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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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封印が解かれた日

「ちょっと、あなたたち」

「え?」


 午前中の勉強を終えてグリフォンの厩舎へ行こうとニールとラスティと一葉が城の廊下を歩いていると、少女の声が響いてきた。

「どこへ行くつもりかしら?」

「どこって…」

「巨乳の子じゃない。何か用?」

「どういう覚え方しているの! あなた本当に失礼ね! エリザベスよ!」


 一葉の物言いに、エリザベスは噛みついた。後ろには侍女が黙って控えている。

「覚えてるよ。出会いが衝撃的だったからね。これから狼に会いに行くんだよ」

「私も行ってもいいわよ」

「…は?」

「え?」

 エリザベスの発言に、ラスティと一葉はきょとんとする。


「行ってもいいって…どういうこと?」

「おまえ、シリウスに会いに行きたいのか?」

「別に会いたいなんて言っていないわ。でも、あなたたちとお兄様が熱心に何かしているようだから、まあつきあってあげてもいいわ」

「だったら別に来なくていいわ。じゃあね」


 エリザベスの高慢な言い方に、一葉はさっさと背を向けて歩き出す。エリザベスは驚いて声をあげた。

「ま、待ちなさい! この私が行ってもいいって言ってるのよ?」

「だから行きたいって言うならいいけど、来たくないならいいってば」

「あー…一葉。エリザベスは」

「む、むうう…。つ、連れて行きなさいよ! この私を!」

 侍女は黙ってエリザベスの後ろから頭を下げた。


「…だってさ。ラスティ、どうする?」

「こいつはこれが行きたいという意思表示なんだ。来るなら来い。だが、護衛が必要だろう」

「それなら、クラークがいるわ。お父様の許可も取ってあるの」

 エリザベスが自信満々で言った。


「何よ、行く気満々じゃないの。なんというツンデレ」

「つ、つんでれ? とはなんだ?」

 ラスティは首をひねる。


「ツンが普段はツンツンしてるけど、好きな人と二人になるとデレっとしてるっていうか…いや、それよりクラーク来れんの? 忙しいんじゃないの?」

「あら、クラークは私のためならどんなことでも聞いてくれるわ」

 エリザベスが勝ち誇ったように言った。


「じゃあ、その恰好はだめだよね」

 一葉が腕組みして言う。

「着替えてきなよ。山の中は虫とかいっぱいだから刺されるし、そんな恰好じゃ動きづらいし」

「私はこれで…」

「だめだ。着替えてこい」

「姫様、そうしましょう」

 エリザベスはラスティに言われ侍女に促され、しぶしぶ着替えることにした。


 グリフォンの厩舎へ行くと、すでにブラッドとセオドール、そしてクラークとシアンがいた。

「やあ、お三方。お待ちしてましたよ」

 シアンがにこにことしてラスティと一葉とエリザベスに歩み寄った。


「よかった。シアンも来てたんだ」

「殿下のお呼びとあれば、来ないわけにはいかないからね」

「クラーク、私をグリフォンに乗せてくれるでしょう?」

「もちろんです、エリザベス様」

 クラークは微笑んだ。


 エリザベスは、ふふん、と笑って一葉を見たが、シアンと話しているのでこっちを見ていなかった。エリザベスは面白くなくて渋い顔をする。


「封印を解くってどうやってするの? 魔法で?」

「そうだね。おそらく封印は魔法でされているだろうから。俺に解けるレベルでの封印であればいいんだけど」

 シアンが思案気に頬に手をあてる。


「でもシアンだったら大丈夫だよ」

「どうして?」

「根拠はないけど」

「根拠なしかあ。それもいいね」

 シアンは肩を揺らして笑う。


「ほら、行くぞ。グリフォンを使用するのもそろそろ最後にしないとな。馬と違って、こいつは使用するのに上の連中にあまりいい顔されないんだ」

「へえ、そうなんだ」

 ブラッドに急かされて、一葉はいぬくんを抱いていつもどおりニールに、セオドールはブラッドにグリフォンに乗せてもらう。

 シアンはラスティと一緒に乗り、エリザベスはクラークとグリフォンに乗った。


「はあ、やっぱり空の上は気持ちいいな…って、ちょっと見て! ペンギンが空飛んでる!」

 一葉は肩掛けカバンを身に付けて空を飛んでいくペンギンを指さした。

「それはそうだろう。ペンギンは手紙を届けなければいけないからな」

 一葉が一人で興奮気味に指さしているのを、ほかのみんなは珍しくもなく眺めている。


「いや普通ペンギンは手紙届けないし、そもそも空飛ばないんだって! ていうか、本当にペンギンが空飛ぶんだね…」

 一葉はただただ呆気に取られて小さくなっていくペンギンを見送った。


「おまえの世界は、だろう。変わった世界だな」

「私から見ればこっちのほうがよっぽど変わってるよ! 普通ペンギンは海を泳ぐんだから」

「そんな馬鹿な話があるか」

「嘘じゃないって!」

「あはは、一葉の話は面白いなあ」

 シアンが楽しそうに笑う。


「鳥が海を泳ぐとは、実に不思議な世界だ」

 クラークも感心して言う。エリザベスは面白くなさそうにそっぽを向いていた。


 洞窟近くでグリフォンを木につないで、一行は洞窟へ向かう。

「でも、クラークが来るなんて意外。忙しくないの?」

「クラークは、私のためならいくらでも時間を割いてくれるのよ」

 エリザベスが得意げにクラークの腕をとった。


「そうなんだ」

「陛下のご命令だからね。なんとでも仕事は調整するよ」

 クラークはエリザベスにされるがままにそう言った。

「父上はエリザベスには甘いんだ。唯一の娘だからな」

「ああ…。そういうこと。男兄弟の下の一人娘ってそうだよね」

 ラスティの説明に一葉はうんうんとうなずいた。


「歩きづらいわ、クラーク。私を抱えてくれない?」

 洞窟の中へ入った途端、エリザベスがクラークの腕をつかんで言った。

「かしこまりました」

「ええ? いいの?」

 さらりと答えるクラークに、一葉が思わず大声をあげた。


「エリザベス様のご希望なら、仕方ないだろう」

 クラークは膝をついて、両手をあげる。エリザベスは当然のようにその腕の中におさまり、お姫様抱っこしてもらった。

「なんのために着替えてきたんだが…」

 一葉は毒づいたが、エリザベスは無視して「ありがとう、クラーク」と微笑んだ。


「お姫様ってああいう生き物なのね」

 前を歩くニールに一葉はこそりと言う。

「それは人によると思いますが、エリザベス様はクラーク様がお気に入りなので…」

「ふーん。イケメンも大変なんだね」

「権力を持つ人には逆らわないのが出世する近道だよ」

 シアンが小声でそう言った。

「それは納得」


「なんだか、獣臭いね。これが狼のいる証拠かな」

 シアンはふんふんと鼻を鳴らした。

「あ、それあるかも。…ほら、あそこだよ」

 一葉は短くなった杖を持ってシリウスを指した。


<…今日はまた客が多いな>


 呆れたようなシリウスの声が頭に直接響いた。

「まあ、確かに大きい狼ね」

「本当。これはびっくりだ」

 エリザベスとシアンはシリウスを見て呆気にとられたようだ。クラークはじっと狼をみつめる。

「これはすごいですね。…姫、ここでよろしいですか?」

「ええ、そうね。下ろしていいわ」

 クラークはそっとエリザベスを地面に下ろした。


「こいつはエリザベス。俺の妹で、彼は将軍のクラークだ」

 ラスティは手短にシリウスに二人を紹介する。

「挨拶しなさい。おまえは何物で、どういう存在なのか私に教えなさい」

 エリザベスが当然のようにシリウスに問い始めた。


「今日はおまえの封印を解くために来た」

 エリザベスを無視して、ラスティは話を始める。

「ちょ、ちょっと、ラスティ…」

「シリウスが何物かは見ただけでわかるだろう。あと、これから忙しいんだ。邪魔するな」

「な、なんですって…」

 エリザベスが顔を真っ赤にして拳を握りしめた。


「それじゃあいぬくんにお願いしていいの?」

 一葉もエリザベスを素通りしてシリウスにいぬくんを抱き上げて近づく。

「わ、私をないがしろに…」

「殿下、お気になさらず。ここはラスティ様にお任せして、私たちは事の成り行きを見守りましょう」

 クラークがさらりとなだめて、エリザベスは「…まあいいわ。勝手になさい」とつんと顎を上にあげて言った。


<…何をする気だ?>


 シリウスは警戒して唸った。

「おまえが人から恐れられるのは、その魔力と大きさだ。ようするに、それがなければただのしゃべる狼だ。そうだろう?」


<それがどうした。我をその狼にできるというのか?>


「できる。かも、しれない」

 ラスティは一葉を振り返る。一葉はうなずいた。

「もしかしたら、シリウスをちっちゃくできるかもしれないよ」

 一葉は手に持っていた杖を掲げて見せた。


「これ、シリウスにささってた杖だよ。いぬくんがかみついたら、こんなに小さくなったの」

「くるるる」

 一葉の腕の中でいぬくんが返事をするように鳴いた。


<そんな馬鹿なことが…>


「あるんだよ。ねえ、いぬくんにちょっと体のどこかかみつかせてくれない?」

「頼む。シリウス。おまえに危害を加える気はない。おまえが本気を出せば、おれたちをこの場から吹き飛ばすことも可能だろう。少しだけ、俺たちにつきあってくれ」

 真摯な様子のラスティにシリウスはしばらく考えてから、左の前足をそっと差し出した。


<一度だけだぞ>

「やった! いぬくん、お願い」

 一葉はいぬくんをシリウスの足の前に下ろした。いぬくんはシリウスの前足にかぷりとかみつく。そして、じゅーじゅーと吸い上げるような音を周りに響かせた。

 すると、みるみるうちにシリウスの身体が縮み始めた。


「おいおい…」

「これはすごいな」

「みるみる縮んていくねえ」

「本当に…」

「なんてこと…」

 見ている者たちは呆気に取られて巨大な獣が狼の大きさまで縮むさまをみつめていた。


「くるる」

 一匹の狼ほどの大きさになったところで、このくらいでいい? というように、いぬくんがシリウスから口を話して一葉を振り返る。

「やったあ、いぬくんすごい!」

 一葉はいぬくんを抱き上げて頭を撫でた。


「ふむ…。本当にすごいんだな。やはりこれが超獣なのか」

 ラスティが今更のように言う。

「失礼な。本当に超獣だよ。で、ブラッド。ベルトちょうだい」

「ああ、そうだったな」

 ブラッドは腰に下げた道具袋からシリウスにつけるための黒いベルトを取り出した。

「いぬくん、この杖もうちょっと小さくして」

「くるるる」

 いぬくんは一葉に言われた通り杖にかみついて、じゅーじゅーと音を立てて5センチほどの大きさにした。 


「これくらいならいいかな。シリウス、これつけさせてよ。ベルトに巻いておけば、杖をさす必要はないし」

<…わかった>

 見下ろすほどの大きさだったシリウスは、自分が小さくなったことへの実感がまだわいていないのか、呆然としたまま一葉にされるままにベルトをつけられ、杖を首から下げた。


「どうだ? シリウス。身体に何か違和感はないか?」

「魔法はどう? 使える?」

 ラスティと一葉に矢継ぎ早に聞かれ、シリウスはふう、と息を吐いた。


<…異常はない。むしろ体は軽いくらいだ>

「よかった」

「やったね、いぬくん」

「くるるる」

 一葉はいぬくんをぐしゃぐしゃと撫でまわした。

「さて、それじゃ俺の出番かな」

 シアンはすっと前に出てシリウスの後ろ脚につながれている光る鎖を触った。


「これが封印か」

<…おまえは>

 シリウスがじっとシアンを見て、ふいと顔をそらした。


「なんとかなるんじゃないかな。だいぶ昔の封印だから、強力なものだけど解けないわけではないと思うよ」

 シアンは微笑んで鎖のもとにある紋章の上に立った。そこには星形の模様と文字が書かれている。

「なんて書いてあるの? これ」

「古代文字だからなんて書いてあるかはわからないけど、おそらく封印に関することだよ」

「シアンでもわからないんだ」

「うん。じゃ、みんな。ちょっとだけ離れててね」

 シアンに言われて一葉は後ろへ下がった。シアンは両手を合わせて目を閉じる。


「さて。…女神よ、あなたの大いなるお力を持って、このものをとらえし呪縛を解き放ちたまえ。ディスペル」

 シアンが呪文を唱えると、彼の手から光が放たれそれはどんどん大きくなり、シリウスの鎖と彼の身体を包んだ。

 それはやさしい光だった。一葉たちはまぶしさに目を細める。次第に光は小さくなり、鎖と魔法陣は消えた。


「ふう…こんなものかな」

 シリウスの頭に手を伸ばして、シアンは彼の頭を撫でる。

「どう? もう自由に動けると思うけど」

<ああ…>

 シリウスは全身を揺らし、ぶるぶると身震いした。そしてラスティの周りをうろうろする。

<…なんともない>


「よかった。おまえはもう、自由だ」

 ラスティが微笑んだ。


<自由…>


「そうだね。自由だよ」


<我は、自由…>


 そう言葉にするとシリウスは駆け出した。洞窟の出入り口へ一直線に駆けて行った。

「あ、待ってよー!」

「待て、シリウス!」

 一葉とラスティは急いで追いかける。続いていぬくんとニールが走り出した。シアンはセオドールを見る。


「どうなさいますか? 殿下」

「…行くよ」

 セオドールが小さく言って駆けだす。すぐにブラッドもついていった。


「クラーク」

「かしこまりました」

 エリザベスに呼ばれ、クラークは膝をついて彼女を抱きかかえる。そして駆け出した。シアンは最後になって周りを見渡してから、「…やれやれ」とため息を吐いて洞窟を後にした。


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