どっちなの?
「…遅かったね。何、話してたの?」
不満げなセオドールが洞窟から出てきたラスティに尋ねる。
「お待たせして申し訳ありません、兄上。彼が封印されている理由です。でも、結局教えてはもらえませんでしたけど…」
「無駄な時間だったね」
「無駄じゃないわよ」
一葉がセオドールに言い返した。
「ちょっとずつでもシリウスとラスティは仲良くなってるわよ。諦めてさっさと逃げ出した誰かさんよりはね」
セオドールは黙ってうつむいた。
「兄上にそう言う言い方をするな」
「はいはい、ごめんよ。…ところで、明日は来れないって言ってたわね。なんで?」
「明日は小学の時の友人と会うんだ。そういうわけで、俺は城にはいないから別に来なくてもいいぞ」
「そういうことね。わかった。ブライアンも一緒に行くの?」
「おまえが文字の勉強をしたいと言うなら、おいて行ってもいいぞ」
「いや、いいよ。本業はあんたのお付きでしょ。だったら、…そうだ。教会に行こうよ」
一葉が唐突に思いついたように手をたたいた。
「今からか?」
「もちろん。まだジェフリーに会ってないし。あれから」
「…そうだな。行くか」
ラスティはセオドールを見る。
「兄上はどうなさいますか?」
「…僕は」セオドールは一葉とラスティを交互に見てから「…僕はいいよ」と小さく答えた。
「まあ、そういうだろうと思ったけど。ブラッド、教会まで送ってよ」
「いや、俺はセオドール様を…」
「ニール、セオドールをお願い。いいでしょ?」
「俺は構いませんよ、隊長。城へ戻るだけですから」
したり顔でブラッドに笑いかける一葉をにらんでから、ブラッドは「セオドール様がよろしいのでしたら」と言った。
「僕は構わないよ。ニール、頼む」
「かしこまりました」
「よかったねえ」
「うるさい」
ブラッドは一葉の頭を小突いた。
「痛い!」
一葉はおおげさにわめいた。
一葉とブラッドとラスティはグリフォンで教会へ向かう。ニールはセオドールとともにグリフォンで城へ飛んだ。
「よろしかったのですか?」
空中でニールがセオドールに尋ねる。
「何が?」
「本当はセオドール様もご一緒したかったのでは?」
「僕は…」セオドールは少しの間の後「僕はいいんだ。人の多いところへ行くのは苦手だから」
「それならいいんです」
ニールはそれ以上、何も言わなかった。セオドールはそれに少し安堵し、少し失望した。
「いやああああああああああ! グリフォン連れてきちゃったの!」
教会の畑の前で、シアンは絶叫をあげた。グリフォンは畑の作物をばくばくと食い散らかし始めたのだった。
「やだ、ホントにグリフォンてよく食べるのねえ」
「だから言っただろ」
いぬくんを抱いて感心する一葉にブラッドは渋い顔をする。
「女神よ、あなたのお力で彼のものを眠りにいざない給え、スリープ」
シアンが呪文を唱えてグリフォン2頭に手をかざすと、柔らかい光が彼らを包んだ。彼らはゆっくりと目を閉じ、その場に眠り込んだ。
「うわ、すごい! シアンて魔法使えるんだ!」
「まあ、一応…。司祭だからね」
感動する一葉にシアンは苦笑いで答えた。
「あれ? でも、街中で魔法って使っちゃ悪いんじゃなかったっけ?」
「司祭以上の補助魔法使いは別だ。攻撃魔法使いは処罰の対象になるけどな」ブラッドが補足する。
「まったく、こういうのは連れてきちゃだめだよ」
シアンは眠り込んだグリフォンの頭を撫でた。
「シアン、なにそれー」
「さわっていい?」
「さわりたい!」
教会の中からわらわらと子供たちが出てきて、遠巻きにグリフォンを指さす。
「眠っているからいいけど、起こしちゃだめだよ。そうっとね。でないと、みんなのごはんを食べられちゃうから」
「はーい」
「やったー」
子供たちは喜んでグリフォンに近づいて、撫でたりだきついたりしてはしゃいでいる。
「ジェフリーはいるか?」
「さっき貧民街から帰ってきたところだよ」
シアンが教会の食堂へ促して、一葉とラスティとジェフリーとシアンの4人でお茶をすることにした。
ブラッドは相変わらずセシリアと嬉しそうに話をしている。お互いの近況をは話し合った後、落ち着いてお茶を飲んだ。いぬくんは足元でミルクを舐めている。
「そうなんだ。大きな狼ねえ。超獣の封印とは関係ないんだ」
お茶を飲んでシアンはお茶請けのクッキーをかじる。
「ラスティはそいつと友達になりたいんだって。変わってるよね」
「おまえに変わってるとか言われたくないな。…ジェフリーも元気そうでよかった」
「おまえら二人とも変わってるよ。…なんとかやってる」
ジェフリーはお茶を飲んで小さく笑った。
「近所の子たちはハリーのこと、何か言ってた?」
「…母さんが病気だから、親戚に預けたってことにしたよ」
ジェフリーはじっとお茶のカップをみつめる。
「…ハリーは俺のことは早く忘れて、幸せになってくれればいい」
「忘れないよ」
一葉がはっきりとした口調で言った。
「…え」
ジェフリーがきょとんとして一葉を見る。
「自分のことを一所懸命守ろうとしてくれた人のこと、忘れるわけないよ。ハリーはずっとジェフリーに会いたいと思ってるよ、きっと」
ジェフリーはじっと一葉を見て、手元に視線を落とした。
「…そう、かな」
「そうだよ」
「俺もそう思う。おまえが会いに行ったって、ちっとも悪くないと思うぞ」
「…どうだろうな」
ジェフリーがぽつりとつぶやいた。
3人の様子を見守りながら、シアンは微笑んだ。
「いいねえ、君たち」
それから一葉たちはグリフォンを起こして城へ戻り、ラスティは自分の部屋へ帰った。
一葉はブラッドとイヴァンの部屋へ行き、大きな杖をイヴァンに渡した。
「おっと…確かに、これは魔力を吸う杖だね」
イヴァンは受け取った杖を床に置いた。それ以上触りたくないというように。
「そうなんだ。私、さっぱりわかんないけど」
「異世界には魔素を持った人間はいないんだな」
「いないよ。そもそも、うちの世界じゃ魔法を使える人はいないもん」
「超獣が超獣使いを守るためにいるのも、それと関係があるのかもねえ」
イヴァンはえんぴつをくるりと指で回す。
「その狼、殿下が臣下に迎えられたらいいんだけど」イヴァンはにやりと笑う。「すごい魔力を持ってるんでしょ?」
「臣下? 友達でしょ」
一葉が言うとイヴァンは笑った。
「まあそういうことにしておこうか。この杖は俺が預かっておくよ。いいね?」
「いいけど…。私、使い道とかわかんないし」
一葉がうなずいた。そのとき、ドアがノックされた。
「どうぞー」
「失礼。一葉、ここにいたのか」
顔をのぞかせたのはクラークだった。
「うん。さっき戻ってきたとこ」
「そうか。私はイヴァンと話があるから、部屋の外で待っていてくれるか。すぐに済むから一緒に帰ろう」
「いいよ」
一葉はいぬくんを抱いて部屋の外へ出た。5分も経ったころ、クラークが「お待たせ」と部屋から出てきた。
「早かったね」
「すぐに済む話だから」
「居候、ちょっとはクラークの役にたちなよ」
開いた扉の向こうからイヴァンが声をかけてきた。
「失礼な! 居候…では…あるけど」
一葉は途中で認めた。
「行こうか」
クラークは扉を閉めて歩き出す。いぬくんを撫でて一葉も歩き出すと、向こうからセオドールがジョンを伴って歩いてきた。
「ああ、皇太子さま。じゃあね」
「失礼します、殿下」
「あ…」
目の前を素通りするクラークと一葉にセオドールは足を止め、「あの…」と小さく声を出す。
「なんでしょう?」
「うわっと」
足を止めたクラークの背中に、一葉が激突した。
「ああ、すまない」
「いいけど…」
一葉は鼻をさすりながら答える。
「どうなさいました? セオドール様」
クラークがやさしく尋ねる。
「…明日」
「あした?」
「…ラスティは行かないって言ってたけど…」
「ああ、シリウスのところ?」
「僕は、あの…」
「何よ」
「…行ってもいいかなって…」
「はあ?」
一葉は顔を引きつらせる。
「なんですか、あなた。その態度は」
ジョンがにらむのを一葉はスルーする。
「だから、僕は…ラスティが行かなくても行ってもいいかなって」
「…だったら、行けば?」
一葉は突き放したように言う。
「いや、だから…」セオドールは震えて声で言う。「…君が来てもいいけど」
「私に一緒に来てほしいの?」
「そ…いや、えっと」
セオドールは胸元で手を組む。
「皇太子殿下のお言葉が聞こえないのですか?」
「私はセオドールに聞いてるの! 私と一緒に行きたいの、行きたくないの、どっち!?」
「い、行きたい!」
セオドールは顔を上げて叫んだ。
「いいけど。別に」
一葉はあっさりと答えた。クラークはその様子を見ながら、微かな笑みを浮かべる。
「…いいの?」
セオドールは恐々尋ねる。
「あんたが来てくれっと言ったんじゃない」
何故か偉そうに一葉が答えた。
「そうだけど…」
「じゃあ、明日ね。昼食べたら、グリフォンのところにいるから」
「…うん」セオドールはようよううなずく。
「あ、ブラッドに伝えておいてね」
「…わかった」
「行こ、クラーク」
「では失礼します、殿下」
クラークが一礼してセオドールから離れた。
「まったく、なんでそんなに偉そうなんだか」
クラークは苦笑する。
「えーそうかな?」
「皇太子さまにそんな態度が取れるのは、一葉くらいなものだ」
クラークは一葉の頭をぽんぽんとたたいた。その手はやさしかった。
セオドールは2人の姿が見えなくなってから、ふう、と息を吐いた。
「殿下、あのような無礼者を供にしなくてもこのジョンが…」
「…僕は、ラスティに負けたくないんだ」
セオドールはきゅっとこぶしを握った。
「殿下がジョージ様に負けているところなど、一つもありません」
胸を張って言うジョンに、セオドールは苦い笑みを浮かべた。
「そんなふうに思っているのは、ジョンだけだよ」
「そんなことはありません」
ジョンは真顔で断言した。




