その夜の話
勉強の途中で「失礼します」とヴァレンタインが荷物を持って入ってきた。
「ご主人様がこちらをお嬢様にお買物されたようで」
「わあ、届けてくれたんだ。ありがとう、ヴァレンタインさん」
一葉は荷物を受け取ってベッドの上に袋を並べる。
「どういたしまして。では、私はこれで」
ヴァレンタインはお辞儀をして部屋を出て行く。
「後で開けるね。ありがとう、クラーク」
「どういたしまして」
クラークが微笑む。二人は勉強を再開した。
夕方になると一葉は、「夕飯の準備してくる!」と部屋を飛び出していった。いぬくんもついていこうとしたが、「いぬくんはだめ」と言って厨房の入り口で待たせて置いた。厨房へ動物は入れられない。
圧力鍋でご飯を炊いて、味噌汁をキャベツとわかめの具で作り、鮭を焼いて、肉じゃがを煮て、納豆と小松菜のおひたし、店で買った漬物をテーブルに出した。クラークが食堂にやってくると、奇妙なものを見るような目で和食を眺める。
「うーん…。これは」
「これが日本食! 私の国のご飯だよ」
「なんというか…独特のにおいがする食事だな」
クラークは苦笑気味に席に着く。そして目の前にある箸を手に取った。
「これは? これを使って食事をするのか? こういう食器に入れて食べるのか?」
クラークは初めて見る茶碗やおわんに目を丸くしている。
「箸だよ。…もしかして、使ったことない?」
そういえば、いつもフォークとスプーンで食事していたことを一葉は今更思い出した。
「使い方教えるよ」
一葉は椅子から立ち上がって、クラークのそばに立つ。
「いや…」
クラークが遠慮しようとする手をとって、一葉は箸を持たせた。
「こうやって、人差し指と中指でこうして、親指で押えて…。そうそう。それでちょっと動かしてみて
」
「…こうか?」
「上手上手。で、ちょっとご飯とかお箸で持ってみて」
「ううーん…」
最初はうまくつかめなかったが、何度か試すうちにご飯を箸でつかむことができるようになり、クラークは安堵の笑みを浮かべた。
「へえ、こうやって使うのか」
「イケメンは何させてもうまいわね…。うちの国では、こうやってご飯食べるんだよ。じゃあ、食べよう」
「ああ。…女神よ、今日も我らに糧を与えてくださり感謝します」
「感謝します」小さく言ってから、一葉は「うちの国では、『いただきます』っていうんだよ。命をいただきますっていう意味なんだって」と説明した。
「そうか。…では、いただきます」
クラークは微笑んで箸を握った。
「食事は一斉に並べて食べるんだな」
「そうだよ。こっちでは順番に出てくるけど、私たちは全部並べて食べるの」
二人で和食を口にする。一葉は完食したが、クラークは納豆だけは食べられないと残した。ほかはすべて食べてくれた。
「東方の国ではこういうものを口にしているんだな」
食後には一葉が買ってきた緑茶をいれて飲んだ。
「でも、言葉も文字も同じなのに、この世界ではどうして国が分かれてるの?」
「宗教の違いが一番大きいな」
甘くない緑茶はいけるようで、クラーク何も言わずに飲んでいる。
「宗教? ここって女神教だよね」
「そうだ。我が国レスタントは女神を信仰している者がほとんどだ。逆に、敵国のコルディアは神を信仰している。それが長年の戦争の火種の一つだな。まあこの国でも神教を信仰しても悪いことはないが、居心地はよくないだろうな」
「信じるものの違いかあ…。うちの世界でも、宗教の違いで仲悪い国ってあるよ」
一葉はイスラム教とキリスト教の信仰圏のことを思い出した。聖地が同じなのももめる原因ではないだろうか。それはきっと一葉が考えるより根深いものなのだろう。
「どこでもあるものなんだな」
クラークはお茶を飲み干した。
「では、私はこれから仕事をするから、部屋へ戻るよ」
「ああ、うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
クラークは早々に食堂を出て行った。
「休みなのに、家で仕事するなんて。偉い人は大変だねえ」
「くるるる」
一葉が足元のいぬくんに声をかけると、肯定するような鳴き声が返ってきた。
食後に部屋へ戻ってクラークから買ってもらった服を整理すると、下着が何点か入っていた。
自分が持っているのは、教会に行ったときセシリアが買ってくれたものを洗いまわして使っていたので、これは助かる…と思ったが、下着はどうやってサイズがわかったんだろう。と一葉は今日一日のことを思い返した。
そういえば、あの店の店員にクラークは何事が言っていたような。彼女に頼んだろう。でもどうせなら自分で買いたかったけど、この国では男性が女性と一緒に下着を買いに行ったりしないのかもしれないし。
ブラウスと寝間着はいつもメアリアンが着るものを用意してくれていたが、これからは制服を着回ししなくてよさそうだと一葉はほっとした。
その夜はクラークに教えてもらった文字を復習しようと対応表をつくる。驚いたことに、この世界では日本のひらがなに該当する文字が使われているのだ。漢字がない分、こちらのほうが簡単かもしれない。もっとも、覚えきれていないので本を読むまでにはいなかった。何度か文字を書いているうちに、ドアがノックされた。
「はい」
「起きてるか」
「うん。どうぞ」
クラークが部屋へ入ってきた。机の上で勉強しているそばで足を止める。
「あの、今日は服をありがとう。下着も…」
「いいよ。寸法はあっていたか?」
「うん。大丈夫」
なんだか気恥ずかしくて、一葉は下を向いて頬をかいた。クラークがじっとこちらを見ているので、一葉は顔を上げた。
「どうしたの?」
「勉強していたのか」
「うん。せっかく教えてもらったから」
「そうか。邪魔して悪いが、報告がある」
「何?」
「今日、マーティン・ホワイトが城の地下牢からガネス監獄へ収監された。死刑は免れないだろう」
一葉は表情を硬くして、じっとクラークを見た。そして、視線を手元に向ける。
「…そう。王様を殺そうとしたんだから、そういうことになるんだよね」
「怒らないんだな」
「え?」
一葉は再び顔を上げる。
「もっと憤るかと思っていた」
「私がブチ切れたら、結果は変わる?」
一葉は口の端をあげて笑った。
「…いや」
クラークはかぶりを振った。
「それで、私を城へ行かせなかったの?」
一葉が苦い笑いを浮かべた。
「クラークはやさしいね」
今度はクラークが虚を突かれたように一葉を見た。そして、ふっと微笑んだ。
「一葉の予想を裏切って悪いが、私はそんな人間ではないよ」
「そう?」
一葉はクラークをじっと見てから「…いつ刑が執行されるの?」と聞いた。
「…そうだな。陛下には怪我はなかったし、何より教皇からの嘆願があったから、しばらくは執行されないだろう」
「シアンのおかげなんだね。さすが。…でも、少しでも長く生きててくれるならいいよ」
「…そうだな」クラークはうなずく。「それだけだ。おやすみ」
「わざわざありがとう。おやすみなさい」
「くるくる」
いぬくんが一葉の足元で小さく鳴いた。クラークは一葉の部屋を出て、息を吐いた。
『クラーク様はおやさしいですね』
やさしい、なんて言葉は言われ慣れているのに、何故かずっと昔に死んだ傭兵の恋人だった女のことをクラークは思い出した。もう最近は、思い出すことも少なくなっていたのに。
「では、青の賢者からの指令です」
「また? 今度は何?」
背中合わせで一葉とカインはベッドの上でぼそぼそと話す。
「超獣の封印を探せということです」
「どこにあるの?」
「自分で探せと」
「あいつ、言うだけ言っていつもやることはこっちに投げっぱだよね」
一葉はため息を吐いた。ベッドの上のいぬくんを撫でる。
「そういう存在だからです」
「もちろん、ラスティを連れて行けってことでしょ?」
「そうですね」
「もう、面倒くさいな。私といぬくんだけで行けば簡単なのに」
一葉はいぬくんを持ち上げてゆさゆさと上下する。
「彼にはもっと成長してもらう必要があります。次代の王になるために」
「でも、本人は王になる気はないみたいだけどね。それに、今のままでも結構王様としてうまくやってけるような気もするけど。兄貴と違って」
「彼にはこれから様々な試練がふりかかります。それを乗り越えるために、もっと強くなってもらわないと」
「そうなんだ。まるで未来を知ってるみたいだね」
「…そう思っただけですよ。なんとなく」
カインはそっけなく言った。
「まあいいけど。どこにあるのかなあ。RPGだと、街の人がヒントとかくれるんだけどな」
「シアンに聞いたらいいでしょう。教会の近くには冒険者ギルドもあります。あそこなら情報が集まるでしょうから」
「ああ、そうだったね。よし、明日さっそく…と、午前中はやっぱり勉強かな」
「ラスティ様もそうだと思いますよ。では、俺はこれで」
一葉は背中から、ずるりと何かが『入ってくる』感覚がした。同化というのは何度もしているが、どうにも慣れない感覚だ。
「…ねむ」
一葉はいつもメアリアンが用意してくれるネグリジェに着替えて眠りについた。
「ただいま戻りました」
「おかえり、アーウィン」
レスタントの敵国であるコルディア国王、オスカー・ルーク・コルディアが私室でアーウィンを出迎えた。天蓋付きのベッドでは、黒髪の美しい女性がぐっすり眠っている。一国の王の寝室へ夜中に入れるのは、この国ではアーウィン含め僅かなものしかいない。
「お楽しみ中でしたか、では…」
「いや、いいよ。彼女はもう眠ってるから。それで、守備は?」
オスカーはバスローブの紐を巻いて、ソファに腰掛ける。
「残念ながら、超獣使いに会うことはできませんでした」
「まあそうだろうね。すぐに会いに行ける相手でもないでしょ。城で厳重に匿われているの?」
「そういうわけでもないようです。王都のあちこちで見られているようですよ。なんでも、クリバチ祭りで国王を狙った暴漢の命乞いをした、心優しい娘だと…」
「へえ。超獣使いはそんなお人よしなのか」
オスカーはナイトテーブルの上のワインをグラスに注いでアーウィンに差し向ける。
「飲む?」
「いえ、結構です」
「そう」
オスカーはワインを一口飲んで「いい味だ」と微笑んだ。
「そういう話もありましたが、別の話ではどこにでもいる普通の娘だと…。噂はあてになりませんからね」
「確かに。私も無類の女好きの女たらしなんて根も葉もない噂を立てられているしね」
「オスカー様のそれは噂でなく、事実でしょう。…それで、やはりと言いますが、王都なのでうっかりスペンサー将軍とポーター少尉にみつかりまして」
「あの二人に? うっかりさんだな、アーウィンは。よく無事で帰ってこられたね」
オスカーが肩を揺らして笑う。
「ええ。街で会った少女に助けられまして。東方から来た少女のようでした。スペンサー将軍たちと顔見知りのようなのですが、隙を作って私を逃がしてくれました」
「命の恩人だ。おまえも私も東方には縁があるね」
「ええ。眼鏡をかけた、とても強い意志のまっすぐで印象的な黒い目をした黒髪の少女です」
「ほう」オスカーは楽しそうに笑った。「アーウィンが誰かのことをそんなふうに評価するのは珍しい」
「…そうでしょうか?」
オスカーの言葉に、アーウィンは首をひねる。
「もう会うこともないだろうけどね。大事なおまえをそう何度もレスタントへは行かせられないよ」
「恐縮です」
アーウィンは胸に手をあてて頭を下げる。
「しかし、超獣使いが本物なら、どうしようかなあ。どこまですごい力を持っているのか…。今の均衡を崩すようなら、考えないといけないなあ…」
オスカーは肘を膝の上に置いて手の甲の上に顎を乗せる。
「王の前で多少の力は示したようですが、国をどうにかするほどのものとは聞いていません。ですが、ご命令とあれば、このアーウィンが」
「はは、言ってるだろう。おまえを危険には晒せないって。今のところ、どこまでの力を持っているか噂が流れてこないというのは、たいしたことはないのか…」
「なんでも、風火水土のすべての力を操れるのが超獣だということです」
「へえ…。それはすごいね。まあ、現状は様子見かな」
「…オスカー様?」
眠っていた女性が目を覚まして、こちらに気づいたようで、アーウィンの姿を見て毛布を自分の肢体に引き寄せて顔をそらした。
「では、私はこれで失礼いたします」
「そう。ありがとう」
アーウィンはすぐにオスカーの寝室を後にした。ほの暗い夜の廊下を歩きながら、もう会うことはないであろう眼鏡の少女のことを思い出していた。
24時間テレビですぎやま先生の話をしてくれたの嬉しかったです。
「序曲」が5分でできたとは。
いまでもあの曲を聞くと、ゾクゾクして冒険が始まるんだと思うくらいしみついてる。
いつでも勇者になれる曲を作ってくれた先生には本当に感謝です。
ドラクエもすぎやま先生の曲もずっと大好きです。
全然内容に関係ない話ですみません。




