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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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郷愁

「おかえりなさいませ、ご主人様。…おひとりですか?」


 クラークを出迎えたヴァレンタインは、いつもどおり微笑んで主人を出迎えた。

「ちょっとな。…一葉は戻っているか?」

「お嬢様ですか? いえ、まだ…」

 ヴァレンタインが視線を向けると一緒に出迎えたメアリアンは、「戻られていません」と答えた。


「…そうか」

 クラークは前髪をかきあげて目線を天井に向ける。

「何かございましたか?」

「…いろいろあって、な」

「言いづらいことなら、聞くのはよしましょう。お嬢様が戻られてから食事になさいますか?」

「それは…いや」クラークはうなずきかけて否定した。「一葉を探してくる。行くところと言えば、ここかシアンのところだと思ったんだが…ブラッドからは連絡は来ていないんだろう?」

「はい、今のところは」

 ヴァレンタインが肯定する。


「私どもも探しに行きましょうか」

「まだ戻っていないなら…ここらあたりにはいないだろう。いるとしたら、教会かもしれない」

「では、馬車で出かけられますか?」

「いや…馬で行こう。予定外の客に会う可能性もあるから、目立たないほうがいい」

「かしこまりました」

 ヴァレンタインは侍女に厩番に厩から馬をつけてくるよう言った。クラークはその間に部屋へ戻り、マントを脱いで身軽になると剣だけを持って玄関へ行く。すでに馬が用意されていた。


「行ってらっしゃいませ」

「ああ。戻ってから夕食にする」

「かしこまりました」

 クラークは街へ馬を走らせた。行き違いになってくれればいいと思いながら。


 教会まで馬を走らせて、近くの宿屋の店主に言って馬を預けてから教会の中へ入る。クラークにとって懐かしくもあり居づらくもある場所だ。

 ここへはあまり来ないようにしているが、今はそうも言っていられない。クラークはそのまま教会の奥にある食堂へ向かった。すると、見慣れない人間にそこにいた子供たちがクラークのもとへ集まってきた。


「シアン、誰か来たー」

「お客さんー!」

「こんにちは…いや、こんばんはかな」


 めったに来ないお客に集まってきた子供たちの頭を撫でながら、クラークは周りを見渡す。子供たちの母親とみられる女性たちや、老人の姿があった。教会を今日の宿としている人たちだろう。そこに一葉の姿は見当たらなかった。


「…クラーク!」

 セシリアがクラークの姿をみつけると、急いで駆け寄ってきた。

「おかえりなさい! また来てくれたのね、どうしたの? あ、何もなくても来てくれていいんだけど。座って、紅茶を入れるわ」

「セシリア、この人、誰―?」

 子供が不思議そうにクラークを見上げる。

「おや、またもやお客さんだ」

 シアンがのんびりとした様子でクラークたちのそばへやってきた。


「この人は、昔みんなの仲間だったクラークだよ。ずいぶん前も来ただろう?」

「わかんないー」

「そういえばきたかも」

 子供たちは口々に思ったことを言う。


「聞きたいことがあるだけだ。すぐ行く。一葉がここに来なかったか?」

「一葉? さっき、ブラッドが来て同じこと聞いたけど…」シアンはセシリアを見る。「知らないよね」

「そうね。今日は来てないわ。一葉がどうかしたの?」

「いや、来ていないならいいんだ。邪魔したな」

 クラークが背を向けて歩き出そうとすると、「待って!」とセシリアがクラークの手首をつかんだ。クラークが足を止める。

「あ…あの、せっかく来てくれたんだから、少し話ができない? この前はろくに話もできなかったし…」

「いや、急いでるんだ。すまない」


「え、えっと…」

 セシリアが言葉をさがして唇をかみしめる。

「待ってクラーク。一葉を探してるなら、私も一緒に…」

「セシリア、ブラッドのこと引き止めたりしないのにー」

「しないのにー」

 子供たちに揶揄され、セシリアは真っ赤になってクラークの手を放した。


「変なこと言わないの! クラーク、気にしないで…」

「また来るよ」

 クラークは微笑んで、手を振った。セシリアはそれ以上クラークを引き止めることができず、ぎゅっと拳を握りしめて彼の後ろ姿を見送った。


「また、なんて…」クラークの姿が見えなくなってから、セシリアはぽつりとつぶやく。「いつもそう言って、来ないくせに…」

 シアンは黙ってセシリアの背中をぽんぽんとたたいた。

「来るよ。またって言ったんだから」

 子供たちは不思議そうにシアンとセシリア、そしてクラークが出て行ったドアを見ていた。


「焼き鳥みたいでおいしい」

「そう? よかった。泣くとお腹が減るからね」


 串刺しにされた肉の塊を一葉はおいしそうにほおばる。鶏肉のようで塩コショウだけで味付けされているようだが、十分おいしい。アーウィンも手にホットサンドを持って食べながら並んで歩く。


「次は何を食べたい?」

「えーっとね…」

 一葉が考えていると、アーウィンはふといぬくんに視線を向けた。


「そうだ、一葉の足元にいる犬? …みたいなのにも、何か食べさせてあげようか」

「ううん。いぬくんは何か飲むだけで、何も食べないの」

 一葉は足元をうろうろするいぬくんの頭を撫でた。


「いぬくん? ていう名前なんだ?」

「そう。いぬみたいだから」

 ドヤ顔で答える一葉に、「角の生えた犬は珍しいけどね…」とアーウィンは苦笑した。


「何かの術で召喚された動物なんだろうか」

「これは…」一葉は一瞬の間の後「たぶんそんな感じ」と曖昧に答えた。

 アーウィンはそれ以上追求しなかった。

「あそこで売っているのは栗のお菓子かな。いい匂いがする」


「そうそう、この前クリバチ祭りがあったんだよ」

「ああ、それで…。クリバチはこの地方に生息する珍しいハチだから、祭りをするんだったね」

「ここにしかいないんだ?」

「そうだよ。もしかすると、未開の地にもいるかもしれないけど…。私の国にはいない」

「そっかあ。私の国にもいない」

 焼き鳥を食べ終えて、一葉は串を道端にあるゴミ箱に放り込んだ。


「一葉はこの国の出身じゃないのかい?」

「うん。ずっと遠い国から来たの」


 一葉は空を見上げて、それからアーウィンをみつめた。そして「えへへっ」と笑った。

「…どうしたの? 何か嬉しい?」

 微笑むアーウィンの服のすそを引っ張って、一葉はまた笑った。

「アーウィンといると、安心する」

「私と? さっきの人たちから私が助けたから?」

「それもあるけど…。アーウィンは、私の大事な人に似てるから」


 一葉はまぶしそうに目を細めて、アーウィンを見上げる。

「とっても…とっても大事な人。もう二度と会えない人」

「それは誰?」

「へへ…。内緒」

 一葉は微笑んで、アーウィンから手を放した。


「アーウィンのこと、聞いてもいい? どこから来たの?」

「一葉と同じく、別の国だよ。…次は、栗のタルトを食べようか」

「うん、食べたい!」

 一葉とアーウィンは店からタルトを買って、歩きながら食べる。


「でも…タルトは食べると、口が渇くね。失敗だ。飲み物も買おうか」

「そうだね。あ、あそこで売ってるよ」

 アーウィンは屋台の店先で緑色のジュースを買った。


「これ、何?」

「緑茶だよ」

「緑茶! うちの国にもあるよ!」

 一葉は紅茶以外のお茶をこの国で飲めるなんて…と感激しながら口に入れて、「…甘っ」と顔をしかめた。

「緑茶は甘いものだろう?」

「うそでしょ? うちの国は甘くないんだけど…砂糖入ってるんだ」

 どうやらここにも文化の差異があるようだ。


「…うちに帰りたいな」

 甘い緑茶を飲みながら、一葉はぽつりとつぶやいた。

「家に? そういえば、一葉はどうしてここへ来たの?」

「うーんと…仕事みたいなもので」

 超獣使いだと言っていい相手かどうかわからないので、一葉は曖昧に答えた。


「そうか…。家の都合で? こんなに若いのに、大変だね」アーウィンは甘いお茶を口に含んでから「…もし、一葉が家に帰りたいなら、一緒に帰ろうか? 私の国の近くなら連れて行ってあげるよ」と言った。

「一緒に…?」

 一葉は目を丸くした。もちろん、行けないことなどわかっている。それでも、そう誰かに言ってほしかったことに気づいた。ふと母親や兄の顔が思い浮かぶ。


「…ううん。行けない。でも、ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しい」

「…そう。そうだね」

 アーウィンはそれ以上何も言わず、しばらく黙って甘い緑茶を飲んだ。


「…一葉はまだこの国に来たばかりかな? 超獣使いが現れたという話は聞いたことがある?」

 不意に聞かれ、ほかの国で話題になっていることにも驚いたが、一葉は素知らぬ顔で「聞いたことあるよ」と答えた。

「そう。どんな人なのかな」

「んーと…私と同じ年くらいの女の子だって聞いた」


「女の子なんだね。私が聞いた話だと、国王陛下を襲おうとした暴漢が殺されそうになるのを命乞いした心の優しい女性だとか…」

「…それはただの噂。どこにでもいるような、普通の子みたいだよ」

 アーウィンの話に、一葉は背中がむず痒くなってきた。なんでそんな話になるんだか、人のうわさとは恐ろしいものだと思い知らされる。


「一度会ってみたいものだね。どんな人なのか」

「アーウィンの国でも、超獣使いって信じられてるの?」

「この国ほど信仰が厚いわけではないけど、信じる人はいるよ。私の国は女神教ではないから、民間伝承の一つになっている」

「そっか。アーウィンの国の神様はどんな神様なの?」

「それを言ったら、私の国がわかってしまうから内緒だよ」

「…ああ、そう」

 出身を言えないのはお互い様なので、一葉はそれ以上追及しないでおくことにした。空になった緑茶の紙コップを持って立ち上がり、「捨ててくるね」と言ってゴミ箱へそれを入れた時だった。


「一葉?」

「えっ…?」

 自分を呼ぶ声に顔を上げると、ブラッドがこちらに来るのが見えた。ブラッドははあ、と一葉を見てため息を吐く。

「ブラッド? なんで…」

「なんで、じゃねえ! ったく、どんだけ探したと思ってんだ、この馬鹿が!」

「いたい!」

 ブラッドのげんこつが一葉の頭に落ちた。


「クラークも探してるぞ。とにかく、いったん帰る…ぞ…」

 ブラッドが一葉から目線を屋台のテーブルの先に向けると、一瞬、身を固くして、すぐに剣に手をかけた。その視線を受けたアーウィンも一瞬驚いた表情をしたが、すぐに屋台の椅子から立ち上がった。


「…そうか、ここにいたか」

「え? 何が?」

 ブラッドの視線の先を見ると、アーウィンがブラッドに対して不敵な笑みを浮かべている。


「みつかってしまいましたか」

「…アーウィンと知り合いなの?」

「馬鹿か。こいつは俺たちの敵、コルディア国王の腹心アーウィン・フレッチャーだ」

「…え?」

 一葉はどういうことか理解できず、ブラッドとアーウィンを交互に見る。


「これはこれは、ポーター少尉。いつぞやは大変お世話になりました」

 アーウィンは胸に手をあてて、礼儀正しく頭を下げた。

「こんなところへ一人でおめおめと来て、生きて帰れると思ってるんだろうな!」


 ブラッドが剣を抜くと、屋台にいた客たちは悲鳴をあげて遠ざかる。一葉は慌ててアーウィンのそばに駆け寄った。

「何するのよ、ブラッド!」

「そりゃこっちの台詞だ! おまえはどこまで馬鹿なんだ、敵をかばうやつがあるか!」

「でも、アーウィンは私を助けてくれた!」

「知るかそんなもん! そいつに俺たちの何人の仲間が殺されたか…」


「アーウィン、逃げて!」

「…わかった。一緒に行こう」

「えっ…わ、わかった」

 アーウィンは笑って一葉の手を引いて走り出す。いぬくんも飛びあがって走り出して二人についていく。


「待て!」

 ブラッドは追いかけようとしたが、アーウィンが屋台の椅子を蹴飛ばして、それに引っかかって派手に転んだ。

 その間に、二人の姿は民衆に紛れて消えた。ブラッドは舌打ちをして屋台の一つにある鳥籠の中にいるニワトリをそこから出した。店主はそれを見てぎょっとしてブラッドに近づく。


「お客さん…」

「金は後で払う。借りるぞ。ブラッドからクラークに伝言だ。フレッチャーをみつけた。一葉を連れて逃亡中だ。あとを追う」

 ニワトリは、コケー、と一声鳴いてブラッドの手から離れて飛び出した。


「ちゃんと代金払ってくださいよ!」

「後でな!」

 ブラッドは二人を追って走り出した。


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