表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
35/292

逃亡と出会い

「ひっく、う、うう、うえっ…」


 しゃくりあげながら、一葉は走って走って城を飛び出した。門番や兵士が止めるのが聞こえたが、足を止めることはなかった。

 いぬくんがひたすら走って追いかけてくる。跳ね橋を超えて、森の中に足を踏み入れる。そこで誰もいないのを確認すると、顔をぬぐいながら走るのをやめて歩き出した。まだ涙は止まらなかった。


「くるるる」

 いぬくんも走るのをやめて、一葉の歩みに寄り添う。ぐすぐすと泣きながら、一葉は足元のいぬくんを拾い上げた。そしてぎゅっと強く抱きしめる。

「くるる…」

「…ごめん。びっくりしたんだ。男の人にたたかれたの、初めてだったから」


 涙をぬぐって、一葉は街に向かって歩き出す。同い年の男子との小突きあいとは全然違うものなのだ、と一葉は実感した。

「でも私、謝るの、やだって、思った、から…」


 街と城の間には数キロの森がある。街道は整えられているが、歩いていくのはうんざりするものだ。歩いている間に涙も乾くだろう。

「ああ…馬、借りてくるんだったな。一人で行くなとか、言われた気もするけど…」

「…くるるる」


 いぬくんは一葉の腕の中で身震いした。一葉が思わず手から離すと、ぶるぶるっと身体を震わせながら、馬ほどの大きさになった。

「…そっか。ありがとう、いぬくん」

 伝説の生物、一角獣のようだと思いながら、一葉はいぬくんの背によじのぼった。あたたかい。ぬくもりが今は嬉しかった。


「市街まで行ってくれる?」

「ぐるぐる」

 いぬくんは喉をうならせると、一気に駆け出した。馬よりもずっと速度がありそうだと乗りながら一葉は感じだ。風を切る感覚が心地いい。森を抜けて貴族街を抜けて壁が近くなると、いぬくんは足を止めた。


「ぐるる…」

「降りろってことかな?」

 一葉はいぬくんから地面にそろりと下りた。そのとたんに、いぬくんはいつもの小型犬の大きさになった。


「…いつもありがとう、いぬくん」

「くるくる」


 いつもの甲高い鳴き声に安心して、一葉はいぬくんを抱き上げた。それからとぼとぼと歩いて貴族街のある壁を抜けて、教会のある街並みへ入った。


「…シアンのところへ行こうか」

「くるる」


 クラークの家へ帰りたくないというのが正直なところだった。

 一葉はとぼとぼと教会へ歩き出した。街の中は相変わらずにぎわっている。生地を売る店の前をぼんやりと眺めて通り過ぎ、屋台や宿屋の前を通り過ぎて教会の前まで来て、一葉は足を止めた。

「………」

「くるる」

 いぬくんが腕の中で一葉を見上げる。


「…今は、やめようか」

「くるくる」

 一葉はいぬくんを地面におろして、歩き出した。

 今シアンに会ったら、やさしく慰めてくれるだろう。ジェフリーにからかわれるかもしれない。セシリアも話を聞いてくれるだろう。でもクラークが真っ先に探しに来るかもしれない。

 …会いたくない。怖い。

 一葉は屋台の並ぶ通りへ歩き出した。


「それで、ニールに行けって?」

「たぶん顔バレしてないから」

「…どうした?」

 ブラッドとイヴァンが兵士の訓練所で話していたところへ、クラークがやってきた。兵士たちは彼に礼を取ったが、「続けてくれていい」とクラークが言うと、兵士たちは体術の練習を再会した。


「ああ、クラーク。今日の会議で上がった話だけど、どうにもコルディアの大物がこっちに来てるらしいんだよね」

 イヴァンがやれやれと言いたげに肩をすくめる。

「大物とは?」

「断定できないけど、フレッチャーじゃないかって」

「フレッチャー? アーウィン・フレッチャーか? あの男が? コルディア国王の腹心だろう? わざわざレスタントへ?」

 クラークが予想外のことに質問をたたみかける。


「超獣使いに関する情報を集めに来たんじゃないかって話だよ。それでニールに確かめに行ってもらおうと、今ブラッドに話していたわけ。まだ正確な情報がつかめないから、街を封鎖するわけにもいかなくてね」

「…そうか。確かに顔を知られていない人間のほうがいいだろうな。それで今はどこに?」


「驚いたことに、我が陛下のおひざ元に」

「王都に? 嘘だろ?」

「…舐められたものだな」


 ブラッドが驚いて声をあげ、クラークはゆがんだ笑みを浮かべた。

「そういうわけで、ニールを行かせてほしいんだけど」

「いいよ。…そういえば、クラークは何の用事だったんだ?」

 ブラッドが歩きかけた足を止めてクラークを見る。


「ああ、いや…その」クラークが言いづらそうに視線をそらして「一葉は来なかったか?」と聞いた。

「一葉? 来てないけど…」

 それを聞いたイヴァンは何かに気づいたようににやりと笑った。


「何? クラークらしくないね。何かあったかな?」

「…いや、その」

「エリザベス様と何かやらかしたって噂だけど、それ関連だね?」

 イヴァンの問いに、クラークはため息で答える。


「そうなのか?」

 事情を知らないブラッドがクラークを見る。クラークはくしゃりと髪をかきあげた。

「エリザベス様が謝罪を強要したので、それで少し…な」

「へえ。そんなもの、形だけでさっさと場をおさめればいいものを。一葉はそれで逃げ出したの? 迷惑な小娘だね」

「…それができれば一葉じゃないだろう」

「それもそっか」イヴァンは肩を揺らして笑う。


 クラークは自分の右手を見てそれをおろした。

「なんか歯切れ悪いなあ。いろいろって何? クラークが言いたくないことなんて面白そうだね」

「やめろ、イヴァン。誰にでも言いたくなことはあるだろ」

 ブラッドがイヴァンを制する。

「いいけど。どうせエリザベス様はあることないこと吹聴するだろうから、俺はそれを待とうかな」

 イヴァンは楽しそうに笑う。クラークは何とも言えない微妙な表情を浮かべた。


「クラーク、一葉は城にはいないんだな?」

 イヴァンをよそに、ブラッドが確認する。クラークは「そのようだ」と肯定した。

「俺が街へ行ってくる。フレッチャーを探しに。ついでに一葉がいたら探してくるよ」

「…ブラッド」

 ブラッドは「ついでだよ」と笑った。

 クラークは苦笑して「頼む」と言った。


「まあ、それもいいんじゃない? それにしても、一葉がいると普段見られないクラークの微妙な顔が見られていいねえ」

「…笑い事じゃない」

 にやにや笑うイヴァンにクラークは小さく息を吐いた。


「いらっしゃい、このジュースは果実をそのまま使ってるんだよ」

「この肉は今焼き立て! 食べごろだよ」


 店を遠目に見ながら、のどが渇いたな、と一葉は思った。泣いたので身体が水分を欲しているのだ。ぼんやり歩いていると、一葉の後をついてくるいぬくんが大柄の男に「邪魔だ」と蹴飛ばされた。


「くるるっ」

「いぬくん! ちょっと、何すんのよ!」

「ああ?」


 一葉はいぬくんを抱き上げて、いぬくんを蹴飛ばしたスキンヘッドの男をにらみつけた。

「なんだ、邪魔なのはその…犬? だろうが!」

「道歩いていただけで蹴飛ばすことないじゃない!」

「うるせえ!」

 どん、と一葉は突き飛ばされて地面にしりもちをついた。


「いたっ…」

「今度は蹴飛ばされないように気をつけな」

 今日はよく人から突き飛ばされる日だ、と思いながら一葉がいぬくんへ手を伸ばすと、スキンヘッドの男の前にバンダナをした長い髪の男が立ちはだかった。


「え…」

「大人げないですね。女性や動物相手に暴力なんて」

「なんだ、てめえ…」

「正義の味方気取りかよ!」


 スキンヘッドの男の隣にいた顔にきずのある男が、バンダナをした男に拳を突き出した。バンダナをした男は、するりとそれを避けて殴ろうとした腕をひねり上げた。

「いててて!」

「何すんだ、てめえ!」


 スキンヘッドの男が殴りかかろうとすると、バンダナの男は傷のある男を突き出して代わりに殴らせる。

「うぐっ…」

「わ、悪い…てめ、この…」

 スキンヘッドの男がさらにいきりたってバンダナの男に襲い掛かろうとすると、バンダナの男はスキンヘッドの男のみぞおちに肘打ちを食らわせ、ぐらりとよろけたところにうなじに手刀を落として意識を失わせた。


「まだ、やりますか?」

「くっ…くそ、覚えてろよ!」

「お断りします」

 傷のある男は、スキンヘッドの男を抱えて逃げ出した。バンダナの男は、呆気に取られてみている周りに「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。

 そしてやはり呆然としている一葉の前に膝をついて、手を差し出した。


「大丈夫?」

「あ…う、ううっ…」


 バンダナの男に微笑まれたそのとたん、一葉はぼろぼろと涙をこぼした。

「どこか怪我したの? 大丈夫?」

「う、う、うっ…うう、うっ…」


 怪我をしたわけではない。でも、助けてくれてありがとう。

 そう言おうとした一葉は、あふれる涙をぬぐうのに精いっぱいで、男に答えられなかった。気を張っていたのが彼の顔を見て安堵した途端、どっと涙があふれてきた。


「よしよし、怖かったんだよね。もう大丈夫だよ。立てるかな?」

「う、うん…ううっ、うえっ…」


 男に肩を抱かれ、一葉はゆっくりと立ち上がって促されるまま歩き出した。いぬくんもその後をついていく。

 男は屋台の端にある並んだイスとテーブルの場所まで一葉を歩かせて座らせた。涙が止まらない一葉に「ちょっと待ってて」と言って男は一葉のそばから離れると、少ししてから戻ってきた。


「何か飲むと落ち着くだろう?」

「あっ…」

 男は微笑んで、一葉の前に白い花のささったピンク色のジュースを置いてくれた。


「…きれい」

「おいしそうだから、買ってきたよ。気に入ってくれるといいんだけど」

「…うん。ありがとう」


 一葉は涙をぬぐってなんとか涙をひっこめた。涙でぬれた眼鏡をハンカチで拭く。ストローはささっていないので、そのままコップに口をつけて飲むと、甘い香りとさわやかな甘さが口に広がった。イチゴを凍らせたスムージーのようだった。


「…おいしい」

「そう? よかった」

 バンダナの男は、ようやく安心したように微笑んだ。いぬくんも一葉の足元でしっぽを振っている。


「あの、ありがとう…助けてくれて」

 はにかんだように一葉が言うと、男は「どういたしまして」とやさしく微笑んだ。

「それにしても、ああいう輩はどこにでもいるから気を付けるんだよ。私の国にもああいうのはいるんだ」

「あなたは、この国の人じゃないの?」

「そう。ちょっと用事があって、遠くからここにきてるんだ」

「用事って?」

 ジュースを飲みながら聞く一葉に「内緒」と男は人差し指を口に当てて微笑んだ。


「言えないくらい重要なの?」

「そうだね。…そういえば、君は名前をなんていうのか聞いてもいいかな?」

「…私は一葉。あなたは?」

「私はアーウィン」

 アーウィンはきれいな紺色の髪と茶色の目をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ