洞窟の奥に潜むもの
「飛行機でもないのに、空飛べるなんて感動するわ」
「ひこうき? なんだそれは?」
ラスティがグリフォンを並んで飛ばしながら聞く。
「うーんと、鳥の形に似せた機械だよ。エンジンでジェット噴射させて鉄の塊が大勢の人を乗せて飛ぶの」
「…よくわからないな」
ラスティは首をひねる。
「私の仕組みまでちゃんと知ってるわけじゃないからなあ…。でも、グリフォンて街では見かけないよね。珍しいの?」
「数は多くないな。野生のものもいるが、飼うのは結構大変なんだ。子供のうちから育てないと人に懐かないし、何より餌代がかかるから貴族や王族しか飼わない場合がほとんどだ」
一葉の後ろで座るブラッドがグリフォンのリードを引きながら答える。
「そうなんだ。そんなのに乗れるなんて、ラッキーだなあ」
一葉はもふもふとした触り心地にうっとりしてグリフォンに頬ずりする。抱かれて押されたいぬくんが苦しそうに「くるる」と鳴いた。
「ああ、ごめんいぬくん」一葉は身体を起こして周りを見渡す。城はどんどん小さくなり、小高い山が見えてきた。「それで、アストリー山ていうのはどこなの?」
「目の前の山だ。…といっても、問題は超獣の封印がどこにあるか、だけどな。グリフォンに乗って探すわけにもいかないから、いったん降りるぞ」
「えー、まだ乗ってたいよ」
「おまえ、何しに来たと思ってるんだ?」
ブラッドに呆れられ、一葉はぷいとそっぽを向く。
「中腹なら、あのあたりだろう」
ラスティが山肌を指さす。
「そうですね。ちょうど開けた場所があるから、そこでおりましょう」
グリフォン2匹はリードに引っ張られて、少し開けた山肌に降りた。登山靴で一葉たちはグリフォンから下りて、太い木の幹にグリフォンのリードをつないだ。
「ここに迷わず戻ってくればいいんだね」
「そうだな」
「こんな珍しい動物、盗まれたりしないの?」
おとなしいグリフォンの様子に一葉は首をかしげる。
「グリフォンは飼い主に懐くから、めったなことでは盗まれない。盗んでも、飼い主がいないと衰弱して死んでいく場合が多いらしいから大丈夫だ」
「へえ…。義理堅いんだねえ」
「ほら、行くぞ」
グリフォンに気を取られている一葉を引っ張って、一行は歩き出した。登山靴を履いてきたおかげで山道を歩くのは苦ではなかった。
秋も深いがまだ虫はいるし、長袖のシャツにロングパンツに着替えさせてもらって正解だったなと一葉は思いながらブラッドとラスティの後を歩く。
「しかし、中腹だということ以外に何か目印はないのか?」
「そうですね、イヴァンからの情報があまりにも漠然としすぎて…。一葉、おまえ超獣使いだろう? 何か感じないか?」
「なーんも。…でも、いぬくんなら何かわかるかなあ?」
「くるるる」
一葉が足元を歩くいぬくんを抱き上げて、「行きたいところに行ってみて」といぬくんを放り投げた。
「くるくる」
いぬくんはとてとてと走り出した。
「おい…」
「行ってみようよ。何かわかるのかもしれないし」
3人はいぬくんの後をとりあえず追いかける。走って追いかけるほどの速さでもないのだが、それなりに早歩きになる。
「山の中って、熊とかでたりしないよね?」
いぬくんの後を歩きながら一葉が思い出したように尋ねる。
「熊が出たら、グリフォンのいるところまで戻るしかないな」
ブラッドが冗談交じりに答える。
「ちなみにこの世界の熊って、人を襲ったりする?」
「そりゃあするだろ」
ブラッドが当然のように言う。
「食べ物は川で鮭捕まえるの? はちみつも食べる?」
「おまえ、何当然のことを聞いてるんだ?」
「だって、この世界って私の世界と似てるのに違うし。そういえば、馬も変わらないかな。人を乗せて走るのも。馬の食べるのは草なの?」
「馬は草も野菜も食べるな」
「ほうほう。そこらへんは私の世界と一緒なんだ。クリバチなんてでかいハチ、うちにはいないけど、どこらへんが同じものと違うものの境界なのかな…」
「なあ、あれはなんだ?」
一葉がぶつぶつ独り言を言っていると、前を歩くラスティが洞窟らしき穴のようなものをみつけて指さした。いぬくんもそこで足を止める。
「くるるる」
「いぬくん、ここに何かあるの?」
一葉がいぬくんを抱き上げると、いぬくんはくるくると鳴いた。人一人入れそうな穴だが、ずっと奥へつながっているようだ。暗くて中は外からではまったく見えない。
「何かあるのか…。ちょっと待ってろ」
ブラッドは腰につけていた袋から、その大きさよりずっと大きなカンテラを取り出した。
「え? 何それ? なんでその小さい袋よりでっかいカンテラが出てくるの?」
「なんでって…道具袋だからに決まってるだろう?」
「道具袋は容量より大きなものを入れられるものだろうが」
ブラッドとラスティが当然のように言う。
「なるほど…って、そんなわけないでしょうが! どうなってんのこの世界!」
一葉がわめくのを無視して、ブラッドはカンテラに灯りをともす。
「俺が先に入ります。殿下と一葉は後ろをついてきてください」
「わかった。だが、危険なときはすぐ戻るぞ」
「そうね。命あっての物種だからね」
いぬくんは「ついてこい」と言わんばかりに、ブラッドに先立って洞窟の中へ入っていく。
「あ、いぬくん、ちょっと待ってよ」
「一葉、俺より先に行くな。それから、目印をつけてこい」
「わ、わかった」
ブラッドが一葉に道具袋から出したチョークを渡した。一葉は神妙な面持ちでそれを受け取る。
洞窟の中へ入ると、中は暗いが思ったより中は窮屈ではなかった。
人一人が通るのは十分な広さの洞窟で、ブラッドの持つカンテラの明かりを頼りに歩く。分かれ道があると、一葉はブラッドに指示されてチョークで目印を描いた。
「静かだね…」一葉が周りを見渡しながら言う。天井も低くないので、歩きづらくはない。まるで何かの目的のために掘られた洞窟のように思えた。中は暑くも寒くもないちょうどいい温度だ。
「そうだな。何もなければ奥へ行っても、行き止まりか何かだろうが…」
ラスティは一葉を振り返る。
「怖いのか?」
「怖くない、と言ったら嘘になるけど。何が出てくるかもわからないし」
「そのために超獣がいるんだろ?」
いぬくんの後を追いながらブラッドが前を見たまま言う。
「そうだけど…。実際、いぬくんが戦うのを見たのって、そんなたいしたことない魔物しか…」
一葉がきょろきょろしながら歩いていくと、突然明かりが消えた。
「えっ…ちょっと、何?」
一葉は急いで後ろへ戻る。いぬくんもついてきた。すると、ブラッドとラスティが不思議そうにこちらを見て立っていた。
「おまえ、今消えなかったか?」
「どこへ行ってたんだ?」
「嘘、そっちこそどこ行ってたの? 急に暗くなるから…」
「何か不可解なことが起きているのか?」
ラスティが前に進んでいく。一葉もそれに続いていくと、また周りが暗くなった。ラスティたちの姿は消えている。
「もう、なんなの?」
一葉はまた後ろへ戻った。すると、やはり明かりがついてカンテラを持ったブラッドたちがこちらへ歩いてくるところだった。
「…妙だな」
「なんで向こうからくるの?」
一葉は首をひねる。
「同じところを行き来している…?」
「このあたりに来ると、一葉だけが消える…。何か仕掛けがあるんじゃないか? 超獣使いにしかわからないような」
ラスティに言われて、ブラッドはあたりを照らすが何かあるようには見えなかった。
「仕方ないな。ブラッド、カンテラはもう一つあるか?」
「ございます」
ブラッドが道具袋からカンテラを取り出して明かりをつけた。
「一葉。おまえはこれをもって中へ進んで来い」
「ええ! 私一人で?」
「超獣がいるんだ。問題ないだろう。もしかすると、おまえだから先に進める仕掛けかもしれない」
「なるほど。あり得る話ですね」
「納得しないでよ」
一葉は不満げに唇を尖らせた。
「俺たちはこのままだと、同じ場所をぐるぐるするしかなくなりそうだ。頼む」
「うう…。何かあったら、責任取ってよ」
一葉はぶつぶつ言いながら、カンテラをもって再び歩き出したいぬくんの後を追う。ふと、空気が重くなった気がした。
「ここら辺から、何か…あれ?」
ラスティたちの姿が消えた。振り返っても誰もいない。
「ううーん…。ここら辺に何か仕掛けがあるのかな」
「くるくる」
いぬくんが鳴くので、一葉はカンテラをあたりを照らした。すると、足元にロープが張ってあるのがわかった。杭が打たれた場所から張られたロープをよく見ると、紋章のようなものが描かれている。
「なんだろう、これ…?」
「くるるる」
「これが何か関係あるの?」
「くるる」
「これを切ったら、ラスティたちも入ってこれる?」
「くるるる」
会話が成り立っているのか一葉にはわからないが、とりあえず引っ張ってみたがロープはびくともしなかった。
「困ったな。剣なんてもってないから、一度戻ってブラッドに…」
「くるるる」
いぬくんが察しろというようにロープにかみついた。
「…そうだね。いぬくんがいた。燃やせる?」
「くるくる」
一葉にこたえるようにいぬくんは炎を吐いてロープを燃やした。すると、奇妙な感覚がなくなった。
「うわ、おまえ、そこにいたのか」
唐突にラスティたちの姿が現れた。
「いるよ、もちろん。なんかね、ロープみたいのが張ってあって、いぬくんが燃やしてくれたの」
「…侵入者を防ぐための結界だったのかもな」
ブラッドが燃えたロープを見て言う。
「超獣の封印に人を近づけさせないために、か。ありうるな」
「じゃあ、やっぱりここが?」
「超獣の封印である可能性は高い。おまえだけがここを通れたのを考えても」
「行くぞ」
ラスティにせかされ、三人は奥へと歩き出した。カンテラの1個は明かりを消して道具袋へしまった。
「…何か、においがしないか?」
「におい?」一葉くんくんとにおいを嗅ぐ。「そうだね。なんだろう、これ。変に獣臭いというか…」
そのとき、ブラッドが立ち止まり、後ろにいてよそ見していた一葉がブラッドの背中にぶつかった。
「いた、ちょっと急に…」
<誰だ…>
一葉が文句を言おうとしたとき、地の底から這いあがるような低い声が頭の中に響いた。その場にいた3人はぎょっとして固まった。