魔法とクリバチ
「そろそろ栗の実がたくさんなる時期なんだよ」
城壁に囲まれた街の出入り口となっている門までシアンと連れ立って一葉は歩く。背中にはシアンが用意させたかごを背負っている。
いぬくんが「くるくる」と鳴くため、一葉が両腕で抱えてやると泣き止んだので、そのまま抱えて歩いていた。
「栗かあ。私、栗好きだなあ。おいしいもん」
「そう? よかったね。たくさん食べられるよ」
「? 栗林に拾いに行くの?」
「いや。向こうから来てくれるんだ」
門番にシアンが開けてほしいと頼むと、今は冒険者たちも大勢外にいると言って、城壁の門の外へ出してくれた。門の外には、大勢の戦士や魔法使いらしき人たちがいて、彼らは「クリバチ」を待っているんだとシアンが教えてくれた。
「クリバチ? 何、それ? 栗の花が好きなハチのこと?」
「知らないかな。栗の実を主食とするハチのことだよ」
シアンが戦士たちのそばからつかず離れずのところで立ち止まって周りを眺めた。門から外へは石畳の道が遠くまで続いていて、周りは丘がなだらかにあって、さらに周りには森が続いている。
「??? ハチなのに、栗を食べるの?」
「ハチは果実を食べるものだよ?」
「ええ? 花の蜜を吸うものだよ?」
かみ合わない会話をシアンと一葉がしていると、「来た」「あれだ」と周りの人が口々にするのが聞こえた。その声につられて見ると、前方から栗のイガがいくつも飛んでくるのが見える。
「え、えええええ? 栗のイガイガが飛んでくるよ、シアン!」
「あれがクリバチだよ」
「クリバチって…あのイガイガを運んでるやつ? あんなにでかいのがハチなの?」
無数にこちらに栗のイガを運んで飛んでくるのは、スズメほどの大きさのあるハチだった。
「そうだよ。一葉の世界のハチは違うの?」
「あんなでっかくないよ! スズメバチだってあんな大きくないし! 刺されたら死んじゃうよ、あんなの!」
「大丈夫。そのために」わめく一葉をよそに、シアンは周りにいる戦士や魔法使いたちを指した。「彼らがいる」
「灼熱の炎の塊よ、その力を持って敵を焼き尽くせ、ファイアーボール!」
栗を運んでくるクリバチたちに、魔法使いは炎の呪文を唱えて追い払い、戦士たちは斬りかかる。クリバチは一葉の世界のハチと違って、大きいせいか動きも鈍かった。
「うわあ…こんなふうにして退治するんだ」
ファンタジーのアニメや映画の世界を自分の目で見たことに、一葉は人知れず感動してしまった。
「一葉、こっちこっち」
シアンは一葉を手招きして、地面に落ちた栗のイガイガのそばへ膝をついた。そして一葉に軍手を渡す。
「栗、拾うの?」
「いや。こうするんだよ」
シアンは軍手をはめて腰につけていたナイフを取り出し、栗のイガイガを割って中から栗を取り出し、それを遠くへ放り投げた。その栗へ向かって、クリバチたちが我先にと飛びついて栗の皮を裂いて中身を食べ始めた。
「な、なんで?」
「クリバチたちはね、自分で栗のイガイガを割ることができないから、こうして人間のところへ運んできて割らせて、その実を食べるんだ。だから、栗バチって言うんだよ」
「へえ…。え? だって、やっつけるためにみんなここにいるんじゃないの?」
周りの戦士たちは必死になってクリバチたちをたたきのめしている。
「もちろん、それもあるよ。クリバチたちの数が増えすぎないように。でもね、ほら」
よく見ると、シアンと同じようにクリバチを倒したせいで地面に落ちた栗のイガイガから中身を出して、遠くに放り投げる人たちも現れ始めた。
「クリバチたちはこうして俺たちに栗を運んできてくれるわけだから。そのお礼もかねて、退治もするし提供もする。等価交換だよ」
「矛盾してない?」
「世の中は矛盾だらけだよ。人間が生まれてくると必ず死ぬことが決まっているようにね」
「ふむう…」
なんだか丸め込まれた気がしないでもなくて一葉は首をひねる。
「一葉はクリバチたちが食べてないイガイガのほうを拾って」
「うん。わかった」
一葉は栗のイガイガを拾おうとして、ふとクリバチたちがどんなふうに栗を食べたのか気になった。好奇心でクリバチが食べ終えたと思った栗を拾い上げたのだ。そのとき、一匹のクリバチが一葉めがけて突進してきた。
「…一葉!」
「っ、あ」
一葉が身をよじって避けようとしたとき、腕の中からいきなり炎が発してクリバチは丸焦げになって地面へ落ちた。
「…え?」
一瞬目を閉じて事態が見えなかった一葉には、何が起こったかわからなかった。けれど確かに腕の中が一瞬熱くなって、クリバチが焼けたのがわかった。
「…いぬくん、なの? 今のは」
「くるくる」といぬくんが鳴いた。
「へえ、それが超獣の力か」
シアンが感心したように栗のイガイガを切る手を止めて、いぬくんをつついた。
「すごいね。一葉の危機を一瞬で救ってくれたよ。これが超獣と超獣使いか」
「え…っと、私、よく見てなかったんだけど、いぬくんが炎を出したの? 今」
「そうだよ。口からすごい炎を吐き出したんだ。クリバチに向かって」
「…そうなの? いぬくん」
「くるるる」
いぬくんはのどを鳴らして鳴いた。返事をするように。
「一葉に何かあると守ってくれるんじゃないかな。そうだ、あのクリバチを退治してって言ってみたら」
「わ、わかった…。いぬくん、あのクリバチをやっつけてくれる?」
「くるる」
いぬくんは小さく鳴くと、前方の栗を運んできたクリバチたちに向けて炎を吐き出し、一気に5匹ほど焼き殺してしまった。
「なんだあ?」
「魔法か? 今のは」
クリバチを追い払っていた戦士たちや魔法使いたちがこっちに注目してきた。
「なんか、あの動物が火を吐いてたぞ」
「見たことないな、なんだあの生き物」
「すごいよ、シアン…」
一葉はいぬくんを腕から地面に置いて、地面に転がる焼けた栗を指さした。
「一瞬で焼き栗だ!」
「驚くとこそこなの? まあ、いいけど」
シアンはまだ熱々の焼き栗をむいて、中の栗を取り出して一葉に渡した。
「熱いよ」
「ありがとう。…アツアツだ」
ふうふうと息をふきかけながら食べる焼き栗は、一葉の世界で食べるものと変わりなくおいしかった。
「司祭さま、その動物は召喚獣なんですか?」
魔法使いらしき女性がシアンにいぬくんを指しながら尋ねる。
「違うよ。この子は超獣なんだ」
「超獣?」
魔法使いはぽかんとして口を開いたが、「まさか」と笑い出した。
「クラークと同じリアクションだなあ…」
焼き栗の皮をむきながら、一葉がひとりごちる。
「本当だよ。見たでしょ、今の」
「でも、超獣って伝説の生き物ですよ。本当にいたかどうかもわからない」
「なんだって? 超獣だって?」
クリバチを切り倒した屈強そうな戦士が、こちらへ話しかけてきた。
「そう。それで、この子が超獣使いなんだよ」
「はは、司祭さまはまたそんなお伽話を」
「本当だってば。ほら、いぬくん!」
「くるるる」
一葉がクリバチに向かっていぬくんを持ち上げると、さっきと同様にごおっと炎を吐き出して、クリバチを一気に数匹黒焦げにした。
「ほお…確かにすごいけど、人なれした魔物じゃないのか? それとも、召喚獣か?」
「違うってば。本当に超獣なの!」
一葉がむきになって叫ぶと、戦士は「わかったわかった」と笑った。
「もう…。どうすれば信じるのかな」
あらかた栗を食べてクリバチたちが去っていくのを見ながら、一葉は不満げに栗を拾ってかごに入れる。
「でも、今日みんな見たからね。いぬくんが炎を吐き出したこと」
栗を拾いながら、シアンは笑った。
「だけど、誰も信じてないよ」
「今のところはね」
シアンは意味ありげに微笑んだ。