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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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休日

「え? 休み?」

「そう。今日は休日だ」


 朝食を二人で取っていると、クラークが唐突に一葉にそう告げた。

「へー…。将軍に休みってあるんだ?」

「いくら私でも、休日くらいは取らせてくれないか。人間なんだ」

 ぽかんとする一葉に、クラークは苦笑交じりに答えた。


「そうだよね」

「だから今日は城へ行くのは休みにして、どこかへ出かけないか?」

 なんだかデートに誘われてるみたいだな、こんなイケメンに、と一葉はなんだかどぎまぎした。それを押し隠して、一葉は答える。

「私はいいけど…えっと、ラスティには…」

「連絡しておこう。さっきニワトリに伝言を伝えておくよう飛ばしたから、大丈夫だ」

「ああ、あのニワトリね。鳥が伝言を伝えてくれるってすごいよね」

「一葉の世界ではどうやって連絡するんだ?」

「電話と言う機械があって、それで連絡するんだよ」


「デンワ?」

「そう。お互いに電話を使って話をするんだよ。ニワトリみたいにお互いに飛ばさないで、直接相手に言うことに返して、返されるっていうものなんだけど」

「ほう…。それは便利だな」

 クラークが感心する。実際に、一葉も機能をわかっているわけではないので、うまく説明はできなかった。

 便利なものほど、仕組みについて考えるべきだっただろうか、と今更思っても遅い。


「あ、そうだ。だったら、私、お願いがあるんだけど」

「なんだ?」

「えっと…」一葉は気まずそうにヴァレンタインを見てから続ける。「実はお米が食べたいんだよね…」

「コメ?」

「いや、おいしいんだよ、ここの食事は! でも、いつもパンとかパスタとかばっかりだと、正直日本人は米が食べたくなるというか…。うち、主食は米だったし…味噌汁とか飲みたいし…」

 一葉は言い訳するように次第に語尾が小さくなっていった。


 目の前に並んでいるのは、ハムエッグやサラダ、パンにフルーツにスープだ。味はもちろんおいしいのだが、日常的に食べていたせいか、やはり一葉は米が恋しくなるのだった。

 卵かけご飯で幸せになる程度に一葉は米が好きだった。


「つまりリゾットが食べたいのか? なら、料理長に…」

「そうじゃないのよ。炊いた米が食べたいの! そんで白いご飯に納豆とかを醤油かけて食べたいの!」

「…よくわからないが。おそらく東方の商品じゃないかと思う」

「売ってるの? この辺で味噌とか納豆とか」

「ああ…。確か、東方でそういう食材を扱っているから、それに似たものを売っている店があると聞いたな。街にそういう遠方からの商品を扱っている店があるはずだ」

 クラークの言葉に、一葉はぱっと表情を明るくした。


「じゃあ、私そこ行きたい! そんで、自分で和食作りたいの。いい?」

「そんなことか。いいだろう。私もつきあうよ」

「いいの?」

「休日だと言っただろう。かまわない」

「じゃあ、これ食べたら行こうよ。…あ、その前に」


「どうした?」

「後で、この国の字を教えてもらってもいいかな? ブライアンにはなかなか教えてもらう機会がないし、私、本読むの好きなんだよね」

「そうか。意外だな」

「あ、でも、忙しいなら、いいんだけど…」

「今日は休日だと言っただろう。かまわない」

「よかった。ありがとう」

 一葉はほっとして、バナナの皮をむいて口に運んだ。


 クラークと食後の紅茶を飲んでから、馬車に乗って街へ出かけた。いぬくんは一葉の膝の上だ。

「ここの街並みってシアンがいる教会とは違うよね。ラスティはあんまり気にしてないみたいだけど」

「殿下はそういうところを気にされないんだな。王族や貴族でそんな気さくな方も珍しい。同じ兄妹のセオドール様やエリザベス様とはやはり違うな」

「そういうもんなんだ?」

「あの二人は、母親の気性を濃くついでいらっしゃるからな。…一葉もそのうちわかる」


「私、あの二人とそんなしゃべる機会、あるかな?」

「あるさ。一葉の立場で王宮に出入りしていれば、いやでも」

「そうかもね。…あれ、教会のほうにいくんじゃないんだ?」

「今日は私のいつもいる街のほうで買い物しようと思ってね」

 ということは、壁の内側で買い物するということだ。いつも壁を越えてまっすぐ教会へ行く一葉にとっては意外だった。


 貴族街であるここは教会のある中流層の街並みよりもずっと立派な建物が多い。

 歩いている人たちも日傘をさしたドレスを着た女性などで、いつも一葉がいるにぎやかで親しみやすい場所とは場違いな気がした。


 馬車の窓から外を見ていた一葉は制服のスカートをつまんで、クラークに尋ねる。

「私、この格好だとまずかった?」

「一葉の恰好が変わってるのは以前からだろう?」

「いまさらって感じか。一応、元の世界ではこれが正装なの。冠婚葬祭、これでとおるし」

「気にするほどでもない。変わっていて、逆に目立っていいだろう」

「目立ちたいとか思ってないし…」

「くるるる」

 一葉は足元のいぬくんを抱き上げると、ちょっとでも自分の姿が目立たないようにいぬくんの身体で前を覆った。


「そんなに気になるか? いつもは平気そうなのに」

「あっちの街ではみんな変な格好だから気にしないけど、こっちの街はなんか…違うじゃない。人が」

「一葉も女の子なんだな」クラークは笑いをこらえるように言う。

「そんな今さら気づいたみたいに…」

「だったら、少し買い物をしようか。止めてくれ」

 クラークが馬車の中からノックして御者に止めるように指示した。御者はすぐに馬車を停めて、二人を降ろしてくれた。


 クラークは一葉に先立って歩いて、一軒の店の前で立ち止まった。

「ここにしようか」

「…うん」

 一葉はガラスから店内を見て、なんだか自分には不釣り合いな高級そうなお店だなと思いながら、クラークの後について中へ入る。


 すると、店員の女性がすぐに寄ってきて「いらっしゃいませ、スペンサー様」と愛想を振りまいた。店の中は、上流階級の好みそうなワンピースやミニドレスなど質の良い服がかけられている。

「今日はどなたかへの贈り物ですか?」

「彼女に何か適当に見繕ってくれないか」

 クラークの後ろで店内をきょろきょろ見回している一葉を見て、店員はうなずく。


「かしこまりました」

「ああ、それと」思い出したようにクラークは店員に小声で何か告げる。店員は「心得ました」と言ってうなずいた。


「どのようなものがお好みですか?」

「え、えっと…」

 店員が二人がかりで一葉の世話を焼く。

 一葉は戸惑ってクラークを見るが、「好きなものを選ぶといいよ」と言って、もう一人の店員にソファに座るよう勧められ、いぬくんと一緒にソファに座っている。

「こちらなどいかがでしょう? アルパカ木綿をつかっておりますの。肌触りがすごくいいんですよ」

「は、はあ…」

 アルパカって木綿だっけ? と疑問符を浮かべながら一葉は服を触る。確かに、なめらかで触り心地がいい。


「わあ、やわらかい…」

「素敵でしょう?」

「こちらもお似合いだと思いますよ。お嬢様、東洋の方でしょう? 肌がきめ細やかですから、このエスカルゴシルクもお似合いだと思います」

「え、エスカルゴシルク?」


 エスカルゴってかたつむりのはず…。シルクをつくるのは蚕で、あれってシルクはつくらないはずだけど…。いや、そこは異世界か。

 一葉は自分を納得させてシルクを触る。日本のシルクとの違いは判らない。たぶん、似たようなものでできてるんだろうと推測した。


「わあ、さらさら…」

「そうでしょう? ちょっと落ち着いたこのダークレッドのドレスもお似合いだと思いますよ。ちょっと試着してみましょう」

「あ、はい…」

 言われるがまま、一葉は店員の女性が持ってきた服を何着か試着し、クラークが裁定する。3着ほど選んだところで、用意された紅茶を飲み終えたクラークが「家へ届けてくれ」と言って、ようやく買い物が終了した。


「いいの? こんなにいっぱい」

 しかも高いんじゃないだろうか、ここは。しかし、無一文の一葉に払えるはずもない。

「気にしなくていい。必要経費だ。着て行かなくていいか?」

「え? い、いや、いいです」


 クラークが選んだ服は趣味がいいとは思うのだが、一葉が普段着るには気恥ずかしいものばかりだ。

 誰かに見られたら、キャラじゃないと言われそうで着られない。もっとも、異世界なので知り合いにみられることはないのだが。


「行こうか」

「うん」

 一葉はクラークについて、いぬくんを連れて店を出た。


「ありがとう、クラーク」

「どういたしまして。それじゃ、一葉のお望みの店へ行こうか」

「近くにあるの?」

「少し歩くけど、そう遠くない。歩くのは苦じゃないだろう?」

「うん。行くよ、いぬくん」

「くるる」


 ブティックが何件か続いて、それからいい匂いがしてきた。パンの焼けるにおいや肉の焼けるにおい。お茶の香りもしてきた。

 しかし、どれも店は扉の閉まっている店ばかりだ。においは店の換気扇や煙突からしてくる。屋台はないようだ。


「ここはやっぱり、お金持ちが多いところだからか、屋台とかがないね」

「ああ、そういう違いがあるかもしれないな。何か食べたかったか?」

「そういうわけじゃないんだけど…」


「…クラーク様?」


 不意に通りから女性の声が聞こえた。その声に一葉が振り返ると、茶色の髪の緑の目をした一葉より少し年上の娘とその隣にはお付きの侍女らしい女性が日傘を差してこちらを見ていた。


「まあクラーク様! ご無沙汰しております!」

 娘はクラークの前へ嬉しそうに駆け寄ってきた。そしてドレスのすそを片手であげて微笑む。

「シルビア。久しぶりだね」

「今日はお休みですの? 侍女と一緒にお買い物?」

「じ…」

 侍女ですか。一葉がツッコもうかと思ったが、クラークが軽く人指し指を口元にあてたので黙っておくことにした。

「そんなところだ。シルビアも買い物に?」

「ええ。勉強の合間の息抜きです。それも大事でしょう?」

「そうだね。では、楽しんで」

「あ、クラーク様!」


 クラークが通り過ぎようとしたところを、シルビアが腕をつかんで止める。

「あの、これからどちらへ? もしよければ、ご一緒にお茶などいかが?」

「ありがたいお誘いだが、これからこの子と買い物にいかなければならないので。申し訳ないが」

「…そうですか」


 シルビアは明らかに落胆した様子で、クラークから腕を放した。なんだか気の毒になり、一葉は「私なら気にしなくても…」とつい口に出した。


「あなた、新しい侍女かしら?」

 落ち込んでいたと思っていたシルビアが、顔をあげた。

「え、えっと…」

 一葉がクラークに助けを求めるように視線を向けると、クラークは無言でうなずいた。「そんなところです」と一葉はとりあえず合わせる。


「そう。それなら覚えておきなさい。私はシルビア・ヒースコート。クラーク様の婚約者よ」

「こんやくしゃ!?」

 一葉は思わず大声をあげてクラークに確認を求めるが、苦笑いで返された。

「シルビア、その話は…」

「なのに、最近は超獣使いの女と暮らしていらっしゃるなんて、私、すごく傷つきましたわ。私以外の女性と一つ屋根の下で生活するなんて!」


 ごめん、それ私。と一葉は視線をそらして心の中で謝罪した。いや、別に謝る必要もないかな、と一葉は思い直す。


「誤解があるようだが、彼女とはなんでもないよ。陛下の命令で世話しているだけで、ただの客人だ」

「そ…そうですよね。いやだ、私ったら」

 一人で興奮したのが恥ずかしくなったのか、シルビアは自分の頬を撫でた。

「いいんです。クラーク様が誰を思っていようと、私はいつまでも待ちますから。大丈夫ですわ」


「…あなたには、私よりふさわしい人がいるよ」

「それを決めるのは私です。クラーク様ではありませんわ」

「やれやれ。あなたのその頑固さは、御父上譲りだな」

「まあ! 父と一緒にされるのは不愉快ですわ」

「これは失礼。ではご機嫌をこれ以上損ねないうちに退散しようか。行くよ、一葉」

「あ、うん…」


 クラークは一礼してシルビアに背を向けて歩き出す。シルビアが悲し気にクラークを見送るのをちらりと一葉は振り返った。侍女はひたすらに頭を下げている。いぬくんはとてとてとかけてくる。

「いいの?」

「いいんだ」

「婚約者なんでしょ?」

「…それは」ふう、とクラークは大きくため息を吐いた。「彼女が勝手に言っているだけだ。彼女が子供の時分に会ったとき、ずいぶん気に入られてね。それ以来、私と結婚したいと言い出して…。彼女の父親が将軍で私の先輩でもあるし、女性に恥をかかせるわけにもいかないからなかなか無下にできなくてね」

 まあクラークみたいなイケメンに子供のころに会ってりゃ、ほかの男は目に入らなくなるかも…と一葉は口に出さずに思った。


「嫌なの?」

「嫌というか、私は誰とも結婚はするつもりがないからね」

「そうなの? さっき、シルビアが言ってたけど…クラークには忘れられない人がいるの?」

 一葉に尋ねられ、クラークは一瞬、一葉と目を合わせてふっと微笑んだ。


「私にも過去がある。まあ、そういうこともあるかもしれないね」

「ふうん…」一葉も微笑んでうなずいた。「私と同じだね」


「…一葉も?」

「あ、ねえ、あのお店?」

 一葉が指さした店は、青いのれんのかかった、しかし一葉には読めない文字が刻まれていた。


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