「あはは、泥まみれじゃん! お姫様が」

「誰のせいだと思っているのよ! きゃあ!」

「すましているからだ!」


 エリザベスとラスティと一葉の3人とシリウスの1匹で沼の中で水をかけあう。水はもう冷たい季節だが、子供たちには関係ないようだった。


「元気だな、子供は」

 クラークは苦笑してブラッドを振り返る。

「まったくだ。帰るとき、びしょぬれだな。すぐ風呂に入ってもらわないとな」

「…殿下はよろしいのですか?」

 シアンがじっと3人を見ているセオドールに声をかける。


「ぼ、僕は…」

「仲間に入りたいのでは?」

「余計なことを言うな、シアン。殿下は身体が弱いのだから水浴びして風邪でも引かれたら大変だ」

 クラークが釘を刺す。セオドールは何か言いかけて、押し黙った。ふとこっちを見ているセオドールに気づいた一葉は、「あんたも来なさいよ」と言った。


「僕は…」

「無茶言うな、一葉。兄上は身体が弱いんだ」

「じゃあ、これならどう?」

 一葉は沼の泥をセオドールに投げつけた。


「な、なんてこと…」

「…やったな!」

 セオドールは嬉しそうに笑って、沼のそばによって泥を拾い上げて一葉にぶつけた。


「ぎゃあ! 何すんのよ!」

「あはははは!」

「お、お兄様が…」

「声を上げて笑っている…」


 エリザベスとラスティはぽかんと口を開けてそれを見ていたが、泥と水の攻撃を避けるのにたちまち夢中になって遊んだ。

 もう帰ろうとクラークにたしなめられるまで、子どもたちはびしょぬれになってはしゃいでいた。


 シリウスはこの山で狼として暮らすと言った。

「おまえがそうしたいなら、そうれうばいい」

「…よろしいのですか?」

 クラークが警戒を露わに聞く。

「かまわない」


<我を封印した者の子孫がそのようなことを言うとはな>


「シリウスが何かする気なら、俺たちは初めて会った時にどうかなっているはずだ。そうだろう?」

 ラスティの言葉に、シリウスは喉を鳴らした。

<我の力を利用したいとは思わないのか? 杖を外せば山一つ崩せるぞ>

「そんなことしてどうするんだ」

 ラスティは呆れて息を吐いた。

「そうだな…。もし俺や兄上が困ってシリウスの力が必要になったら、頼む時が来るかもしれない。そのときはまたここへ来る。いいだろうか?」

<好きにするがいい>

 シリウスは金色の目を細めた。きっと笑っているんだろうと一葉は思った。


 ラスティは時折様子を見に来ると言って、皆で城へ戻った。


 のちにレスタントの国王となったラスティは、このときが兄妹3人で遊んだ最初で最後の時だった、と振り返っている。




「…さむっ!」


「早く身体を洗ってあたたまりなさい。まったく、何故私がおまえと一緒にお風呂へ入らなければならないの」

「だってしょうがないじゃん。一応私、お客様だし」


 水遊び後、グリフォンに乗せられ王族と一葉は急いで風呂に入って来いとクラークに言われてここにいる。風邪を引かれでもしたら大変だからだろう。女性の王族用の広い風呂に一葉とエリザベスと侍女がいた。


「エリザベス様、お身体を洗います」

 侍女が服をまくって入ってきた。

「そうしてちょうだい」

「自分で洗わないんだ…」

「当然でしょう? 王族は人を仕えさせるものなの」

「はあ、まあ、そうですか…。私は勝手に洗うからいいけどさ」


 ここにはボディソープもシャンプーもないので、せっけんで全身を洗う。ついでにいぬくんも洗ってやった。

 洗い終えると、我先にと一葉はいぬくんを湯船の外に置いて湯船に入った。広い湯舟はかなりの人数が入れそうだ。大理石のツボを持った女性の像からお湯が注がれている。


「あー…あったまるー…」

 さすがに秋の水浴びは冷たかった。またセオドールが熱を出したりしなきゃいいなあ、と思いながら一葉は風呂の外の景色を眺める。窓から山の景色が見えた。


「わー…きれいな景色」

「城の裏は山だもの。それはきれいでしょうよ」

 エリザベスは長い髪をタオルで巻かれて湯船へ入ってきた。服を着たままの侍女は、入り口で待機している。


「これって、裏が山なのは攻め込まれにくいようにとかそういうこと?」

「当然よ。王都が攻め込まれたらこの国はおしまいだもの」

「そういえば、私、この国の地理とかって知らないなあ。この国ってどのくらいの大きさなの?」

「ここは南の敵国のコルディアと隣り合わせで、西は海に面しているわ。それはコルディアも同じね。東には永世中立国の共和国マレッサ。北には同盟国のエルビド王国があるの」


「ほかにももっといっぱい国があるんでしょ?」

「それはそうよ。…異世界から来たというのは本当なのね。ものを知らなすぎるわ」

 エリザベスは呆れて言う。そう言いながらも、意外と親切だな、と一葉は思った。

 最初の出会いが強烈だっただけに、無視されて終わりかと思ったのに。


「そうだねえ。ブライアンからもっと文字だけじゃなく、いろいろ教えてもらわなきゃね」

「…ブライアンに文字を教わっているの? クラークには?」

 エリザベスが湯船の端から徐々に一葉に近づいてくる。

「クラークにはこの前教えてもらった。夜もときどき聞いたりしてるけど…気になるの?」

 一葉がにやりと笑うと、エリザベスはつんとすましてあごを上げた。


「別におまえには関係のないことよ」

「そう。まあクラークとはいつも、ご飯の時とか馬車乗ってるときとか話するくらいだからね」

「…どんな話をしているの?」

「やっぱり気になるんだ」

「無礼よ」

 一葉がにやにや笑うと、エリザベスはまたぷいとそっぽを向いた。


「好きなんでしょ? クラークのこと。それとも気に入ってるだけ?」

 エリザベスはじろりと一葉をにらんでから、そっぽを向いて「…好きよ」と言った。一葉はエリザベスのそばに移動する。

「どんなところが? あ、でもクラークって婚約者いるよね」


「あんな女」エリザベスは唇を尖らせる。「勝手に名乗っているだけよ。そもそもクラーク自身が結婚しないと言っているんだもの。あの女が断るのを待っているんだから」

「はあ。でも、言ってたら事実になると言う可能性も」

「絶対そんなことさせないわよ。お父様に言って、やめさせるわ」

 エリザベスが力んで言った。

「まあ王様の言うことなら逆らえないよね」


 シルビアには気の毒だが、クラークが結婚する気がないのなら仕方ない。でもセシリアもクラークのことを好きだったような。いやでもセシリアにはブラッドが。複雑だなあ、と一葉は思った。

「そういえば、クラークって忘れられない人がいるんじゃ?」


 何かそういう話をシルビアが言っていたような。一葉は記憶の糸をたぐる。

「もう死んだわ。傭兵の魔法使いの女。先の戦いで」

「ああ…そうなんだ」

 クラークも大事な人を失っているんだな。一葉はどんな人なんだろうと思った。あのイケメンの恋人になる女性は。


「…おまえもクラークを慕っているんでしょう?」

 エリザベスは恨めしそうに言う。

「ずっとそばにいるものね」

「私は別に…。クラークはイケメンだとは思うけど、エリザベスと同じではないと思うけど」


「嘘おっしゃい。クラークのそばにいて、彼に思いを寄せない女なんていないわ」

「それは人によるでしょ。そこまで持ち上げられて、クラークも幸せだとは思うけど」

 一葉は呆れたように言う。エリザベスは本当にそう思っているようだ。


「じゃあおまえは…誰を思っているの?」

「私はね…」

 一葉はこっそりとエリザベスに耳打ちした。


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